291話 穏やかな時間 その3
とある日のこと、珍しくセフィラもクリファとも一緒ではない私はこの先に控えている終極神との戦いへの備えの一つとして各地の防衛線について思案していた。
ただ、こればっかりは一人で解決できる問題ではないので頼れる仲間と相談しようとこの場を訪れたのだが……。
「なんだ、お前ひとりかレオン?」
「あ、師匠お疲れ様です。もしかして魔導師ギルドに何かご用でしたか?」
「だったんだが……なんかやけにスッキリしてるな」
ここはヴォリンレクス城内に設けられた仮の魔導師ギルド支部……のはずだったのだが、本棚や書類入れの中は空っぽになっており、ごちゃごちゃと置かれていた家具や私物がすっかり撤去され今では机がポツンと一つのみになっている。
「そっか、ここももう引き払うんだな」
「はい、ブルーメのギルド本部も大分機能を取り戻してきたので、全部移して引き払うことになったんです。資料も僕の持ってるこれで最後ですし」
そう言ってレオンは"左腕"に抱えた資料を見せてくる。ただ、動きの方はあまりスムーズとはいえないが。
「やっぱ仮の義手じゃ動かしづらいか?」
「ええ、まあ……ただ日常生活を送る分には問題ありません」
現在レオンの本来の義手はテルスマグニアに侵食されまともに動かせない状態だ。
なので星夜が改造を終えるまでレオンには変わりの試作段階の義手をつけてもらっているわけだ。
「まぁもう少しの辛抱だな。星夜の話では完成まであと少しって話だし」
「本当ですか! よかった~……改造中はテルスマグニアを扱えないので僕だけ神器の修行が遅れてたので、これでやっとカロフ兄ぃや皆さんの後を追えます」
だから時間が空いてる間は魔力の鍛錬やこうして魔導師ギルドの仕事に精を出してたってわけね。
しかしレオンのこのやる気は頼もしい。なにせこの間公表した『魔導戦艦セブンスホープ』を飛空艇にするにはテルスマグニアの力が不可欠だ。
神器を手にしたのも英雄メンバーの中では遅く、こうして調整に見舞われたために扱うための修業期間が誰よりも遅れてしまったのは事実だが、人一倍の努力家であるレオンならばきっと他の仲間に追いつけると私は信じている。
「あ、そういえば師匠、何か魔導師ギルドに用事があったんじゃないんですか?」
「おっとそうだった。ギルド……というよりもリオウにこの先の魔導師の派遣防衛の件を相談しときたくてな」
「それならこの後……」
「おーい! 誰かおるかのーっ!」
と、レオンが何かを言いかけたところで扉が開き、うるさいのがやって来た。
「ぬ? なんだムゲンにレオン、お主ら二人しかおらぬのか。それになんだか殺風景だがなにかあったのか?」
現れるなり不思議そうな顔で仮のギルド支部だった部屋をキョロキョロと見回している。
そんなディーオの後ろにまた影が一つ増え……。
「ディーオ様、探しましたよ。パスカル様から都市の防衛線についてに話し合いの最中、魔導師ギルドのリオウ様にも意見を伺いたいと部屋を出ていかれてしまったと聞きここへ向かっているのではないかと」
「おおサロマか。そうなのだが……どうやらこ奴らしかおらんようなのだ。リオウや他の者はどこへ行ったのだろうな?」
「はい、こちらの魔導師ギルドの仮支部はブルーメ本部の再建により一週間ほど前から引き払いを開始したとお伝えしました。ですので、パスカル様が困惑なされていたのです」
「なぬーっ!? そ、そんな話余は聞いて……聞いてたかもしれぬーっ!」
こっちはこっちで相変わらずのポンコツ皇帝っぷりだな。
ただ一つ変わったと思えるのは、こういう場面ならディーオは「余はそんな話聞いておらぬ!」とか言って意地を張ると予想したがそうではなかった。
「ぬぅ……余はまたやってしまったようだのぅ……」
「ですがパスカル様は、「魔導師との共同防衛線のためにギルドマスターの意見を伺うのは悪くありません」と、感心もしておられました」
「そ、そうか、やはり余の行動力も悪いことばかりではないということ……」
「ただやはり、「もう少し落ち着きを持って行動してほしい」ともおっしゃられておりました」
立ち直りかけていたディーオにその言葉は深く刺さったのか、再び落ち込んでその場に沈んでしまう。
