301話 強くなるために 強くあるために
「っしゃあ! 見たか鎧ヤロウ! テメェご自慢の装甲、ちっとだけだがぶち壊してやったぜ!」
確かに鎧の拳は小さく欠けはしたのだが……。それだけでぶっ壊した、というには少々誇張しすぎかもしれない。
だが、この一撃は二人にとっては大きな意味を持つことも確かなことで。
「うむ、どれだけ硬い装甲を持とうとそれは無敵という意味ではない。決して我らが勝てないわけでないことの証明だ」
「ああその通りだぜ! 最初はちっぽけな傷でも積み重ねていきゃ……」
『 』
パキ……パキ……
と、二人が喜んでいたのもつかの間、先ほどプロテクターを精製したように拳の傷が新しい鎧によって覆われていく。
そして覆われた鎧がボロボロとこぼれるように崩れるとそこには……。
「完全に治っているな」
「チッ、自己修復までできんのかよ。面倒くせぇことこの上ねぇな」
圧倒的なパワーとスピードに加え、傷一つつけることすら一苦労な身体にそれを修復する能力。
こんな理不尽の塊のような敵を相手にすれば心が折れそうになりそうなものだ。だがしかし、カロフとアポロはそんなことで折れるほど弱くはない。
いや、むしろ超えるべき壁が高いほどさらにその心を燃やすだろう。これまでも、彼らはそうして進んできたのだから。
「ま、今のを見る限り一瞬で修復できるってわけでもねぇみてえだし、ここまでの先も見えねえ状況よりは幾分もマシだ」
「うむ、その意気だ。それに、我らの力はまだまだこんなものではない。そうだろう?」
「ハッ、んだよ、やっぱオッサンも
これまで二人は全力だった。持てる力を限界まで引き出しお互いにやれるだけのことをやった、それは偽りない。
ただそれは、最大限世界に負担を掛けない範囲での話でのことだ。
二人が手にした力は本来はこんなものではない。使い方を間違えればそれこそ守るべき世界を壊してしまうほどに。
「ちっと世界には負担かけちまうが、しょうがねえよなあ」
「おそらく盟友もこうなる可能性は考慮していたはずだ。それに……」
そう、この目の前の敵はおそらく……そこまでしても倒せるかどうかわからない。
もし勝てたとしても想定以上に世界を破壊してしまい、終極神の目論見通りになってしまうかもしれない。それでも……。
「俺は……勝ちてぇ」
「我もだ。あの強さを正面から超えることができねば、きっと我らの望む未来はない」
その強さを超えるために、その強さの先で誇れる自分のために。
「『全身雷装(ライジンブソウ)』!!」
「『虹龍転身(レインボードラゴンオーバーソウル)』!!」
二人の力が解放されたその瞬間、大気が震える。
カロフの姿は先ほどまでの獣深化の形が保たれていながらもその全身はバチバチと光弾ける雷光と化しており、アポロはその背に六体の龍の首を権限させながら全身に虹色に輝く透明な鱗の膜を纏っていた。
『 』
そしてそれに呼応するかのように対峙する鎧も闘気を湧き上がらせていく。互いの気がぶつかり合うだけで衝撃が発生するほどに。
矮小な存在はもはやこの場に近づいただけで命はないだろう。
「いくぜ」
そのセリフを放った次の瞬間にはカロフはすでにその場にいなかった。
虚空より現れた剣を手にすると、その体の稲光が剣を包み込み、剣すらも雷と化して……。
『 』
ズガガガガガガガガ!
