308話 遊びは楽しく(残虐に)


 ここはヴォリンレクスの隣国であるメルト王国北部の町の一つ。魔導戦艦セブンスホープから他の英雄メンバー達が飛び立ったのち、この地へとたどり着いたチーム『スカイエンペラー』は今……。


「ぬおおおおお! 早く逃げるのだーっ!」


 とても勢いよく町から後退していた。


「慌てないでくださいディーオ陛下! どうやら意識が乗っ取られていても彼らは自身の身体能力以上の動きはできないみたいですから、僕達なら簡単に振り切れます!」


 しかし二人も逃げたくて逃げているわけではない。今彼らを追っているのは終極神の事象という"敵"ではなく。


「あはは、楽しい楽しい!」

「わーい! 待て待てー!」

「陛下ー、待ってくださいよー!」


 奇妙な仮面を被らされた本来守るべき国民や自国の兵士がこちらを捕らえようと迫って来ていた。それも一人や二人ではなく、町の住人全員と調査に向かわせた兵士全員がだ。

 だが彼ら全員が脅威かと言われれば……。


「うわっ! 転んじゃったーあははー!」


 今転んだ小さな少女のように戦力として数える必要のなさそうな者まで混じっている。さらにレオンの言ったように身体能力は普通の人間そのままのため、振り切るのは容易いだろう。

 だがそれでも、レオン達は彼らに一人たりとも追いつかれるわけにはいかない。なぜなら……。


「まだ少し……頭がクラクラしますわ……」


「ごめんなさいレオンさん……。私達のせいでこんな……足を引っ張ってしまって」


 どこか具合が悪そうに頭を抱えるエリーゼとシリカをこのままにしておくわけにはいかないからだ。

 なぜ二人がこんな状態になってしまったのか……それは、レオンが咄嗟に陥没させた地面に仮面を着けた住人達を落としたあとに現れた謎の"双子"が原因だった。


 双子の登場と同時にレオン達に追いついたエリーゼとシリカは急に頭を抱え苦しみはじめ、二人をこの場に置いておくのは危険だと判断したレオンが二人を抱えて飛び出し、ディーオもそれに続いて逃走する形となった。

 今は二人ともレオンの重力球に乗せ、彼女達を守るように走るオルトロスと共に並走中だ。


「まさか……わたくしが足手まといになるなんて……屈辱ですわ」


「リーゼもシリカちゃんも、足手まといなんかじゃない。ただちょっと、今回は二人が直接対峙するには相手が悪かっただけのことだよ」


 あの突如現れた双子……おそらくあれこそが終極神の事象の一つなのだろうが、どうも人間に対しては無差別に事象干渉を行っているようだ。

 それに、なぜこの場に"二人"もいるのかも謎だ。ムゲンの観測では終極神から生み出された事象は三つで、他の二か所に向かった仲間達がそれぞれ一つずつ対応しているはず。


「うぬぬ……しかしなぜ余らのところに二人もおるのだ」


「もしかしたら、これが師匠の言ってた"想定外"なのかも……」


 レオン達がこの地に降り立つ前、ムゲンはブルーメで下船した。だがその際にセブンスホープに残ったメンバーにある言葉を残していた。


「魔導戦艦から降りる時師匠は言ってました。「もしかしたら終極神がアステリムに生み出した事象は三つではなく"四つ"かもしれない」って」


「なぬー!? それではその"四つ目"がちょうど余達が戦う事象と重なっておったということかーっ!?」


「かもしれませんね……」


「それでは余らの負担だけ他の二倍ではないかーっ! 聞いておらぬぞそんなことーっ!」


 これが本当に二つの事象を相手にすることなら、もしかしたらレオンとディーオだけでは手が足りないかもしれない。

 しかし……。


(でも僕達の場所に事象が二つ現れるなら師匠はブルーメで降りる必要なんてなかったはずだ。だとしたらここに現れた二人は……)


