290話 穏やかな時間 その2
それはとある日の、のんびりとした昼下がり。私は久しぶりにゆっくりできるのでセフィラとクリファの二人と共に街の方まで降りてきていたのだが……そこで一際目立つ巨体を発見してしまう。
「ワウ(どう見てもドラゴス先輩っすね)」
「ああ、こういう場所だと特に目立つなあいつは」
とまぁ私達は慣れているので気楽にそんなこと言ってるが、未だに龍族を見慣れていない街の住人は怯えて距離を取る者も少なくない。
一応ヴォリンレクス全土においてはディーオ達の懸命な働きによって龍族の存在を広く知られることとなったが、こうして目の当たりにするのが初めての人間に受け入れられる日はまだまだ遠そうだ。
「というか何してんだあいつ? なんか店の前に居座ってるように見えるが……」
「あ、そのお店からフローラさんと、ファラさんが出てきましたね」
「奥には星夜とミーコちゃんもいるわね。あそこって確かこの辺でも美味しいって評判の自然食の料理店じゃなかったっけ?」
なるほど、何となく状況が読めてきたぞ。つまり家族団らんプラス星夜アンドミーコで楽しく外食……だったんだろうが。
「もう、お店に入る時くらい人化してもいいじゃない。今の時代、龍族サイズが入れる店なんて無いんだし。それにほら、周囲の人達もあなたのこと見て怯えてるわよ。フローラのためにも変な維持張り続けるのはやめてほしいんだけど」
「ふん、他のことに関しては譲歩してもこれだけは譲れんと言っただろう。それに、フローラもそこは気にしておらんようだぞ」
「ここのお料理美味しかったねー! パパもお外で食べながらいっぱいお話してくれたし。すっごい楽しいね!」
「まったくこの子ときたら……」
ドラゴスが頑なに人化しないため、一人だけ外で食事に参加していたというわけだ。
まぁ目立っている理由はドラゴスだけじゃないとは思うがな。
ともかく、あの二人のことだろうからあのまま放置していたらいつまでも口喧嘩で動かない可能性があるので介入するとしようか。
「おっすー、奇遇だなお前ら」
「む、インフィニティ」
「あ、インくんだ」
私が現れたと気づくとすぐに二人はいがみ合いをピタリとやめる。昔からこうなんだよな、私がいるとこで喧嘩して何度も怒られたせいで二人が争うのはいっつも私が目を離した時だ。
今ではそれだけ仲が良かったんだなってことを実感するが。と、そんなしみじみ感慨に浸ってる場合ではなく。
「星夜、ここに留まってると流石に目立つから移動してもいいか?」
「ああ、オレは構わない。ミーコとフローラも大丈夫だろう」
「……です」
「よーし、いこいこー!」
そんなわけで、ひょうんなことから私達は星夜達と共に街の外れの方へと向かうこととなった。
「ここらへんでいいか」
辿り着いたのは工業が盛んなヴォリンレクスでも珍しい新緑地だ。ほぼほぼ都市の外といってもいいくらい離れた場所なのであまり人は寄り付かないが、最近は自然愛護団体みたいなのが増えて綺麗な緑を取り戻そう活動も活発になってきているようだ。
前の皇帝だったら絶対そんな活動なんて許されなかっただろうし、こういう人間が増えるのも自然なことなのかもな。
と、そんな閑話休題は置いといてだ。
「悪いな、せっかくの家族団らんを邪魔したみたいで」
「そんなことないわよ。今回だってフローラが「パパと遊びに行きたーい!」って駄々をこねたから仕方なく外に出たからだし」
