311話 からくりを暴き出せ


 街の地下空間を目指すレオンとディーオの前に立ちふさがったのは、魔導師ギルドの受付嬢であるマレルとその友人である魔導師ジオとイレーヌの二人だった。

 彼らは六導師としての罪を清算するためにこの国へと派遣されていたはずだが、そんな中で双子による仮面の被害に合ってしまったのだろう。


「なぁ後輩くん、俺達とも遊んでくれよ。最近地味な仕事ばっかでよぉ……派手に魔術ぶっぱなしたくてたまんねーんだ!」


「私も……なんだかとてもいい気分なんです。こんな爽快感、生まれて初めて」


 やはりこの二人も仮面の影響により狂気に陥ってしまっている。ただ他の仮面達と違うのは……その狂気に魔力が込められているということだ。


「ッ! 陛下、魔術が来ます! 僕の後ろに下がってください!」


「ぶっ放すぜ! 貫け岩の砲撃、『岩石砲(ロックブラスト)』!」


 ジオの魔術が完成し、その背後から先が鋭く尖った岩の塊がいくつも襲い掛かってくる。


「直線的な物理攻撃なら……落とすのは簡単だ。テルスマグニア領域指定『重力百倍(グラビオン)』!」


ズンッ!


 対してレオンは間に強い重力領域を作り出し、その勢いを完全に殺して地面に叩き落す。


「おいおい叩き落されちまったぜ」


「直接攻撃で潰すのは無理みたいですね。それなら……」


 それならばと今度はイレーヌがその高めた魔力をレオンへと向けるが……。


ドタドタドタ!


「ぬおっ!? レオンよ、反対側からも仮面がいちにいさん……とにかくたくさん現れたのだーっ!」


 一本道の廊下に反対側からも仮面の集団が現れ、これでは挟み撃ちだ。


「くっ! こんな時に……」


「隙を見せましたね、捕えなさい『主影縛り《シャドルアート》』!」


「しまっ……!?」


 背後から現れた仮面の集団に気を取られ目の前の二人から気を逸らしてしまったレオンにイレーヌの無慈悲な魔術が襲い掛かる。

 対象の影に干渉してじわじわと昇るように侵食していく自分の影がその体を押さえつけていく。

 こういった魔術は本来なら干渉される前に『対魔力衝撃(ディスペル)』をぶつけて相殺するのがセオリーなのだが、一瞬の隙を突かれてしまった。


(魔力が……上手く練れない!)


 自分の影という物理的な干渉ができない存在にレオンは体内の魔力操作で抵抗しようとするものの、抗うことができない。

 イレーヌの魔力は神器を持つレオンに及ばないはず。なのにどうしてレオンの全力の抵抗で振りほどくことができないのか。


「く……あ……」


「いい表情ですよ。そのまま死んじゃいましょうか」


 そんなことを考えてる間もなく影が体を締め付ける力が強くなっていく。

 このままではレオンの体がバラバラになってしまうほど力が増していき……。


「弾くだ、ステュルヴァノフ!」


バチンッ!


