295話 -VS- -VS- -VS- その1
……遠い遠い雲の上、風を切り裂き雲を高速で突き抜けていく一つの巨大な影。
龍の形をしたそれは地上へ狙いを定めると一気に急降下をはじめ……。
ズゥン……!
力強くもあるが優しいその衝撃に、付近の村の住人も困惑しつつも息を呑んでその姿を見続けているが……。
「よっと、まぁ師匠よりかは乗り心地よかったな」
その背中から降りてきたのは騎士の恰好をした亜人の青年……カロフだ。それに続いて女性達も降り地に足をつけていき。
「ここが目的地……でいいのよね?」
「正確な距離は我に測ることはできぬので目測で飛んできたが、盟友より示された場所からそう大きく外れてはいないはずだ」
彼ら、チーム《ドラゴンウルフ》がムゲンから向かうよう指示された場所がここ、中央大陸の北東に位置する地点だ。
しかし、眼前に見える村の様子からしてもこの辺りが危機的状況にあるようには見えない。
村の住人は未だ警戒しながらアポロ達の様子を伺っているようだが……。
「皆さん、安心してください。私達は南のヴォリンレクス帝国より派遣されてきた救援部隊のようなものです」
「救援だって? ふん、そんなもの俺達は必要としてないね」
「え?」
そう言って村の中からリィナの言葉を突っぱねるように前に出てきたのは、背中に翼を生やした鳥類の特徴を持つ亜人族の青年だった。
加えて他の住人も、今は世界中で混乱が起き危機的状況にあるというのにまるで動じた様子もなく鋭い眼差しでリィナを睨み返している。
「ど、どういうことですの?」
「そういえば……先ほどからこの付近には黒い魔物の姿が確認できませんが」
「黒い魔物? ああ、あの変なのか。あれなら俺達で全部ぶっ潰してやったぜ」
「おめぇらがか? まぁ見たところ、それなりの武装は整えてるみてーだが……。あいつらの数は尋常じゃねぇはずだぜ」
「カロフ、ムゲン君が言ってたでしょ。『あの黒い魔物は大きな都市を優先して攻撃している』って。こういう小さな村には軍勢では襲ってこない……それでも、発生は止まらないとは思うけど」
今リィナが語ったように、黒い魔物はその多くが引き寄せられるように人が多く集まる都市を優先的に狙い襲い続けている。
ただ、このような小さな村も襲われないわけではなく、大隊を外れた少数が人の気配を察知し狙いが変更される。……少数といってもそれこそ全体が異常な数なので、たとえ小さな村であってもその全域を囲うほどの数はいたはずだが……。
「ふん、あれにはすでに何度か襲撃を受けてはいるが……ここが武人の集まる村とも知らずに襲おうとしたのが運の尽きだったな」
「んだよ、やけに自信ありって口ぶりじゃねえか。どっかの武術大会で実績でも持ってるってか?」
「少なくともわたくしは彼らのような方々の噂は聞いたことありませんわね」
もともと武力国家の頂点とも言えるヴォリンレクスにはそれこそ戦闘技術や有名な武人の情報はひっきりなしに飛び込んできていたもので、中でも皇帝と友好関係を築いているバーンズ家はその大部分を共有していた。
最近ではアリステルも自分が何か力になれないかとその辺の資料も調べていたようで、有力な人材ならば彼女も当然知り得ているはずだが……。
「我らを知らぬのも無理はない。ここはこの世界において失われた技術を持つ限られた者が身を寄せ合い、そしてその技術が決して外界に漏れぬよう存在を潜め生きていたのだからな」
そう語りながら村の奥から現れたのは、少々年老いたエルフ族だった。長命種であるエルフ族でありながらわずかにでも老化の兆候が見られるということは、かなりの年月を生きてきたのだろう。
他の住人も彼に敬意を払ってるようにも感じられ、この村でもそれなりに立場のある人間だというのがわかる。
「失われた技術……ですか?」
「今の時代に表立って伝わることのなかった旧時代の技術だ。武術、剣術、魔力の扱い方に至るまでなど様々にな」
「旧時代の技術ってもしかして……」