「オオオオオオオォォォ!」
気づけば突き出された雷の剣先が鎧の胴体を捉え、地に着けた足で踏ん張り止めようとするのもお構いなしに押し込み突き進んでいく。
その切っ先が鎧の体を貫くことはない。だがそれでも、ここから逃すまいと食らいつくようにバチバチと音を響かせながら雷撃が打ち込まれていた。
『 』
だが鎧も黙ってなすがままにされているわけではなかった。雷に襲われつつも背中の翼を広げると、力強く地面を蹴り切っ先を肉体からずらすことで僅かな空間を作り出し、その一瞬でカロフの攻撃から離脱するが。
「逃がすとっ! 思ってんのかよぉ! 獣人剣技“龍神ノ章”……第二節『鳴神(ナルカミ)』!」
超スピードで逃れた鎧をカロフは目で追っていた。鎧が逃れるのとカロフが次の攻撃のために飛び上がったのはほぼ同時であり、そこから放たれた雷は鎧を逃すまいと放射状に降り注ぐ。
しかし普通の雷であれば鎧はダメージをものともせずに抜け出してしまうだろう。……だがカロフが放ったのはただの雷ではなく
『 』
「悪ぃがその雷も全部俺で、リ・ヴァルクだ。テメェのその体、ぶち壊すまで何度だって挑ませてもらうから覚悟しやがれ!」
鎧が己を取り囲む雷に突撃するも通り抜けることができない。当然だ、この雷は自然に発生するものとも魔術で発生させたものとも違う。
雷と同化しているカロフから降り注がれたこれらはいわばその肉体の一部でもある。そして同時に神器たる“リ・ヴァルク”でもあるのだ。
そして、これら降り注ぐすべてが肉体であり剣ということは……。
「「「オラオラオラァ!」」」
『 』
落ちる雷の一つひとつが人と剣の形を作り鎧に襲い掛かっていく。その光景はまるでカロフが何人にも分身したようにも見え、現れては消えを繰り返す。
そしてその猛攻は鎧のスピードと対応力をもってしても追いつかず、ついに一つの切っ先が……。
パキンッ……!
鎧の背にある六翼のうち一つを捉えた瞬間、その先端が割れ落ちるように切断されていた。
「……! っしゃあ! パキッと折れちまったからぶった切った気はしねえがこれでまた一歩……」
『 』
「やべっ!? うおおっ……!」
だが翼を折られたことに鎧も危機感を感じたのか、突然力任せに腕を振り回すと、周囲を薙ぎ払うように衝撃を起こしその勢いでカロフの雷を吹き飛ばしていく。
折れたことにカロフ自身も驚いたからか対応できず生み出した雷はかき消され、自身の体も吹き飛ばされてしまう。
スピードを重視した形態と無作為に振り回した攻撃のおかげかカロフにはそれほどダメージはなかったが……。
『 』
降り注ぐ雷もすべて晴れ、これで再び鎧は自由の身になった……かに思われたその瞬間だった。
まるで鎧を四方八方から取り囲むかのように輝く七種類の巨大な輝きがその中心に向かって迫って来ていたのだ。
「『七星翼収束撃(エレメンタルフェイズブラスト)』!」
それはアポロと、その体から一時的に分離した六体の始祖龍のエネルギーがそれぞれの属性の力をその身に纏い、中心でぶつかり合うことで強大なエネルギーを爆発させるというとんでもない力技である。
「おいおいマジかよ。そりゃ俺も多少は世界を傷つけちまうつもりではいけたけど……」
カロフが驚愕しているように、アポロのその一撃の威力は絶大だった。