 必死に思考を巡らせるレオンだが考えても答えは出てこない。

 それに、町の手前で姿を現して以降に双子はその姿を見せていない。だからこそこの"敵"に関しては情報が少なすぎるのだ、その正体も、行動原理も、攻撃方法も。


「とにかく今は彼らから逃げることに……あれ?」


「いたーい! また転んじゃったー、アハハー!」


 振り向くと、先ほど転倒していた少女がまた何かに躓いたかのように転んでいた。

 それでも再び立ち上がり、大人にも負けない速さで追いかけてくる。


「まったく、子供は転んでも元気なくらいがちょうどいいと言うが、あ奴は驚くくらい元気だのう」


「いやいや陛下、今そんなこと言ってる場合じゃ……え?」


 その違和感に気づいたのは偶然のことだった。それは二人が転んだ少女に注目してたからこそ気づけた確かな異変。


「陛下……あの子の足を見てください」


「ぬ? 足がどうかし……なっ!?」


 二人が目撃したものは……膝が擦り剝け、ドクドクと吹き出す血液を流す少女の足だった。

 だが二人が恐怖を覚えたのはただの怪我だけが原因ではない。そんな負傷を負いながらも怪我を気にするそぶりも見せず全力疾走してくる少女の異質さに……だ。


「な、なにをしておるのだあの少女は!? あんな傷で、走ってる場合ではないだろう! それにそんな足ではまた……」


「アハ……あいた! ……楽しいな! 追いかけっこ楽しいな!」


 少女のボロボロの足ではもはやバランスを保つことも難しく、ガクンと崩れてまた転んでしまう。

 それでも無理やりその体を起き上がらせては再び走り出す。その足が壊れるまで……いや、たとえ壊れたとしてもあの少女は追うことをやめないだろう。


 なぜなら、その行為がなによりも"楽しい"から……。


「ッ! 今すぐにやめさせないと!」


「余に任せよっ! ステュルヴァノフ、『拘束(バインド)』なのだ!」


 ディーオがステュルヴァノフを振るうと、分身した鞭の先端が少女の前に現れその体に巻き付いていく。


「わー! なにこれー! 楽しーい!」


「なんと無邪気が娘なのだ。よしレオン、このまま引き寄せるのでお主の魔術で足の治療を……」


 少女の足は今すぐにでも治さなければ取り返しのつかないほどの重症だ。今この状況で回復魔術が使えるのはレオンだけなので、当然の選択といえば当然だが……。


「ダメです陛下! あの子をこっちに引き寄せたら……おそらくリーゼもシリカちゃんもまた仮面の被害に……!」


 追いかけてくる彼らのつけている"笑いの仮面"はおそらく近づいた者に次々と伝染していくものとレオンは推察していた。もしその推察が正しければ、少女が近づくことで苦しんでいる二人にさらなる影響が降りかかってしまう。

 今の状況で自分達から二人を遠ざけるわけにもいかない。しかし目の前の少女の傷を放っておくこともできない。

 なら残された手段は……。


「陛下、そのままあの子を拘束しててください。僕が……直接治しに行きます!」


「ま、待つのだ! お主一人であの中に飛び込むなど……!」


 ディーオが止める間もなくレオンは一人、追ってくる群衆の中に飛び込んでいく。

 あの仮面はおそらく事象操作の影響であるため、神器の所有者であるレオンに影響はない。


「術式展開、属性 《生命》、『再生治癒(ヒーリング)』」


 拘束されている少女の下へたどり着き、即座に回復魔術を行使するレオンだが。


「レオン! 危ないのだーっ!」


 少女を助けていようがお構いなしに周囲の仮面の集団が手に持つ武器をレオンに向けて突き出してくる。いや、武器といってもそれらは農具や包丁といった日用品に加え、その辺で拾った石などもはや何でもありだ。


「くっ……重力領域(グラビティ)『反発(リベル)』!」


ビタビタビタビタッ……!


