299話 破滅の拳
カロフがリ・ヴァルクで切りかかると鎧はそれに即座に反応し拳で受け止める。決して軽い一撃ではないはずだが、たいしてダメージはなさそうだ。
だがそのぶつかり合いで鎧は完全にカロフへの敵対心を露わにしてた。ガルダや村長に向けていたように、頭部の黒い十字の奥から何かが覗き込むようにカロフを見つめ……。
『 』
「……ッ!? んのっ……イメージはっ!」
この鎧と対峙に向かい合い、その十字の奥を覗いた者は皆"そう"なっていた。
そう、どうあがいても目の前の存在には絶対に勝てないという圧倒的な絶望感を植え付けられ、最終的に自信喪失にまで追い込まれる。
今、カロフにもその感覚が押し寄せているはず……。
「しゃ……っらくせぇ!」
しかしカロフはそれを押しのけると同時に剣を振り抜き、鎧の体ごと大きく後ろへと弾き返す。
『 』
「テメェ……なめてんじゃねーぞ。今ここでテメェと戦ってんのはこの俺だろうが。他の事象の結果がどうだろうと、ここにいる俺らの戦いにゃ何も関係ねーんだよ!」
ガルダ達と同じように十字の奥覗いたはずのカロフだが、彼はその闘争心が失われるどころかさらに怒りを燃やすこととなった。いったいカロフはその十字の奥で何を見た……いや、見せられたのか。
「カロフよ、何をそんなに興奮している。あまり勝負を急ぎすぎるな」
「けっ、俺にだってんなこたわあってんだよ。ただ……すげぇムカついただけだ、あいつのやり方ってやつにな」
「どういう意味だ?」
「なんつったらいいんだろーな……。とにかく、オッサンも一発あいつとやり合ってみりゃ分かることだと思うぜ」
カロフの言葉の真意はわからないが、やってみればわかるというのだからきっとそうなのだろう。
ただ今のところ鎧はカロフにしか興味がないらしく、変わらず真っ直ぐと敵意を向けている。
「そうか……ならば一撃、我も仕掛けてみよう!」
そう言うとアポロは即座に飛び出し、鎧の真正面へ向かって真っ直ぐ拳を突き出す。相手がカロフに集中している今、脇や背後から攻撃を仕掛けることもできたはずだが、そこはやはりアポロの素直な性格が出ているというところか。
『 』
「……ほう、我が拳を容易く受け止めるか。決して手加減をしたわけではないのだが……ッ!?」
激しい衝突音が響くと同時にアポロの突き出した拳が鎧の腕に受け止められる。
だがその直後、アポロは何かに気づいたかのように目を見開き、その場を飛び退いていた。……その背に、神器“エンパイア”を現出させながら。
「カロフよ、我にも理解できたぞ。今見せられかけたイメージ……いいや、イメージなどという生易しいものではないな。あれがおそらく……」
「ああ、ムゲンが言ってた『事象操作』ってやつなのかもな」
そう、あの十字の奥から送られていたものはただのイメージではなく、数多の枝分かれする事象世界での"結果"だった。
そこにあるのは己の敗北という結果のみ。自分の持てるすべての技を、力を、一つひとつ完膚なきまでに打ち砕かれ、最後に残るのは絶望のみ……。
そんな絶望的な経験をこの事象に存在する自分に刻み込まれれば、ガルダのように自信喪失するのは当然のことだろう。
だが……。
「なんつーか、"別の世界の自分"と繋がりそうになった時、リ・ヴァルクがそいつを全部断ち切ってくれたみてーでよ」
「我もだ。我の中に入りこもうとする別の何かを、エンパイアの中の始祖龍が拒絶した。これが盟友の言っていた、事象操作への反発力ということなのだろう」
世界全体の結果の改変や大規模な環境改変など、これまでの事象操作と比べると見劣りするような気がするが、対個人においての影響力で見ればこれ以上のものはそうないだろう。
なにせ別の事象世界で"負けている"というのは変えようのない事実であり、当人もそれを受け入れるしかない。
ならそれを打ち破り勝利を得るためには……どの事象にも存在しなかった新しい事象を自分自身で作り上げるほかないのだ。しかし、それであの鎧に勝てるかと言われれば……。
『 』
「どうやら、我も同じように"敵"とみなされたようだな」
「へっ、相手へ一方的に負けを押し付けるような戦い方しときながら武人ぶってんじゃねぇよ。事象通りの勝ち方しかできねえヤロウなんかに負けてたま……ッ!?」
強気な発言のカロフだったが、その途中で言葉の続きを口にできず黙ってしまう。
それは、先ほどまでの鎧とは違い、まったく別の気迫が突然噴出したかのように感じられたからだ。
カロフもアポロもその異様なまでの重い空気に口を開くこともできず、ただ冷や汗を流し、目の前の存在に身構えるしかできないでいた。
