298話 空虚な抵抗
場所は中央大陸北部に位置する樹海の奥地、旧時代の技術を持つ者が集まる隠れた集落の中。
そこに終極神がこの世界に産み落としたであろう岩の鎧の姿をした謎の存在がチーム『ドラゴンウルフ』の前に現れた。
『 』
言葉を発することはないが、そこに何かしらの意思だけは感じられるようで不気味だ。
加えて兜のような頭部に空いた十字の穴からは視線を感じられないのに見られているという奇妙な感覚に恐怖を感じる者もいるだろう。
「おいオッサン、今すぐにでもあいつの相手をしてやりてーとこだが……まずは村の連中の避難が先だな」
「その通りだが、あれの出方がわからぬ以上迂闊に動くのは危険だ」
「そんぐれーわあってるよ。ま、ここは俺らが警戒しつつリィナ達に避難を任せんのが最善ってとこだな」
すでにその意図を察してかリィナ達も集落の人間達を逃がそうと動き始めているが、どうにもてこずっているようで。
「仲間がやらたというのに我々に背を向けて逃げろというのか!」
「ええ、旧時代から技と力を受け継いだ者としての誇りにかけて仇を取る!」
「むしろよそ者であるあんたらこそ俺達の問題に首を突っ込まないでくれ」
「駄目です皆さん! あれは普通の敵ではありません! 真正面から立ち向かっても勝ち目は……」
「駄目ね、わたし達が何を言っても聞いてくれそうにないわ」
リィナ達が逃走を促すも、この集落には腕に自信のある者ばかりなせいか誰も受け入れてはもらえない。逆に返り討ちにしてやろうと息巻いてしまっている始末だ。
「くそっ、この村はわからずやばっかかよ」
「……無駄さ、ここの連中は皆その強さや技術に自信と誇りを持ってんだ。それに、村の仲間は皆家族みてーなもんだ。それをあんな風にやられて黙ってられる連中じゃねーよ」
「あん?」
そうボソりと呟く声がカロフの足元でうずくまるガルダから聞こえてくる。彼も自分の言葉の通り、目の前で親友を惨殺され感情のまま突撃した一人だが。
「んじゃ、おめーは今でもまたあの鎧ヤロウと再戦してぇと思ってんのかよ」
「それは……」
先ほど語ったように、彼にも集落の一員としての自身と誇りは持ち合わせているのだろう。だからこそ勇猛にも跳びかかり親友の仇を討とうと奮闘したのだが……。
彼は地面に座り込んだままうつむき、カロフの問いに答えることができず沈黙してしまう。
その表情には先ほどまでの勇猛さはなく、何かに葛藤するような苦悩を浮かべている。
「皆の者、落ち着くのだ」
集落の人間が興奮する中、一人前に進み出たのは先ほどカロフ達に集落の成り立ちを話してくれたあの村長のエルフだった。
「村長! 止めないでください! ここで引き下がったら我々の誇りは……」
「村長さん、お願いします。どうか彼らに逃げるよう説得を……」
「勘違いしてはいけないよお嬢さん。私は君達に協力するために出てきたわけではないのだから」
村長が住人達を精したのだから、自分達に協力してくれる気があるのだと安堵したリィナの期待を裏切るようにきっぱりと言い放つ。
「そう、ならあなたはどうする気なのかしら」
「この村を代表して私があの者に天誅を下そう。誰か、私の剣をここへ」
村長自らが名乗りを上げたことに誰もが驚きを隠せずざわつくが、そのことに反論する者はいなかった。
「そんなっ! 一人で相手をするなんてなおさら駄目です! 皆さんはあれの恐ろしさを……」
「悪いが、こちらにも譲れぬものがある。私もかつてはこの村最強の剣士として名をはせた身……戦いこともせずに背を向けることは祖先より受け継がれてきた想いをも否定することも同義」
その気迫を前にリィナ達はそれ以上反論することができなかった。それだけこの村の人達が受け継いできたものの重みが言葉以上に意思で伝わってきたのだから……。
「村長、剣をお持ちしました」
村の住人達が数人がかりで運んできたそれは細く、真っ黒な一本の剣だった。
一見普通の剣だが、それを数人で持ってくるということはかなりの重量なのだろう。だが村長はそれを手にすると軽々と持ち上げ。
「もしかして、あれって……」
リィナにはその光景にある既視感を感じていた。そう、レオンが所有する黒い棒だ。
その想像通り、この剣はレオンの黒棒と同じように魔隕石(グラビティストーン)を鍛えて作られたものであり、その性質を十全に引き出したうえで精錬された形に整えられたまさしく名刀と言えるものだ。
そして、この素材でできた武器を扱えるということは。
「最強とうたわれた村長のエルフ流重力剣が見られるのか」
