305話 どこまでも広がる空の中で
「セイヤ! 奴はどこへ逃げた!」
「現在は第五大陸を高速で南下、このまま進めば第六大陸まで突入するな」
先生は当初の予定である二人への奇襲が失敗したため、即座にその場から離脱し二人の前から姿を消した。
あろうことか二人との戦闘を避け逃げ出したのだ。
「どこまでも逃げ切る気か……クソッ、俺達をおちょくっているのか」
「奴は理解しているんだ、オレ達に倒されることが一番の損失だということを」
終極神によって生み出された三つの事象はそれぞれアステリムの事象を破壊する役割を持つ。だがその方法に関してはそれぞれの自由なやり方に任されているため、破壊の方法も異なる。
"鎧"のように己の拳のみですべてを破壊する方法を選べば、立ちふさがる敵を前にすればそれを対処しなければならないだろう。
だがこの"先生"の場合は……。
「奴を倒すのが遅れれば遅れるほどに世界の被害は広がっていく。そもそも奴にとってはオレ達と戦う必要すらないということだ」
先生の"作品"はそのすべてが彼の事象力によって成り立っているため、元凶である先生を倒すことさえできれば世界を混乱させている魔物騒動を一気に解決することができる。
だからこそ先生は逃走を選んだ。たとえ二人に勝利する自信があろうと、0.1%でも自分が敗北する可能性があるのならば危険を避け目的の達成を優先する。
対して二人はこの戦い、決して先生を逃がすわけにはいかない。だが……。
「むむっ! 星夜、前方からなんか嫌な気配が近づいてくるよ!」
「レーダーでも確認した! 大型の飛翔魔物が二体……突っ込んでくるぞ!」
それは肉眼では捉えられないほど遥か遠く、先生の手から解き放たれた悪意の塊。
レーダーの反応はまだ数千キロも先だが、レイと星夜がこちらに狙いを定められたと感じたその瞬間。
「ッ! ……防げ、アーリュスワイズ!」
ゴギンッ!
「ゴギャアアアアアアアアアアア!?」
「ゴブルゴオオオオオオオオオン!?」
突如目の前に現れた二匹の生物。それは目視で捉えられない速さで突っ込んできた鳥のような姿の魔物だった。
いや、これも鳥というには少々奇妙な姿をしている。骨格がすべてむき出し……というよりは、骨格で組み立てられた身体の内側に肉が軸としてついている、本来の生物とは真逆の形をした異質な物体。
それにしても驚異的な速さだ。突撃してくる直前に気づきレイがアーリュスワイズで防御したため被害もなく済んだが、もし直撃していたらただでは済まなかっただろう。
「助かた……です」
「安心している暇はないぞ……どうやらこれで終わりじゃないようだからな」
「そうだよー! まだまだ嫌な気配は止まってないよ!」
先ほどぶつかってきた二匹は激突の衝撃からか体を崩壊させながら墜落していったが、この先生による"攻撃"はこれだけで終わりではない。
「フローラ、大まかでもいい! 向かってくる方向をレイに伝えるんだ!」
「うん! 次は……二時と九時の方向!」
「こうか……ッ!」
ガァン!
「ガギャ!?」
「ギガァアアア!?」
今度は弧を描くように突撃してくるが、フローラの的確な感知によりなんとかレイの防御が間に合った。
アーリュスワイズで全方位に守りを固めれば方向を気にすることもないだろうが、面積を増やすほどに魔導機の機動性は若干落ちていく。
逃走する先生を追っている状況でそれは悪手だ。そのため、防御の面積はギリギリまで抑えなければならない。
「次はどこからくる!?」
「えっと、えっとね……十二時と三時! で、でもなんだろうこれ……なんか変な感じのものがくっついてるの」
「変なもの?」
フローラにも上手く説明できないようだが、残念ならがそれを考えている時間はない。先ほどと同じように弧を描きながら突撃してくる飛翔魔物が迫っていた。
「仕方がない、同じように防御する!」
ガガンッ!