「おかげでさらし者にされる羽目になったが……これもフローラのためだからな」
さらし者になったのはお前が頑固なせいだが……まぁたとえ人化しても龍人と精霊の親子ってだけで目立ちそうなものだ。
「んで、星夜達もそれに付き合わされてると?」
「オレは家族水入らずの方がいいんじゃないかと思い一度は断ったんだが、フローラがオレ達も一緒がいいと言って聞かなかったからな」
てことは全員フローラに振り回されたって感じか。まったく人を困らせるのが上手い奴だ。そう考えると同じくお騒がせ大将なセフィラと妙に馬が合うのも頷けるな。
ちなみにフローラは今あっちの広い草原エリアでセフィラと遊んでいるぞ。
「よーしいくわよフローラ! ドライブシュートぉ!」
「おおー! セフィラちゃんの勢いはいいけどボールの勢いはすっごいヘロヘロだー!」
何やってんだあいつら……。サッカーボールみたいなもので遊んでるようだが肝心の内容が一切わからん。
セフィラの奴この前も最強武人決定戦を見たあと「あたしも格闘技ができる女神を目指すのはどうかしら! ほら、美しくて強い女舞踏家が実は女神だった! とかかっこよくない?」とか言ってたし、何かに凄い影響されやすいよな。
「あの子の思い付きは大概が上手くいきませんけどね。基礎体力がないのに無茶をするから……」
「ぜぇ……ぜぇ……フローラ、ちょっと休憩しましょ……」
「えー、まだ遊び始めたばかりだよセフィラちゃん!」
「ほら、ああなります」
「ワフゥ(仕方ないんでぼくがフォローしに行くっす)」
結局大きくなった犬がセフィラを背中に乗せて遊んでいる形となり、「お前はそれでいいのか」とツッコみたくなるが、セフィラなら「犬のこの力は実質あたしの力よ!」と返されそうなのでやめておこう。
「しかし、今回のメンバーも随分と個性的だな。それにお前の色恋がここまで発展するなど、昔のお前を知る身としては驚かされるばかりだ」
「それお前が言うか? こっちこそ私がいない間に世界がいろいろ変わりすぎてて驚いたし、お前達の関係に気づいた時も内心信じられなかったくらいだぞ」
ドラゴスと再会した時はまったくそんな素振りは見せなかったし、フローラという動かぬ証拠がなければファラとの再会時にもそんな考えに至ることもなかっただろう。
「そう考えると、フローラと引き合わせてくれた星夜には私からも感謝しないとな」
「別にそんなにかしこまられるものでもない。オレはオレの望むもののために最善の手段を選んだだけに過ぎないんだからな」
「それでも、私は星夜に感謝してもし足りないと思うけどな」
ドラゴスとファラの二人がこうしてよりを戻せたのも半分近くは星夜のおかげだろうし、私達と共に世界を救う英雄メンバーの一人にもなってくれた。
果てにはドワーフ族と協力して魔導戦艦の製造やレオンの新しい腕の設計にも力を注いでくれて……やべぇこれマジで頭が上がらないやつだぞ。
「この度は私の無茶に付き合っていただき本当に感謝しかございません」
「だからいいと言っているだろう。そういえば限、魔導戦艦の最終調整も先日オールクリアした。オレの新たな魔導機やレオンの新たな義手も完成間近といったところだな」
「いや有能すぎる」
お前本当に同じ日本から転移してきたの? 実は世界観が似てるだけのネオジャパンみたいな架空の世界の人だったりしない?
