296話 -VS- -VS- -VS- その2
その魔導機は空気の抵抗をものともしないかのように超スピードで空を駆け抜けていた。
――――ィィイイイイイイイイイイイイン!!
星夜の新たな魔導機『コズミッククリエイサー』。神器“ムルムスルング”を動力源とするそれはものの数十分もしない内に中央大陸から飛び出し、海を越え、第五大陸へとたどり着く。
「しかし、このだだっ広い大陸の中から俺達が戦うべき終極神の事象を見つけねばならないとなると、相当骨が折れるな」
「問題ない。出発前に限から示された大まかな座標はインプット済みだ。それにオレ達には先に向かわないといけない場所があるだろう」
そう、このチーム《クリムゾンクルセイダース》には終極神の事象以外にもこの地で確認しなければならないことがある。
とある人族主義の国から要請された、小さな村への救難だ。
「……あの救難要請、どう思う。俺は十中八九罠だと睨んでいるが」
「行ってみなければわからない。どちらにせよオレ達が向かってみないことには何も変わりはしないのだからな。……そろそろ目標地点に到達する」
地面へと向かい機体を下降させ、ホイールを飛行モードから地面を走行するためのライディングモードへと変形させると、地上へ降りると同時に街道を走り始める。
やがて遠目からでも人為的に作られた木造の家や小屋などが確認でき、それが目的の村だと気づくが……。
「見ろセイヤ! あの村……とんでもない数の魔物に襲われているぞ!」
それはまるで村を覆いつくさんと言わんほどの大軍勢だった。黒い魔物が生まれては村を囲んでいく。
あの数に一斉に攻め込まれでもしたら、あんな小さな村ではひとたまりもないだろう。
「俺が先陣を切る! 一足先に行かせてもらうぞ!」
言うが早いかレイは魔導機から飛び出し魔物の軍勢の頭上へと躍り出る。
そしてそのまま狙いを定めつつ魔力を組み上げ。
「術式展開『烈風拳(ウィンドストライク)』! さらに追加術式展開『風撃雨(ブラストレイン)』!」
「ギュピ!?」
「ギョボ!?」
放たれた風の衝撃波がまるで雨のように降り注ぎ、黒い魔物を殲滅していく。
しかしそれでも何体かは生き残り、村を襲おうと前進していく。
「たげと……ロック……です!」
「サテライト全機展開! 拡散ショット全弾発射!」
空中に展開されたサテライトから発射された魔力弾が残っていた魔物の体を撃ち抜き消滅していく。
「こいつで最後だ!」
レイが最後の一体を倒し、新たな魔物が湧いてくる様子もない。どうやらこれで村の窮地を脱することができたようだが。
「……せやさま? どした……です?」
「……いや」
救難要請に応じて駆け付ければ、そこには要請通り黒い魔物に襲われ危機的状況にある村が存在した。ここまで何一つおかしいことはない。
……ないはずなのに、星夜はどこか浮かない顔をしており。
(あの黒い魔物は人が多く集まる場所を優先して襲うと限から聞かされていたが……。こんな小さな村にあれほどの数の魔物が集まるものなのか?)
