303話 絆を穢す者
第五大陸の中心からさらに北西の方角にある小さな村の中で、救難要請を受けてこの地にやって来たチーム『クリムゾンクルセイダース』は目の前の、"先生"と呼ばれていた人物と対峙することとなった。
その正体は終極神がこのアステリムに産み落とした事象の内の一つ。
送られてきた救難要請もこの人物の罠であり、すでにこの地の人間はすべて……。
「ピギ……ギャアアアアアア!」
「オブブ……オボロロロロロ」
すでに"先生"によってその姿をおぞましい魔物へと変貌させられてしまっていた。
先生に"作品"と呼ばれるこれらの特におぞましいところは、どこか擬態用に使われていたと思われる基の人間の部分が残っているという点だ。
「本当に悪趣味な奴だ。人間をベースにしているが人間的な要素をまるで必要としていない造形。だが擬態のためだけに人間的要素を加えた……というわけでもないようだな、あの気色の悪い姿を見る限り」
「この外道め、こんなもののためにどれだけの人間を犠牲にした……!」
『おやおやおや、どうやらワタシの"作品"達がお気に召さないようで。まぁワタシとアナタ方では感性というものが違うのですからこの反応は当然と言うべきことでしょう。ですが芸術というものは得てして認められないことの方が多い……なぜか? それは人の本質的に他人の芸術的観点に興味がないということにつきる。ではなぜ一般的に芸術と呼ばれるものは大衆に評価されるのか。その答えは共感覚にあります、たとえ作品を生み出した芸術家とアナタの感性が異なろうとも、その作品を美しいと感じる人間が側にいたならアナタの作品に対する感想も変わるはずです。ましてやそれがアナタに近しい間柄ならば影響力はさらに変化する。もしかしたらアナタも目の前の作品は美しいものであると理解することができるようになるでしょう』
「……」
「おい……こいつは何を言ってるんだ」
二人が魔物に対する嫌悪感を言葉にすると、それに対し急に早口で長々と語り掛けてくる先生。
しかも別に作品を貶されたことへの反論をするでもなく、ただ延々と芸術がどうのと言葉を並べるだけでまったく中身がない。
「残念だが、俺も、俺の家族も、誰一人として貴様の"作品"とやらを評価する者などいない」
『……ふむ』
「レイ、街の方は魔物の被害がヒドいみたいだ。アタシもそっちに向かうから、あれはあんた達に任せるよ」
「ああ、頼んだぞサティ」
首都ではすでに大型の改造魔物や黒い魔物による被害が深刻で、すでに都市機能は崩壊している。それでも生き残った人々を守るためにもサティ達が必死に対処に向かっていく。
サティも本当はレイと一緒に戦いたいだろうが、それでも自分のやめるべきことを見極めこの場をレイに任せた。多くを語らずとも互いにそれを理解している、それは信頼があってこそだ。
パチパチパチパチ
「……!? 貴様、それはなんの真似だ」
『なんの真似と言われても、ただの賞賛ですよ。今ワタシはアナタと彼女の絆にいたく感銘を受けましたので。いやはや素晴らしい、彼女とは恋人ですか、それとももう家族でしょうか? どちらにせよアナタと強い絆があるのは確かなようだ。ワタシの作品には"それ"が欠かせませんからね』
「貴様などに理解されたくもない。それに作品だと? そんなものに俺達と何の関係がある」
『いやですね、彼女がワタシの"作品"となった時、アナタはそれにどれほどの愛を注いでくれるかと考えたらとてもワクワクしてしまうのですよ』
「……ッ!」
その言葉に流石にレイも平静を抑えられなくなったのか、ため込んでいた風の魔力を解放し先生に叩きつける。
巻き上げられた土埃で姿が隠されてしまったが、今の一撃が決まったかどうかと言われれば……。
「レイ、気持ちはわかるが冷静になれ。あの程度の攻撃ではおそらく……」
「わかっている! 今の一撃……手ごたえはあったがヤツに届いてはいない」
土埃が晴れると、そこにあったのは……平然とその場に立つ先生と、それを守るように盾になる魔物の姿だった。魔物はレイの魔術がまともに直撃し全身がボロボロになってしまっているが、それでも先生を守ろうと……いや、汚れ一つ着けないようにピクピクと痙攣しながらもその位置から動こうとしない。
『まだ話の途中だというのに、気の短いことで』
「人の家族に手を出そうとする発言をしておいて話もクソもない。それにもともと貴様を倒すことに変わりはないからな」
先生の言葉の真意こそまだ理解できるものではないが、それでもサティに危害を加えようとする可能性がそこにはあった。