先ほどと同様に突撃をアーリュスワイズで受け止め、力尽きた魔物が地上へと落ちていく。これまでと変わらない攻防だが……。
「まだだよレイくん! 油断しないで!」
「ッ!? なんだ、こいつらは!」
今回の攻防は受け止めて終わりではなかった。飛翔魔物が激突したその場所には、これまでのどの魔物とも違う新しい形のものがその場に浮遊している。
それは四角い半透明な人間大のプリズムで、各頂点に同じように小さなプリズムが連なっている奇妙な生物が二体。いや、果たしてこれは本当に生物なのだろうかという疑問も湧くが。
「##########」
「%%%%%%%%%%」
「こいつら……魔力を膨張させているのか!?」
プリズム達は魔導機と並走しながらそれぞれが偏った属性の魔力を膨張させていた。その影響か片方は赤く、もう片方は黄色く変色していく。
それが意味することとは……。
「マズい!? 包み込めアーリュスワイズ!」
「####――――!」
「%%%%――――!」
「きゃあ!」
「くっ……機体に振動が!」
「爆発……したです」
魔力の膨張が限界を迎えたプリズムが爆発したのだ。片方は炎を、もう片方は雷を撒き散らしながら。
レイの咄嗟の判断によりそのほとんどが異空間に消え去ったが、包み切れなかった衝撃が機体にダメージを与え、バランスを崩してしまう。
幸い致命的な損傷もなく、誰一人怪我もしていない。だが今の一撃で若干の遅れが生じてしまった。こんなことが続けば、一生かかっても先生に追いつくことはできないだろう。
「……ひどい」
「どうしたフローラ?」
なぜかフローラがひどく怯えている。こちらに損害はなかったが、彼女だけはなにか別のことで心を痛めているようだ。
「さっきのあれ……多分精霊族が基になってる。それを、あんな姿にして、使い捨てるみたいに……」
おそらくあれらも先生の"作品"なのだろうが、どこまで命を冒涜すれば気が済むのだろうか。きっと爆発を直接見ておらずとも、その瞬間を素晴らしいと勝手に感動していることだろう。
「……最速で追いつくぞ。レイ、オレはここから常に最高速度を維持することに注力する。お前はフローラ達と協力してスピードが落ちないよう防御に集中してくれ」
「ああ、これ以上こんな行為を許すわけにはいかない!」
アクセルを強く踏み、魔導機が激しく駆動する。魔導エンジンから流れる神器“ムルムスルング”の粒子が機体の回路を伝わり赤く輝きはじめる。
「振り落とされるなよ! アクセラレーション!」
その莫大なエネルギーによって加速したスピードは搭乗者にも負担を強いるほどの圧力が生じる。
なりふり構っている暇もない。だがその行く手を阻むように次々と魔物が飛来し。
「四時と七時の方向! 四時の方はプリズムの魔物がついてるよ!」
「ぐ……おおおおお!」
激突を受け止め、爆発を包み、徐々に徐々に先生へと近づいていく。
そしてついに……。
「捉えた! 前方10000メートル先に反応を確認!」
「まてくだ……! 大き……反応……きてま!」
ようやく目と鼻の先まで追いついたというのに、ここでさらにこれまでとは違う巨大な反応が前方から真っ直ぐ近づくのをレーダーに捉えていた。
「れ、レイくん! 真正面、ものすごい大きなのがくるよ!」
「ならば限界まで面積を広げて……受け止める!」
ゴォオン……!
「ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
「ッ!? なんだこの巨大な鳥の化け物は……!」
目の前に突如現れた巨大な鳥の魔物。造形は先ほどまで突撃してきた飛翔魔物に似ているが、その大きさと禍々しさは別格だ。
アーリュスワイズの防御面積を最大限まで広げたことでなんとか突撃は防ぐことはできたが、激突しても撃沈することはなく態勢を立て直そうと攻撃の意思を見せている。
「今の一撃でかなり減速させられた。このままだとまた大きく離される。まさかこんなものまで用意してたとはな」
「これが奴の切り札というところか。放っておきたくはないが、無視して奴を追うのはどうだ」
先ほどの激突で首が変な方向に曲がっており、未だビクビクと痙攣しているが空中に留まっている状態だ。
このまま再び最大速度で飛べばすぐにでも先生に追いつけるかもしれないが。
「いいや、不服だがあれは今ここで倒しておくべきだ。このまま無視して追いかければ必ずオレ達を挟み撃ちにしようと待ち構えるだろうからな。それに……」
バキ……ゴキ……!