この村に救援を送ってほしいと要請してきた大都市からはここまではそう距離は離れていないはずだ。黒い魔物の習性を考えればそちらを優先してもいいとは思うのだが……。
「ま、魔物が消えている。だ、誰か来てくれたのか!?」
そう星夜が考えを巡らせていると、静まり返っていた村の中からいくつかの気配と共に数人の人間が出てきて。
「やっぱりだ! おーいみんなー! 助けが来たぞー!」
「よかった、女神政権に頼れない今この村はもう終わりかと……」
「一か八かの賭けに出て正解じゃったのう」
それに続いてぞろぞろと村の住人らしき人間達がレイ達の近くへと集まってくる。おそらくこの村の人間なのだろう。
小さな村にしてはなかなかの人数だ。大人や子供に加え老人や子供などなど、少なく見積もっても十数世帯はこの村に暮らしているとみてもいい。
「俺達はこの先にある都市から救援要請を受けヴォリンレクスから派遣されてきた」
「やはりそうでしたか! よかった……ケリィは上手くやったみたいですね」
「どういうことだ?」
「実は……この村は数日前から狙われていたんです。近くの森から、無数の視線が見つめていたんです」
「その時から都市の方へ助けてほしい、正体を確かめてほしいと伝えようとしていたんです。ですが、何度掛け合おうとしても相手にもしてもらえず……」
いくら助けを求めても取り合ってもらえない。その理由はレイと星夜もわかっていた。
第五大陸の主要都市はすべて女神政権を中心に動いていた。しかし、上層部が責任を押し付け合っている状態ではこんな小さな村の問題を相手にしている余裕などあるはずがない。
「そんな怯える毎日を過ごしていたら、今日突然あの視線を感じる森からさっきの黒い魔物が現れ……」
「一か八か、この村で唯一馬に乗れるケリィという若者を全力で村の外に逃がし、救援を呼んでくるよう託したのじゃ」
「そして、私達はあなた方が現れるまでこうして身を隠していたというわけなんです」
つまりあの救難要請は、黒い魔物による混乱が世界で起きたのと同時にこの村から逃れた若者が必死に訴えかけた結果だということだ。
「しかし本当に助けが来てくれるなんて。先生の指示を信じて正解でしたね」
「……先生とは誰のことだ?」
"先生"という単語に星夜はいささか違和感を感じたらしく、青年に問いかける。
確かにこんな小さな村では教育施設などないだろうし、どの建物を見てもただの民家のようにしか見えないのに、ここにどのような"先生"がいるというのか。
『ああすいません。それ、ワタシのことなんですよ』
村の奥から遅れて現れたのは、身長は高いがどこか気の弱そうな顔立ちの良い優男といった風の人物だった。
特に変わった特徴のない人物だが、強いて他の村人と違う部分を挙げるなら白衣のような衣装を身に着けているということだろうか。
「あ、先生遅いですよ。彼らが俺達の村を危機を知り、救援に駆け付けてくれた方々です」
『この度は本当にありがとうございます。ワタシもこの村に世話になっている身なので、あなた方には心から感謝しています、はい』
「世話になっている?」
『ワタシは流れ者の医者でして。行くあてがなかったところを彼らの善意でこうしてお世話になっているということなんですよ』
「そんな! 先生がいなければ我々は疫病で全員死んでいたはずです。だから、先生にはいつまでもここにいて構わないとみんな思っていますよ」
と、なんとも心温まるようなストーリーだが、どうやらそれが彼らとこの"先生"との関係性らしい。
「それに、こんな小さな村じゃまともな医療も受けられないし、先生が来てくれて本当に助かってるんですよ」
「この村のみんなにとって先生はもう家族のようなものですから」
『と、いうわけで、こんなにも慕ってくれる彼らのためにワタシも何かしなければと先ほどの作戦を提案したわけなんです』
女神政権という大きな支えを失ったこの大陸の多くの町村はどこも似たような苦境にさいなまれているということはどの大陸の耳にも届いている。
魔物からの脅威による安全はもちろん、医療や食料問題の多くもこれまでは女神政権が対応していただけにその影響はかなり大きいようだ。
「この村は随分と困窮しているようだな」
「ええ……まぁ。数ヶ月前から女神政権の支援がぱったり止まってしまって。医療は先生がいてくださるのでなんとかなっていますが……」
「食料なんかは都市の人間が独占しとるんじゃ……。じゃがワシらは少ない食料で食つなぐしかない」
「それに畑も魔物に荒らされて作物も育てることができません。家にはお腹を空かせた子供もいるのに……」
女性の言うように村の奥には荒れた畑が見え、あれではまともに作物が育つこともないのが理解できるだろう。
小さな村の収入というのは主に育てた作物や特産品を大きな街で売ることで生計を立てているのがほとんどだ。その点に関しても、女神政権の混乱の影響が強く影響してしまっている。
