300話 ただ勝利へ向かって


『   』


「くるぞっ!」


「くっ……そ!」


 アポロが警告したその次の瞬間には鎧が二人めがけて飛び込み、軽く振った拳が地面を抉る。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ! 表面が硬ぇってんならこいつはどうだ!」


 攻撃の隙をついて鎧の背後に回ったカロフはそのまま的確に狙いの場所を斬りつけていく。

 たとえ全身が鎧のような甲殻に覆われていようと人型を模している以上その動作には関節による可動域が存在するはずだ。人体の構造上その部分を鎧で覆うことはできない……のだろうが。


ギィン!

「チクショウ! 関節部分までクソ硬ぇなんてどんな構造してんだよこいつは!」


『   』


「っと! 悪ぃがこの距離でもう一度やり合う気はねぇよ!」


 膝の裏や腋の下などに斬撃を打ち込んでも傷一つつかないその異常なまでの硬度に流石のカロフも諦め素早く後退する。あのまま近距離で戦いを続けていたら再び逃れられない打ち合いが始まっていたのでカロフのこの判断は正しい。


「なるほど、大きく動作で見ればまだカロフの方が分があるか」


 そしてもう一つ、今の一間でわかったのは、拳の打ち合いなどの細かく短い動作においてはすでに鎧の方が勝っているが、今のように大きく動く場合は鎧も一瞬反応が遅れ拳がカロフを捉えることができていない。

 パワーもディフェンスも鎧が上回る中で唯一ここだけが二人の勝っている点であり、これを上手く活かせばこの戦いにも勝機を見出すことができるかもしれない。

 そんな微かな希望を抱いていたが……。


『   』

パキ……パキ……


「今度はなんだってんだよ……」


「あれは……羽、か?」


 鎧の背中に徐々に何かが精製されていく。その見た目から肉体と同じ性質だということは理解できるが、その形は小さな岩の翼のように見える。

 左右合わせて六枚の羽。ただその形状では飛ぶことは不可能だろう。

 ならば、その用途はいったいなんなのか。


『   』


 それが完全に生成され終えると、鎧はその翼を広げ……。


「消えっ……なぁっ!?」


「カロ……ぬおおっ!?」


 一瞬だった……翼を広げた次の瞬間、鎧の姿が二人の視界から消え、同時に二人の目の前に現れると重い一撃を叩き込んでいた。


「ガッ……グハッ! チッ……クショウ!」


 カロフは……かろうじて反応が間に合い剣で防御したが、それでも拳の衝撃はその体を吹き飛ばし、何本もの木々を倒してようやく止まることができた。

 動揺にアポロも威力を殺しきれはしなかったが、僅かにノックバックされた程度で済んでいる。


『   』


 だが鎧の猛攻はそれでは終わらなかった。アポロが体勢を立て直す前に再びその視界から消えると、死角からまた拳を打ち込み、さらにそれを繰り返していく。


「ぐっ……ぬぅ! このままではいかん!」


 この時アポロはすでに龍の魔力で肉体を極限まで強化していた。もちろん全身の感覚もそれにより最大限のパフォーマンスを発揮している。

 ただそれでも完全にはその姿を捉えきれず必ず一手遅れてしまう。


「どうにかして我の死角を補う方法を……そうか!」


『   』


「ようやく……捉えたぞ!」


 再び死角から鎧が抜き手を打ち込もうとしたその時だった。アポロにはその攻撃は完全に見えてはいなかった、しかし背に具現化する始祖龍の首がそれを補い迫る腕をその牙によって完璧に捕らえていた。


「始祖の雷をこの手に乗せて……受けよ! 『龍皇拳(エンドオブドラゴニス)』!」


『   』

パキ……パキ……


 アポロはこの絶好好機を逃すまいとその腕に雷の始祖龍を纏わせ強力な一撃を叩き込む!

