312.5話 守られる者達の戦い


 ムゲン達がセブンスホープに乗って空へ飛び立った後、ヴォリンレクスでは残された者達が防衛に奮闘していた。


「皆さんは下がっていてください! 皇帝陛下の命の下、あなた方を危険に晒すわけにはいかないのです!」


 都市が黒い魔物に襲われる中、魔導機に乗った兵士達が誰かを守りながら戦う姿が見受けられるが。


「悪いけど、アタシ達は守られるだけの弱い人間じゃなくってよ。闇に飲まれなさい『死線の黙示録の波動ダークネスオーバーロード』!」


「なんだぁ~? こんな弱っちそうなやつあたいが全部ぶっ潰してやるぞー! でりゃりゃりゃりゃりゃ!」


「流石姉さまです! ゴミのような魔物が潰れてさらにゴミくずになっていくです! あ……叫びすぎて貧血が……」


 そこにいたのは新魔族の中でも特別な力を持つ者達、元“七皇凶魔”であるアリスティウスとルイファン、そしてルイファンの妹であるミカーリャの姿だった。

 彼女達も都市を襲う黒い魔物の前に立ち殲滅に協力しているようだ。


「で、ですが我々は皇帝陛下よりあなた方は絶対に守るよう言われていまして……」


「それでも、親友や大切な人達に戦いを任せて自分達だけ守られてるなんてできないもの。ルイ姉さんもそうでしょ?」


「おー、ディーのやつも水臭いぞー! 戦いなら最強のあたいがいるのにこんなところでじっとしてろなんてさー」


 そんな心強い協力者である二人だが、その強力な彼女達の力こそ終極神の狙いの一つでもある。

 クリファの女神の力から分かれた七大罪の能力は終極神に渡してはならない重要な要素の一つだが……。


「そうそう! むしろ戦える俺達が引っ込んでる方がもったいないってもんだよな!」


「だ、第四大陸の勇者ケント様、あなたまで」


 どうも彼らとしては守られているだけというのは納得のいかないものがあるようだ。


「もう、ケント様ってばあちらの新魔族のお二人が出撃するって聞いた途端やる気を出すんですから」


「だけどクレアだってしっかり準備してたじゃないか。わかってたんだろ、ケントは絶対戦いに参加するって」


「うんうん、ケントくんはラン達が守ってあげないといけないからね。みんな気持ちは一緒だよ」


 ケントも異世界人であると同時にセフィラの女神の能力を分け与えられた一人。

 ムゲン達に同行しなかった女神の力を持つ者達は全員この地に集められていた。


「あ、アリスティウスさんにルイファンちゃんだっけ、この戦いが終わったら俺と一緒に冒険でもしてみない?」


「うふふ、お断りさせてもらうわ。あなたじゃちょっとお子様すぎですもの」


「お前なにふざけたこと言ってんだーぶち殺すぞー?」


「すっげぇストレートに断られちまった……。それも結構ハートにぐさりとくる言葉で……」


「もうケント様! こんな時に女の子を誘わないでください!」


 と、意外と和気あいあいな彼らの協力もあって黒い魔物の襲撃によるヴォリンレクス防衛線は順調に抑えられていたのだが。


「皆の者! 油断するのはまだ早いのである! 先ほど観測班より伝令が入った。より強大な魔物がこの地に向かって飛翔してくると!」


 ディーオ達が留守にしている間、防衛の全権を任されたヒンドルトンが険しい表情でそう告げる。

 その報告通り、北西の空から無数の巨大な影がまっすぐ都市めがけて飛来してきていた。


 だが、迫りくる脅威はそれだけではない……。


「これ……地中からも何か迫ってきてるわね。ルイ姉さん! 前方の地面全体を思いっきり叩いてもらっていいかしら!」


「よくわかんないけどわかったぞアっちゃんー! どっっっせえええええええい!」


ボッッッゴオオオオン!