曲がった首が戻り、こちらを睨み狙いを定めている。
さらに魔物の体が変形していく。胴体から伸びた骨と肉が段々と形を成していき、やがてそれは二本の巨大な腕となった。
「ゴギュルグググググ……!」
「あちらさんも、オレ達を逃がすつもりはないらしい」
巨大な魔物は再び翼を広げ、こちらへ突撃の構えを取る。
だが今度は突撃だけでは済まないことは明白で。
「また突っ込んでくるぞ! 防御を……」
「いや、正面から戦うと決めたのなら、わざわざ受けてやる必要はない!」
飛び込んでくる巨大な魔物をとても細かな動きで躱し、ギリギリ当たらない位置へと移動する。
だがその場所へと先ほどの生やした腕が伸び、拳が襲い来る。
「ミーコ、迎撃だ!」
「魔導みさいる……発射……です!」
ガコンッ! バシュシュシュシュ!
「ギャアアアアア!」
魔導機のミサイルポッドから魔力で精製されたミサイルが拳に命中し、バラバラに崩れていく。
しかし同時に崩れた腕の破片が形を変えていき、その鋭い眼光がこちらを狙い……。
「レイくん!」
「わかっている! そっちは俺が止める!」
レイがアーリュスワイズを広げ、それの激突を抑える。その正体は先ほどまで何度も飛来してきた魔物と同型のものだ。
「どうやらあの巨大な魔物は複数の魔物を無理やり張り合わせような形で作られたもののようだな」
「チッ、複数で済ませられる数じゃないぞ、この大きさは」
「ルルルォオオオオオオオオオオオオ!」
しかもこちらの攻撃で無理やり剝がされた部分だけが魔物として襲ってくるわけではないようだ。尻尾の棘の部分から飛び出すように剥がれ、それがプリズムの魔物へと変わっていく。
十分に魔力を膨張させたそれらが空から降り注ぐ。さながらまるで爆薬のように。
「速度を上げる! 振り落とされるなよ!」
星夜はエンジンの出力を上げ、巨大な魔物から逃げるように空を駆け出す。
魔物の方もそれを追うように翼を広げ、まるでジェット噴射のように加速していく。
「おいセイヤ、どうして逃げる! ここで仕留めるんじゃなかったのか!」
「焦るな、今はあれが追ってこれるようわざと速度を抑えている。この状態で先生に追いつく気はないが、それでも距離を離されすぎるのは避ける必要がある」
つまり、挟み撃ちにされない程度に先生を追いかけつつ、魔物を迎撃しようというわけだ。
「ギャギャギャ!」
巨大な魔物が尻尾と足を分離し飛ばしてくる。また高速で突撃してくる魔物を射出したようだが先ほどまでとは様子が違う。その背に何か別の肉の塊を背負っている。
「今度も俺が……」
「待って! あれ、あの背負ってるやつ! さっきの村で地面から出てきたのと同じやつだよ!」
あの腕がどこまでも伸びる厄介な魔物だ。もし魔導機の手前でそれが解放されれば、一瞬で何体もの魔物から腕が伸び囲まれてしまうだろう。
ならば……。
「サテライト……発射……です!」
「俺も遠距離の魔術で応戦する!」
別の魔物を背負っているせいか飛翔魔物の速度はこれまでよりも遅い。
サテライトから発射されるエネルギー弾とレイの風によって次々と飛翔魔物が撃墜されていく。
だがそれと同時に背中から腕の魔物が飛び出しものすごい勢いで腕を伸ばしてくる。
「爆雷……ばらまき……ます!」
ボボボボボボボボボ!