 しかしそれに対抗して鎧も捕らえられていない拳を突き出し反撃してくる。しかもそれはただの反撃ではなかった。突き出された拳には先ほど翼を作り出したように岩の拳を覆うようにプロテクターのようなものが精製されていく。


「押し勝てぬ……か!?」


『   』


 両者の拳は互いに一歩も引くことなく拮抗した押し合いを続けるが、鎧の方はその拳に精製したプロテクターがボロボロと崩れ落ちていく。

 これなら……


「なぬっ……!?」


『   』


 勝てる……そう感じたのもつかの間、急に鎧のパワーが増し、捕らえていたはずのもう片方の拳を振りほどき、そのままアポロごと投げ飛ばしてしまう。

 だが当然それで終わりではない。不意のことで体勢を崩されたアポロに向かい鎧がその拳を振り下ろし……。


「ぐおおおおお……っ!」


 バキバキと、鱗が破壊される音が森中に響き渡っていく。それでも鎧は留まることを知らず追撃の拳を振り上げ。


パリッ――――√

「俺がいることを、忘れてんじゃねぇえええええ!」


『   』


 そこへ突如カロフが現れると、巨大な大剣を鎧に向かって振り下ろしていた。リ・ヴァルクは所有者の理想しだいでその形を変えることができる。この一撃にはスピードに加えて重さが必要だと判断したカロフに神器がその姿を変えたのだろう。

 そしてその判断は正しく、この不意の重い一撃は流石の鎧も対処が遅れ、防御もできずその一撃に吹き飛ばされていく。


「スマンカロフよ、不覚を取った。だが助かったぞ」


「礼なんて言ってる場合かよ。早く体勢立て直しやがれ! またあのスピードでの猛攻がくるぜ!」


 一撃を打ち込んだもののおそらくダメージはないと判断したカロフはすでにリ・ヴァルクをいつもの長剣へと変化させ、鎧の次の攻撃に備えていた。

 いくら吹き飛ばしたとはいえ先ほどのスピードを考えれば一瞬で距離を詰められてしまうとカロフは焦っているが……。


「……いや、おそらくあの超スピードは今は使えんだろう」


「は? なんでそんなことがわかんだよ」


「見ろ、先ほどまで開いていた翼が今はたたまれている」


 どうやら、アポロは先ほどの攻防にある違和感を感じていたようだ。そしてその違和感の正体を掴むと同時に、鎧の性質の一部を見抜いていた。


「ヤツはあの翼を広げている時のみ我らにも捉えられぬスピードで動くことができるようになる。だがその分、パワーは落ちるようだがな」


 アポロの推察は当たっていた。鎧のあの超スピードはパワーを削ったからこそ発揮できるもの。それでもカロフを吹き飛ばしたように有り余る破壊力は健在だが、アポロの龍鱗(ドラゴンスケイル)を破壊するほどではなかったのがその証拠だ。

 だからこそ先ほどの拳の打ち合いで鎧は落ちたパワーをプロテクターで補強しなくてはならず、途中で翼をたたむことでアポロを投げ飛ばし鱗を破壊するパワーを取り戻した。


「そしてこれも推測だが、パワーとスピードの変換は即座に行えない」


 もし瞬時にスピードをパワーに戻すことができるのならアポロとの打ち合いの前に行っていたはずだ。なのに鎧はわざわざプロテクターを精製しパワー不足を補っていた。


「ってこたぁ……」


『   』


 吹き飛ばされた鎧がむくりと起き上がる。そして何度か体の動きを確かめるように動き、まるで気合を入れるかのように両腕を引いて腋を締めると……再び背中の翼が展開していく。


「今はスピード重視の戦闘スタイルってことだ」


「うむ……だがどうする。どちらにせよあの速度に対応できなければ的確なタイミングで攻撃重視に変換されるだろう」


 いくらアポロといえどあの重い拳を受け続ければいつかは限界を迎えてしまうだろう。カロフに至っては今の形態での攻撃を一撃でもまともに受ければそれだけで戦闘不能になる可能性が高い。

