291.5話 不穏な影


 …

 ……

 ………

 深い深い闇の底、生まれた事象はどこへ行のでしょうか?

 食らえ喰らえと意思の下、作られた形は何を成すのか?


 一つの意思は三つに分かれ、それぞれの欲望を満たさんと落ちていく。

 それはきっと……絶望のはじまりはじまり。






-中央大陸北部の山奥-


 ここはとある山奥、この場所は多くの格闘家や武術家に修練場として好まれており、昨今も幾人かの腕自慢が揃っていた。

 彼らが集まった理由は一つ、ヴォリンレクス帝国で『最強武人決定戦』が開催されることが決定したからだ。

 昨年は帝国内のいざこざで開催が中止となったため今年の大会開催に大いに奮闘する者は多く、こうして多くの者が修練にやって来たわけだが……。


「うおおおおおっ!」


 山の中に木霊する大きな叫び声。それは一人の武術家が勢いよく"敵"に向かって跳びかかろうとする合図だった。


「そんなよそ者やっちまえ! “技の大商人”マエスティーラ!」

「真剣に大会へ臨もうとしてる俺達の前にいきなり現れて戦いを仕掛けてくるなんてふてぇ野郎だ!」


 そんなヤジを飛ばす彼らは大会で注目され“三強”と言われていた内の二人、マッソとブルドンだ。

 ……いや、注目されるはずだった……と言うべきだろう。


 彼らはこの地で大会に備えて修行に励んでいた……のだが、そんな切磋琢磨する彼らの間に一つの影が現れた。

 その影はただ一言の言葉も発さずゆっくりと彼らに近づくだけ……隠し切れない、いや隠す気すらない溢れんばかりの殺気を放ちながら。


「くらいやがれっ! 奥義『ドリルチョップ』!」


 多彩な技で相手を翻弄するマエスティーラはその技術力で数々の猛者を打ち倒し、前回大会で準優勝まで昇り詰めた強者である。

 多くの技を持つがゆえにどの動きがどの技なのか予測できず打ち倒されるのだが、今回の相手に限っては……。


「くっそ、何だコイツの体!? どこもかしこも……関節まで硬くてこっちの拳がイカレちまう!」


『   』


 武術家達の前に立つその存在は、姿かたちは人型ではあるのだがどうも人間には思えない異様な出で立ちをしていた。

 まるで全身を鎧で覆ったような濃い紫色の岩のような殻に身を包み、兜のような頭部に空いた十字の裂け目からはどこまでも深い闇の中から己の"獲物"を逃すまいと見られているような恐怖さえ感じられる。


 そんな相手に、マエスティーラは恐怖を覚え始めていた。

 どこを攻撃しようともまるで技が効いた様子もなく、ただ相手を見定めるかのように観察されることに。


「ち、チクショウ! ならこいつでどうだ、『トルネードスピンキック』ゥ!」


『   』


 普通の人間ならば致命傷になるであろう部位へと繰り出したその正確さと威力でも、この存在には大して意味もないだろうと苦し紛れに放った一撃だったのだろうが……。


『   』


「ど、どういうことだ!? どうしていきなり防御なんて……」


 意外なことにその一撃ははじめて相手の防御を引き出した。

 つまり防御せざるを得ない一撃だったのだとマエスティーラは勝機を見出した……かのように思えるが、そうではない。

 相手が防御したのはそれが己にとって致命的な一撃になるからではない……。その行動が相手の動きを一番抑えられる動きだと理解したからだ。


「よっしゃあ! それならもう一発食らわせてやるぜ! くらえ『トルネードスピンキッ……」


『     』


 これまで手も足も出なかった相手に技が通じたと勘違いし、自分の長所も忘れ同じ技を繰り出したマエスティーラ。そう、それが多彩な技の数々を用いていたからこそ見逃され観察され続けられていたのだとも知らずに……。


「ガッ……! は……?」


 気づけばその胴体は相手の腕に貫かれていた。いつ反撃されたのかも理解できず、ただゆっくりと襲ってくる死の実感を感じながら意識が消えていくだけで……。


「嘘だろ、あのマエスティーラが」


「チクショウ! こうなったら俺達二人がかりで仕留めるぞ!」


 目の前でライバルの一人が殺されてもなお立ち向かえる気迫を保ち続けられるのは流石武人というところか。

 しかし、だからこそ目の前の相手にとってはそれが戦う理由となってしまう。


『   』


 二つ、三つ……死体が修練場に転がっていく。その圧倒的なまでの強さに傷一つつけることさえできずに。


 そうして強者のいなくなった修練場から再び殻の鎧はどこかへと歩み始める。

 己が戦うべき、次の強者を求めて……。




-第五大陸のとある小さな村-


「先生! お願いします! どうか妻と娘を……」


『落ち着いてください。今回もワタシが必ず何とかしてみせますから』


 ここは第五大陸の東部に位置する小さな村の一つだ。裕福な家庭は少ないものの、不自由のない生活を送れている村……だった。

 第五大陸の多くの町村はこれまで女神政権の管理下に置かれており、人族主義信仰の下で問題が起きればすぐに大都市から政権から人間が派遣され解決されていたのだが……。


「女神政権が我々を見捨てた今、先生だけが頼りなんです! ひと月前、村に蔓延した疫病から見事に救ってくださった先生しか……!」


 “女神”を失い、さらに新魔族との戦争に加え傘下にあった魔導師ギルドまで革命により離れていった。

 そこへとどめのように『世界同盟』の結成。人族主義を掲げる女神政権には受け入れられるはずもなく孤立し、もはや内外でボロボロな現状だ。

 そんな状態で有事の際の支援など行えるはずもなく、魔物の被害や疫病の蔓延への対応もなく国内の町村は窮地に立たされていた。


 この村もそんな被害に見舞われた一つで、ひと月前に疫病が蔓延したにもかかわらず王都への救援が無視され続け、もはやこれまで……という状況だったのだが。


『大丈夫ですよ。今回の病の原因も解明済みです。すべてワタシにお任せください』


「おお……先生、ありがとうございます!」


 そんなところへ颯爽と現れ村の疫病問題を解決したのがこの先生と呼ばれている男だ。

 背は高いが見た目は優男と呼べるようなさわやかな様相をしており、医者というには科学者と奇術師の中間ともいえるような少々怪しげな服装ではあるものの、どこか見る者に安心を与えるような表情と声色をしている。


「見てください先生! 妻と娘がこんなにうなされて、肌にう……鱗のようなものまで浮き出て! まるで魔物のような……」


 その男性の言う通り、横たわる女性と女の子は苦しみながら何かに必死に耐えている。腕や顔の肌には鱗が浮かび、まるで侵食するかのようにその体に広がり続けていた。

 しかし体が魔物化するなどこれまで前例のない病気だが、先生と呼ばれた男には解決策があると言うが……。


「先生、早く治療を……」


『いいえ、その必要はありませんよ?』


 必死な男性に対しさらりとそんなことを言う先生と呼ばれた男だが、いったいどういうことなのか。


『だって、あなたの奥さんと娘さんをこうしたのはあなた自身・・・・・じゃありませんか』


「え……?」


 そう笑顔で言う"先生"の表情は……とても満足そうだった。


「あ……え……なんで?」


 信じられない一言を聞いた男性だが、その顔色は次第に変わっていく。それは怯えから……恍惚へと。

 いや、変わっているのは顔色だけではなかった、その肉体もまるで人の皮がボロボロと剝がれるように変貌していく。


「アア……ソウダッタ。俺ハ……」


『ようやく思い出したようですね。そうです、ひと月前にこの村に疫病を蔓延させてのはあなた自身。その後、ワタシの実験であなたは彼の皮を包み記憶をその脳に刻んだ』


「ダケド……俺ハ彼女達ノ家族デ……」


『そう、あなたは彼女らと本当の家族となることを望んだ。だからこうしてひと月かけて彼女らや村の皆さんを魔物へと変貌させる実験の手伝いをしてくれたんじゃありませんか』


「あア……オオオ」

「うう……キキャ……カ」


 二人……いや魔物と異質な男が会話を進める間にも彼女達の魔物化は進んでいく。

 その姿からは、もはや理性すら失われており……。


「オオオ、ソウダ……コレデ俺達ハ、本当ノ家族ダ」


『いやぁよかったよかった。これで何もかもハッピーエンドですね。さぁ、今夜はこれで豪勢なお食事でも。ワタシからのささやかなお祝いです』


「コレハ……」


『先ほどまでのあなたを作った・・・・・・・際に余った残り物ですよ。どうぞご家族で』


 そう言ってどさりと置かれた袋の中から覗いていたのは……大量の肉と骨と……。まるで、大人の男性一人分のような。

 変貌した家族はそれを食らい、団らんの声が響き渡る。昔からそうであったように。


『っと、そろそろワタシも自分の使命に戻らないといけませんね。まったく、他の二人……いや三人は本当に自分勝手でいけません。やはりワタシがしっかりしなくては』


 そう言いながら、やれやれというような仕草でその男は村の中を歩き進んでいく。

 次々と魔物化していく家の中から聞こえる悲鳴を楽しみながら……。




-商業国家メルト王国-


『楽しいね』

『面白いね』


 ここは商業の国メルト王国の王都……から少々離れた近くの町中。

 王都ほどではないがここも商人が集う国の一部、常に商談が飛び交い、あらゆる方法で金を稼ごうとどこもかしこも大盛況である。

 そんな中でも一際目を引いているのが……。


「わ~、なにあの子達、かわいい~」

「子供の道化師、それも双子か。こいつは珍しいもんだな」


 道化師の恰好をした一組の子供の男女。おそらく双子なのだろうが、互いに顔を半分ずつ仮面で隠しており細かいところまではわからない。

 そんな二人が町の往来を飛んだり跳ねたりとまるで大道芸でもするように行進しているのだから目立って当然だろう。


『沢山集まってるね』

『いっぱいいるね』


 物珍しさから次々と人が集まってくる。曲芸の旅一座などが町を訪れるのはそう珍しいことではないが、それだけこの二人が目を引くということだろう。


「ホントかわいいわね~。はい、おひねりどうぞ」


 そう言って双子に近づきお金を差し出す女性。町中で芸をするのはこうしておひねりを貰うか自分の所属の宣伝のため、というのが常識なのでこの女性の行動も普通のことなのだが……。


『じーーーーー?』

『じーーーーー?』


(なんなのこの子達? お金をじっと見つめて……。それにさっきからずっと無表情なのもちょっと不気味よね)


 女性が気づいたように双子の表情はずっと無表情のまままったく変化していない。そういう芸なのかと言われれば納得してしまうが、なんだか不気味に感じてしまう。


「えっと……もしかしてこれじゃ少なかったかしら?」


 なにか機嫌を損ねたのかと気にする女性だが、双子はすでにお金から興味をなくして女性の方へと真っ直ぐ視線を向けていた。


『ねぇねぇ、それよりお姉さんもボク達と一緒に遊ばない?』

『お姉さんも一緒にアタシ達と遊ぼうよ!』


「え? う、うーん……それは嬉しいお誘いだけど、まだお仕事があるし……」


『えー、そんなのつまんないよ』

『もっと楽しいことしようよ』


「でも……」


 無邪気な誘いに申し訳なく断り続ける女性だが、次第に断る声が小さくなっていく。

 その場から動きたいのに、双子の顔から視線を逸らすことができないでいる。……その仮面の奥にある瞳に魅入られるかのように。


「ふ……うふふ」


「お、おい、どうしたんだあんた? 急に笑い出し……!?」


「あはは。あら、どうしたんですかそんな不思議そうな顔をして?」


「どうしたって……あんた、その仮面はいったい」


 いつの間にか女性の顔には仮面が着けられていた。まるで双子の半々の仮面を一つにしたようなそれは、女性を愉快で楽し気なそれへと一変させるように。


「もうお仕事なんてどうでもいいわ。だってこんなにも楽しくて楽しくて仕方がないんだもの」


「な、なんだぁ? いきなり人が変わっちまったみたいに……」


『おじさんも一緒になればわかるよ』

『みんなで一緒に楽しもう』


「え? あ……? ……あはは! そうだ、そうだね、もっと楽しいことをしよう。もう商談も商売もどうでもいい」


 豹変した女性を気にかけていた商人の男性もその顔にいつの間にか仮面を着けており、愉快に笑って踊り出す。

 そして……次第にその輪は広がっていく。いつもの商人達の賑わいが、笑い声に染まっていく。


『愉快で』

『狂って』


 まるで……狂気が伝染していくように。


『遊んで』

『壊して』


 世界を……塗りつぶすように。


『楽しくはじめよう』

『残酷に終わらせよう』






 迷いなく進んでいく。じわりじわりと蝕んでいく。ぐんぐんと純粋な悪意が成長していく。

 さぁ……世界を終わらましょう。



~to be continued~


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