「いたっ!? あ、た、助かってる?」


「うむ、危なかったのレオン」


 レオンのピンチを助けたのはまさかのディーオだった。ただディーオには魔術に対する知識など何もないはずだが。


「まさか陛下が僕の魔力を操作して助けてくれたんですか?」


「余にそんな器用なことがきるわけなかろう。ただステュルヴァノフで弾き飛ばしただけなのだ」


 確かにステュルヴァノフには体内の魔力にも衝撃を与える防御不可の攻撃性能を持つが、こんな芸当ができるのはレオンも初耳だ。


「まさか、そんな繊細な攻撃もできただなんて。僕達にも教えといてくださいよ」


「うむ、スマンの。なにぶん余もはじめてやってみたらできただけだからのぅ」


「え……はじめてだったんですか」


「お主の魔力が変になっておったからの。その部分だけを狙って加減して叩いてみたらこうなったのだ」


 ぶっつけ本番でなんて危険な真似をするんだろうと若干肝を冷やすレオンだったが、結果オーライなので良しとしよう。

 もともとステュルヴァノフのはそれだけのスペックは備わっていた。それが魔力感知と攻撃のコントロールを鍛え続けたディーオの技術がようやく開花したといったとこだろう。


 だがこれで、状況は振り出しに戻った。


「うぬぬ……後ろから現れた仮面達もなんだか今までと雰囲気が違うのだ」


 ディーオの言う通り、増援の仮面達は鎧や武器を身に着けていたり、他よりも強い魔力を漂わせている者ばかりだ。

 おそらく、この国の兵士や派遣された魔導師なのだろうが。


『ここにはね、他よりもちょっとつよーい"お友達"を呼んだんだ!』

『そうそう、他のみんなよりもバラバラぐちゃぐちゃにして殺すのが得意なの!』


「むむっ、またいつの間に……」


 再び誰も気づかないうちにその姿を現した"双子"。ただ今回はいつものように互いに近くにいるわけではなく、レオンとディーオを挟む仮面達の近くにそれぞれ一人ずつの形で。

 二人としては仮面の相手をするよりもそろそろ双子本体達と直接戦いたいところだが……。


「現れたの貴様ら! 今度こそそこを動くでな……ってもういないのだーっ!?」


(……なんだろう、今の現れ方……何か違和感が?)


「何を呆けておるのだレオン! こ奴ら余らに向かってくるぞ!」


 今現れた双子に何か違和感を覚えたレオンだったが、それを考える暇もなく仮面の集団は襲い掛かってくる。

 もちろん、レオンの前に立つジオとイレーヌもだ。


「よそ見してる場合じゃないぜ後輩くん」


「ッ……! 『反発(リベル)』!」


 両腕に岩の手甲を身にまとわせ正面から跳びかかってくるジオを反発する重力で受け止めるが。


「ハハハッ! 楽しいなぁ! ほらほら、あのディガンを倒したって実力をもっと見せてくれよ!」


(なんだ……!? だんだん重力壁にかかる負荷が強まっていって……)


 それはレオンが感じた確かな違和感……攻撃の届かない自分に対して殴り続けるジオの力が増しているのを重力壁を通して感じていた。

 そして、その違和感を感じたのはレオンだけでなく……。


「ぬおおお!? なんなのだこの兵士! 剣筋が鋭すぎてまるで隙が無いのだ!」


 同じように数人の兵士に襲い掛かられていたディーオも両腕のバリアでその攻撃を防いでいたが、その中でも特に激しい剣技を浴びせてくる兵士のせいで動けないでいた。

 それはディーオだから対応できないというわけではなく、本当に歴戦の勇士のような強さだからだ。一介のイチ兵士だとは思えないほどに。


「おらよぉ! デケェ一発いくぜぇ!」


 だがそんなことを考える暇もなく目の前のジオが強力な一撃を繰り出そうと体全体を大きく振りかぶると……腕の手甲が大きく変わっていく。

 大きく硬い、それだけでなくジェット噴射のような機構まで備え付けられ、その威力が何倍にも引き上げられていると見るだけで確信できるほどその力は強大だ。


 それは明らかに……ジオが扱える魔術のレベルを大幅に超えたものだった。


「ごめんなさいっ……先輩! 重力領域(グラビティ)『衝撃(インパクト)』!」


「ぬおっ!? こりゃ……勝てねぇなぁ!」


 その攻撃に合わせてレオンも魔導アームの拳を突き出し反撃すると、重力の衝撃はジオの攻撃の威力を完全に殺してその手甲をバラバラに砕いていく。


(勝った……でも)