 現状だけ見ればとても不利な状況でしかないが……。


「んじゃ、あのヤロウより速く動いて、一撃も貰わずにやり合えばいいってことだろ」


「できるのか?」


「さっきまでは、まだリィナ達が逃げ切れてねぇんじゃねえかとか、オッサンのダメージを見て互いをフォローすることばっかに頭がいっちまってたけどよ」


「らしくないことに気をまわしていたようだな」


 未知の力に加え、これまで出会ったこともないような圧倒的なまでの力の持ち主を前に、カロフは無意識に自分よりも先に他者の安全を優先していた。


「こっからは、周りのことも、オッサンのことも気にしねえで暴れ回るから覚悟しとけよ」


「何を今更、その方が実に貴公らしいと我はとっくに理解している。それに、断りを入れるのはこちらの方だカロフよ。我も久々に……何も考えずただ強者との戦いを楽しみたいと思っていたところだからな」


「へっ、そんじゃお互いに……こっからが本番ってこったなぁ!」


 気迫に呼応するようにカロフの中の魔力が高まっていく。その影響なのか空には暗雲が立ちこんでいく。

 ゴロゴロと唸る雷が徐々に勢いを増していき、やがてこぼれるかのように溢れ出た落雷が真っ直ぐ降り注ぎ……。


「雷よ、俺の体と一つになりやがれ! 『雷装・脚ライソウ・キャク』!」


 まるで吸い込まれるように雷がカロフの脚と落ちたかに見えた次の瞬間、その身体に変化が訪れていた。


バチッ……! バリッ……!

「さぁ、テメェと俺、どっちの強さの方が上か……ハッキリさせようじゃねえか」


 カロフの脚は電気が駆け巡るかのようにバチバチと鳴り、躍動していた。

 雷を纏ったかのようにも見えるがそうではない。これは、カロフの脚そのものが雷となったのだ。


「いくぜぇ! 鎧ヤロウ!」

――――ギィン!

『   』


 再び剣と拳がぶつかり合う。だがその音が響いたと感じた時にはすでにカロフも鎧もそこから姿を消していた。

 その攻防は常人の目で追えるレベルではない。一瞬でも姿が見えたとしても、そのぶつかり合う音が聞こえた時にはもうその場に姿はなく、次の攻防へと移っている。

 もはや二人の戦いは完全に音を置き去りにしていた。


――――ギィン!


――――ガァン!


 拳の衝撃波が地面を抉り、木々が吹き飛ばされた次の瞬間にはそれらがすべて切り裂かれ、剣と拳がぶつかった中心から発せられる衝撃がまたそれを吹き飛ばしていく。

 剣による斬撃が空気を切り裂き、鎧がそれを体で受け止める。その余波が地面に傷跡を残し、草木を刈り取っていく。だがその時すでに二人の立ち位置は逆転しており、何度も打ち込まれた鎧の拳による衝撃が傷跡の残る地面を陥没させ、刈り取られた草木を塵へと変えてしまう。


「おい鎧ヤロウ! テメェは何のために"強さ"を求めやがる!」


『   』


「ここの村を狙ったことや武人殺戮事件の件もそうだ! テメェがそこまで"強い相手"との戦いにこだわる理由はなんだ!」


『   』


 カロフの問いかけに鎧は答えることはない。いや、もしかしたら何かを語っているのかもしれないが、それを理解する術をカロフ達は持ち得ないのだ。

 それでもカロフは問いかけることをやめない。無駄だとわかっていても、目の前に対峙する圧倒的な"強さ"の意味が知りたかったから。


「もし、もしテメェのその強さに確固たる意志も信念もねぇってんなら……俺は負けねぇ、負けたくねぇ!」


『   』


「俺の"強さ"ってのは未来を掴むためのもんだ! "強さ"の先ある可能性をその手にするために俺は強くなり続ける! だから、俺は俺の"強さ"を信じてんだ!」


『   』


「いいや、俺だけじゃねぇ! "強さ"の頂点を目指すすべての奴らだってきっと"何か"を背負ってやがんだ! だがテメェがその"強さ"に何の理由も持たねえってんなら、それは信念を持って強さを求める奴らへの侮辱でしかねぇ!」