「グギャギャギャギャアアアア!?」
「オギョギョギョバアアアアアア!?」
広範囲に爆雷を発射し、弾けた爆撃がすべての腕を焼き尽くしていく。
そして翼を持たない腕の魔物はそのまま地面に落下し……。
「ギャッ……!?」
潰れたカエルのように無残な姿で地面に叩きつけられる。そのまま戦線に復帰することもなく体は崩れ、消滅していく。
「こちらからも攻めるぞ! ミーコ、ブラスターを使う」
「あ、あれ……すか」
どうやら星夜にはあの化け物に対する秘策があるようだが、ミーコがなぜか動揺している。
星夜が使おうとしている"ブラスター"とはいったいなんなのか……。
「安心しろ、ここは空中だ。それにちゃんと出力は抑える」
「りょかい……です!」
「セイヤ、何をする気だ?」
「オレの神器を最大限に活かした武装……ムルムスルング・ブラスターライフル。これがオレの切り札だ」
そう言うと機体の下の格納部分が開き、二丁のロングライフルが現れる。
だが星夜が魔導機の操縦桿から手を離せないため、自動で機体に接続され固定砲台のように魔物に狙いを定める。
「タイミングは次に攻撃してきた瞬間、狙うのは奴の翼だ。機動力を奪い……一気に叩く!」
巨大な魔物は攻撃を飛ばす際、下半身から徐々にその体を削っている。先ほどは足まで撃ち出し、次は胴体の下半身ということになる。
そこでさらに翼を失えば残るは上半身と頭のみ。
「ゴギャアアアアアアア!」
「来たぞ! ブラスター出力50%……発射(ファイア)!」
「飛んでくる攻撃は全部あたし達が撃ち落とすよー!」
先ほどと同じように飛来する魔物をサテライトで撃ち落とし、腕の魔物を爆雷で吹き飛ばす。
そしてブラスターから放たれた二本の閃光が巨大な魔物の翼を根本から撃ち抜き、焼き落されていく。
「バギャアアア!? ……アアアアアアアアアア!!」
「ッ! 何か仕掛けてくるか!」
翼が焼かれ、巨大な魔物も驚愕してはいたものの、なにかしらの反撃はあると高をくくっていたのか次の攻撃の準備をすでに開始していた。
「コォオオオオ……!」
顔の穴という穴からエネルギーが漏れ出し、首の付け根から何かが噴射するように飛び出そうとしている。
おそらくこれが最後の一撃だろう。一番軽い首だけに威力と速度を集中させ、初撃を防いで油断したところへぶつけようとしているわけだ。
だが……。
「悪いがそんなものを撃たせてやるほど……俺達は甘くない!」
「カッ!?」
力を溜めている魔物の頭上にはすでにレイの姿があり、その巨体を飲み込むほど巨大な魔術を振り下ろしていた。
「風圧ですべて潰れろ! 『風王大気流(グランアトモスフィア)』!!」
「ゴッ……グギャアアアアアアアアアアア!?」
巨大な球の中に閉じ込められた乱気流を押しつぶしていくように下降させ、残った魔物の体と頭を飲み込んでいく。
包み込まれた部分は暴風の波に抗うこともできず細切れに切り刻まれて生き、最後には塵となって消滅していくのだった。
「あれあれ? レイくんいつの間にあんなところに!?」
「神器による近距離転移だそうだ。オレ達の攻撃で注意を逸らしている隙に奴の背後を取れと指示しておいた」
「ふん、別にお前の指示に従ったわけじゃない。俺もそうするのが一番最善だと判断したまでのことだ」
それでもこれだけ息の合ったコンビネーションを組めるのは、二人の相性がいいからということなのは……多分お互いも理解してるだろう。きっとこの先も、お互いにそれを口にすることはないだろうが。
「それよりもセイヤ、ちゃんと奴の後は追えているんだろうな」
「心配するな、どうやらもう追い付きそうだ。奴はどうやら……あそこを目指していたようだからな」
「あそこ……ッ!?」
「どうやら、オレ達は第五大陸を一周してきたらしい」
飛んで逃げ回りながら先生が目指していた場所……。それは出発地点でもあり、未だサティ達が先生の生み出した"作品"との戦いを繰り広げている中心の都市だった。
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