 確かにこの一撃は退けはした。だが状況だけを見ればなにも好転してはいない。

 いや、むしろ状況はさらに悪くなったというべきだろう。先ほどのジオの魔術もそうだが、イレーヌの魔術を受けた時も抗えないほど強い魔力で縛られていた。

 なぜ彼らはこれほど急激なまでにその強さを得たのか。これも"仮面"の力なのか……謎は増えるばかりでなにも解決していないままだ。


「レオン、次から次へと増援がやってくるのだ! これではキリがないぞ!」


 このままでは城の中にある地下への隠し通路にたどり着くことができない。かといって彼らを力づくで無理やり退けるわけにもいかないだろう。


「陛下、まずはここから抜け出しましょう!」


「で、でもどうするのだ!?」


「こうします……衝撃(インパクト)』!」


 追い詰められたこの状況でレオンは壁の方へ向きその拳を叩きつける。その衝撃で城の壁が破壊され、外への道が開かれた。


「ここから外に出ます! 地下への道は……リーゼ、シリカちゃん!」


『ええ、今出てきたのを確認しましたわ。そこからなら都市の中心にある噴水の裏に秘密の入り口がありますわ』


『レオンさん、急いでください。先ほどから仮面の動きが変わって都市の至る隠し通路へ入っていくのを確認しました』


「このタイミングで……もしかしてそれも」


 仮面達が活発に動き始めたのはレオン達が城の中に乗り込んでからだ。フィオもマレルもジオもイレーヌも……そしてその陰にはあの双子がいる。

 すべては二人を追い詰めようとする双子の意思が介入してるとしか思えない。


「噴水が見えたぞ! ここの裏側に……あったぞ、隠し扉なのだ!」


「早く中へ! テルスマグニアを分離設置して……この噴水を覆うように、重力領域(グラビティ)『球場隔離(ドーム)』!」


 レオンは隠し扉に入ると同時にセブンスホープに残したのと同じようにテルスマグニアをさらに分けその場に残すと、噴水を包み込むように重力場を発生させ、追いかけてくる仮面達をその場に足止めする。