なによりも家族を大事にするレイにとって、そんな相手に容赦する必要もない。
「……アッ……ガッ……」
ドサッ……
そんなことをしているうちに先生を守っていた魔物に限界が訪れ、その場に倒れ絶命してしまう。
普通なら特に気にすることもない、ありふれている魔物の死。だが……。
「オオオ……オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォンッ!」
「ガアアアアア! ギッギッギィイイイイイイ!」
「ブルッボロロッ……ブロオオオオオウ!」
「ッ!? なんだこいつら! 急に様子が変わりだしたぞ……!」
「だが、こちらへ攻撃を仕掛けてくる気配はない……不気味な光景だ」
ここまで先生の周囲で大人しくしていたはずの魔物達が急に沸き立ち、空へ向かって雄たけびを響かせる。
星夜の言うように攻撃の意思は感じられない。ただただ空へ向かって叫ぶだけのなんとも奇怪な光景だ。
はたしてこの行動の意味することとは……。
『これは"嘆き"ですよ』
「なに?」
『今、この世界から一つの素晴らしい芸術が失われたのです。そのことに彼らは嘆き、悲しんでいる……。おお、なんという悲劇だろうか、これぞまさしく世界的損失』
そう語る先生はオーバーリアクションでその悲しみの強さを表現しているようだが、それを聞かされる側にとってはふざけているようにしか見えず。
「茶番もいい加減にしろ! ただ魔物が一匹死んだ程度のことでなにが世界だ! それに魔物達の嘆きだと? それも製作者である貴様の一人芝居だろう!」
『……それは心外ですね』
レイの怒りの言葉に先生は動きをピタリと止め、さっきまでの嘆きはどこへやらといった風に真剣な表情で向き直り。
『確かに彼らはワタシが産みだした作品ですが、その中には基となった素材の意思もキチンと残しているのですよ』
「なっ……! 魔物達の中に、まだ人間の意思が……」
『先ほどの話の続きといきましょう。人は他人の芸術的観点を理解できない……ですが人にはそれぞれ美しい、尊いと思える感情を持ち合わせているはずです。憧れ、尊敬、安心……恋人でも家族でも、それを感じられる存在への強い気持ちは変わらない。……たとえ、相手が魔物へと変わっても』
「……!」
そこまで聞いて、レイは背中にゾクリとしたおぞましい寒気が走るのを感じていた。
「オ゛オ゛ブゥグゥウッウッ……」
「アギギギギギギギギギ! ア゛ア゛ア゛ァ!」
『ワタシの作品となることでその姿が変貌しようと受け取る側の慈しむ心は変わらない。つまり、その方にとってはこの世に二つとない美しさを持つ芸術となったのです。そして芸術は連鎖する……その方がさらに新たな作品と化すことで芸術の輪が広がっていくのですよ』
つまりあそこで嘆いている魔物は本当にレイによって倒された魔物の死に悲しみを感じているのだということを理解してしまったから。
同時に、先生と呼ばれる存在の本当の異常さも……。
「なるほどな、オレ達を騙そうとしたそいつらに人間性を感じたのも、違和感を感じたのもそのせいということだ」
「セイヤ……お前」
「惑わされるな。確かにあの魔物達には改造された人間の意思が残っているかもしれない……。だが攻撃に対してヤツを守ったということは、その意思すらもすでに手遅れの状態ということになる。残念だが、救う方法はない」
人間を基にしているとはいえ、どのような手を加えられあんな姿になってしまったのか、想像もつかない……。先ほどは基にした人間に擬態していたとしても中身はすでに先生の意のままに動く操り人形でしかなかった。
たとえ人間的な意思や反応を持ち合わせてていようとも、もはや元の形に戻すことはできないだろう。
「だがそれでも……俺にはこの村で暮らす彼らに親しい者や家族の絆を感じた。それをこうして利用されるなど……」
『ふっ……ふふふっ』
「ッ! なにがおかしい!」
その不気味な笑いに身構えるレイだが、先生は何を仕掛けるでもなく本当にただそこで嬉しそうに笑っているだけだった。それだけなのがまた不気味なところだ。
やがて満足したように笑いが収まると、再びレイ達へと向き直り。
『いやいや申し訳ない。どうやらワタシの作品を楽しんでいただけているようでなによりだと思いましてね』
「俺が……貴様の作品を楽しむだと? 急になにをトチ狂ったことを言っている」
