313話 4つ目


 その違和感を感じ取ったのは、本当に些細な瞬間だった。


 私達は今、セブンスホープでシント王国への救援を終えてレオンとディーオの戦うべき終極神の事象がいるであろうメルト王国近辺へと向かおうというところだ。

 だが私は今感じたのだ……一瞬だが、第五大陸のあの亀裂から、この近くを何かが通り過ぎていくのを。

 いや、場所はこの近くではあるが正確にはこの世界の外側・・だ。


「ん? どうしたのムゲン、なんか難しい顔してるけど?」


「ちょっと、気になることがあるんだ。少しだけ、"外側"に潜ってくる」


「そうですか、ならわたし達でゲンさんの体を見ておきますね」


 敵のいないセブンスホープの中でそこまでしてもらう必要もないのだが、彼女達の好意が嬉しいのでここは遠慮なく甘えておくとしよう。


 と、いうわけでアレイステュリムスを通して事象を確認しに行ったのだが……。


(なんだ……これ? アステリムにとっては異質……のように見えるが、それにしてはとても馴染んでいて遥か以前の事象から存在していたような形跡もある)


 今回世界を破壊するために終極神が落とした事象の塊はどれもアステリムに反発するものばかり。なので今回送り込まれたのは完全に異質だと判断できたその三つだけ……だと思い込んでいたのだが。


(まさか……)


 その可能性にたどり着いた私は、急いで事象の外から離れ、動き出すこととした。


「のう、先ほどからムゲンは何をしておるのだ?」


「よくわかんないけど事象の外側に行ってるって。なんのためかはあたしにもわかんないけど」


「安心しろ、もう戻った」


 さて、さっき見たものの真相を確かめるためにもうかうかしてられないな。

 そのためにはまず……。


「パスカルさん、悪いけど進路をブルーメ……魔導師ギルドに変更してくれ」


「魔導師ギルドですか? ええ、それは問題ありませんが」


「突然言われても状況が理解できませんわ。理由は説明してくださるんでしょうね」


「ああ、急を要するから手短に話すが、まず私は魔導師ギルドで降りさせてもらう」


 私の言葉に船内がざわつきだす。一応この魔導戦艦の総指揮を執っている人物が急に降りるというのから無理もないが。


「おいおいムゲンよ、余らはこれから大本命である終極神の事象と戦いに行くのだぞ。それより重要なことだというのか」


「そうだ、これは私自身が早急に調べなければならない」


「師匠がそこまで優先することっていったい……」


 確かに今は大一番の勝負の時。そんな重要な場面で離れるというのだから、それ相応の理由がある。


「私が以前ノゾムのカケラを追って事象を探った際、三つの事象が潜伏しているのを見つけ出した。だがそれよりも後の事象で終極神が事象を送り込めば、その数はその数は変わる」


「つまりムゲン様は4つ目以降の事象を懸念している、ということでしょうか」


「まぁ平たく言うとそんな感じ。どこかに4つ目の事象が送られてる可能性がある。それが他の事象と同じ場所なのか、別の場所かはわかんないんだが」


 ただ、その可能性があろうと私には対処できると思っていた。一度終極神の事象を捉えた現状ならば、後からどれだけ事象が送られようと私には瞬時にそれを察知できる……はずだった。

 今のところそんな気配は微塵も感じられないのだが、何か、とても重要な何かを見落としている……そんな気がしてならない。


「それを確かめるためにも、まずは魔導師ギルドで降ろしてもらいたいんだ。そこからはこちらで何とかする」


 魔導師ギルドで降りるのはシント王国からメルト王国の途中にちょうど位置しているからだ。私の都合でセブンスホープを動かしていたら、それだけここのチームが終極神の事象にたどり着くのが遅れてしまうからな。