『 』
確かに鎧の事象操作は神器によって封じられ、確定した敗北の事象は存在しなくなった。
しかし、ならば鎧は二人への勝ち筋を失ったことになるのだろうか? 否……己の勝ちが、敵の敗北がまだこの事象に存在しないのならば……。
力ずくで、強引に、もぎ取ればいい。己の勝利を、敵の敗北を、この事象に刻み込む。ただそれだけを目指し、この鎧は動き出す。
「くるぞ!」
「どっからでもかかってきやがれ!」
互いに戦闘態勢に入り、まさに今戦いの火ぶたが切られた! ……と、思ったその時だった。
「きゃあ!?」
「お嬢様、お下がりを! ハァアアアアア!」
「ッ!? くそっ、お嬢さん達の方も大分やべぇか」
どうやら村の住人達の撤退に思いのほか苦戦しているらしく、カロフの集中が途切れてしまう。
「むっ、こちらにもまた湧きだしたぞ!」
黒い魔物が再び湧きはじめ、村を覆いつくすかのようにその数を増していく。
それにしても尋常でない数だ。ここまでの黒い魔物が発生する条件を振り返ったとしても、今の状態でこれほどまでに発生することはなかったはずだ。なのになぜこの村に限って大量発生しているのか。
ただ、理由は不明だが目の前の鎧と同時に黒い魔物も対処しなければならない……カロフ達がそう覚悟しかけたその時。
『 』
黒い魔物が周囲で湧き続ける中で鎧は一人戦闘態勢のまま立ち尽くしていた。
カロフ達が思うように動けない今、鎧にとっては絶好の機会と言えなくもないが、その様子は先ほどまでと大分違うように感じられる……。
『 』
いや、これはただ静観しているのではない。その身体からは、今までには感じられなかった激しい何かが溢れ出しているようで……。
「なんだ……あのヤロウから感じる、この威圧感はよ」
「これは、怒り……か? いや、それよりももっと激しい……」
二人が感じたように鎧は激しい怒りをその身から放っていた。いや、アポロの言うようにこれは怒りなどという生易しい感情では表せないかもしれない。
まるで、絶対に許せない何かがそこにあるかのような……。
『 』
―― ――!
それは突然の行動だった。鎧が大きく脚を振り上げると、それを勢いよく地面に叩きつけた。
「な、なんだぁ!?」
「この……感覚は!」
鎧の足が地面を踏みつけたその瞬間、何かが周囲へ広がっていく。鎧が何をしたのかはわからないが、目に見える変化があったことは確かだ。
「え、どういうこと?」
「黒い魔物が……全部消えましたわ」
集落を中心とした周辺にいた黒い魔物すべてが一瞬でその姿を消したのだった。
いや、それだけではない。
「どうやら新しく魔物が現れる気配もありませんね」
「なんでかはわからないけど……逃げるなら今がチャンスです! 皆さん、急いで森を抜けましょう!」
鎧の行動の意味はわからないが、どうやらこれでリィナ達が村の住人達を連れて戦闘区域外へ離れることが現実的になったと言えるだろう。
「リィナ達はもう大丈夫そうだな。だがよ……オッサン、わかってるか」
「ああ、黒い魔物を消滅させたのはあやつだろう。それだけではない……今の一撃、ここら一体に張り葎されていた魔物を発生させる事象そのものを破壊しこれ以上の発生を起こさせないようにしたのだ」
それは神器を持つ二人だからこそ気づけた事象の歪み。だがアポロも自分で説明しつつもその恐ろしさに気づいてた。
この黒い魔物を発生させる事象は世界全土に張り巡らされており、これを止めるためには事象を作り上げた本体を倒さなければならないとムゲンは説明していたはずだ。
「それなのにあの鎧ヤロウは一発でぶち壊しやがった」
もちろん事象すべてを破壊したわけではなくここら一帯のものに限るが、それでも二人にとって常識を超えた存在であることに違いはない。
「ま、おかげでやりやすくはなったけどよ」
『 』
おそらく鎧もカロフと同じ考えだったのかもしれない。何人たりとも戦いを邪魔することは許さないと。
「いいぜ、そっちがその気なら徹底的にやってやらぁ!」
その言葉を合図に、カロフとアポロ、そして鎧がついにぶつかり合う。
「せりゃ!」
まず先制したのはカロフだ。『獣深化(ジュウシンカ)』による身体能力と鋭い剣筋が鎧へ向かっていく。
『 』
「ちっ! そりゃそう簡単に食らってくれねぇよな!」
しかしその件は鎧の腕に簡単に受け止められてしまう。当然だがカロフは一切の手加減をしたつもりはない。たとえ防がれてもその腕を切り落としてやろうとまで思って振り抜いたはずだ。
(くっそ、思った以上に硬ってぇ!)