衝突の爆発によって森の一部は耐えきれず吹き飛び、その中心に至ってはまさしくすべてが跡形もなく消し飛び、まるで隕石でも落ちたのかと見まごうクレーターが出来上がっている。
……いや、正確に言えば消し飛んだのはすべてではない。エネルギーが爆発したと思われる中心には未だに鎧が防御の体勢でそこに立っていた。
『 』
「チッ、あれで片膝もつかねぇかよ」
「それは予想できたことだ、嘆くこともない。それよりも重要なのは、奴が我の一撃を正面から受け止めたことにある」
あれほどの衝撃をまともに受け止めてなおその体は健在だ。しかしアポロの言うように、ここで重要なのは鎧がアポロの攻撃を避けなかったことだろう。
本来ならスピードを重視した今の形態の場合、速度で劣るアポロの攻撃ならまともに受けず回避できてもいいはずだ。
だが鎧はそれをしなかった、いやできなかったという方が正しいか。そもそもあの超スピードは翼があってこそのもの、つまり……。
「欠けた翼では回避できぬと踏んで防御に徹した……といったところか」
カロフの攻撃によって折られた一枚の翼が鎧の機動力を大きく奪い、結果アポロの一撃を回避不能にすることができたのだ。
それにどうやら、アポロの一撃もまったく無駄というわけでもないようで。
パラ……パラ……
『 』
ほんのごくわずかではあるが、鎧の表面から小さな欠片のようなものがパラパラと零れ落ちていく。
それは紛れもなく、その表層から剥がれ落ちた岩の鎧の一部に他ならなかった。
たったこれだけで鎧を破壊したといって良いのかはわからないが、あの鎧は決して無敵ではないという事実がまた一つ、二人の闘志を燃え上がらせる。
パキ……パキ……
「あんにゃろ、また再生しやがった」
だが二人も知っての通り、あの程度の損傷では鎧の再生能力ですぐに復活してしまう。現に先ほどカロフが折った翼も、アポロが破壊した表層もすでに再生されてしまった。
「今ので駄目だっつーんなら、マジで世界ごとぶち壊す一撃でもぶつけねーとぶっ壊れねーってのかよ」
「流石にそこまでしてしまえば本末転倒だ。だが、そのくらいの一撃を叩き込むつもりでいかねばならないだろうな」
そうこうしているうちに鎧の体勢も立て直ったようで、クレーターの中心で翼を広げながら二人を見定め再び臨戦態勢に入る。
「翼は開いたまんまか」
「お前のスピードを警戒しているのだろう。一度相対した以上、次は対応してみせるとでも言いたいのかもしれん」
「はっ、上等だ。となるとやっぱ俺が機動力を削って、オッサンがデケェのぶち込むって感じになりそうだな。へっ、おいしいところ持っていかれんのはちと癪だけどよ」
「そのまま倒してしまっても構わんのだぞ。もちろん、我とて勝機を見つければ逃す気は毛頭ないが」
未だ勝ち目の薄い絶望的な相手を前にしてなおこんな皮肉のような軽口を言い合えるのも、きっと互いに信じているからなのだろう……その強さを。
「そんじゃ、悪ぃが先手は行かせてもらうぜ」
「うむ……いや、こちらから仕掛ける必要はなさそうだぞ」
「あん? そりゃどういう……」
『 』
なぜなら、カロフがアポロの言葉に対して疑問を投げかけた時にはすでに鎧はクレーターの中心から姿を消し、殴りかかって来ていたのだから。
ギィン!