 中には強引に突破しようとする仮面もいるが、そう簡単に破られることもないだろう。


「おお、やるではないか! これであ奴らも入ってこれぬぞ!」


「でもただの一時しのぎにすぎません。あそこがダメなら別の場所から入ってくるだけですから」


 レオンが足止めしたのはあくまで自分達を追いかけてくる一団だけ。今も他の入り口から侵入している仮面がどこに潜んでいるかもしれないのだから。


『レオン、あなた達の位置はこちらでもモニターしてますわ。こちらから地上で仮面が多く集まっている場所まで誘導するから聞き逃さないでちょうだい』


 双子か現れてから仮面達の動きが変わったといっても、その大半はまだ生存者を探してうろうろしている。


「よし、これで大分時間が稼げたはず。早く生存者を見つけてここから離れ……ッ!?」


「ぬっ!? どうしたのだレオンよ!? なぜそんなに苦しそうな顔を……」


「……『球場隔離(ドーム)』が……破られました。それも力任せに、強引な方法で」


 テルスマグニアを通じて魔力を操作していたレオンには理解できた、それがなにか特別な方法ではなく力押しで破壊されたのだと。


「レオン! 前方に仮面達がいるのだ!」


 だがそれがどういうことかも考える暇もなく次の対応を迫られる。

 先に地下道に侵入していたであろうその仮面達は二人の存在に気づくと有無も言わさず襲い掛かってくる。

 ここで足止めを食らっては後続のジオ達に追いつかれ再び苦難を強いられるのは間違いない。


「ここで立ち止まるわけにはいかない。ちょっと乱暴だけど『反発(リベル)』でどいてもらいます!」


 走りながら重力波を発生させて次々と仮面を通路の端へと飛ばしていき、道を開いていく。


「よし、あと一人……」


 通路の真ん中で仁王立ちしている商人風の男一人だけだが……。


「ふんっ! 一撃粉砕!」


「なっ!?」


 あろうことかその仮面は重力波をものともせず、逆に飛び込んで両手に携えた大剣を振り下ろしてくる。

 かろうじてその攻撃は避けられたが、振り下ろされた一撃はあまりの威力に大剣が地面にめり込んでしまっていた。

 しかも仮面の攻撃はそれだけでは終わらない。大剣を引き抜いてはまるで棒でも扱うかのようにその巨剣を振り回して二人に襲いかかっていく。


「アハハハハハ! 死ね死ねぇ!」


「ぬおおっ!? こ奴も"強い仮面"なのだ!」


「強……なんですかそれ!?」


「余がさっき名付けたのだ! どうも仮面の中には集団に一人だけ異様に強い者がおるのだ。だから"強い仮面"なのだ」


 そういえば先ほど王城の廊下でもディーオはやたら強い仮面の兵士に苦戦していた。

 戦ってる中で一人だけ強い相手がいる……それは、レオンも感じていた違和感だ。


「さぁ追いついたぜ後輩くん。もっと殺し合いを楽しもうじゃねえか」


「安心してください。即死なんてさせません、長く楽しむためじっくりと痛みを体感させてあげますから」


 しかも最悪なことに、二人が強い仮面に手間取っている間に後続に追いつかれてしまった。そこにはジオとイレーヌが先頭に立ち、その背後にはフィオやマレル達の姿も見える。


「なぁ、俺をもっと楽しませてくれよ! そぉら『五行爆裂弾(エレメンタルボマー)』!」


「そんな、あの魔術は!? くっ、守れテルスマグニア……ぐあっ!」


「す、すごい衝撃なのだ!」


 ジオが撃ち出したのは自然属性のすべてを詰め込んだ爆裂魔術。異なる五つの属性を一度に扱うのはそれこそ超高等技術であり、一介の魔導師が使用する魔術ではない。


「そらそらぁ! まだまだいくぞぉ!」


 しかもそれを一発だけでなく何発も連続で撃ち出している。いかにジオが他の魔導師より少々優秀だといっても、ここまで規格外ではなかったはずだ。

 つまり、ジオもまた"強い仮面"の状態であるということだ。


「ほらほら! レオン楽しそう、あたし達も混ぜてもらおうよ!」


「ええ、それにレオン様がもっと苦しめばエリーゼ様やシリカ様も見かねて姿を見せてくれるかもしれません」


 さらに最悪なことに、マレルの合図によって他の仮面達も集団で突っ込んでこようとしている。しかもジオが魔力の爆弾を投げ続けている中でだ。

 今はレオンがテルスマグニアによって必死に爆発の規模を抑えてはいるものの、完全ではない。


(あんな集団で来られたら……守り切れない!)


 レオンが案じているのは自分の身ではなくフィオやマレル達の方だ。彼女達がこんな爆発の中に突っ込んでくれば確実に軽傷ではすまない。

 だが後退しようにも通路には"強い仮面"である商人の男が道を塞いでいるためそれも不可能だ。


(リーゼのためにも、彼女達を傷つけるわけにはいかないのに……!)


 そんな葛藤を抱きながら、レオンは自分はどうなっても構わないという覚悟で爆発を抑えようと覚悟を決めるが……。


「ぬあーっ! もう余は我慢の……限界なのだーっ!」


「陛下、なにを……!?」


 マレル達が突っ込んでくるその直前、ディーオがステュルヴァノフを振るいその力を解放する。

 それはたった一振りで襲ってくる仮面達も、ジオや道を塞いでいた"強い仮面"達も例外なく鞭を叩きつけ吹き飛ばしていく。

 その衝撃によって吹き飛ばされた仮面達は全員意識を失いその場に倒れることとなったのだが。


「なっ……なんてことするんですか! フィオさんや魔導師ギルドのみんながいるのに、あなたは!」


 下手をすれば彼女達に取り返しのつかない怪我を負わせていたおかもしれない。だというのにまるで癇癪を起こしたかのようにステュルヴァノフを振るったディーオに対し、レオンは思わず掴みかかっていた。


「ならあのまま追い詰められていればよかったというのか?」


「それは……!」


「違うであろうレオン。余らがやらねばならぬのはまず先に進むことだ。威力は抑えたとはいえ彼女らを傷つけることはお主には耐え難いことだとはわかっておる。だが! なにもせずにすべてが終わっては意味がないのだ! 今がどれだけ耐え難くとも、最後にすべてを救えるのなら余はためらわぬ! あれもこれもと求めるのはただの我儘でしかない。できなかったことには責任を持つ、余らが尽くすべきはそこであろう!」


「陛下……」


 それは紛れもないディーオの覚悟だった。先ほどのもただの癇癪ではなく、限界までレオンの意思を尊重していたからこそ、その葛藤を爆発させたということだろう。

 すべてを守るとレオンが決めた覚悟も確かに立派だが、自分でできる範囲を超えてしまえばそれはただの無茶でしかなくなる。


「ごめんなさい……どうやら、僕はまだまだ子供だったみたいです。あれもこれもと、できることとできないことの区別もできないで……」


「よいのだレオンよ、余らはこれから成長していくのだからな。それに、掴みかかってくる時にお主の必死さを伝わってきたからの」


「あ……す、すいません! ついかっとなって無礼なことを……」


「むしろ余は嬉しかったのだぞ。ここまでの戦いの中でもお主はどこか余に遠慮がちだったからの、先ほどのようにもっと遠慮なく接してくれ良いのだ。余らは、志を共にする仲間であり友なのだからな」