「わわっ!? なんだありゃ? なんかいっぱい……先がドリルみたいな気持ち悪い筒がたくさん出てきたぞ!?」


 それはケントの言うように先端のドリル部分以外はすべてドクンドクンと脈打つ肉でできた奇妙な筒状の物体で、数にして十体ほどだろうか。

 巨大なそれらの先端が大きく開くと……そこから人間の腕や脚のようなものをいくつも生やしたおぞましい生物が無数に飛び出してくる。


「う、うわあああああ! なんだこいつら!?」

「やめ……ぎゃあああああ!」


 もはや一般兵の普通の武装程度では太刀打ちできず恐怖に怯える悲鳴や断末魔が徐々に増えていく。


「一般兵はあれを相手にしてはならぬ! 魔導機部隊に任せ己の命を一番に考えるのである!」


 黒い魔物と違い巨大な肉の筒から現れたおぞましい魔物は俊敏で力も強く、それでいて数も多い。

 しかもこいつらが優先して狙うのは……。


「気持ち悪いわね……! 次から次へとわらわらと!」


「こぉんの~! 全部ぶっ潰れろー!」


 大罪持ちであるアリスティウスとルイファンに襲い掛かる数は尋常でない数だ。

 ルイファンが拳による衝撃波で魔物の体をバラバラに砕いていくが……。


「む!? なんだ、他の魔物が負傷した魔物を出てきた筒へと運んでいるぞ?」


 欠損した魔物が筒の中へ運ばれていくと、なんと数分もしないうちに元通りになって再び都市を襲おうと飛び出してくる。


「おいおいおいあいつら不死身かよ!?」


 これらの魔物は"先生"の作品の一つだ。今はまだレイと星夜達が戦っている最中のため、その事象力も途切れずこうして回復されてしまうのだろう。

 しかも狙われているのは大罪持ちや美徳持ちばかりではない。防衛をすり抜けて都市の城壁にたどり着いてしまう魔物も数匹現れてしまう。


「ぬぅ! しまった、防衛ラインが崩されたのである!」


「くっ! アタシ達も目の前の敵で手一杯ね!」


 いくら彼女達が強いといってもやはり多勢に無勢。魔導機兵もそこまで数が多いわけではないため、一般兵が倒された隙間から続々となだれ込まれてしまう。


「ちくしょう! このままじゃ都市の中に侵入されちまう! ここは俺が……」


「ダメですケント様! 今飛び出せば集中砲火の的になってしまいます!」


 特に狙われているケント達では下手に救援に向かえない。このままでは次々と街中に魔物が溢れてしまうが……。


……スパッ!