「ムゲンの言う、前世の時代ってやつかもね」
ムゲンの前世の時代の技術……それはその時代の人間達が終極神の体現者の狙いに気付き、後世の時代に残らないよう意図的に失われたはずのものだ。
しかし、なぜ失われたはずの技術を受け継ぐ者達がこの場所にこれだけ集まっているのか……。
「けど……今の話を聞いて思い出したことがあるわ。その昔、武術や剣術なんかのあらゆる戦闘技術を持つ武人が集まってできたっていう秘密の村があるって」
「知っているのかネルよ?」
「昔ちょっとお師さまから聞いたことがあるだけ。自分と同じように旧時代の戦闘技術を持った人達を世界中から集めて、その技術を絶やさないためひっそりと暮らす民族に誘われたことがあるって。お師さまは断ったみたいだけど」
ミネルヴァの言うお師さまとは身寄りのなかった彼女を拾い育ててくれた恩人であり、旧時代……つまりムゲンが前世で活躍した時代の技術をわずかながら受け継いだ魔導師の一人だった。
つまり、この村の住人はそういった世界にわずかに残る旧時代の技術を持つ人間が集まってできた村ということだ。
「そこまで知っているのならこれ以上語る必要もないだろう。今こそ我らの力を示す時、あなた方の力は必要ない」
そう言って村の住人達は聞く耳を持たず、自分達の力のみでこの危機を乗り越えようと意気込んでいるが。
「ですが、この場所は本当に危険なんです。あの黒い魔物とは比べ物にならない脅威がそこまで迫っているはずなんです!」
必死に説得を試みようとするリィナだったが、それでも彼らは主張を変えるつもりはないようで。
「村長ぁ! もう話し合いの必要なんてねぇぜ! その脅威がどれほどものか知らんが俺達に敵はねぇ! わかったならさっさと帰りな!」
そう言いながら鳥の獣人は村長と呼んだエルフ族の男の前に立ち、カロフ達へ敵意を放ちながら威圧してくる。だがカロフ達としてもやはり退く気はないようで。
「テメェ、やる気かよ」
「こちとら退けねえ理由もあんだっての。守られんのが嫌だってんならそれでもいいけどよ、それなら俺らに協力しやがれってんだ」
「断る……俺らはよそ者に従うこともねえし、巻き込まれる気もねえ。そして俺らの間で起こった問題は俺らで解決する!」
そこまで言い切ったところで鳥の獣人がカロフに向かって跳びかかる。もう話は終わりだと言わんばかりに。
跳びかかるその足はまさに猛禽類のかぎ爪のようで、あれに引き裂かれればひとたまりもなさそうだが。
「はっ! 血の気の多いヤロウだぜ!」
「こいつっ……いつの間に剣を。どこに隠し持ってやがった!」
寸でのところで虚空からリ・ヴァルクを取り出しその攻撃を受け止めるカロフ。以前までコントロールに苦労していたようだが、ドラゴスとの特訓のおかげか今ではこうして自在に扱えるまでになっていたようだ。
「カロフ! 私達の目的はこの村の人達と争うことじゃないでしょ!」
「わあってるよ。ただ、ちと懲らしめてやんねーと話を聞く気はねーみてーだから仕方ねえだろ」
カロフの言う通り、村人全員こちらの話を聞く気はなく拒絶の眼差しを向けている。
ただ、争いをはじめたカロフと鳥の獣人との間に割って入る様子もない。これは二人の戦いだということを彼らも理解しているからだろう。
「そこそこやるみてえだな……名乗りな」
「いちいち上から目線で偉そーなヤロウだな。まぁいいぜ、俺はカロフ・カエストス。第三大陸アレス王国に仕える第三騎士団の副隊長だ」
「俺の名はガルダ! 旧時代より伝わりし亜人族の戦闘技術『獣王流』“天ノ章”の免許皆伝せし者だ!」
「は!? マジかよ獣王流って……」
「いきなり油断を見せるとは余裕だな! 受けてみよ天ノ章"ニノ型"『回天(カイテン)』!」
その瞬間、カロフの目の前まで距離を詰めたガルダの姿が消える。いや消えたのではない、驚くべき速さで足元まで体制を低くしたのだ。
そして……。
「こいつは……下に注意を向けさせて上から攻撃するやつだろ!」
ギィン!