「お、俺は生まれる前に村長はすでに指導者としての姿しかしらないが……かつては災害級のモンスターも仕留めたことがあると聞いたぞ」
「あの剣を手にしたお師匠様は無敵よ。攻守に優れ、流れるような剣技ですべてを捌く……教えを受けている身として不甲斐ないけど、正直あの領域まで到達できる気がしないもの」
かつての最強が立ち上がるという異例の展開に村の住人達も希望に満ち溢れ、その声援に押されるように村長も期待を背負い歩みを進めていく。
……だが、彼がリィナ達の脇を抜けて通り過ぎようとしたその時。
「どうかこの村のことを……頼みます」
「え……」
それは、大きな声援が轟く中で聞こえた一筋のか細い願いだった。
それが村長のものだと気づいた時にはすでにその姿は隣になく、さらに先の戦地へ向かう背中がそこにあるだけ。いや、もしかしたら彼が向かおうとしているのは戦地ではなく……。
「あの人……死ぬ気よ」
「え! ど、どういうことですの!? あの方々はわたくし達の話を聞かずに自分達の誇りのためあれと戦おうとしているだけじゃありませんの」
「……うん、村の人達はどうあっても私達の話を聞き入れてくれそうにない。でも……」
彼らはいかなる相手にも背を向けて逃げることはない。なぜなら、古くより受け継がれてきた力と誇りがあるのだから。
だからこそ、それらすべてを村長自らが一身に背負うことで……。
「カロフお願い! その人を止めて!」
「ちっ、しょうがねぇなぁ。次から次へと本当に厄介な連中……」
と、鎧の下へと向かおうとする村長をカロフ達が止めようと動き出そうとしたその時だった。
ズルリ……ズル……
「チクショウこいつら……どっから現れやがった!」
どこから現れたのか、黒い魔物が集落の周辺を囲むように覆いつくしており、思うように身動きが取れないようにされてしまっている。
「先ほどまでまるで気配を感じなかったということは……直接この場に現れたということか!」
それはこれまで黒い魔物が現れる条件から外れたまったく新しいパターン。
声援を送っていた村の人達もこの突然の事態に戸惑いながらも抵抗を続けている。
なぜ突然大量発生したのか、どうして通常とは異なるパターンで襲ってきたのか……わからないことだらけだが、一番の問題は黒い魔物ではなく。
『 』
「さぁ、寡黙な鎧よ……我が師より受け継ぎしエルフ流重力剣の真髄、とくと味わってみよ」
黒い魔物の発生時、鎧は少々様子がおかしく辺りをキョロキョロと見回すように首を動かしていたが、村長が剣を構えた瞬間まるでそれを待ちわびていたかのように瞬時にその姿を捉え、真っ直ぐとただ目の前の相手以外見えていないかのように見据えていた。
「いざ……」
『 』
「……ダメだ」
両雄が見合う中、静かにそうつぶやいたのは、その姿を黒い魔物が蠢く隙間から力なく眺めていた青年……ガルダだった。
我らの誇りを示せと興奮する村の人達の中で唯一、彼だけは理解していたのだ。なぜ村長が一人であの鎧と戦おうとしたのか。
「逃げてくれ! 村長ああああああああ!」
「勝負……ッ!?」
『 』
その勝敗は、まさに一瞬で着いた。
村長が飛び出すと同時に周囲の小石や塵が鎧を中心に集まり出し、次第に大きな物体まで引き寄せられていく。おそらく強力な重力場を鎧自身に付与し、引き寄せられた物体で拘束と視界を奪うことで相手の行動を極限まで抑え込む戦術だったのだろう。
その狙い通り、多くの物質が鎧の身を固め、その視界を遮ったすべての物質ごとすべてを切り裂く鋭い一閃が放たれ、誰もが村長の勝利を確信していた。
だが、現実はあまりにも無情で……。
「ガハッ……!?」
その光景を前に誰も言葉を発することもできず、ただただ絶句していするしかできないでいた。
当然だ、完全に決まったと思われたその一撃はいとも簡単に防がれ、鎧の腕が村長の胸を貫通していたのだから……。
村長の戦術は完璧だった。その動作には寸分の狂いもなく、最高のパフォーマンスだったはずだ。
しかし拘束したはずの鎧は固められた物質の中から腕を伸ばし村長の剣を掴むと、それを握り折ってしまった。
そのまま間髪入れずに恐ろしい速度の抜き手が村長の心臓めがけ……。
『 』
「むっ……村長!」
鎧はそのまま動かなくなった村長から興味を失ったかのように投げ捨て、再び何かを探すかのように辺りを見回し始める。
その一部始終を見ていた集落の住人達は……。
「村長が……やられた」
「く、くそっ! こうなったら次は俺が!」
「い、いえ! 我が師がやられて黙っているなんてできません! 私も共に……きゃあ!?」
