309話 伝染する悪夢


「陛下、魔導戦艦が見えました!」


「うむ! あ奴らに追いつかれないうちに早く乗り込むのだ!」


 町で起きた仮面の集団からの逃走を経て、ようやくセブンスホープの下までたどり着いたディーオとレオン達。

 逃走中に通信石で事前に連絡は入れていたため、帰還した彼らの姿を確認するとすぐにハッチが開き搭乗の準備が完了するが……。


「わーい! みんな今だ、乗り込めー!」

「お空を飛ぶお舟楽しみだな!」

「中にいるみんなとも友達になろうよ!」


「ぬおっ!? あ奴らどこから湧いてきおった!?」


 まるでそれを見計らっていたかのように周囲の物陰や草むらから仮面を着けた別の集団が四方八方から全速力で搭乗口に向かい駆けてくる。


「ぐぬぅ……あの数を一度に縛るのは……」


「僕が対処します! 重力領域(グラビティ)『障壁(バリア)』!」


 レオンが左腕を操作すると、それに呼応するかのようにセブンスホープの中心から広がっていくように重力の膜に包まれていく。

 一般人の力ではテルスマグニアによって発生させた重力の壁を突破することなど不可能で、仮面の集団は全員手前で足を止めることとなった。


「おお! やるではないかレオン! ここまで離れていてもあれほどの重力場を発生させられるとは」


「実は、もしものためにテルスマグニアの一部を魔導戦艦の中に残しておいたんですよ。なので、僕の命令式さえあれば遠隔でも十分その効力を発揮することができます」


 神器“テルスマグニア”の真価はその遠隔性と手数だ。それに加えて所有者の重力コントロールさえ完璧ならばあらゆる状況に対応できる汎用性も持ち合わせている。

 ……"仮面"によって正気を失っているといっても彼らはただの一般人であることに変わりはない。傷つけずに動きを止めるならレオンの力は最適だといえるだろう。


「だ、だがあれは余らは大丈夫なのか。問題なく通れるのだろうな」


「安心してください。こっちのテルスマグニアで作り出した同じ波長の重力場で僕達を包めばそのまま通り抜けられます。ただ……重力場で進めなくなっているとはいえ大勢の仮面を着けた人の群れの横を通り過ぎたくはありません。陛下、お願いできますか」


「うむ、正面の者どもだけを引き離せばよいのだな。それなら任せるのだ! そりゃりゃりゃりゃーなのだ!」


 勢いの良い掛け声と同時にディーオがステュルヴァノフを振るうと、いくつもの鞭の先端が重力場に群がる集団の前に現れては引きはがしていく。

 そうして人混みの一部分にぽっかりと空いた隙間を駆け抜けていき……。


「よし! 抜けたのだ!」


「早く二人を医務室へ! そうしたら僕達は指令室でこの状況の打開策をパスカルさん達と相談しましょう!」


 的確かつ迅速に行動し一つずつ状況を打開していく。しかしまだまだ絶望的な状況に変わりはない。

 人から人へ……まるで伝染病のように広がっている"双子"がもたらした仮面の脅威は常に迫っているのだから。


「パスカル! 状況は理解しておるか!」


「陛下! はい、こちらでも現在周囲の映像を確認しておりますが、これは……とんでもない事態です」


 指令室に備え付けられたモニターには映像を映し出す魔道具が今まさに周囲の状況を映し出しており、その事態の深刻さを伝えていた。


「どうやらこの状況は現在我々を囲んでいる仮面の一団だけではないようです。あちらのモニターを見てください」


 そう言ってパスカルが示したモニターは遠方を映し出すことのできる望遠機能付きの魔道具だ。そして、それが今まさに捉えている映像は……。


「なっ!? 何をしておるのだ……あ奴らは」


「黒い魔物を取り囲んで……殺してる?」


 現在世界を混乱させている黒い魔物だが、それがなぜか仮面の集団によって袋叩きにされ倒されている。もちろん黒い魔物も抵抗しているが、仮面の集団はいくら傷つこうが決してその手を緩めることはない。


「仮面は"双子"の影響で、それが黒い魔物を倒してるってことは……魔物の発生の方は双子の仕業じゃないってことですよね」


「それはそうなのだろうが……なぜこんな同士討ちのような真似をするのだ?」


 確かにどちらも終極神の事象の影響によってもたらされたものに違いないが、どうしてこんなことになっているのだろうか。

 こればかりは考えても答えは出ない。それよりも問題なのは……。


「このままこんなことを続けさせたらあの人達の体がもたない……」


 この戦闘によって引き起こされる一般人への被害の大きさだ。

 訓練された兵士や魔導機なら黒い魔物と戦闘を行っても被害は少なく済むだろうが、仮面によって正気を失っている彼らはただの一般人であり、場合によってはその体を大きく傷つけてしまう。