「いきなりすぎんだろ! まぁ俺らもテメェに待ってくれなんて言うつもりもねえけどよ!」
この鎧はあくまで終極神の事象のひとかけらであり、ただ強者を追い求め打ち負かす。相手の事情など知ったことではない。
そして鎧は勝機を見たからこそ動いた、ただそれだけのことだ。
『 』
「こいつ……今度は近すぎず遠すぎずの的確な距離で攻めてきやがる」
鎧の急襲にカロフも即座に反応し、その拳を捌いていく。
スピードは若干だがカロフが有利……だが問題は鎧の動きだ。それはカロフに大技を使わせないための調整された完璧な距離感だった。
詰めて戦えば雷の檻に捉える『鳴神(ナルカミ)』が、逆に距離が離れれば最大限に速度を乗せた『春雷(シュンライ)』が鎧を襲うことになる。しかし猛攻で防御に徹させつつ、隙をついて雷に捉えようとするカロフのタイミングを完全に見切って距離を取る……。
そう、この鎧の本当に恐ろしいのは攻撃力でも防御力でも、ましてや速度や再生力でもない。相手の動きに即座に順応するこの対応力だ。
「くっそ! こんな状態じゃ一撃ぶち込むどころかジリ貧……」
「カロフ!」
「……!」
たった一言、相手の名を呼んだだけ。だがそれだけでも意図を伝えるには十分だった。
カロフが鎧の猛攻から逃れるその一瞬、鎧は雷に捉えられぬよう一度距離を取る……が、それを狙ったかのようにカロフは背後へと飛び、さらに鎧との距離を空けようと動き出す。
『 』
しかし鎧もそれは想定内の行動であり、大きな一撃を使わせないためにその後を追居続ける……はずだったのだが。
「『
『 』
カロフをお追うと飛び出そうと鎧だったが、その動きはアポロと始祖龍の咆哮によって止められてしまう。
しかもこれはただの咆哮ではない。その叫びはただ空気に振動を起こすだけでなく、世界の事象を通じて始祖龍のエネルギーが巻き込まれた存在を内側から破壊していく正真正銘の"攻撃"だった。
普通の相手ならば咆哮の振動が肉体に伝わった時点でバラバラになるほどのエネルギーだが、生憎この相手は普通ではない。
『 』
「オオオオオオ! ……ッ!? ぐっ、やはり止めきれんか!」
一瞬動きは鈍ったものの即座に鎧は攻撃対象をアポロに切り替え、その咆哮を止めに襲い掛かる。
鎧の拳の猛攻に流石のアポロも咆哮を続けることもできず……。
「ガハッ……ッ!」
その内の一発が腹部に命中し思わず吐血してしまう。バキバキと骨が折れる音も聞こえ、あまりの痛みに片膝をついてしまうアポロ。
だが相手がどれだけ傷つこうと鎧は手を緩める気はない。そのまま容赦のない追撃がアポロを襲い……。
「機動力を削るのは俺の役目だったはずだってのになに無茶してんだよオッサン! 獣人剣技“龍神ノ章”……第一節『春雷(シュンライ)』!!」
――――バリィ!
『 』
間一髪、上空から飛来したカロフが鎧へ急襲したことによってアポロへの攻撃を止めることに成功した。
しかし鎧はそんなカロフの攻撃を予想していたのか、受け止めた腕をプロテクターで覆っており、先ほど傷をつけられたはずの一撃も見事に防ぐことに成功していた。
だがカロフもそれに驚くことはない。そのまま体をひねり上げ宙へ舞うとそのまま……。
「第二節! 『鳴神(ナルカミ)』!!」
流れるように剣技を繋いでいく。いや、本来ならばこうして技を繋いでいくことが“龍神ノ章”の真骨頂なのだろう。
ここまでは相手が強すぎるせいでその真価を発揮し損ねていたが、アポロがチャンスを繋いでくれた今ならば。
『 』
「また地面ごとぶっ飛ばそうってのはわかってんだよ!」
相手の行動に対して対応していけるのはなにも鎧の十八番ではない。カロフは鎧の次の行動を予測し、雷の形を変化させていく。
「第三節! 『万雷(バンライ)』!!」
鎧が地面を抉りながら周囲を吹き飛ばす……が、そこにはすでに雷の檻もカロフも存在してなかった。
その代わりに現れていたのは……。
『 』
「呆けてんじゃねえよ、俺はこっちだぜ」
空はいつの間にか雷雲に覆われ、そこから次々と降り注ぐかのように雷の剣が落ちては宙に止まり、鎧を中心に囲っていく。
そして最後に……。
ピシャアアアアアン!!
一際大きな稲光と共に雷鳴が落ちると、そこにカロフが現れる。そしてそのまま地面に突き刺さっていた雷の剣を抜き取ると。
「ぶっ倒すぜ、テメェを」
そう高らかに、宣言するのだった。
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