 強さの頂点を目指す者達にとって戦いとは言わば、両者の強さに対する想いのぶつかり合いともいえるだろう。

 しかし、勝敗はつけてもそれは相手の強さの否定にはならない。勝っても負けても、そこにはきっとお互いの強さを示し合い、認め合い高め合える誇りが存在する。

 だがその強さに己の信念を持つ者からすれば、意思なき強さに踏みにじられるというのは最大の侮辱であり、屈辱。


 だからこそカロフはそんな意思なき"強さ"に勝たねばならないと心から感じているのだ。


「我の強さは我一人の力で得たものではない。我を必要としてくれる者達の、我の大切な者達が、その"強さ"を信じてくれるからこそ、我は強くあれるのだ!」


 そんなカロフの意思に呼応するように、アポロの闘志もさらに熱く燃え滾っていく。

 エンパイアに宿る始祖龍がその力をアポロの両腕に纏わせていく。破壊された鱗を覆うように、その拳そのものがまるで一体の龍であるかのように。


「大海の龍よ、暴風の龍よ! 我が拳に宿り万物を凌駕する理と成れ『双龍王拳(エンドレスオブドラゴンズ)』!!」


 始祖龍の宿る拳にアポロの魔力が重なることでその力が極限にまで溢れ出していく。

 豪雨が絶え間なく地を打ち、竜巻がすべてを吹き飛ばす。天候を一瞬で変えるほどのすさまじいエネルギー。


『   』


 しかしそれも当たらなければ意味はない。

 天候が荒れ狂おうとカロフと鎧の攻防に変化はなく、その姿を捉えることはできないままだ。

 だがそれでもアポロは拳を構え……。


「我が魂の拳……受けてみよ!」


 強大なエネルギーと共に放たれた正拳の衝撃は正確に鎧を捉え、真っ直ぐ突き進んでいく。


『   』


 だがそれでも、衝撃が届く前に鎧はその範囲から離れていた。

 アポロ攻撃は奇しくも空振りに終わった……かに見えたが。


『   』

ギギギ……


 どういうわけか鎧はアポロの拳を避けたその場から動けないでいた。いや、その身体がきしむ音が聞こえていることから、何かが鎧をその場に拘束しているのがわかる。


「右の拳に宿るは風の始祖、たとえ避けようともその風粋を支配し獲物を永久に閉じ込める風の檻となる!」


 見れば吹き飛ばされた木々が衝撃の通った風粋に近づいた瞬間、閉じ込められ塵になるまでバラバラに切り裂かれていく。本来ならああなるはずだが、鎧は圧倒的な硬度がゆえに拘束されるだけに止まっているのだろう。

 そして、アポロの攻撃はこれで終わりではない。


「左に宿るは水の始祖、永遠を削り取る激流がその身体を打ち砕く!」


 やはり鎧の肉体を打ち砕くためには直接その拳を叩きこむしかない。アポロは拘束される鎧へ詰め寄り、水の始祖龍が宿るその拳を突き出す。

 それに対し鎧は……。


『   』


 風の拘束の中で無理やり体を動かしアポロを迎え撃つ。しかも、背中の翼を閉じすべての能力をパワーに変換して。


「おおおおお!!」

――――ゴォオオオオオオオオン!!

『   』


 それは、とても拳と拳がぶつかったとは思えないほど強烈な衝撃音だった。

 両者の拳がぶつかるのはこれで三度目だが、今度はアポロの拳が破壊されることはなかった。


『   』


 だがまだ届かない。これまでの攻防で鎧にはまったくダメージを与えられていないのだから。

 それでも、決して諦めない。


「ぬぅおおおおおあああああ!」

ドドドドドドドドドガガガガガガン!!

『   』


 アポロの拳は一撃だけでは終わらなかった。左の拳が届かないのなら右、それでもダメならまた左と絶え間なく続く乱打。同じように乱打で対応されるも、決してその拳を止めることはない。

 それはいつものアポロからは想像できない、ただただ勝ちへと向かうための滅茶苦茶な戦い方。


 だがそれこそが……。


「俺達の強さの証明だ!」


『   』


「遅ぇ! 轟けリ・ヴァルク! 始まりを切り裂け『春雷(シュンライ)』!!」


 まさに稲妻のように上空から降り注ぐカロフの斬撃。

 その一撃は……。


パキッ……

『   』


 ついに難攻不落かに思われた鎧の拳に小さな傷をつけ、ほんの微かな勝利への希望をもたらすのだった。


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