まぁとにかく、ディーオも私と似たような用件でここを訪れたというのは理解できた。残念ながら二人とも思っていたのと違う結果になってはしまったが。
「師匠も陛下もちょっといいですか? リオウ君、今日本部の方からこっちの支部に来るんですよ。資料の受け取りや、他にもいろいろと済ませておかないといけないことがあるって」
「ぬぬっ! それは本当かのレオン!」
「は、はい、もしかしたらもう到着してるかもしれません。リーゼやシリカちゃんもそっちで待ってて、僕もこの資料と一緒に今から向かうところなんですけど」
「なるほど、なら私達も同行させてもらうとするか」
「うむうむ! 早速向かうとするぞ!」
レオンもあの二人と一緒じゃないのは珍しいと思ってはいたがそういうことだったか。
「ではわたくしも同行させていただきます。あとでパスカル様にお伝えする際に話し合いの内容を記録する役目の者が必要になるでしょうから。それと、今もディーオ様を探しているパスカル様に行く先を伝えるため城内の者達に広めてもらいましょう」
「う、うむ、そうであったな。本当は余が率先して気づかねばならぬところだが……やはりサロマは細かいところに気が付くのう!」
途中ちょっとボソッとして聞こえないよう呟いたのかもしれないが丸聞こえだ。
なんというか……少しだけディーオの様子が気になるところではある。
とにかく、今は魔導師ギルド支部へレッツゴーだ。
はい、そんなこんなで到着でーす。まぁ区画は違えど同じ都市内だからそこまで時間はかからないな。
ギルド支部にはいつもより魔導師が多く集まっているようで、その中に……。
「あ、レオンさんこっちです」
「予定より大幅に遅れてますわよ。遅れた理由は……後ろの皆さんと一緒のとこを見ると察しがつきますけど」
なんだかエリーゼに根拠のない言いがかりをつけられたような気がするが気のせいだろう。
うん、私達は何も悪くない。
「それで、遅れる原因になったであろう後ろの方々のご用件はなんですの」
チクショウ今度はハッキリとわかるように伝えてきやがったな。まぁ確かに私とディーオが一緒だと、たまたまレオンを発見したので賑やかしについてきただけと思われても仕方ない面子ではあるが。
「一応この先の戦いに関しての真面目な話をしにきたんだっての。城の支部は引き払ってリオウもこっちに来るってレオンに聞いたから一緒に来ただけだ」
「余も軍事的に極めて重要な話し合いをしにきただけなのだ! 決して遊びでやってきたわけではないぞ!」
「あら、そうでしたの」
それでもまだちょっと疑ってるなエリーゼのやつ……ディーオの方は特に信用してない目だ。
そういやこの面々といえばディーオがまだダメダメ皇子だった頃に随分と情けない姿を見せていたうえに散々道楽まがいの私兵軍隊に付き合わされてたこともあったんだよな。
レオン達はディーオが真に皇帝となる覚悟を見せた瞬間に立ち会ってない。だからエリーゼからしてみればディーオはまだ不安な皇帝って見方になるのも無理はないか。
「そういうことでしたらもう少し待ってくださいね。兄さん達ももうすぐ新しい支部長の方に引き継がせて戻ってくると思うので」
引継ぎか、となるとリオウもこれからは気軽に魔導師ギルドの本部のあるブルーメから離れづらくなるだろうな。
まぁあいつも過去のしがらみからやっと吹っ切れて自分の道を歩みだしたわけだし、忙しくも充実した日々を送ってもらいたいものだ。
しかし兄さん
「おお、これはこれは魔導神様ではありませんか。本日はどのようなご用件でしょうか」
そんなことを考えていると奥からリオウが現れ、私を見つけるとすぐに晴れやかな表情で近づいてくる。うん、リオウはいつも通りの信者っぷりだな。
で、リオウが信者なのはいいんだが……問題なのはその後ろにいる人物だ。
「あら、本日はあの彼女の方々と一緒ではないのですね。あまり見せつけられるのも気分がよろしくないのでわたくしとしてはありがたいですけど」
そんな嫌味のようなセリフを私に向けながら現れたのは、第四大陸にあるセレスティアルの第一王女ラフィナ……いや、すでに王位継承権を放棄し家を飛び出した元王女という方が正しいか。
なんでもセレスティアルに戻ってすぐに行動に移り、ほとんど強引な形でリオウの押しかけ秘書となったと聞いてはいたが。
「ラフィナ、キミのその態度は魔導神様に対してあまりよろしくないんじゃないかな」
「あら、申し訳ございませんギルドマスター。以後、気を付けるようにいたしますわ」
うわー……やりづらいなぁこれ。まさか私を一番慕ってくれているであろう人間と私を一番嫌っているであろう人間の組み合わせが生まれるなんてな。
「むむ、兄さんと意見が一致しない態度や言動……やっぱり彼女が兄さんの秘書を務めるには荷が重いようですね」
「シリカ、そんなのは仕事をする上では些細なことでしょう。ラフィナさんの秘書としての手腕は確かなのですから細かい問題で突こうとするのはおよしなさいな」
こっちはこっちで小姑さんがなんか睨みを利かせてるし、コワ~。
とにかく、リオウに私とディーオがここに来た理由を早いとこ伝えておくとしよう。
「なるほど、俺も終極神への対策に魔導師の戦力をどう配備するか考えていたところではあります。確かに終極神の事象のカケラと呼ばれる大罪や美徳の力を持つ者がここに集まるのなら戦力を集中させるべきですね。よしラフィナ、この付近に常駐している魔導師とフリーになっている者をリストアップしておいてくれ」
「承知しました。近辺の魔導師に関してはまだこちらに資料が残っているはずなので今から取ってきます」
「ああ、頼むよ」
言うが早いかリオウの判断は的確で。魔導師ギルドの戦力に関しては任せておいて大丈夫だろうという安心感がある。
それにリオウの指示に素早く対応し行動に移れるラフィナもなかなかに優秀……能力的には悪くない組み合わせではあるんだなやっぱり。
「うーむ……やはり凄いのう」
「どうされましたディーオ様?」
「いや、リオウとラフィナの立場と関係は余とサロマのそれと似ておると思っての。しかし、余と比べてリオウ殿の手腕は完璧……歳も余とそれほど変わらぬというのに立派なものだ。それに比べて余は……」
確かに、一国の王と組織の長という違いはあるものの、上に立つ者という観点で見ればその立場は似ていると言えなくもない。
加えてこの二人だけで見れば共通点はそれだけではなく……。
「陛下が卑屈になることはありませんよ、俺は肉体の年齢は近くとも精神的にはあなたよりも多少の経験があるだけのことなんです。あくまでも転生者というインチキなだけで」
「いいやリオウよ、それは余とお主の決定的な違いにはならぬ。お主のそれが特別なように余も“体現者”として特別な立場にあるのだからな」
そう、恩恵は違えどこの二人は世界神から特別な事象を与えれたという点でも近しい立場にある。
だからこそディーオはリオウを"特別"という目線で見ることがなく、純粋な気持ちでその優秀さと自分を比べているんだろう。
「余は未熟だ、それは自分でも理解しておる。余はもっと頼られる王となりたいのだが……どうもそれも上手くいかぬ」
なるほどな、だからディーオは今回の件で自分から積極的に動き、頼りになるところを見せたかったのかもしれない。
「ディーオ様はそれでいいのです。あなたはこれまでとは違う新しい皇帝を目指しているのですから、壁にぶつかり立ち止まるのは当然のこと。そんな時は遠慮なくわたくし達をお頼りください」
「もちろんそれは余も重々承知しておる。だがの……立ち止まった時に壁を壊してもらうだけでは余はお主らの背中を見ることしかできぬ……。そうではないのだ、余は……そうだのう、なんと言ったらいいか……」
「?」
きょとんとするサロマに自分の考えを上手く伝えきれないディーオはうんうんと頭をひねるがどうにも言葉が浮かばないようで。
私を含む他の面々もディーオの真意はいったいどういうことなのかと考えていると。
「もしかして、ディーオ陛下は"大人"になりたいんじゃないですか」
一人、レオンだけが迷いない表情でそう答えると、ディーオはハッとした表情を浮かべ。
「うむ! そうだそうだ、そう言えばよかったのだな! 余は"大人"になりたい! まさにその通りなのだレオンよ!」
「どういうことでしょうか? ディーオ様は年齢的に立派に成人を迎えておりますが」
「いやいやそういうことではないのだサロマよ……」
サロマも意外と天然なとこあるよな。ディーオが言っているのは肉体的なものではなく、もっと精神的な面に関するものということだ。
「しかしよくディーオの考えがわかったなレオン」
「それは……僕も、同じようなことを考えてましたから。『大人にならなくちゃいけない』って」
そう語るレオンの視線は窓の外に広がる青空……そこにある何かを見つめているようで。
「僕は、自分が強くなったと実感してます。何もできなかったあの頃よりも前に進めてるとも。……でもわかったんです、僕はまだ誰かに守られてる"子供"なんだって。辛いこと、苦しいことに阻まれて立ち止まった時、師匠や皆が僕を前に進ませてくれました。けどそれは、一歩間違えればそんな大切な人達を失ってたかもしれない、僕自身にとって一番辛い選択だったんだって……理解したんだ」
そう言って今度は自分の左腕を見つめる。レオンは失った左腕を自分への戒めだと言った、そして……今はそこにないが、その場所には自らの誤った選択を悔いた者から受け継いだ大切な想いが詰まっている。
「壁に阻まれた時には誰かに助けてもらってもいい……でも、その時は自分も一歩踏み出さないといけない。そしてもう一歩、今度は自分が大切な人達を守れるようになることが、"大人"になるってことなんだと僕は思うんです」
「レオン……うむ! その通りだ! 守られているだけの"子供"の時間はもう終わりにするのだ!」
レオンの覚悟を聞いて、どうやらディーオも吹っ切れたみたいだな。
「ま、私も二人の成長には期待してるぞ。なにせ魔導戦艦の要だからな。特にディーオには艦長を任せるつもりだし」
「ぬぬっ!? 余が艦長とな! よし、どーんと余に任せておくがよい!」
「その話を聞いてわたくし今からとても不安ですわ……」
「まぁまぁリーゼ、操縦に関しては僕も一緒だし、僕と陛下を信じてよ」
「……ますます不安ですわ」
「ええっ!?」
そんな大人になりたいちょっぴり不安な二人ではあるが、なんだかんだで息の合うこの二人ならきっと上手くやってくれると私は信じている。
「お待たせしましたギルドマスター。資料の方はあらかたまとめましたがなにぶん量が多いので後日本部に送付すると」
「ああご苦労。しかしそうなると本部に戻らずこちらで片づけた方がよさそうではあるな……」
「ぬ! そうだお主ら、せっかく魔導師ギルドの本部が本格再建し余の城から引き上げるというのにこちらは送り出しの祝いもしてやってはおらぬではないか!」
「あ、いえ……パスカルさんに引き上げのことを伝えた時にも同じようなことを言われましたが私達も兄さんも、随分と世話になってしまったのにそこまでしてもらうことはないって断ったので……」
「なにを水臭い! 魔導師諸君を含めお主らには余も随分と助けられた! なので盛大に祝って送り出そうではないか! うむ、これは決定事項なのだ! サロマ、戻ったら早速手配の準備を進めるぞ!」
「ふふ、はいディーオ様。仰せの通りに」
こりゃどれだけ遠慮してもディーオなら必ず開催するだろうな。ま、これも自分の意思で進める"大人"への第一歩ってとこなのかもしれない。
「ヤッホー皆! なんか楽しそうね」
「おわっ!? ってセフィラか、いつの間に来たんだよ」
「わたしも一緒ですよゲンさん。驚かせてしまいましたか?」
ディーオ達が盛り上がっているところで急に今日別行動をしていたはずのセフィラ達が魔導師ギルド支部にいるんだからビックリするだろそりゃ。
「犬の散歩してたら皆の声が聞こえたから寄らせてもらったのよ。それより……なんか面白そうじゃない。当然あたしも参加するからね」
まったく、誰もかれも大きな戦いの前だってのお気楽なこって。……でも、こんな時だからこそなのかもな。
この先、私達には終極神との最後の戦いが待ち受けている。だから今この時間を大切にしよう。
誰にも邪魔されない、この穏やかな時間を……。
第11章 神器捜索 編 -完-
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