304話 戦いの舞台は選ばない


 レイと星夜の二人が臨戦態勢に入る。だがただ闇雲に攻撃を仕掛けるわけではなく、注意深くタイミングを伺っている。

 なにしろ彼らはまだ目の前の先生がどのような"敵"であるかまったく理解していないのだから。


『おや、仕掛けてこないのですか? 先ほどはワタシの意見に大分お怒りのようでしたのに』


「残念だが、俺達はそこまで考えなしの愚か者じゃないんでな。そういうやつは別の場所へ向かった考えなしの直情バカ一人ぐらいなものだ」


 本人が聞いたら怒りそうな発言だが、あながち間違ってもないのでなんとも言えないところである。

 それに、そんな一直線な性格だからこそ任せられる"敵"もいる。そしてこの先生との戦いにムゲンがレイと星夜を選んだのも、二人なら勝てると判断したからこそだ。


『直情バカ……ですか。なるほど、ワタシも似たようなのを知っているのでお気持ちはわからないでもありません。……そうですね、でしたらこちらから先に仕掛けるとしましょう』


「ッ!? なんだ!」


「……下だ! 気をつけろ!」


 先生が指をパチンと鳴らした途端、二人の足元から地鳴りが聞こえると……次の瞬間地面の下から無数の気配が現れ。


ボコボコボコボコボコボコボコボコッ!


「これはっ……! 人間の手か!?」


 足元から地面を突き抜けて生えてきたのはあろうことか人間の腕だった。しかもただの腕ではない、前腕だけで三メートルはあろうかという恐ろしい長さの腕だ。

 それが一本二本では済まず、数十もの手がレイと星夜を捕らえようとその腕を伸ばしている。


 下からの攻撃と予想し直前に飛び上がりはしたが、まさかここまでのものとは予想できず逃れる前に二人とも取り囲まれてしまう。


「こんなもの……全部引き裂いてくれる! 術式展開、『烈風斬(ウィンドスラッシュ)』!」


 レイの作り出す風の刃が次々と腕を切断していく。切り落とされた腕はそのまま力を失ったように大人しくなるが……。


「くっ……数が多すぎる!」


 風の刃が数本の腕を切り落としても、即座に次の腕が下から襲い来る。腕が生えてくる根元を攻撃しようにも次から次へと生え続ける腕を前に風の刃では届かない。


「ならばアーリュスワイズで……」


「レイ、それはまだだ! ミーコ、フローラ!」


 レイが神器で一掃しようとするが、星夜がそれを声で静止する。そして代わりに星夜が選んだこの状況を打破する方法が……。


「魔導式多銃身機関銃……セフティ解除……です」


「狙いを絞ってぇ~……発射ー!」


ガガガガガガガガガガガガガガガ!!


 それは村の入り口に待機させていた星夜の魔導機、『コズミッククリエイサー』から放たれた無数の魔力の弾丸だった。

 乱射された弾丸は腕が地面から生えるよりも早く根元から撃ち抜き、星夜達を襲おうとする腕からも機能を失わせていく。

 そして、自由になった星夜はそのまま落下と同時に地面に狙いを定め……。


「デュアルバンカー、セット……さぁ、地中(そこ)から顔を出してもらおうか!」


 星夜の左腕から放たれる二本の杭が地面を穿ち、振動で大地が揺らぐ。

 だが、その振動が真に伝わるのは横方向ではなく縦方向だ。魔力の籠った衝撃が地面の下を突き刺すように突き進んだ先には……。


「ラァボボボボボ!? ヂュボボボボボボオオオオギャアアアアアア!?」


 衝撃の痛みに耐えられず、たまらず地面を突き破りその巨大な体躯が姿を現す。

 それは巨大な亀のような魔物で、背中の甲羅を突き破るように人間の腕が急成長するキノコのように次々と生えてきていた。……いや、甲羅だけでなく目や口など穴という穴からも腕が生え、まるで寄生されているみたいな気色悪い造形だ。


「こいつが本体か! また……おぞましいモノを……!」


「おそらくベースにされた魔物よりも腕の塊の方が本体といったところだな。レイ、アーリュスワイズを使うならこいつ全体だ」


「ふん、お前に言われずともわかっている」


 星夜の一撃によって未だ意識の飛んでいる状態の魔物へレイの纏うアーリュスワイズが伸びていく。

 変幻自在の神器がその衣を広げると、腕の魔物を飲み込むように包み込んでいく。


「ギュボ!? ギャラララララ……――――」


 意識が戻り腕を伸ばそうとした時にはもう遅い。すでにアーリュスワイズはその体のほとんどを包んでおり、わずかに残っていた隙間から腕を伸ばすも、それが閉じられる力に切断されてしまう。

 そしてゆっくり、ゆっくりと……包み込んだ衣が収縮していく。最終的に包み込んでいた衣の面積が0になると、もうそこには何もない……魔物がいた痕跡は完全に"無"となっていた。