「また奴らのせいか……。まぁいい、女神政権の問題はこの戦いが終わったら世界同盟に任せれば解決するだろう。それよりも今は……」
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
いきなりどこかの家の中から赤ん坊の泣き声が響き渡る。その声を聞いて村の女性が一人急いで家の中に向かうと、泣きじゃくる赤ん坊を抱えて戻ってくる。
「ごめんなさいね。この子、まだ生まれたばかりで……きっとお腹が空いたのね。よしよし、もうちょっと我慢してね~」
「……こんな赤子でさえ安らげず怯えて暮らさないといけないのか」
赤ん坊を抱く母親の姿を見てレイは感情を高ぶらせていた。一刻も早く戦いを終わらせ、この家族に安らぎを与えてやりたいと。
そのためにもまずは二人が戦うべき"敵"を見つけることが先決なのだが。
「異国の救世主様、どうかこの村を助けてください」
先へ進もうとするレイ達を村人達が引き留め嘆願してくる。先ほどの黒い魔物は殲滅したが、村人にはまだ脅威の対象が残っているようで。
「先ほどの軍勢には、あの近くの森からこの村を覗くような視線を向けていた魔物の気配は感じられませんでした。どうか森に赴きあの魔物を対峙してはいただけませんか」
それは先ほど村人が語っていた謎の視線の話だ。そこから黒い魔物の軍勢が現れたとなると、何か関わりがあるかもしれない。
もしかしたら、それこそが終極神の事象の可能性もある。
「よし、ならまずはそっちを何とかしてやろう。森はどっちだ?」
『おお、ありがとうございます! ではワタシが案内させていただきます。早速向かいましょう』
と、"先生"が率先して先頭に立ちレイ達を案内するように進んでいく。
レイはその後を素直についていこうとするが……。
「おい、どうしたセイヤ? なぜボーっと突っ立って……」
「そこの母親、赤子が腹を空かせいるならすぐにでも乳を飲ませた方がいいんじゃないか」
ここまで無言だった星夜が口を開いて発した言葉はそんな唐突なものだった。
確かに未だに赤ん坊は泣きわめきお腹を空かせているようだが、なぜ星夜がそんなことを気にする必要があるのか。
「そんなことは今気にしてても仕方ないだろう。確かにお前の言いたいこともわからなくもないが、大勢の人前ですることでもない」
「だったらすぐにでも家に戻ればよかったはず。ここに残る理由は……ないはずだ」
それでもなお執拗に星夜は疑問を止めることはない。いったいこの質問に何の意味があるのだろうか。
「えっと……最近は食料も少なくお乳の出もあんまりよくなくて……」
「別に顔色は良好、どころかいたって健康そのものにしか見えない。そう、他の村民もだ。食糧難で苦しい状況なら、もう少しその影響が体に見えてもいいとは思うんだがな」
一つひとつ、自分が感じた違和感を並べていく星夜。彼がこの村に入ってから無言だったのは、何かを観察していたからなのだろう。
そして今、その観察は星夜の中に一つの可能性を導き出していた……。
「の、農作物が育てられずとも他にも食料を得る方法はありますよ。僅かですが狩りをしてその肉を分け合ったり、村に残っていた保存食で食いつないできたんです。何もおかしいことなんてありませんよ」
『失礼ですが、あなたは何をそんなに疑っておられるのでしょうか? 魔物の元凶も、村の困窮も先ほどの説明に嘘偽りはありません』
「そうだ、確かに村人全員嘘をついている様子は見られなかった。……だが、そこに真実が一切含まれていないという前提を無視すればだがな」
星夜の言う"真実"とはいったい何なのか……。その答えは、すぐに暴かれることとなる。
「オレ達が魔物を殲滅してすぐ村民達はこちらを囲むように集まってきた。しかし、赤子は家に残していた。次に、村の現状を細かく説明し、こちらの頭に現在の村の状態を刷り込ませた。そして最後にオレ達に優先的に次へ向かう場所へと誘導した。そこから導き出される答えは……オレ達にこの村を詳しく調べてほしくない理由があるからだ!」
「星夜! 周辺の状態のスキャン終わったよ!」
星夜が導き出した"答え"と同時に魔導機からその身を飛び出したのはフローラだった。
どうやら、星夜に頼まれ何かを行っていたようだが。
「でもこれ……ヒドイよ。土は腐って、家の中からは何かが腐ったものと……血液の反応がそこら中にあるの。それなのに、どうして腐臭も血の匂いも感じ取れないんだろう……」
「その手品の種はわからないが、一つだけハッキリしたことがある!」
そう言って星夜は思いっきり畑の土を蹴り上げると、その中から飛び出たものは……。
「ほね……です」
「あれはっ……どう見ても人骨だ! 確かに、あんなものが埋まっていたら作物が育つはずもない」