「む! 初見でこいつを止めただと」
先ほどのガルダは体制を低くしたがそれだけではなかった。そのまま身体の内側へと全身を回転させることで勢いを乗せたかかと落としが死角となった頭上から襲い掛かるフェイント技……だったのだが。
「残念だったな。『獣王流』なら俺もちっとはかじってんだよ」
そう、その技はカロフにとってはよく知る技術のそれと同じだった。技の詳細を知っていれば対処は不可能ではないはずだ。
ただ、ガルダの口にした"免許皆伝"がどれほどの実力なのかにもよるだろうが。
「ま、免許皆伝だっつーんならテメェが一番強ぇってことだろ。そうなればここの技術ってやつも底が知れるぜ」
「……思い上がっているところ悪いが、俺はこの村で一番の『獣王流』の使い手だと言ったつもりはないぞ。なにせこの村には……天地両極の章を極めた最強の亜人がいるからな」
「んなっ!? だったらさっさとテメェをぶっ倒して、そいつを引きずり出してぶっ倒してやりゃいいだけだ!」
「そいつは無理だな。仮に俺を倒せたとしてもあいつはこの村最強の一角。さらに言えば『獣王流』創設者と同じ獅子の獣人、俺とは比べ物にならん。ま、それ以前に今この村にはいないがな」
「いない?」
なぜ最強と言われるその男が村にいないのか。緊急事態である今こそ一人でも強者が村に必要のはずだ。
「なぜ……いないんですか?」
こちらには特に気にすることもない疑問。だが今世界中に起きている危機的状況がリィナ達に嫌な予感を与えていた。
「数日前のことだ。最近この付近で多発している武人殺戮事件が起きていると聞いてな。解決のため我々の中でも筆頭の三名を向かわせたのだ。まぁその者達もそろそろ帰ってくる頃合いだろう」
つまり村長が言いたいことは、自分達はこれですべての戦力が揃っているわけではなく、まだまだ強い戦力を残しているということだろう。
だが……。
「おいちょっと待て、武人殺戮事件? なんだそりゃ?」
「あ、知らねえのか? ここ最近、近辺の山の修練場や様々な町や村の腕自慢が何人も殺される事件が起きたって話だよ。その犯人らしき人影を近くの山で見かけたという噂を聞きつけたんでな、俺らがその不届き者を討伐してやろうってことで、俺らの中でも最強の三人が向かったわけだ」
その言葉に同調するように村の住人達もうんうんと頷いているが、今の話を聞いたカロフ達は別の可能性が頭の中に過っていた。
ムゲンは言っていた……終極神の事象は明確に把握できるようになる前から活動を開始しており、それぞれどんな行動をしているかは不明だ、と。
「おい! そいつはどこに……!」
ガサッ……
カロフがその話を詳しく聞き出そうとしたその時、奥の茂みがガサガサと揺れ出す。
その揺れは次第に村の方へと近づき、そこから姿を現したのは……一人の亜人の青年だった。
「う……ぐ……」
だがその様子はただ事ではない。全身に怪我を負い、息も絶え絶えで今にも倒れてしまいそうだ。
「お、おいバロン!? どうしたんだ! この村最強の亜人であるお前がなぜそんな怪我を!?」
「ってこたぁ、こいつがさっき話してた……」
この村で一番の『獣王流』の使い手だろう。ボロボロで細かい容姿も定かではなくなってしまっているが、よく見れば獅子の獣人の特徴が見て取れる。
しかし、この状況はいったいどういうことなのか。
「他の二人はどうした。なぜお前だけ下山してきているんだ、それに……」
多くの疑問を浮かべながらもガルダや村の住人達は重症の彼を助けようと近づこうとするが……。
「み゛んな早くごごがら逃げるんだっ! あれ゛は俺だぢが手に負える相手じゃない! 他の゛二人もごろざれだ! 奴のね゛らいは……!」
……ズゥン!!!