『今のは……消滅? いえ、異空間に飛ばしたといったところでしょうか』


「次は貴様がああなる番だ、覚悟しろ」


『おお、怖い怖い。ですが残念、あんなものを見せられてはもうワタシからアナタ方に近づくことはありませんよ』


「ならこちらから近づくまで……!」


「迂闊に動くなレイ! おそらくここら一帯の地面には先ほどと同型の魔物が大量に潜伏しているはずだ」


「なっ……!?」


 先ほどの一撃で星夜は他にも地中で蠢く気配を感じ取っていた。これまでは二人の油断を誘うために先生の指示のもと身を潜めていたのだろうが、もはやその必要もなくなった今、一歩でもその場から動けば即座に襲い掛かられてしまうだろう。


『おや、近づいてくれないのですか? ほら、もう少し踏み込めばアナタにとってちょうどいい射程距離だと思うのですが』


「このっ……!」


「挑発に乗るな。あの男、一見ただの狂人に振舞っているように見えるがそうでもない。着実に、冷静にこちらの戦力を分析している」


 星夜の言う通り、"先生"のこれまでの言動、行動はすべてが計算されたものだ。手始めに腕の魔物に襲わせたのもこちらの咄嗟の対応力を見極めるためのものであり、狂ったマッドサイエンティストのような発言もレイ達がどのような反応を示すか観察していたのだ。……もちろん、その中には本心も混ざっていたとは思うが。


『ここまで一連の流れでアナタ方のことも少しずつわかってきましたよ。エルフの少年はとても感情的で直感的に動くタイプ、白いアナタは恐ろしいほど冷静で状況判断が速い』


「チッ、まるで俺が足手まといだと言いたいようだな」


 確かに先生の分析をそのまま受け止めるとレイが少々バカにされているようにも聞こえなくもないが。


『とんでもない。むしろアナタの存在が隣の彼の分析能力を格段に飛躍させている。一人づつでは大して脅威でもないとは思いますが……二人揃うとこれはやりづらい。アナタ方の指揮官は相当キレ者のようですね』


「ッ……ああ、俺達なら貴様を倒せる。そう信じられているからこそ、ここにいる」


 自分達を侮辱するような発言に一瞬怒りを覚えるレイだったが、それ以上に自分達が仲間に強く信頼されここにいるのだということを再確認し、冷静さを取り戻す。


『ほうほう、アナタは仲間との絆を再確認することで冷静になるのですね、覚えておきましょう』


「いちいち癇に障るやつだ」


 どうせこの苛立ちも分析されているんだろうと、レイも観察されることは仕方ないと諦めたようだ。


 それはともかく、今はこの状況をどう打破するかが問題だ。現状の先生のプランとしては自ら動く気はなく二人の動きに合わせて観察方法を決める方針だったが、それを知った今二人もむやみに動くことはしない。

 だが動かなければ先生を倒すことができないため、どうにかして突破口を見つける必要があるが……。


『このまま硬直状態……というのも面白くありませんね』


 その静寂を破ったのはまさかの先生の方からだった。おもむろに両手を広げると、その背後の森の奥から強烈な気配がいくつも近づいてこようとしていた。

 それは、先ほど村の人間が見てきてほしいと示した場所だ。おそらくはその気配の怪物に襲わせようとしていたのだろうが。


『それでは今度は、物量で攻めてみましょうか』


「ゴルルルルルル……!」

「ピギィィイイイイイイ!」


 現れたのは腕が異常に発達したゴリラのような魔物や顔がいくつも生えた鳥の魔物などが次々と森から這い出てくる。

 それに加えて……。


ズル……ズル……


「あの黒い魔物まで出てきたか……厄介だな」


『おや? 彼らのことがお気に召しましたか? それでは……追加でどうぞ』


「ッ……!?」


 先生が手を振ると、それに応えるように建物や魔物の陰から黒い魔物がぞろぞろと湧き出てくる。

 これが意味することはつまり……。


「こいつがっ……この黒い魔物を発生させていた元凶か!」


 今世界中を騒がせている黒い魔物、ムゲンの話では一つの事象がこの騒動を引き起こしていると言っていた。


『これもワタシの作品の一つなんですよ。凄くないですか? これらすべて人間一人の魂で成り立っているんですよ。一人の魂を限界まで限界まで細かくして世界を覆う事象の膜に散布するんです。そうすれば彼は自分に足りないものを求めるように世界に現れ、飢えを満たそうと人を襲う……。ふふふ、どうですか、良い作品でしょう?』


 これも先生の言う"作品"の一つであり、完全にコントロール下に置かれている。つまりこの"先生"さえ倒すことができれば世界中の黒い魔物発生を止めることができるということだ。


「また懲りずに作品自慢か……」


『ええ、素晴らしいでしょう。自信をもってオススメできる一品ですよ。この作品のポイントは世界全土を覆う膜に溶け込んだ魂が一人の人間ということです。人間という形から解き放たれた彼はまさにどこにでも存在する新たな領域へ到達したのです。この寸分の狂いもない完璧な球形こそがこの作品を芸術たらしめる……』


――     ――!