 ……そして彼らは、たとえどれだけの重傷を負ったとしても戦いをやめることはないだろう……先ほどの少女のように。


 そしてもしそんな状況が世界中に広がったら……それこそ世界の終わりだ。


「今は我々もこの魔導戦艦の中にいるため影響はありませんが……彼らはまだ仮面を着けていない人の気配を察知してはどんな手段を用いてでも近づこうとしてくるでしょう」


「問題は……現時点でこの被害がどこまで広がっているかということです。もし都市にまで広がってたりしたら……」


 もしメルト王国最大の王都にまで被害が広がっていたとしたら……大都市の国民すべてがその交通網を駆使して瞬く間に世界中へと拡散していくことになるはずだ。

 それにメルト王国の王都には……。


「お待ちください! 今のお二人の状態で操縦席に着くのはお体に障ります」


「む、どうしたのだサロマ。お主には医務室で二人を見ているように言っておいたはずだが……」


「そのお二人が、ご無理をなさってこちらまで来てしまったのです」


 サロマの後ろを見ると、まだ若干苦しそうではあるが立ち上がれるまで回復したエリーゼとシリカの二人がそこに立っていた。


「リーゼ、シリカちゃん! ダメだよ、まだ安静にしてなきゃ! あの"双子"の影響がどれだけのものかわからないんだから」


「こんな時に……のんきに寝てなんていられませんわ」


「私達の体のことなら心配ありません。少しずつですが、体の中から毒気のようなものが抜けていくのを感じてますから」


 確かにそう言うシリカの顔色は先ほどよりも大分よさそうに見える。

 双子による仮面の影響はおそらく事象力を用いたものなのだろう。だが人知を超えた事象操作の力も一概に万能とはいえない。それを扱う存在の力量に左右されるものだ。

 人から人へと伝染するこの仮面は確かにその規模は膨大だが、鎧や先生の事象操作と比べると少しばかりパンチが弱いようにも感じられる。


「それに、これから被害状況を確かめるために王都に向かいますのよね。でしたら、わたくしはなおさら引くわけにはいきませんわ」


 王都はエリーゼの出身地。もし自分の生まれ育った故郷に終極神の魔の手が迫っているとしたら……居ても立っても居られないはずだ。


「……そうだね、それに今あの都市にはフィオさんやマレルさんもいる。リーゼは、彼女達のことが心配なんだよね」


「別に……そういうつもりで言ったわけじゃありませんわ」


 相変わらず素直でないエリーゼだが、その表情を見れば心配なのがまるわかりだ。


「でしたら、ますは一刻も早くこの場から離れましょう。陛下、レオンさん、お願いします」


 その言葉を聞いて二人はセブンスホープにおける自分達の定位置、飛空艇用の制御席へと移動する。

 エリーゼとシリカも自分達の操縦席へと着く。サロマもそんな二人に気を配りつつ、指令席に座るディーオの横に着く形でこの場に残るようだ。


「魔導戦艦全システム正常! いつでも発進可能です!」


「よし……テルスマグニア、エネルギー解放! ディーオ陛下の操縦席とのリンク……完了です!」


「うむ! では魔導戦艦セブンスホープ……発進なのだ! 目指すは我が友好国メルト王国の王都なのだ!」


 こうしてセブンスホープは再び離陸し大空を駆けていく。それはもはや仮面の集団がいくら手を伸ばそうとも届かない不可侵の領域。


『あれれ~? 飛んでっちゃったね~』

『ここからもっと楽しくなるはずだったのにね~』


 その様子を、仮面の集団の中心で見送る"双子"の姿があった。


『ねえねえ、でもでもあっちにはボク達の"お友達"がもっといっぱいいるよ』

『そうだねそうだね。それじゃあアタシ達もあっちで一緒に遊ぼうよ』


 そう半分の仮面以外は無表情のまま、ケタケタという笑い声と共に双子はその姿を消す。

 周囲に……楽しそうに狂った仮面の集団を残して……。




「陛下、メルト王国の王都を確認しました!」


 空を進む飛空艇セブンスホープはものの数分もしないうちにメルト王国の王都へとたどり着く。

 しかし都市の様子を伺うにもまずは着陸できる場所を確保しないといけないのだが……。


「ッ! ダメです陛下! これでは……着陸できません!」


「なぬ!? そんなわけなかろう、大国メルト王国の王都ともなれば広い場所の一つや二つ……」


「いいえ陛下……モニターをご覧になってください」


 搭乗員の一人がそう言って確認していた一つの映像を大画面のモニターに切り替えると、そこに映っていたのは……。


「なんなのだあれは? いくつもの小さな点が所かまわず動いて……ひ、人なのかあれは!?」


 遠くの視点からなので分かりづらいが、地上にはそれこそ大量の人間が動き回っていた。それは街の中でも外でも、どこを見ても必ず誰かしらが動いている。

 そして、恐れていたことに彼らの顔には……。


「見えづらいですけど、仮面……着けてますよね」


 双子の悪意が侵食した証拠である仮面を誰もがその身に着けていた。

 それはつまり、もうこの国すべてが乗っ取られてしまった最悪のパターンが訪れてしまったということであり……。


「むぐっ……メルト王国の王都が陥落したということは……次に被害が向かう先は我がヴォリンレクスということになるではないか! これはマズいのだ……早く進路をヴォリンレクスへ」