その身体が何でできているのかはわからないが、鎧の腕は今まで感じたこともないよな硬度で、今のままではまったく歯が絶たなそうだ。
『 』
「ッ!? しかも防御から攻撃への切り替えがはええ!」
カロフが攻撃を防がれたと感じたその瞬間、逆の腕がその心臓めがけて伸びていた。
「カロフ、飛び退け!」
『 』
「っとうおお!?」
だが即座にアポロの拳が鎧へと繰り出され、鎧は防御のためカロフへの攻撃を止め全身で受け止めた。
「おいオッサン、危ねえだろうが!」
「スマン、だが一つひとつの行動を躊躇して勝てる相手ではない! お互いの身を気にせずこの者を討つことにのみ……ぬおっ!?」
『 』
「んなっ!?」
悠長に話している間にも鎧は次の行動に移っていた。全身で受け止めたアポロの拳を掴み、勢いよくカロフの方へと投げ飛ばしたのだ。
「なろっ!」
カロフはそれを避け再び鎧へ切りかかる。今度は一つひとつ、相手の動きへ対応しつつ打ち合い、隙を見つけその身体に剣戟を打ち込んでいく。
だが……。
(チクショウ、まったく効いてねぇ……)
隙をついた攻撃ではその身体の硬度に阻まれ剣が芯まで届いていない。加えてカロフの剣筋に鎧の拳が追いつき始めている。
このまま打ち合いを続けていては、先に潰れるのは確実にカロフの方が先だ。
「仕方ねぇ、いったん離れ……ッ!?」
打ち合いでは勝てないと理解したカロフは一度その場から離れようと飛び退こうとするが、鎧はそれに合わせ一瞬で距離を詰めてくる。
まるで絶対に逃がさないと言わんばかりに……。
「んっのヤロッ!」
『 』
鎧はこのまま続ければ自分が有利だということを理解しているからこそカロフを逃がそうとしないのだ。
「『
カロフを助けるため横からアポロのブレスが鎧に向かって飛び込んでくる。
だがしかし……。
『 』
「バカなっ!? カロフとの攻防の手を一切緩めずに我のブレスを弾くとは!?」
「くっそ、舐めた真似しやがって」
生半可な攻撃ではもはや介入する余地すらない。鎧の行動を止めるためには強烈な攻撃を仕掛ける必要があるが……。
「ならば……直接この拳を叩きこむまで! 『剛龍拳(ドラゴブロウ)』!」
『 』
「なにっ!? こちらに標的を変えっ……!?」
それならばと龍族の魔力を拳に宿し、先ほどカロフを救ったのと同じように介入しようと飛び込むが、鎧はまるでそれを予期していたかのようにアポロの方へと振り返り拳を突き出す。
「ぐっ……!」
『 』
両者の拳がぶつかり合い、その衝撃で森が、山が、大地が震える。
そして、その中心である両者の打ち合いの結果は……。
「オッサ……!」
バギィギャ……!
「ぐぁおおおおお!?」
アポロの拳に亀裂が走り、それが腕まで達すると覆っている龍鱗(ドラゴンスケイル)までも無残に砕け、弾け飛んでいく。
いや鱗が飛び散るだけでない。亀裂はその肉体にまで届き……。
ブシュ……
亀裂から飛び散る赤い鮮血。その痛みに思わずアポロも腕を抑え後退してしまう。
「大丈夫かオッサン!」
「不覚を取った……。なるほど、勝つためならどのような手段も厭わないか。これまでにない強敵だ」
「へっ、案外まだまだ元気そうじゃねえか」
負傷したアポロに素早く駆け付けるカロフだったが、どうやら傷は浅いようで安堵の吐息を漏らす。だがその一方で片膝をつくアポロの姿に今までにない焦りを感じていた。
「奴の力の謎がまったくわからねえ……。オッサンの鱗を破壊したのも、俺の速度に追い付いたのも、攻撃が一切通らねえのも、どうにかしねえと俺達に勝ち筋かねえぜ」
「……いいやカロフよ、その考えは根本的に間違っているぞ」
鎧の滅茶苦茶な力を前にカロフは何か秘密が隠されていると考えたようだが、アポロは今の一撃で何かを確信したらしい。
「奴はただ純粋に硬く、速く、そして強い。本当にただそれだけのことなのだ」
それは単純明快でありながら絶望的な答えだった。
それは、目の前のただ勝利を渇望するだけの暴君のすべてを二人は上回らなければならないという事実を突き付けられたのだから。
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