 その攻撃に対しレオンは左の手のひらから重力球に命令を加え、すべての切っ先を反転した重力で静止させる。


「とにかく、今は一刻も早くこの子の治療を……」


「アハハ! えーい!」


「……!?」


 レオンが治療に集中しようと少女に向き直ったその瞬間だった。少女の手にはいつ拾っていたのか先の尖った木の枝があり、レオンの右目に向かってためらいなく突き出してきていた。

 だがそれも突き刺さる手前で静止し、無傷でとどまることとなる。


「こんな……小さい子までこんなこと……」


『あれれ~? 刺さってないよ~?』

『ホントだ~? なんでなんで~?』


「わっ!? いつの間に……!」


 当然現れたその声の主は、あの"双子"のものだった。

 誰も気づかないうちにレオンが少女を手当てしている様子を覗き込んでいる。いや、正確には少女がレオンを刺そうとしている様子をだ。


「ぬおっ!? いつからそこにいたのだ! だが姿を見せたのなら好都合なのだ!」


 そう言うとディーオは双子を狙ってステュルヴァノフを振るい攻撃を仕掛ける。

 だが……。


「ぬっ!? て、手ごたえがまったくないのだ!?」


「陛下! もうここに双子はいません! 僕の視界からもいつの間にかいなくなってました!」


「うぬぬ……捉えていたはずの魔力もどこにも感じないのだ。いったいどうやって……」


 こつ然と姿を消した双子はその魔力の痕跡すらどこにも感じられない。神器の特訓で魔力の探知を鍛えたディーオや魔導師であるレオンにさえ悟られずに一瞬でどうやってこの場から消えたというのか……。


「くうう、わけがわからぬ! まあよい! レオン、治療はまだ終わらぬのか!」


「もう少し……よし! これで大丈夫、今そっちに戻……」


ドゴォン!

「ブモォオオオオオ!」


「うわっ!?」


「こ、今度はなんなのだ!?」


 レオンが治療を済ませ戻ろうとしたその時だった。突然近くの林から大型のイノシシ魔物が飛び出してきたのだ。

 だがどうも様子がおかしい。見境なく暴れまわっており、その体にはいたるところに傷跡がつけられている。

 林から飛び出してきたのも、まるで何かに追われているような……。


「わー、待て待てー!」

「いっぱい刺した、いっぱい刺したよ!」

「逃げられないように足を折ろう足を!」


「なんだ……あれ……。魔物が出てきた林の中から仮面を着けた人があんなに……」


 直後、イノシシ魔物を追うように数十人もの仮面を着けた人間がその手に刃物や鈍器を携えてとびかかっていく姿が目に入ってくる。

 おそらくあれらでイノシシ魔物に傷をつけたのだろうが、その逆に追いかけてる人達も傷だらけで……その光景は異様でしかなかった。


『おおー、あっちも楽しそうだね~』

『あっちのみんなは狩りで楽しんでたんだね~』


「また現れた!?」


 その様子に興味を示したかのように再び双子が現れる。今度は空中に、その様子を観察するように。

 今の状況で再度双子に攻撃を仕掛けることもできるだろうが、今攻撃したところでまた先ほどのようにかわされるのがオチだろう。


(それに、あっちのみんな……って)


 よく見れば林から出てきた仮面の集団はまるで何日も彷徨っていたかのように薄汚れてボロボロだ。つまり、先ほどからレオン達を追いかけてきた村の集団とは別の一団ということになる。

 それは、自分達を追いかけてきている集団が住んでいた村以外にも"仮面"の被害が広がっているということでもあり……。


(いったい……どこまで広がっているんだ……!)


 レオンの脳裏によぎる最悪の想像。出発した際ヴォリンレクスに被害が及んでいなかったことから隣国までは届いていないだろうが、それでもメルト王国は……。


「ッ……! 陛下! 早く魔導戦艦に戻りましょう! この被害がどこまで広がっているか……早く確かめないと!」


「……! わかったのだ! ここからは……全速力なのだ!」


 "双子"がもたらした本当の危機を悟り、二人は一抹の不安を抱えながらセブンスホープへと向かうのだった。


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