「あなた達、ボーっとしてるんじゃないわよ!」
村長がやられた光景を目にしてもまだ立ち向かおうという勢いは消えてないようだが、近寄ってきた黒い魔物にすら気づかず不意を突かれるほどやはり動揺は隠し切れないようだ。
「これでわかったでしょ! あいつはあんた達が手に追えるような相手じゃないって!」
「け、けど……」
それでも彼らが戦おうとするのは誇りのため。たとえ敵わないとわかっていても最後まで死力を尽くして戦わねばならないという彼らの生き方が逃走を許さない。
「そうだ、俺達は村長のためにも最後まで戦い……」
「もうやめてくれ皆!」
だがあくまで抵抗を続けようという彼らの姿勢に意義を唱える声が響き渡る。
そんな必死の言葉を発したのは、他ならぬこの集落の青年であるガルダによるものだった。
「が、ガルダ……なぜお前がそんな弱気なことを言う! 村長がああしてを我らに戦う意思を示したというのに……」
「違う! 村長が俺達に伝えたかったのはそんなことじゃねぇ! 村長は……俺達じゃ絶対に勝てないってことを伝えたかったんだ! 俺達に逃げるべきだって理解してもらいたかったんだ!」
どうして誰よりも先に村長が戦いを挑んだのか、ガルダはその意味を理解していた。それはきっと、一度あの鎧と対峙したからこそ理解できた……恐怖からくるもの。
「あれに挑んだ時、俺はもうわかっちまったんだ……世の中には絶対に勝てねぇ相手が存在するんだって。だけどそれを認めたくなくて、情けなく意地を張って……だから村長を止められなかった! 俺がもっと早く自分が弱いことを認めていれば……」
「それ以上は言うんじゃねぇよ」
這いつくばり、己を悔い、卑下することを止めたのは……カロフだった。
「テメェは弱くなんてねぇし、村長も村の連中もそうだ。弱くなんてねぇ。ただ、デカすぎる壁を前にしちまったらそうなっちまうのも無理はねぇよ。俺だってそうだったさ」
それはきっと、戦いのスケールが大きくなるにつれ己の力の未熟さを痛感していたカロフだからこそ言えるセリフなのだろう。
そう、だから知っている。
「けどそれはお前の弱さじゃねえ。そこから立ち上がって、テメェの強さを証明していくための第一歩なんだよ。だから立てよ……立ち上がって、いつかその強さを証明するために走り続けろ。その先で、俺とお前の戦いの続きをしようぜ」
そう言い残すとカロフの体は輝き、その姿を変える。『獣深化(ジュウシンカ)』だ。
その姿に危険を察知したのか黒い魔物が一斉に襲い掛かるが、カロフが飛び出す同時に剣を一振りするとすべて細切れに裂かれ、消滅していく。
「戦いの続き……か。ああ、やってやろうじゃねえか。皆、今すぐここから逃げるんだ! たとえ逃げたとしても……俺達の誇りが失われるわけじゃない! 村長が残してくれた俺達の命こそが誇りであり、未来へ繋意で行くべきものなんだからな!」
立ち上がるガルダの目にはもはや恐怖は残っていない。その目は真っ直ぐと明日を見つめ、受け継いだものを繋いでいく強さを秘めていた。
「……わかったよガルダ。俺達も村長が命を張ってまで教えてくれた意思を継いでいこう」
「お師匠様、私もいつの日かあなたの剣技を後世に残してみせます」
「ああ…皆で逃げよう。あれだけ反抗した身で図々しいとは思うが、あなた達にも手伝ってはいただけないでしょうか」
「はい、もちろんです! まずは森を抜けて、人が集まる場所を目指しましょう!」
「皆さんこっちですわ! 今カトレアが道を切り開いてますのよ!」
こうしてようやく住人達の協力を得て、避難が開始される。すべては……カロフとアポロが心置きなく戦えるように。
「カロフ……負けないでね」
避難が始まったのと時を同じくして、カロフとアポロは目の前の存在……岩の鎧と対峙していた。
「カロフよ、まだネル達が避難誘導をしているというのに始めてしまっていいのか」
二人が鎧に戦いを仕掛けなかったのは集落の住人達の安全を考えていたからこそであり、本気で力を解放することをためらっていた。
戦いが激化し、鎧が無差別に襲うことを考慮して……だが。
「ああ、さっきの村長の戦いを見てわかったことがあんだよ。こいつは……」
そうして配慮する必要はどこにもなかった。なぜなら目の前のこの存在は……。
「真っ直ぐ、戦う意思のあるやつだけを徹底して狙ってくるんだからな!」
『 』
剣と拳がぶつかり合う。お互いがお互いを"敵"だと認識することで、本当の戦いが今はじまるのだった。
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