「……ええ、その通りですね!」


 相変わらず敬語の抜けないレオンだが、どこか距離のあった二人の関係もこれで縮まったようだ。


「よし、それじゃあこんなところで立ち止まってるわけにはいきません。みんなが倒れてる今のうちに先に……え?」


 再び生存者の下へ向かうため通路を進もうとするレオンだったが、意外な状況を目にして思わず足を止めてしまう。


『うう~ん、びっくりしたなぁ~もう』

『でも面白ーい! なんかバチバチってなった! バチバチってー!』


「ぬあっ!? ま、またあ奴ら、いつの間に現れおった!」


 それは紛れもなく"双子"の姿だった。またもや二人を挟むように通路の両側に突然現れたのだが、どこか様子がおかしい。

 今までの現れ方とは違い、他の仮面達と同じように地面に転がりながら頭を抱えてジタバタしている。


(もしかしてダメージを受けてる? でもどうして……。双子のいる位置……"強い仮面"……もしかして)


「レオン、早くするのだ! どうなってるかは知らぬがあ奴らが起きたらまた面倒くさいことになる!」


「……はい、そうですね。行きましょう!」


 何かに気づき始めたレオンだったが、今は生存者の救出が優先のためすぐにその場から離れていく。


「エリーゼ達の情報だともうすぐ目的地のはずだの」


「ええ、でも念のためもう一度聞いておきましょう。リーゼ、こっちで合ってるよね……リーゼ?」


 通信機に応答を願うも返事が返ってこない。故障というわけでもなさそうだ。

 だとしたら……。


「リーゼ、どうしたの! シリカちゃん、応答して!」


「どうした! なにがあったのだ! サロマ、話せるか!」


『ディーオ様! 申し訳ありません、現在交戦状態につき応答が遅れてしまいました! エリーゼ様もシリカ様も手が離せない状況なためわたくしが応対させていただきます』


 やっと返ってきた反応は意外なものだった。交戦状態とはどういうことなのか、今地上ではなにが起きているのか。

 焦りを感じさせつつも、サロマは冷静に現在の状況を説明していく。


『つい先ほどから、飛行できる魔導師の一団が魔導戦艦を囲むように位置取り一斉に魔術を放ってきたのです。今はなんとかシールドで対応できていますが、これもいつまで持つか……』


「まさか……そっちにまで手がいくなんて」


 空中にいれば安全だと高を括っていたのを逆手に取られてしまった。

 セブンスホープには多種多様な武装を揃えてはいるが、人に向かって撃てばただではすまない。だからこそ、反撃もできず防戦一方という状況なわけだ。

 二人が戻ればセブンスホープはまた飛空艇としての機能を取り戻し、戦線から離脱することも可能だが……。


「ぬぅ、待っておれ、今すぐ戻って……」


『いいえ、お二人はそのまま先へ向かってください。目的地は……目の前です』


「だがそれではサロマ達が!」


『大丈夫です。わたくし達を……信じてください』


 ここでもまた選択をしなければならない。自分達の力ですべてを守ろうとするか、それとも……。


「うむ、わかった。余はお主らを……信じておる。だが絶対に生き延びろ! これは命令なのだ!」


『かしこまりました。その命令、しかと胸に』


 それを最後に通信は途切れてしまう。だがすでに決めたのだ、二人が進むべき道はこの先にあると。


「陛下、あそこを見てください! 仮面達が集まって……扉を開けようとしてます!」


 仮面達はその場所に群がってどうにか扉を開けようと模索するが、どれだけ叩こうが魔術を撃ち込もうがびくともしない。鍵穴もなくどうやら内側から鍵がかけられているようだ。