「ビ……ギギョギャアアアアアア!?」


 だが侵入することはかなわず、城壁に手をかけたところで体が細切れに引き裂かれてしまった。

 しかもそれは一匹や二匹だけではなく、城壁を超えようとしたすべての魔物が同じようにバラバラになって地面に散らばっていく。


 切り裂かれた残骸の上にはらりと数枚の花弁が落ち……。


「残念だけど、ここから先は通しちゃダメってインくんに言われてるの」


 そして天から降りてきたのは……神々しい気配をその身にまとわせた美しい精霊、ファラが現れた。


「おお! ファラさん!」


「精霊神様!」


 そう、この国の守護は事前にムゲンが頼んでいたのだ。


「あの程度の相手なら、神器がなくてもこの都市全体を守るくらいわけないわ。でも……」


「空を見てください! 先ほど遠くに見えていた魔物がもうそこまで!」


 巨大な飛翔魔物が群れを成して飛び込んでくる。あれは流石に魔導機でも対処できない。

 ファラなら倒せるかもしれないが、都市全体を守りながらあの数を対処できるだろうか……。


「だから……あっちは任せたからね、ドラゴス」


 ファラがそう言うと、都市の中から一つの大きな影が飛び出し魔物の群れへと突っ込んでいく。


「まったく、人使いの荒い嫁だ。だが……かつての相棒に頼まれ、再びお前の隣で戦うのも悪くない」


 そのままドラゴスは手刀を構えると、体内にため込んでいた魔力を腕に伝わらせ、解放する。


「我が雷ですべて消し炭となれ! 『災厄穿つ雷神槍ライトニングディザストレイ』!」


 空中に稲光が迸り、すべてを貫く雷の槍が魔物を突き抜けると、さらに次の魔物を貫き、すべての飛翔魔物を貫いて消滅させていく。


「す、すげぇ……。あの数を一瞬で倒しちまった」


「それだけじゃ済まないわよ、みんな空を見て。それから一歩引いて衝撃の余波に備えておいてね」


「え?」


 ファラの忠告に空を見上げると、そこにはドラゴスが口内にエネルギーを溜め地上を狙っていた。


「地上もまとめて一掃してやろう! 『龍皇の息吹ブレスオブドラゴン』!」


 強大なエネルギーの雷の息吹が地表を覆いつくしていくように広がっていく。


 地上を這っていたほとんどの魔物がこの一撃によって塵も残らず消滅していく。

 地中から現れた肉の筒もその威力に耐えられなかったようで、これでは増援もなにも関係ない。


 更地になった平野にはもはやなにも残らず、運よく城壁付近に張り付いて難を逃れた魔物も。


「はい、これで終わり」


 ファラの花弁によって細切れにされ、すべての脅威が排除される。


「うおおおおおスゲー! さっすが“龍神”と“精霊神”! こんなんもう負ける気がしないぜ!」


「本当に凄いわね。アタシ達なんていらないんじゃない?」


「言っとくけどあたいの方が凄いんだからな! 次はあたいがドカーンってやってやるんだ!」


 と、圧倒的な実力差を見せつけられつつも勝利ムードに湧くヴォリンレクス陣営だが。


「みんな油断しないで。どうやら戦いはまだ終わってないみたいだから」


「むむっ! また黒い魔物が湧いてきたのである」


 殲滅したと思ったのもつかの間、再び黒い魔物が虚空から湧いて出て都市へ向かって進み始める。


「えーっと、あいつらも精霊神様達がばばーっとやっつけてくれちゃったりとかは……」


「ごめんなさい、あたし達の力はなるべくいざという時までとっておきたいの。あの程度ならみんなでも対処できるでしょ」


「そうですケント様。すべて精霊神様達に頼りっきりというわけにもいきません。できる限り頑張りましょう!」


 こうして再びヴォリンレクスの防衛線は黒い魔物との戦闘を再開し、都市を守っていく。


 敵の戦力がどれほどで、いつまで続くのかわからない状態が続く今、下手に最高戦力である二人を酷使するのはよろしくない。

 それに加え……。


「ねぇドラゴス……気付いてる? 北西の空の方の嫌な気配、だんだん強くなってる」


「ああ、この感じは過去に世界神と対峙した時の緊張感に似ている。禍々しさは段違いだがな」


 元神器の所有者であり過去に世界神であるアレイステュリムスと対峙した彼らにはわかるのだ、北西の空……つまり第五大陸の上空にある終極神の亀裂の力が強まっていることを。


「なんだか……いやな予感がするの」


「我もだ……。インフィニティのやつに何やらよくないことが起こりそうな気がしてな」


 二人は今も最前線で戦い続ける親友にして家族のことを想いながら遠くの空を見つめる。

 そして、"家族"といえば二人にとってとても大切な存在も……。


「ドラゴス……もしここの安全が完璧に保証されて、あたし達も必要ないってなったら……」


「案ずるな、我も同じことを考えていた。そのためにもまず、ここを守りながらあいつらの戦いの勝利を待とう。……我らも認めた、次世代を担う英雄達と、我らの最も信頼するあいつを」


「ええ……そうね! それじゃ久しぶりに……本気出しちゃいましょうか!」


 遠い大陸の空の下で戦う次世代の英雄達の勝利を信じながら、ヴォリンレクスの戦いも佳境を迎えていく。






 そして今、アステリムのとある大陸にて世界の命運を分けるであろう……終極神の事象との最後の戦いが始まろうとしていた。


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