310話 葛藤との戦い
「あそこなら人影もないですし、降りるのにちょうどよさそうですね」
「うむ、あそこの窓は掃き出しで部屋に直接入れそうだしちょうどいいの」
セブンスホープから出撃したレオンとディーオの二人は、重力の魔力で上から王城の周囲を見渡し、侵入できそうなバルコニーを発見する。
現状、こういったお城のちょっとしたスペースや外壁に仮面の集団を見かけることもないので、侵入にはもってこいの場所だろう。
ついでに降り立った場所の近くの部屋の中に生存者がいれば万々歳なのだが……。
「むぅ、流石におらぬか」
「そんな簡単にはいきませんね。鍵もかかってる……無理やり開けるしかないか」
バキッ!
当然と言えば当然だが窓には内側から鍵がかかっており、正規の方法で開ける手段がないと判断したレオンはその左腕で鍵ごと窓の一部を握りつぶしてこじ開けていく。
「す、すごいパワーだの……その左腕」
「ええ、セイヤさんの話によれば普通の人間の何十倍もの握力があるって。それに加えてテルスマグニアの力も加えればどんなものでも握りつぶすことも可能だって言ってました」
「おお……頼もしくも恐ろしいの」
あの腕に掴まれでもしたら人体ならひとたまりもないだろう。もし頭でも掴まれようものなら……と、恐ろしい想像を頭の中で考えながらディーオはレオンの後に続いて室内へと進んでいく。
「もぬけの殻ですね」
「うむう、だがまるっきり生活感がないわけではないぞ。綺麗に片付いてはおるがおそらく使用人の仕事の後なのだろう」
確かに床や棚の上にも汚れ一つなく、誰かしらの手で清掃されたのがわかる。埃もほとんど見られないことからそれもつい最近のことだろう。
問題は、この部屋の主がいなくなったのがいつなのかということだが。
『レオン、おバカ陛下、聞こえてるかしら』
「あ、リーゼ、聞こえてるよ。通信状況は問題ないみたいだね」
「というかごく自然に余をバカ扱いするななのだ」
部屋の中を探索していると二人の耳にエリーゼの声が飛び込んでくる。これは今二人が装着しているヘッドセットから聞こえてくるものだ。
デバイスの中に通信石を埋め込み、マイクと連動させることで短距離での通話を可能とした新技術。これを駆使して今エリーゼは二人に連絡を送っているらしい。
『あなた達が中に入っていくのは確認しましたわ。それで、中の様子はどうかしら』
「綺麗に片付いてるけど、人の気配は感じられない。もしかしたら、もう何日も前からお城の人達も仮面に……」
『いいえ、その可能性は低いと思われます』
次の飛び込んできたのはサロマの声だ。どうやらサロマにはレオンの考える最悪の展開を否定する根拠があるとのこと。
『世界中に黒い魔物が出現した際、各方面から緊急の連絡が舞い込んできました。その中にはメルト王国からの連絡も含まれており、特に不審な点もなく連楽を終えました』
仮面の集団は言葉だけで見れば普通の人間が発するものとそう変わらないように思えるが、正気ではないのは明らかなのでまともな受け答えはできない。
つまり、セブンスホープが出撃する直前までこの王都に迫っていた危険は黒い魔物だけだったということになる。
「それじゃあ、僕達が飛んで戻ってくる間にここまでの惨状に……」
もしそれが事実なら驚異的な早さだ。たとえ事前に周囲の村や町が仮面によって侵食されていようと、たった数時間の間にこの巨大な都市が丸ごと侵されたのは事実なのだから。
むしろ、この王都のどこかに生存者が残っていたからこそまだここで留まっているというべきだろう。
「やっぱり、生存者の救出は必須だ。早く見つけないと」
「しかしどこから探したものかのう。闇雲に探し回っても無駄に時間を消費するだけではないか」
『そちらに関しては任せてください。レオンさんとディーオ陛下が降りた後、王都と全体の映像を確認しておきました。そうしたら、街中のある一点に向かって仮面の集団が増えているんです』