「ぬおっ!? あの者……扉の目の前にいるのはマールガルド王ではないか!?」


 扉の最前線で中に侵入しようとしているその姿には見覚えがある。そう、この国のトップであるマールガルド王の姿だった。

 まずは彼らをここから引きはがさなければならないが……。


『あー、いたいたー』

『追いついたよー、一緒に遊ぼー』


「ぬっ、あ奴らもう追いついてきおったか!」


 背後から双子の声が聞こえてくる。その姿を確認しようとディーオは後ろを振り向くが。


「おろ? なんだおらぬではないか」


 一本道の通路にはその姿を確認することはできなかった。なら今の声はどこから聞こえてきたのかと首をかしげるディーオの前に ぬっ と影が現れ。


「陛下! 避けてください!」


「避け……? ぬおおおおお!?」


 レオンの声で間一髪避けることに成功したが、ディーオが立っていた場所には拳が振り下ろされ大きなくぼみが出来上がっている。

 それを実行したのは……。


「ハハハハハ! ヴォリンレクスの皇帝殿! この間ぶりですなぁ! もしや私と遊んでくださるためにいらしたのですかな!」


 まさかのマールガルド王だった。


「お主そんなに武闘派だったかのう!?」


 もちろん本来のマールガルド王にこんな力などない。そもそも見た目通りの細腕でこんな馬鹿力を繰り出すのがおかしいのだ。

 つまり、彼も今まさに"強い仮面"に変わったということ。


「今です陛下! ここにいる仮面全員をステュルヴァノフの叩いてください!」


「なぬっ!? どう見てもヤバいのはマールガルド王だけだが、全員やるのか!?」


「全員です、早く! おそらくチャンスは今しかありません!」


 ディーオにとってはわけのわからない指示だが、レオンには何か考えがあるようだ。

 あとはディーオがそれを信じるかだが。


「うむ、レオンが言うなら余はそれを信じるのだ! 唸れ、ステュルヴァノフよ!」


 先ほどと同じように一振りで鞭がすべての仮面の体を殴打し吹き飛ばしていく。その結果、この場にいる仮面全員が倒れることとなったが。


「レオン、これでいったい何が……」


『あいたっ! あ~、またやられちゃった~』

『ぐわんぐわんするね~、でも楽しい!』


 その声は……大量に倒れる仮面の集団の中から聞こえてきた。いつの間にかその双子は仮面達に埋もれるように一緒に倒れており、じたばたともがいている。

 これが意味することとは……。


「やっぱり、予想通りだ」


「ど、どういうことなのだーっ!?」


「今は説明してる時間がありません。まずは扉の中の生存者を保護します!」


 そう言うとレオンは素早く扉の前に立ち左腕の魔導アームを伸ばしていく。

 魔術でもびくともしない強力な力に守られた部屋だが。


「強引にこじ開けます! 重力領域(グラビティ)『重掌(ハンド)』!」


 まさかの壁ごとテルスマグニアでコーティングした手で掴んで引っぺがしてしまった。流石に神器の力を抑えられるほど強力ではなかったようだ。


 そして、その解放された部屋の中にいた生存者は……。


「だ、だれ……? 王様?」


 どこにでもいるような、小さな少年だった。その顔に仮面はついていない、正真正銘の生存者だ。


「大丈夫、僕らは味方だよ。キミはどうしてここに?」


「……へ、変なお面の人達に追われて、ここに迷い込んじゃった。そしたら王様がここにきて、「この部屋に隠れて鍵を締めなさい」っていうから。言う通りに鍵を閉めたら次の瞬間……たくさんの人が扉を叩く音がして、怖くて」


 きっとマールガルド王は自分が逃げ込むためにこの部屋を用意していたのだろう。だが彼はそれを見ず知らずの少年のために使用した。

 たとえ自らが犠牲となっても、一人でも多くの民を守るために。


「お主の行い……立派であったぞ、マールガルド王よ」


「ええ、尊敬できるお方ですね」


「ねぇ王様は? 王様は大丈夫なの? ぼくの友達もみんな変になっちゃったし……誰か、誰か助けてよ」


 今もマールガルド王は通路の奥で倒れているが、仮面の着いた彼をこの子に見せるわけにはいかないだろう。


「大丈夫だよ、王様は……強い人だから。だからまずは、僕達とここを出るんだ。きっとみんなも助けてあげるから」


 レオンは少年を抱きしめ、決意を秘めた表情で覚悟を決める。必ず、すべてを救ってみせると。

 そのために、まずはここから脱出しなければならない。


「陛下! ここから一気に地上に出ます!」


「なんとっ!? レオンお主まさか!」


「そのまさかです、いきますよ! 貫け、重力領域(グラビティ)『衝撃(インパクト)』!」


 想いを乗せた重力の衝撃は、それに応えるかのように天へと登り、地底へと一筋の光を届けるのだった。


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