それも一本や二本だけではない。飛び散った大量の骨の中には同じ部位のものもいくつもあり、これが人ひとり分でないことは明白だ。
つまり、この村は……。
パチパチパチパチ
「……ッ!?」
突然の拍手に驚き振り返ると、そこにはあの"先生"を中心に村の住人総出でその顔に笑みを浮かべらながら手を叩く不気味な光景が目に入ってくる。
『いやいやお見事です。結構完璧な流れだと思ったんですけどね。赤ん坊が急に泣き出したところはワタシも焦ったとはいえ上手いフォローをしてくれたなと感心したというのに、違和感ありました?』
「いいや完璧だった。ここの住人は誰もが"村人"として完璧すぎた」
『おや? ならなぜ怪しいと?』
「……昔、自分の記憶を完全に閉ざしとある機関に潜入した工作員がいた。そいつは完璧に組織に溶け込んではいたが、無意識のうちに本当の自分が任務の成功へと導くような行動ばかりを選び、実行していた。ここの住人と同じようにな」
つまり、村の住人に自覚はなくともそのすべてがレイと星夜を貶めるための的確な行動や言動であるということを、星夜は過去の経験から導き出したということだ。
「そして、今オレと話している貴様……お前からだけは何も感じなかった。いい加減正体を表したらどうだ……"先生"」
星夜に暴かれ、自分からそれを認めてもなお"先生"は未だに何食わぬ顔で無害な優男を装っている。
しかしもう、レイと星夜の二人は理解していた。目の前のこの男こそが……。
『そうですね。あまりもったいぶるのも面白みに欠けるというものでしょう』
そう言いながら髪をかき上げると、"先生"の恰好は先ほどまでの地味な装いから派手な奇術師風の恰好へと変わっていた。しかし、白衣のような衣装だけは変わらず身に着けているのがどこか不気味さを醸し出していた。
……そして、彼の変化と同時に村人の様子も変わっていき。
「ギギ……今日ハ、イイ、天気」
「待ッテテネ、私ノ赤チャン……今ゴ飯ヲアゲルカラ」
「オギャア! オギャギャギャギャギャアアアアア!」
その身体からとても人間のものとは思えない奇怪な部位を露わにしていく。男性、女性、老人、果てには抱えられていた赤ん坊までもその身体を異形のモノへと変化していく光景はまさに地獄絵図としか言えるだろう。
その中心で手を広げ、終始笑顔を絶やさない"先生"を除いて。いや、むしろそれを含めて奇怪な光景……と言えるのかもしれない。
「この村全員……ということは最初の救援要請も俺達をハメるための……ッ!?」
ここでレイはあることに気づく。そう、救援要請は大きな都市から発進されていたものだ。
しかしその要請を出すためにこの村から向かった若者というのは……。
『おっと気づきましたか? そうです、都市に向かったケリィは上手くやってくれました。あとは彼を起点に事象力をちょっといじれば、街中にも魔物が溢れ出させることが可能になるのです』
この村の先にある女神政権主体の都市は今も外から迫りくる黒い魔物の対処で手一杯な現状だ。
そこへさらに内側から魔物が溢れ出るとなれば……もはや手が付けられないのは火を見るよりも明らかだろう。
そうなれば二人は見過ごすことなどできないだろう。だが目の間の"敵"を前にしてはたして都市にまで手をまわしている余裕があるのかと言われると……。
「これもすべて計画通りというわけか……」
『ここに残りワタシと戦うもよし、ワタシを無視して都市へ向かうもよし。どちらにせよワタシの"作品"のお披露目には最高のシチュエーションですから! さぁ、世界が壊れるまであなた方はどのような絶望を見せてくれるのでしょうか』
結局どちらに転んでも危険な状況になることに変わりはない。これこそが"敵"の救援要請を送った真の狙いだったというわけだ。
この状況で、二人が選ぶ選択肢は……。
「悪いが、オレ達はお前に用意された選択肢を選ぶ気など毛頭ない」
「俺達は俺達の力で……道を切り開く!」
絶望的に思える今の状況だが、二人の目に諦めの色はない。
レイがバサリとアーリュスワイズを広げると、その面積はさらに大きく広がっていき……。
「やっと出番かい? まったく待ちくたびれたよ、なぁみんな!」
その内側から空間を超えて現れる。真紅の髪をなびかせ巨大な剣を振るう褐色の肌の女性を筆頭に、その背後から十機ほどの魔導機を引き連れて。
レイ達の"家族"とも言える『紅聖騎団(クリムゾンレイダーズ)』が魔導機に搭乗し次々と飛び出していく。
『なるほど、そうきましたか。……いいでしょう、なら皆さんにまとめてワタシの"作品"の素晴らしさを披露してあげるとしましょう!』
こうして都市の防衛と周囲の村に巣食う"先生"の"作品"が周囲を巻き込み、想像を超える大規模な戦いがこの地で始まるのだった。
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