「本当、シリカちゃん? なら、まずはそこに向かえばいいのかな」
『いいえ、違いますわ。彼らは中心に集まってはいますけど、その先のどこへ向かえばいいかわからず彷徨っていますもの』
どうも仮面の集団はまだ無事な人間がいることに気づいてそこへ向かうとしているようだが、肝心の居場所を掴めていないらしい。
『この都市には広大な地下道がありますわ。そのあまりの広大さに誰一人その全貌を把握できていないほど入り組んだまさに迷宮……。おそらく生存者はそこに逃げ込んだ可能性が高いですわね』
それは以前にムゲンがこの街に忍び込むためにも使われた秘密の抜け道だ。
その存在を知っているのは有力な貴族や商人、そして王族くらいなものなので、エリーゼが知っていることは当然だが。
「ってことは、逃げ込んだのはこの国の有力貴族とか?」
『それはわかりませんが、とにかく地下に向かうべきですわ。幸い王城は地下に繋がる部屋がありますわ』
『ですがお二人とも注意してください。先ほどから映像を確認していましたが、王城を出入りする"仮面"も数名見受けられました。王城内もまったくの無人というわけでもなさそうです』
この先曖昧さを回避するため、すでに正気を失ってしまった人間はすべて仮面と称することにしたようだ。
そしてここから先は、仮面に地下道に大量の仮面がなだれ込むのを阻止しつつ侵入しなければならない。
「地下道に行くにはまずは下に降りないといけません。行きましょう陛下」
「うむ、しかし室内では魔道具による機動補正は逆に邪魔だの。補助なしで走るのは得意ではないのだがの」
「そこは僕がフォローしますよ」
そう文句を言いつつもディーオは足と背中に装備していた魔道具を外し進みだす。
そのまま二人は目的地へ向かうためにまずは部屋を出て廊下へと足を踏み出すが……。
「……うう……ううっ」
「……!?」
「な、なんなのだこの声は!?」
それは突然どこからか聞こえてきた女性のすすり泣くような声だった。
聞こえる声の感じ方からして、おそらくどこかの部屋の中に誰かがいるのだろうが。
『レオン、どうしましたの』
「いや……どこかの部屋から女の人が泣いてるような声が聞こえるんだけど。これは……確かめるべき……なのかな」
もしかしたら生存者かもしれない。地下でなく、上階に逃げていたのであれば、どこかの部屋の中にいるその人物を救出すればそれで次の作戦に移れる。
だが、もしも……。
『……わたくしは、生存者の可能性は極めて低いと思ってますわ』
エリーゼは、そう言い切った。
城内に仮面が少ないのは、すでにその中の人間を全員感染させたから……セブンスホープの作戦室ではそう結論付けられた。
だからエリーゼは生存者の可能性を否定した。もしそれが……親しい人間の可能性があったとしても。
『ですが、一応確認はしておいたほうがよくはありますわね』
「うん、僕もそう思って声が聞こえる部屋の前に待機してるよ」
『くれぐれも気を付けて。部屋には入らずにドアの隙間から中だけ確認して、仮面ならすぐに退避してちょうだい』
その忠告に応えるようにうなずくと、レオンは未だすすり泣く声が聞こえる部屋の扉をゆっくりと開けていき……。
「アハハハハー! 引っかかったー!」
「……ッ!? 刃物!?」
ギィン!
その脅威は扉の隙間を数センチ程度にしか開けてないというのに襲い掛かってきた。
顔が覗けるほどに扉を開けると、突然メイド姿の女性がその両手に剣を握りしめレオンめがけて突撃してきたのだ。
「レ、レオン!? 大丈夫か!」
「左腕で受けたので問題ありません! ですが……この女性!」
その顔には……仮面が着けられていた。
幸いなことにメイドの突き立てた剣は魔導アームの硬度を貫くこともできず弾かれたが、それでも止まることなく再びレオンを襲おうとその両手を振りかぶっている。
(これは……罠だ!)