『ふふふ……アナタだけではありませんよ。そちらの白いお方も一見冷静に見えてもその胸の内に強い情熱をお持ちのようだ。ワタシの作品に対し心が揺らいでいるのがわかります』
「……そうやって人の心に付け込もうとするのが貴様の策略か? 確かにこの村の住人も、そこで嘆いている変貌した家族も気の毒だとは思う。だがオレは……」
『そこです。今アナタも口にしましたね、彼らを"家族"だと』
まさにそれを待っていたとばかりに先生は高揚し胸を躍らせている。
"家族"……二人がこぼしたこの単語と先生の"作品"にどんな関係性があるのか。
『あなた方のご推察の通り彼らは家族です。嘆いているのが夫のカルヴァ・ハーラと妻のナスラ・ハーラ、そして命を落としたのが彼らの娘であるカリナ。カルヴァは一般的な狩人でいつも愛する妻と娘のために獲物を探して山へ赴く働き者、妻ナスラもそんな夫を支えるためにも献身的に家事に務め、疲れた夫を出迎えるため美味しい夕食を作って待ち、娘はそんな父と母のために毎日お手伝いを頑張るのです、それでもやっぱりお年頃……大きなお城のお姫様なんかに憧れていつもお絵描きでは王子様を待つ自分の姿、可愛いですよね。とまぁこんな感じで彼らを作ってみたのですが、いかがでしょう?』
「……は?」
レイには……先生が何を言っているのか理解できないでいてた。いや、正確には理解したくても脳がそれを拒否したがっているのかもしれない。
同じように話を聞いていた星夜も呆然と立ち尽くしてしまっている。それはきっと、レイと同様に考えたくもなかったからかもしれない……先生の行った、悪魔的な所業を。
「つまり、本当の"家族"じゃないということか……」
『言いがかりはよしてほしいですね、彼らは家族ですよ。いいですか、まず人間から脳と脊髄を取り出しメモリーを解析するのです。次にワタシ好みに改変したお気に入りのメモリーと繋ぎ合わせ、魔物をベースとした素体に埋め込みます。この時期に同様の段階まで進んだ複数体の素体とリンクさせることで経験と役割を共有するのです。魔物としての成長が十分に完了したら圧縮して設定されたメモリーに適した肉と皮で包めば完成。あとは彼らの過ごす時間が実感させるのです……自分達は絆で結ばれた"家族"なのだと』
つまり人間をベースにしてはいるが、基となった人間の関係性はバラバラ……いや、中には本当に家族や恋人だった者もいたかもしれないが、すべては先生に好きなように作り替えられる。
繋ぎ合わせた記憶にも本当の家族だったものが使われている可能性もあればまったく関係のない人間の記憶を強制的に繋げることによって、存在しないはずの記憶をも生み出す。
……そして生み出された存在は疑うこともない、自分達が"家族"であることを。
二人は言葉を口に出せないでいた。それは狂気や異常性を超えたもっとおぞましい"何か"を目の当たりにした、理解できないものへの恐れ。
だが、次第に恐怖以上に二人にふつふつと湧き上がってくる強い感情。
「そんな……そんなものが"家族"であってたまるか! 他人によって作られただけの存在が……」
『人間だって血の繋がりがなくとも受け入れ合い、お互いを慈しむ"家族愛"が芽生えることがあるでしょう。たとえ作り替えられ、もともと関係がなくとも彼らはそれを感じているのです』
「違う! そんなものは……ただのまやかしだ! 本当の家族の愛というものは……貴様のようなヤツに作られ、与えられるものなはずがない!」
たとえ血の繋がりがなくとも家族の愛を感じ、本当の家族が互いを想う強さを知るレイはその冒涜に怒り……。
「絆というのは……たとえどれだけ離れていようと、どれだけの時が経とうと、変えることのできない想いの結晶だ」
『そうでしょうか? これはワタシの作品の理念の一つなのですが……絆は、作れるんですよ。壊して、繋いで、認識させ、こうして出来上がった家族の中に生まれた芸術なのです』
「……それは、貴様が産みだしたものではない。きっと、ずっとその記憶の奥にあったはずの誰かへの想い……それを捻じ曲げ、間違った認識をさせているだけだ」
ずっとずっと、大切な想いを胸に抱き、その絆を信じ続ける強さから、自分の中にも同じものが存在することの大切さを知った星夜は……そんな絆を穢す者を許せなかった。
『やはり……アナタ方とは芸術的観点が異なるようだ』
レイと星夜、二人の英雄は改めて目の前の存在が自分達の倒すべき"敵"であることを再認識するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます