第12章 救世と終極の最終決戦 編

292話 紡がれた物語


 はじまりはどこからだったろうか……。

 私がこの世界を救うことと彼女達との再会を望んだところか? それともあの日2000年後のアステリムに降り立ったところだろうか?

 いや、もしかしたら転生した瞬間かもしれないし、前世の頃からそれは……その物語ははじまっていたのかもしれない。


 あるいは、それよりも前……それこそこの世界が誕生した瞬間からここまでのすべては定められていた可能性すらある。


(だが、ここまでの道のりを選んだのは間違いなく私達自身の意思によるものだ)


 この世界に再び降り立ったあの日、正直に言うと私は少々うんざりしていた。剣と魔法のファンタジー世界なんて前世で腐るほど冒険して、最終的に彼女もできずに一生を終えたもんだから、日本という新天地で彼女を作りたいと意気込んでいた私にとってはとんでもない迷惑だとも。

 しかし、この世界が前世と同じアステリムだと気づいた時から私の考えは変わった。前世の知識が使えるのなら、それを使って日本に帰ってやろうと。……ついでに彼女もできればそれはそれでヨシ! とも思ったりしてな。


 そんな新たな旅の中、最初に出会ったのが……。


「いくぜリ・ヴァルク! 俺の想いをその形へと現出しろ!」


「ほう、己のスピードにさらに磨きをかけ、それに合わせ神器も最適な形へと瞬時に変化させることができるようになったか」


「ハッ! 俺だって常に成長してんだぜ。いつまでもヒヨッコのままだと思うなよジイさん!」


 最初に共に戦った仲間であるカロフだ。

 今は修練場の一角でドラゴスに修業をつけてもらっているところだな。というかドラゴスの巨体では一角どころか修練場の大半を占めている、カロフの動きも激しいので実質全部使ってるようなもんか。


 と、そんな修練場で大きく目立っているカロフ達以外にも神器の修行に励む者がおり……。


「いくよレイ! 全部受け切ってみな!」


「今の俺ならば……できる!」


 そこでは力強いながらも素早く剣を振るサティと、その斬撃すべてをアーリュスワイズの巧みな変形で受け止めるレイの姿があった。


「そこだ!」


「おっと、やるねレイ。相手の隙を見つけて瞬時に反撃できるようになるなんてさ」


 サティの言うようにレイのアーリュスワイズの熟練度は日に日に増している。今だって攻撃を最低限の変形で防御しつつ、相手の隙に対して一部分を的確に変形させ防御態勢を崩さないまま攻撃に転じた。

 変幻自在のアーリュスワイズをよくあそこまで細かく使いこなしたものだ。


「それじゃ……こいつはどうだい! 『爆炎斬(バクエンザン)』!」


「そいつは……こうだ!」


 迫る炎の斬撃に対しレイはアーリュスワイズを広げ、その内側で受け止めるように形を変形させる。

 すると、そこに触れて弾けるかと思われた炎は音もなく異空へと吸い込まれていくのだった。


「ふぅ、もうアーリュスワイズの扱いは完璧だね。まったく、出会った頃と比べると大きく差をつけられちまったよ」


 出会った頃か……そう言えばサティとレイの最初の出会いは戦いから始まったんだよな。

 ただの復讐者だったレイはサティ達と過ごし、彼女の真実を知り、今では“魔神”ベルフェゴルの意思を受け継ぐと共に大切なものを守ろうという強い心を手に入れた。


「ほーん、なんつーか守ってばっかで地味な神器だなオメーのは。異空間操れるつっても小細工っぽいっつーか、やっぱ男ならもっと派手によ……」


 と、そこへドラゴスとの特訓を終えたカロフがやって来て……。


「……フン」

ボウッ!


「どわっ!? テメェレイこのヤロウ、いきなり何しやがる!」


 レイが無言でアーリュスワイズを広げると、そこから先ほど異空間に吸い込んだサティの炎が勢いよく飛び出しカロフに襲い掛かる。

 まぁカロフも即座にリ・ヴァルクを出現させて炎を簡単に切り裂いたが。


「ケンカを吹っかけてきたのは貴様の方だろう。俺の神器と貴様の神器、どちらが強いか今から証明してみるか」


「上等だテメェ! 後で泣いて謝っても許さねえからな!」


 終極神との最終決戦が控えているのであまり仲間内で消耗するような戦いはやめてほしいのだが。まぁこの二人のこんなぶつかり合いはいつものことだし、その辺は理解して互いに加減はする……はずだ。


「カロフ兄ぃは相変わらずだなぁ……」


 と、そんな様子を遠くで見ていたのはカロフやリィナと同郷の出身んであるレオンだった。

 そんな故郷から家で同然のように飛び出し、魔導師となるためギルドの魔導師養成校に入るも落ちこぼれ夢を諦めかけていたあいつが今や立派に魔導師として活躍し、英雄メンバーの一人にまで昇り詰めたんだから大したもんだ。


 だが、レオンが変われた大きな理由はきっと……。


「やっと見つけましたわ」


「レオンさん、ここにいたんですね」


 彼女達がいたからこそだろうな。

 商業国家メルト王国の有力貴族であり魔導師ギルドでも比類なき才能を持っていた魔導師のエリーゼと、人工魔物の扱いに長けギルドマスターの兄を持つシリカの二人だ。

 エリーゼはもともとただの憧れで魔導師を目指すレオンを快く思っておらず、学生時代には対立する立場にあったのだが……ある事件をきっかけにお互いに認め合う仲に。その事件を引き起こしたのがシリカの兄リオウで、彼女とも一度相対することなったのだが今は子の通り、二人ともレオンにベタぼれである。


「ごめん二人とも、探させちゃったみたいで」


「あ、レオンさんが謝ることじゃないですよ。私達が早くレオンさんに伝えたくてちょっと焦っちゃっただけですから」


「伝えたいこと?」


「あなたの腕が完成しましたのよ」


「え! それってホント!」


 レオンの腕……その左肩から先は義手であり、本来の腕は先の戦いで失われてしまった。

 だがそれでも私達と共に戦い続けることを決意したレオンに私は魔力で動く新たな義手を与えてやった。ただその腕はレオンに再び立ち上がるきっかけを与えただけではなかった。


「それじゃあ早速セイヤさんのところに行かないと……」


「いや、その必要はないぞ」


 知らせを聞いて修練場から飛び出そうとするレオンだったが、入り口の方からそれを制止させられる。


「セイヤさん! それに……アポロさん達も」


 そこにいたのは白い布に包まれたいくつもの荷物を運ぶ星夜とアポロだった。

 その後ろではミーコやミネルヴァが工房のドワーフと共に大型の荷物をいくつも運んでいる姿も見受けられる。


「あら、わざわざ出向いてくださったのかしら? そんなことしなくてもこちらから向かうところでしたのよ」


「もともと工房で完成したいくつもの魔導機を魔導戦艦へ詰め込む途中でこの腕も渡しにいく予定だったんだが、その説明をする前に飛び出してしまったのでな」


「う、それは……」


「先走ってしまった私達が悪いですね……」


 大方どちらが先にレオンに知らせられるかで競い合いでもしてたんだろう。

 しかしそうなるとアポロが星夜達と一緒にいるのは……。


「しかし助かった。偶然アポロが通りかかってくれたおかげで搬入作業も予定より早めに終わりそうだ。付き合わせて悪いとは思っているが」


「はっはっは! 気にするなセイヤよ! 我らは志を共にする仲間ではないか。この程度のことはお安い御用だ!」


 そう言ってアポロがいくつかの荷物を降ろすと、その中に『レオン・アークナイト』と書かれた名札がつけられたもの見つけ。


「こ、これが僕のですよね! 開けてみてもいいでしょうか!」


「ああ、試してみろ」


 レオンは興奮冷めやらぬといった様子で丁寧に布をはがしていくと、現れたのは武骨ながらもなめらかな金属の光沢が美しさを醸し出す鋼の左腕だった。

 ただ、これは思っていたよりも……。


「大きい……ですね」


 そう、それは誰の目から見てもその腕は明らかに大きかった、前の義手の二倍くらいはあるんじゃないだろうか。

 たどたどしい動きで仮の義手を外して新しい腕を装着する。その姿は、一件アンバランスのように見えるが。


「凄い、全然重さを感じませんね。魔力で動かしてると普通の腕を動かすのとなんら変わりない感覚ですし」


「軽くて丈夫な素材を使っているからな。それに、その腕をそこまで大きくしたのには理由がある。魔力で腕に開くように命令式を送ってみろ」


「開くって言われても……わわっ!?」


 レオンが星夜に言われた通りに意識して魔力を流すと、指先から二の腕あたりまでのパーツが開くように広がりさらに巨大な腕のように変形する。

 その大きさは元の腕の三倍近く……だがあれでは空洞ばかりで腕として機能しないだろう。


「せ、セイヤさん!? これどうしたらいいんですか!」


「慌てるな、あとはこいつを肩の部分に接続すれば……完成だ」


 うろたえるレオンの肩に星夜は人の顔ほどの大きさの缶のようなものを装着する。

 この気配……まさかあの中身は。


「これって……テルスマグニア!? 肩から出てきて……あ、腕の隙間に埋まってく」


 やはりあれは限界まで圧縮した神器“テルスマグニア”だったか。

 これまでスカスカだった腕の空洞部分にぴったりと黒いそれが埋めるように流れていくと、完璧な"腕"が完成していた。

 しっかしレオンの華奢な体にあのごつい腕はものすごくアンバランス感があるな。


「あ、でもこれでどうやってテルスマグニアを使えば……」


「手のひらと指の先を見ろ、丸い穴が開いているだろう。そこから好きな質量を調整できる。あとは、お前の使い方しだいだ」


 星夜の言う通り、レオンが魔力を送ると手のひらの大きな穴や指先の小さな穴からポコポコと球体に分離したテルスマグニアが空中に現れ、レオンが命令式を送ると自由に動き再び穴から腕に収納されていく。


「すごい……これなら僕でも十分に神器を扱えます! 本当にありがとうございます、セイヤさん!」


「なら早くそいつを使いこなしてもらわないとな。ただでさえオレ達は神器の鍛錬が遅れている」


「そうですね! よし、リーゼ、シリカちゃん、早速で悪いんだけど特訓に付き合ってもらっていいかな」


「ふふ、レオンさんならそう言うと思ってすでに準備はできてますよ」


「弱音を吐いても容赦しませんわ。覚悟しておきなさい」


 どうやら、これでレオンもようやく最前線に復帰って感じだな。あいつ自身のやる気も十分で、もう心配はなさそうだ。昔の弱気で臆病だったレオンはもういない。


「ところでセイヤよ、こちらの荷物もここでいいのか?」


「ああ、すまない。しかし……オレもここで武装の性能を試すつもりだったが……どうやら先客で埋まっているようだな」


 どうやらアポロが運んできた他の荷物は星夜の新武装の数々のようだ。

 ただ、御覧の通り修練場はカロフ、レイ、レオンの三人による神器の大規模特訓によって埋め尽くされてしまっている。


「ヤッホー星夜、魔導機の搬入とか全部終わったってー……ってあれ? 今日はここでムルムスルングの特訓とかするんじゃなかったの?」


「ばしょ……あいてな……です」


 と、そこへ空から現れたのは精霊族のフローラと、ドワーフ族のミーコの二人だ。

 ……星夜、フローラ、ミーコ、この三人の関係もなんというか奇妙な運命だよな。


 六年前日本から異世界召喚された星夜はすぐさまその場から逃げ出し、奴隷として売られていたドワーフ族亡国の姫ミーコと共に旅を始めた。

 そして一年近く前、第四大陸で起きた新魔族の事件でフローラと出会い、私達と共に解決へと導いた。

 それから星夜はフローラの"父親"を探すため共に再び旅立つこととなったのだが……。


「あ、パパがいる。あたしがいって開けてもらえるように頼んでこようか?」


「いや、オレの方はまた今度でいい。今あいつらの邪魔をするのも野暮だろうからな」


「むー、ここはあたしが華麗に活躍して星夜の役に立つところだと思ったのに。でも、その代わりカッコイイパパの姿が見れるからそれはそれでアリかも!」


「ああ、そうしておけ」


 そのフローラの両親というのが実は私の前世の仲間であるドラゴスとファラだったという事実には流石の私も驚かされたものだ。


「うむうむ、我もこうして伝説の龍族の教導をこの目で見られる機会を得られてることに感激しているぞ! できれば我自身に指導してもらいたかったが!」


 そう大声でおおらかなに話すのはアポロだ。こいつは本当に最初出会った時と変わらないな。いや、性格を除けば一番変わったのはもしかしたらアポロなのかもしれない。


「アポロの修行は精神的なものなんだから逆に断られて当然でしょ。龍神さんも始祖龍とは対峙したくないでしょうし」


「それもそうであるな! 神器“エンパイア”の中に眠る始祖龍とも大分心を通わせることができた。エルディニクスだけは未だ奥底に封じられ力を引き出すことができぬが」


 かつて龍族を繁栄に導いた『龍皇帝国』を自らの手で立ち上げることを夢に見て、伴侶となったミネルヴァと共に少しづつその道を歩み始めていたアポロ。

 しかし神器の会得と共に知った帝国と始祖龍エルディニクスにおける暗黒の歴史の真実に一度は折れかけるも、ミネルヴァの想いと自らの新たな決意によって邪悪な意思を跳ね除けた。


「……それよりアポロ、あなたまたベビー用品買ったでしょ。あれだけまた必要ないって言ったのに」


「ぬぐ!? い、いやしかしだなネルよ、やはりああいうものはいつ必要になるかわからぬゆえ備えておくに越したことはないと我は……」


「だからまだ生む準備もしてないでしょうが! 処分するのももったいないから赤ん坊のいる家におすそ分けしに行くの結構恥ずかしいのわかってる!?」


 ミネルヴァもアポロに振り回されるのは相変わらずのようだ。

 天空神……ノゾムから預かった受精卵は今のところ安定している。ただ神器のエネルギーほど強力な保護能力はないため、そう長くは持たないだろう。

 だから、あの子が生まれる安全な世界のためにも私達はこの先の戦いに勝たなくてはならない。


「おおーっ、皆それぞれ励んでおるようだの!」


 といったところでまた一人修練場にアステリム救済の英雄メンバーが現れる。

 ディーオ……私達がこうして一つの地に集まるために一番貢献してくれている立役者と言ってもいい。


 このヴォリンレクスという国はもともと終極神の手駒である“憂鬱”の体現者によって世界の事象力を削るための足がかりのために造られたものだ。

 しかし代々体現者となるべき皇帝のシステムにアレイストゥリムスが介入したことで生まれたのがディーオだ。ディーオ自身はそのことに気づいていなかったが、それでも前皇帝……ダンタリオンの代で悪しき帝国の歴史を終わらせた。

 ……いや、ディーオが父と決別したのはなにも正しい帝国のためだけじゃないな。


「ディーオ様、どうやらレオン様は新しい義手の調子を試し始めたところのようですので、しばらくは邪魔しない方がよろしいかと」


「おお、そうだったか! ついにあ奴にも……ってぬおーっ!? レオンの腕がなにやら凄いことになっておるーっ!?」


 そんな驚くディーオの横で嬉しそうに微笑むメイド姿の女性、サロマ。彼女もまたこの帝国における暗黒の歴史の被害者の一人だ。

 そんな彼女を救いたいという願いがあったからこそ、今のディーオはこうして皇帝という重い立場でもくじけず前を向けている。


「どうしたディーオ。レオンになにか用事でもあったのか?」


「おおムゲン! 性格にはお主とレオンに用があったのだ。先ほどまで魔導戦艦の指揮系統やら指示と対応の連携などをパスカルと合わせておったのだが、やはり重要な部分は設計者のお主と中核となるレオンもいた方がよいという話になったのでこうして呼びに来たのだ」


 そうか、魔導戦艦もすでにその段階に入ってたか。そういうことなら私達も調整に付き合うとするか。


 というかいつの間にか全員集合だな。この先に待つ終極神との決戦のためとはいえ、こうして切磋琢磨、和気藹々としている光景はとても穏やかな日常といった風景だ。

 できることなら、こんな日常が変わらず続けば……。


――――※――※――――※※――


「ッ!?」


「ぬっ!? ど、どうしたのだムゲン、急にうずくまって!?」


「ちょ、ちょっと! なんか変なものでも食べた? 朝ごはんに変なものは入れなかったはずだけど」


「セフィラ、そういう冗談を言ってる場合ではありませんよ。ゲンさん、もしかして……」


 私の異変を察してセフィラとクリファが心配して駆け寄ってきてくれる。そしてクリファは私の……私の体に繋がれている世界神の枷が現れたことで何が起きたのか理解したようだ。


「ああ……今すぐ皆を集めてくれ」


 それは、合図だった。


「終極神の事象が……大きく動き始めた」


 日常が終わりを告げ、世界の命運をかけた戦いの始まりの幕開けを。


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