それは確認しなければ安心できないという人間の心理を突いた巧妙な罠。
扉を開け中を見るという行為に対して一番不意を突くことができるタイミングで突き出された一撃はたとえ予想できたとしても対処できるものでもない。
そしてこんな罠を仕掛けられるということはつまり……。
「陛下! 僕達の存在はすでに"敵"にバレています!」
「わかっておる……すでに、囲まれてしまっておるからのう……」
目の前のメイドに気を取られていたレオンが振り向くと、そこには他の部屋から出てきた何人もの仮面メイドが二人を囲むように集まってきていた……もちろん誰もがその手に剣を携えて、だ。
「とにかく、まずはこの包囲から抜け出さない……と」
『レオン、どうしましたの。状況を説明してちょうだい』
レオンの目に飛び込んできた
「おや、レオン様ではありませんか? お元気そうで何よりです。エリーゼ様は一緒ではないのでしょうか?」
メイドの一人に、見慣れた人物がそこにいた。だが表情は伺えない、なぜならその顔は……仮面に覆われていたのだから。
「残念です。エリーゼ様もいらっしゃれば……ご一緒にレオン様を串刺しにすることをお楽しみいただけたのに」
そう彼女は楽しそうに……本当に楽しそうに言いながらその手に携えた剣の切っ先を向けてくる。
「くっ……! フィオ……さん」
もはや完全に取り込まれてしまった彼女の状態を前にしてレオンは悔しさを噛み締めることしかできず、その事実をエリーゼに伝えることができなかった。
だが……。
『……わかったわレオン。そこに……フィオがいるのね。それも、仮面になって』
「ッ……! ごめん、リーゼ」
『謝らないで、こうなることは……覚悟して……して、ましたのよ』
通信機から聞こえてくるエリーゼの言葉はいつものように強気な姿勢にも思えるが、その奥から抑えられない感情が湧き出てくるようで。
『……お願い。フィオを……助けて』
それは、今まで聞いたことのないエリーゼの弱気の言葉。彼女の望む、心からの願い。
「任せて、僕達が……絶対にフィオさんも、この国のみんなも、双子の仮面から解放してあげるから」
レオンの中で、強い覚悟が固まる。その覚悟は、誰も犠牲にしないと誓ったあの日の想いと重なり、その体を突き動かす原動力となる。
「ぬおーっ! バリヤーなのだーっ! どうするのだレオン! こんなに密集されては抜け出せぬぞ!」
襲い掛かるメイドに対しディーオは腕の魔道具で球形の壁を作り出しその攻撃を防ぐが、いかんせん数が多すぎるせいで動くことができない。
このままでは仮面もさらにその数を増し、いずれ手が付けられなくなってしまうが。
「少々荒っぽい方法でここから脱出します。陛下はそのまま攻撃を防いでいてください」
「ぬ! わ、わかったのだ。だがいったい何を……」
「50%テルスマグニア、全集中。魔導アーム、バーストモード」
防御をすべてディーオに任せると、レオンはテルスマグニアに命令を与え解放された魔導アームにすべて収められていく。
そしてそのまま、レオンはその腕を振りかぶり狙いを定める。自分達の立つ足元の廊下へ向けて。
「ぬおおおおお!? レ、レオン、まさか……!」
「はい! これで……一気に下まで降ります! 重力領域(グラビティ)『衝撃(インパクト)』! 重力に乗せて……最下層まで届け!」
振り下ろされた魔導アームの拳がその内のテルスマグニアのエネルギーを乗せ廊下へと叩きつけられる。
その拳の衝撃は、重力の力によって何十……いや何百倍にも引き上げられ。
ドゴォン!ガゴォン!バガァン!ドゴゴゴゴゴゴゴゴォォォン!!!