「ちょっとムゲン、とりあえず口出さないで聞いてたけど、ムゲンが降りるんならあたしも一緒に降りるからね」


「わたしも、置いていくなんて言わせませんよ」


「大丈夫だって、そんないちいち確認しなくても私達は一蓮托生! 主人公とヒロインで出発といこう」


 それに、今回はもしかしたら……いや、それはまだ早計か。とにかく、私は彼女達を置いていくつもりなんてない。むしろついてくるのは当たり前で話してたし。


「ワウワウ(当然ぼくもついてくっすからね)」


 っとそうだったな。犬もこれまで私の冒険にずっとついてきてくれた欠かせない存在だ。

 そんじゃ、主人公アンドヒロイン、そこにプラスマスコットでさらに王道冒険物語のメンバーっぽくなってきたぜ。




「見えました、ブルーメです」


 そんなこんなでもう魔導師ギルドが見えてきた。飛空艇のおかげで本来なら数日かかる道のりもすっ飛ばして数十分で到着だ。


「そんじゃ、私達はここで降りるから後のことは頼んだぞ」


「はい、師匠達もお気をつけて」


「兄さんにも、くれぐれも無茶しないようよろしく伝えておいてください」


 こうして私とセフィラとクリファ、それと犬の三人と一匹を降ろしてセブンスホープは再び空へと飛び立っていく。


 さて、とりあえずギルドの修練場に降り立ったはいいが、魔導師の姿はほとんどない。それも当然だ、世界が混乱する中ブルーメも例外ではなく、黒い魔物に襲撃を受けているからな。

 だいたいの魔導師は防衛に駆り出されているか各国へ派遣されているんだろう。


「空から誰が降りてきたかと思えば……あなた方でしたか」


「あんたは……セレスティアルのラフィナ王女……か?」


「いいえ、もう王女ではありませんよ。ただのギルドマスター秘書ですから」


 驚いた、そこにいた彼女は以前までのドレス姿ではなく、髪を纏め上げキッチリとしたスーツのような服装だった。まさに『できる秘書!』って感じだな。


「あ! あんたあの時のムゲンに敵意向けてた女ね! 変な気を起こそうとしたらあたしが許さないんだからね」


 と、セフィラも彼女のことを思い出したようで、今にも噛みつくかのように気を荒げているが。


「こらこらそんな威嚇すんなっての」


 私と彼女の関係としては完全に私が悪いから恨まれても仕方ないところはある。

 ただ今の彼女は……。


「そうですね、少々前までのわたくしなら彼に嫌味の一つでも言っているところですが……あなたがここに現れたということは、そんなことを言ってる場合ではないのでしょう?」


「話の分かる方で助かりました。もし状況も英買いできずゲンさんに突っかかるようでしたら、こちらも相応の対応をしなくてはなりませんでしたから」


 ……あれ? 言葉を冷静に選んでると思ったらなんかクリファの方もちょっと敵意出てない?

 ま、まぁともかくここはお互い穏便にいこう。


「えーっと……リオウは都市の外で魔導師達の指揮か?」


「はい、あの人も前線で戦っているので……」


カンカンカンカンカンカン!


 そう話していると突如ギルド内だけでなく都市中に緊急を告げる警報が鳴り響く。

 まさか黒い魔物にリオウ達が突破されたとは考えにくいが……。


『空からの急襲だ! 都市の皆さんは決して安全地帯から外に出ないでください! すぐに魔導師達が対処し……うわぁ!?』


 そこで伝令の魔導師による広域警報が途切れてしまう。

 空を見上げると、そこには腹から三メートルはあるであろう人間の腕を生やした鳥の魔物が今まさに都市に狙いを定めて急降下を始めようとしていたところだった。


「ワゥ!?(なんすかあれ! キメェっす!?)」


「あんなものまで用意されていたのか。仕方がない、ここは私が……」


 と、私が空の魔物に対処するために飛び上がろうとしたその時だった。


「撃ち抜け! 幻影(ファントム)“リル”『吸引重力矢(グラビライズアロー)』!」


 その掛け声と共に一本の矢が一体の魔物を貫くと、そこに引き寄せられるように魔物の軍勢が一か所に集まっていき。


「滅ぼせ! 幻影(ファントム)“アルフレド”『暗黒吸引(デッドスペース)』!」


 それから飛び出してきた一つの人影とそれに付き従う幻影。それらがそこへ飛び込んでいくと、瞬時に幻影が別の姿となり、黒く肥大化した腕がすべての魔物を一瞬で吞み込んでしまった。