「ちょっとお待ちなさいなバカ皇帝!」


「なぜ止めるのだエリーゼよ! 確かにこの国がすでに敵の手に落ちてしまったことは残念だが、ここで止まるわけにはいかぬのだ! それくらいお主ならわかるであろう!」


 すでに自分の故郷が陥落してしまったエリーゼの心中はきっとこの中の誰よりも辛いはず。だがそれを理解していても自分の国を同じ目に合わせないようディーオもいち早く駆けつけなければならないという気持ちでいっぱいなのだろう。


「だから焦るなと言ってるのよ。よく見なさいな、すべての国民が仮面に憑りつかれたというのなら、なぜこの周囲には今魔導戦艦が着陸できる場所がないほど人が溢れかえってるのか」


 しかしエリーゼは冷静だった。そして分析も適格だ。

 確かによく見れば仮面を着けた人間は街中をずっとうごめくばかりでどこかへ向かおうという気配は見られない。


「シリカ、あなたもさっき感じましたわよね」


「はい、仮面に侵食されかけた時に感じました。あれの優先目標は、近くにいる人間を確実に同じように仮面の集団の一員にすることです」


 先ほどの一瞬における仮面の侵食に苦しんだ二人だが、どうやらその一瞬で仮面の情報をわずかながら会得していたのだ。

 そして、今の情報が確かなら……。


「ぬ? ぬ? つまりどういうことなのだ?」


「この王都のどこかにまだ、仮面の影響を受けていない生存者がいる……ということですね、エリーゼ様」


「ええそうですわ。おバカにもちゃんと伝わるように説明すべきでしたわね」


「ぬおーっ! バカにされたのだーっ!」


「まあまあ、陛下はそれだけヴォリンレクスのことを心配してたんですから仕方ないですよ。それに、リーゼも調子が戻ってきたみたいでよかったよ」


 確かに弱っていた先ほどよりも高飛車な口調はいつものエリーゼらしいといえばらしい。それに、ディーオにはああ言った方が伝わりやすいだろうとも考えての発言……かもしれない。


「ですがどうしますか? 生存者がいるということは理解できましたが……」


「まずはその人達を助けるべきだと思います。そのあとは……魔導戦艦を使って彼らを一か所に集めるんです。まだ仮面を着けていない人間が彼らの標的なら、安全に彼らをおびき寄せることが可能のはずです」


 そしてそのあとに終極神の事象である"双子"を叩く。理屈はわからないが、双子は仮面の人間が集まる場所に現れる。だとすれば、一か所に集めることさえできればそこに現れるはずだ。

 王都内に生存者がいるならセブンスホープでおびき寄せようとしても、幾人かはその生存者に引き寄せられここを離れることはない。

 だからまずは生存者の救出、これを第一目標にするべきだろう。


「ですが魔導戦艦が着陸できない以上どうしようもありません」


「そこは……こうします」


 レオンは何か作戦があるようにそう言うと、設置されていたテルスマグニアを半分ほど左腕に取り込むと操縦席を離れていく。


「ぬおっ!? レオンよ、離れても大丈夫なのか?」


「はい、半分に分けたテルスマグニアに命令式を与え、魔導戦艦を浮遊させてます。これには陛下のお力も必要ありません。推進するには陛下に座っていただく必要はありますけど」


 セブンスホープが飛空艇としての機能を扱うには、移動のためにディーオの魔力が、細かい軌道のためにレオンの操作が必要だ。しかしただ浮かすだけならばレオン一人の力でも十分に補うことができる。

 これは……テルスマグニアの前任者、天空神ことノゾムもやっていた分割方だ。


「あれだけの仮面の集団の中でまともに動けるのは僕と陛下しかいません。だからここは」


「うむ! 余らに任せておくのだ!」


「結局、お二人に負担をかける形になってしまうんですね……」


「こんな状況を目の当たりにして……悔しいですわ」


「ディーオ様、レオン様……どうかご無事に戻ってきてくださいませ」


 こうして浮遊するセブンスホープを王都の中心、王城の真上に停め、二人は再び立ち上がり出撃の準備を整えていく。

 この街に残る、わずかな生存者を見つけ出すために。


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