それは、本当に突然の出来事だった。この場にいた誰もがその目を疑っただろう。
バロンと呼ばれた青年が叫びながら訴えかけていたその最中、突如彼の頭上から落ちてきた黒い岩石の塊のような……人の形をしたそれは、容赦なくその頭部を踏みつぶしたのだから。
「……いやああああああああ!」
「お嬢様! 見てはなりません!」
まるで潰れたトマトのように飛び散る鮮血と、かつて人だったモノの臓器が辺りに散らばるその光景は……あまりにも悲惨で残酷なものだった。
そしてそれを実行した突如現れた謎の存在。ほぼ黒に近い紫の岩石を鎧にしたようなものを全身に身に纏い、兜のような頭部に空いた十字の穴は吸い込まれそうなほど暗く、だが同時に何かに見つめられているような不安をこの場にいる全員に与えていた。
『 』
「……ッ!? オイオイオイこいつは……」
「このっ……気配っ!」
そんな奇妙な気配に気味悪さを覚える中で、カロフとアポロの二人だけは違う何かを目の前の存在から感じ取っていた。そう、あれは紛れもない自分達の……"敵"だと。
「テメェ……よくも。どこのどいつか知らねえがよくもバロンを……俺の親友を殺りやがったな!」
ただ、周囲がその威圧感に動けないでいる中、ガルダは一人だけ友の命を奪われた怒りで奮い立ち、目の前の存在に敵意を向けていた。
「ぜってぇに許さねえ! 生きて帰れると思うな、『獣深化(ジュウシンカ)』! そして食らえ、『獣王流』天ノ章奥義……!」
「あいつ! 『獣深化(ジュウシンカ)』までできたのかよ! いや、でもあれじゃ……」
『獣深化(ジュウシンカ)』という切り札とその力を解放してからの動きを見るに、カロフとの先ほどまで戦いではガルダはまったく本気を出していなかったということだ。
「"九ノ型"ぁ! テメェは頭だけじゃねえ、全身ぐちゃぐちゃになっておっ死にな『天狐九打(テンコクウダ)』!」
その速度、技のキレ、一撃の重みとどれも達人の粋に達していると言っても過言ではない精錬された攻撃が九発、寸分狂わず相手の急所へと同時に突き刺さる。
並の人間ならば、防ぐことも避けることも不可能に近い必殺の一撃、いや九撃だが……。
「すべてクリティカルヒットだ! どんな卑怯な手でバロンを追い詰めたか知らねえが、こいつをまともに受けりゃもう全身ボロボロに……」
『 』
その身体には……一つの傷も負っていなかった。目の前の"敵"はただ一歩も動かずに、先ほどまでと変わらぬ様子でただそこに立っている。
ガルダの攻撃が弱かったわけではないことは武人の集まるこの村では誰もが理解していることだった。
……そう、決してガルダが弱いということではない。ただ圧倒的に、相手が強すぎただけのことなのだ。
『 』
兜のような頭部がゆっくりとガルダの方を向く。その時、彼は十字の暗闇の奥から何かが自分を見つめていると感じ、そして……悟ってしまう。
(ダメだ……俺はこれから死ぬ)
どうしてバロンがあれほどまでにボロボロになっていたのか、なぜ最強とうたわれていた親友があれほどまで怯えていたのかを。
それは、どう抗おうと自分が死ぬことを理解してしまったから。すべての事象に起こりうる、逃れられぬ結末を知ってしまったから……。
次の瞬間、黒い抜き手が自分の心臓に向かい伸びるのを理解した。命を刈り取るその一撃に、ガルダはまったく反応できずその身を貫かれる……。
パリッ――――√
……はずだった。
しかしすでにガルダは"敵"の目の前におらず。
「お前が……俺を助けたのか。だがあの状況からどうやって……」
「ハッ、今はんなこと考えるより村の連中と逃げることを考えな」
カロフの足元でへたり込んでいた。その位置は"敵"から数メートルも離れた場所だ。
「オッサン、わかってんな。こいつの相手は……」
「ああ、我らでなければならぬ」
謎の存在を前に、カロフとアポロの二人が相対する。
そう、この相手こそがこの地で二人が倒さねばならない終極神の事象の一つ。
そして……
『 』
本当の"強さ"を示すための戦いが……始まろうとしていた。
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