「なっ、なんだ!?」


「この感覚は……神器を通して」


 それは突然二人に襲い来る感覚だった。神器を通して五感を超えた感覚で感じられる未知のエネルギー。

 今、何かが破壊された……二人の感覚では感じた何かを判断することはできない。

 だが、今の感覚の正体を完璧に理解している人物が一人だけこの場にいた。


『割れて……いる。壊れて……壊され……。完璧な……球形。それが壊され壊れ壊ああああああのクソか! 芸術のカケラも理解できないカスめが! 誰の了解を得て傷をつけた? いいや誰でもない! なんでどうしてなんのためにあんな不要なモノを生み出した!? ワタシだけでよかったはずだ、"鎧"も"双子"も……も存在不要のゴミ以下の価値しか持たないというのにm@tbhも@:えtん「」tんmr「bmp「」b・!!!!!!!!!!』


 これまでにない先生の感情的な表情。

 今何が起きたのか、その正体を二人は別の観点から知ることとなった。

 黒い魔物を発生させる事象の一部が壊されたのだ。そして製作者である先生はその破壊した対象に怒り狂っている。


 そのあまりの豹変ぶりにレイも星夜も若干引いてしまうほどだったが、しばらくすると落ち着いたようで。


『……ふぅ、申し訳ありません、少々取り乱してしまいました。まぁ形は変わってしまいましたが、これがワタシの最高傑作の一つです』


 一部が破壊されたとしても本質は残ったままだということだろう。

 とにかく、二人がやるべきことに変わりはない。


「レイ、状況が変わった。最優先で奴を始末する」


「言われずともわかっている。こいつさえ倒すことができれば……」


 この男が黒い魔物の元凶とわかった以上、早く倒せばそれだけ世界の負担が減るということに繋がると理解し二人はその場から飛び出していく。

 レイは突風を纏いながら前方へ、星夜はコズミッククリエイサーに乗り込むために後方へと。


『おっと、こちらとしてもそう簡単に掴まるわけにはいきません』


 だが同時にそれを待っていましたとばかりに地中から腕が飛び出し、先生の後方から魔物が跳びかかる。


「邪魔だ! アーリュスワイズ、反転! 待機術式解放、『烈風斬嵐ストームブレード』!」


 アーリュスワイズを反転させればそれは異空への入り口を外側に向けることになる。その異空間に自分の術式を繋げて待機させておけば……それはいつでも撃ち出せる魔術のストックとなる。


「ギャッ……!?」

「ゴブッ……!!」


 風の刃が襲い来る魔物を次々と細切れにしていく。ストックしていた魔術を解放するにはそれだけの魔力を消費することとなるが、最優先目標を前にしてそんなことを気にしている余裕もない。

 魔物の群れをなぎ倒し、ついに先生が立っていた場所までの道が開けるが……。


「ッ!? 奴はどこにいった!」


 開けた空間に、もはや先生の姿はなかった。代わりに待ち受けていたのは大口を開けてレイを飲み込もうとする魔物が一匹。


「チッ! 姑息な真似をっ……」


 たとえ飲み込まれてもレイなら内側から引き裂いて抜け出せるだろうが、その際に隙が生まれてしまうのは確実だ。抜け出した途端、押し寄せる魔物の物量に襲われるだろう。


「こっちだ! 掴まれ!」


「セイヤ……上か!」


 レイが飲み込まれる直前、その頭上に影が現れる。それは上空に飛ぶ星夜の魔導機の機影だった。

 それを瞬時に理解したレイはアーリュスワイズを上に伸ばし機体を掴む。そのまま引っ張られながら衣を伸縮させることで瞬時に危機から逃れることに成功する。


「このまま殲滅する! 魔導爆雷ハッチオープン、魔導ブラスター、サテライトを下方へ向け全砲門開け!」


「下にいる魔物の魔力は全部感知したよ!」


「マルチロック……おけ……です!」


「すべて撃ち抜け! 『全砲門一斉射撃(オールブラスターフルバースト)』!」


 魔導機から放たれるいくつもの火器の嵐。爆雷が破裂し、銃撃が撃ち抜き、光線が体を裂く。


 これである程度の魔物は殲滅できたとは思うが、問題の先生はどこに消えたのか……。


「セイヤ、あいつを逃がすわけにはいかない。何としてでも見つけ出すぞ!」


「安心しろ、すでに奴の魔力は記録した。レーダーで追跡できる」


 魔導機の画面には赤く点滅するマーカーが二人から逃げるように遠ざかっていくのが見て取れる。


「オレは遠くから見ていたからわかったが、奴は飛行型の魔物に乗って上空へと飛び去っていった。これから追跡を開始するぞ」


「ああ、地の果てまで追いかけ必ず報いを受けさせてやる!」


 こうして大陸全土を舞台として世界の命運をかけた追走劇が幕を開ける。


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