 間違いない、あの男は……。


『おお、ギルドマスター! 皆さんご安心ください! 空のバケモノはたった今ギルドマスターによって倒されました!』


 魔導師ギルドのギルドマスターであり、この街の実質的な統治者であるリオウ・ラクシャラスその人だ。

 それともう一つ、あいつは私達の信頼できる仲間であり……。


「おお、魔導神様! 先ほど魔導戦艦が見えたので何事かと思い都市内へと戻ろうとしたところ騒ぎが起きたので対処したのですが、まさかあたながいらしているとは」


 私の一番の信奉者だ。それに加えてアステリム側の“体現者”でもある。

 その特別な力により過去の英雄……つまり私の前世の仲間を幻影として呼び出すことが可能なこの男がいる限り、ブルーメの安全は盤石といえるだろう。


「まさか……この地に何か危機が迫っているのですか?」


「いいや、そうじゃない。ここにやってきた理由は……魔導ゲートを使うためだ」


 魔導ゲートとは、もともと私が元の世界に帰るために作った長距離空間跳躍装置だ。

 これさえ使えば魔力の残滓さえ残っていれば一瞬で遠くの場所へ跳ぶことができる。

 つまり、私がこれを使おうと思った理由は、これまで私が訪れたことがある場所に事象の異変が感じられたということだ。


「よし、この街も大丈夫そうだし、私達はこのまま出発する。リオウ、魔導師ギルトは任せた、ただ無茶だけはするなよ。シリカも心配してたからな」


「ハハ、ご忠告痛み入ります。ただ、無茶をしようものならキツく止められてしまいますので」


「ギルドマスターは少々一人で無茶しようとする傾向があるようなので、魔導師やギルド員には見かけたらその都度こちらに報告をするよう言ってあります」


「まったく、ここまで管理されては無茶をすることもできないよ。でも、まだ体調は万全だからもう一仕事させてもらうけどね」


 なるほど、こっちはこっちでなんだかんだいい関係を築けてるみたいでなによりだ。

 これならリオウが倒れる心配もない。私達はなんの心配もせずに先へ進ませてもらおう。


 そうして私達はリオウとラフィナに別れを告げ、魔導ゲートのある私の研究室へとたどり着く。


「それで、あたし達は結局どこへ向かうの?」


「それは……っと、時間がないから跳んでから教える」


 魔導ゲートの魔力が充填され、時空間の扉が開かれる。

 私達はその中へと足を踏み入れ、時空を飛び越えた先の光景は……。


「森の中……ですか」


「なんか鬱蒼としてるわね。ホントにこんなことろが目的地なの?」


 辺りを見渡しても木ばかりで他には何もない。本当にただの森にしか見えない場所だが……。


「ワウ……(ご主人、ここってもしかして……)」


 そんな中、唯一思い当たる節があるのか犬だけはソワソワと落ち着かない様子だ。それもそのはず……ここは、私と犬にとってはある意味思い出深い場所と言ってもいい。

 いや、ある意味では……私達全員に関わりのある場所とも言えるかもしれない。


「あ、ムゲン! ちょっと、何も言わずに先に行かないでよ!」


 なぜならここは……。


「どうしたんですかゲンさん? この先にいったい何が……!?」


「……うそ」


 私達がたどり着いた目的地。そこで目にしたものを前に、言葉を失ってしまう。

 なぜなら、そこにいたのは……。



『おやおや、見つかってしまいましたか。やはりあなたはそう簡単に騙せないものですね……無神限さん』



 私達にとって忘れたくとも忘れられない、この世界を破滅に追い込んだすべての元凶とも言える存在……ベルゼブルの姿がそこにあったのだから。


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