王城の最上階から最下層まで一気に貫き、巨大な穴を開けていく。
それによりレオンとディーオはもちろん、周囲で剣を振り回していたメイド達も足場を失い最下層まで落下してしまうが。
「テルスマグニア放出! ここからはさらに精密な操作を……重力領域(グラビティ)『浮遊(エア)』!」
落下しながらもレオンは魔導アームを操作し、その指の先から小さな球体に分離したテルスマグニアが放出される。
さらに無数に散らばった重力の球一つ一つに細かな命令を加えていくことで周囲の物体を自在に操るほど複雑な操作をこなしていく。
「おや? 体が浮いていきますよ?」
「面白いですねー」
「でもこれではお二人を殺しにいけません。どうしましょう」
フィオを含むメイド達もレオンの重力操作によって落下することはなく、むしろ最上階まで戻されていく。
しかしこれで彼女達の殺意が止まるわけではない。このままでは最上階から飛び降りてでも二人を追いかけてくるだろう。
「だから、こうする。壊した瓦礫をすべて元の位置へ。そして遠隔術式展開、属性 《地》『岩々結合(ジョイントクエイク)』」
メイド達を全員最上階にへと送ったのち、瓦礫を元の位置に戻していくと、それらが魔術の力によって復元されていく。
この魔術は本来術者の手で触れていなければ発動できないものだが、もはやレオンにとって分離したテルスマグニアは己の手足のように扱うことが可能な領域まで達していた。それこそ、遠隔で魔術を行使できるまでに。
「おお、やるではないかレオン! うむ、あとは余らのこの状況をどうにかしてくれーっ!」
「そっちも大丈夫ですよ。落下地点に『反発(リベル)』を設置すれば……ッ!?」
包囲網からなんとか抜け出し、安心して着地の準備を整えようとしていたその時……レオンは驚愕で目を見開く。
レオンが驚くのも無理はない。落下する二人の背後にいつの間にか並行するように落ちる二つの影がそこにあったのだから。
『すごいねー、床をドッカーンってやっちゃった』
『でもでも、みんなは置いてけぼりだよ? みんなで一緒に落ちたほうが面白かったのに』
「"双子"……!」
「ぬおっ! いつからそこに!?」
それは、ここに至るまでまったく気配を感じさせなかった"双子"の姿だった。
「くそっ! テルスマグニア!」
「打ち落としてやるのだ! ステュルヴァノフ!」
突如現れた双子に咄嗟に攻撃を仕掛ける二人だが……。
「いない……!?」
すでにその場所に双子はおらず、二人の攻撃はむなしく虚空を抜けていく。
前回と同じだ、双子は突如現れ気づいた時にはもう霧のように消えてしまう。
「レオン! マズいのだ! 地面がもうそこまで迫ってるのだーっ!」
「しまった……! 間に合え……『反発(リベル)』!」
間一髪、地面に激突する前に反発する重力でなんとかギリギリで静止に成功したようだ。
しかし間に合ったからよかったものの、双子の現れた一瞬は落下に対するレオンの注意を逸らすには絶好のタイミングだったといえるだろう。
……まるで、わざとそうなるように仕向けたように。
『あれれ~、地面にぶつかってバラバラになってないよ~』
『ほんとだ~、ぐちゃぐちゃになってないね~』
「この……おちょくりおって。しかしもうこの国におったとはな」
「そんな気はしてました。フィオさん達に僕達を襲わせた時から」
最上階でメイド達が罠を張っていたということは、引っ掛けるための相手が必要だ。それは仮面にとっての"敵"……つまり双子にとっての"敵"ということになる。
つまりすでに双子の意思がこの王都に伝わっているという証拠だ。
しかし双子はどうやって空を飛ぶセブンスホープに追いついたのか。いや、今はそんなことよりも……。
「フィオさんや、みんなをあんな風にするなんて……絶対に許せない」
『なになに? ボク達と遊んでくれるの?』
『でもでも、アタシ達より先に遊びたいお友達がいるみたいだよ』
双子がそう言うと、廊下の角から数人の影が姿を現す。その姿には見覚えがあり……。
「ヤッホーレオン君! あたしとも遊んでよ!」
「マレルさん……」
そこにいたのはフィオの娘であり、魔導師ギルドでいつも魔導師達に微笑みかけていた受付嬢の一人であるマレルだった……その顔に仮面を着けて。
彼女もちろんレオンやエリーゼ達とも深く関わりがある。
「それにレオン君と遊びたいのはあたしだけじゃないよ。ね、ジオ、イレーヌ!」
「……」
「……」
「先輩方……」
そしてマレルの後ろから現れたのは、彼女と親しい魔導師の二人、ジオとイレーヌだった。当然のように、その顔に仮面を着けて……。
「やるしか……ないのか」
「うむ、こ奴らを蹴散らしてでも、余らは地下に行かなければならぬ!」
いつの間にか双子の姿は消えていた。そして増えていく仮面の集団を前に、レオンとディーオは覚悟を決めるのだった。
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