「ふふん、つまりそんな有能な人材を呼び出したあたしのおかげってことでもあるのよね」
「あ、戻ってきましたね」
フローラが遊び疲れたのか草原で遊んでいたセフィラ達が戻ってきたみたいだ。犬もこんなにぐったりして……お疲れさん。
「確かに呼び出したのはあなたの力ですけど、彼の実力も、ゲンさんに協力することになった経緯もあなたは関わっていないでしょう」
「ぐにゅにゅ……でも星夜の中にある“救恤”あたしの女神の力だし……」
「そうだな、オレもこの力にはかなり助けられた。オレが皆の役に立てているのもこの力のおかげとも言える他、この世界に呼ばれたことで初めて自分自身で生きる意味を見つけられた。だからオレは“女神”……セフィラには感謝している」
これは……正直以外だったな。
セフィラの召喚は本当に突発的なものだ。小説なんかでよくある『本当に都合のいい異世界召喚』なんかとは違いそれなりに過酷な異世界を突然強いられるのだから、呼ばれた人間は正直セフィラに文句の一つでも言って許されると私は思っている。
しかし、星夜はそれでもセフィラに感謝を述べた。
「ほら、星夜もこう言ってるんだしやっぱりあたしってば……」
「だがオレが感謝を述べるのはあくまでオレ自身がこの世界との相性がよかったからにすぎない。強制的にこの世界に順応せざるを得なかった人間もいたということは、忘れないでもらおう」
「う……それは、十分に反省してます……はい」
強制的に順応せざるを得なかった人間……勇者ノゾムやケント達ってことだよな。
ケントは一歩間違えれば取り返しのつかない事態だったかもしれないが、結果として幸せな人生を送ってる。だがノゾムは……最後の最後に救われたとはいえ悲惨な人生だったことに変わりはない。
それに私達と同じ世界ではなくとも召喚された人間は以前にもいたみたいだし、いつかはセフィラからその話も聞きたいところだな……本人は召喚以外あんまり関わってないっぽいから詳しく聞けるかは怪しいところだが。
「ただ、オレ自身今迷っている。この先の戦いが終結したら、オレは何を目指すべきなのかと」
「それは……終極神との戦いに決着がついたらってことか?」
「ああ、フローラを父に会わせるという目的を完遂した今、オレの目下の最優先事項はお前達の力になることだ。だがそれを終えたのち、オレは何のために生きるのかといつも自分に問いかけている。また目的もなく世界を巡るこになるのか……と」
「いしょに……悩でる……です」
そういや最初に出会った時の星夜は何の目的もなくフラフラしている放浪者って感じだったな。
自分の生きる意味……か。
「ハイハイ! だったらあたしと一緒に"家族"になればいいんだよ!」
そんな星夜の重い悩みを、軽い発案で打ち砕くのは、やはりと言うべきかフローラだった。
いや、なんか軽く発言してるけどフローラの言ってることも結構重いんだけどな。
「あ、もちろんミーコちゃんも一緒にだからね」
「ふえっ……!?」
フローラは一緒にいて嬉しければ重婚、ハーレム、どんとこいだからな。なんというかもう、本当に自由としか言いようがない。
「お、おいフローラ……それはこの男と結婚するということか! だ、駄目だぞ、そんなこと我は絶対に認め……」
「残念だけど、今更あなたにそんなこと言える資格なんてないでしょ」
「ぐうっ……」
「ちなみに、あたしは賛成派だから。セイヤくんはまじめで好感持てる好青年だし、ミーコちゃんは素直でとてもいい娘だもの、反対する理由もないわ」
まぁこれに関してはドラゴスもぐうの音も出ないか。今まで全然父親らしいこともしてこなかったくせに、いきなり「貴様のような男に娘はやらん!」なんて言える立場じゃないよなぁ。
「ほら、ママもこう言ってくれてるし、どお星夜!」
「……そういうのも、いいかもしれないな」
「ホント!? それじゃけってー……」
「ただ決めるのは、この先の戦いが終わってからにしておこう」
「はにゃ……もー! またそうやってはぐらかすんだからー!」
緑あふれる地に暖かな笑い声が広がっていく。そんな彼らを祝福するかのように風がそよぎ、陽の光が緑に反射してまるで輝いているかのように照らしていく。
"家族"か……やっぱいいものだよな。
そういえば、我らが英雄メンバーの中には他にも家族の繋がりを大事にしているのが……。
「ありゃ? なんか目立つ一団がいると思ったら、なんだムゲン達だったのかい」
「おや、この声はもしや……」
まさに噂をすればなんとやらだ。レイとサティ、英雄メンバーの中でも彼らは何よりも"家族"というものを大切にしている二人だ。
「でもなんで二人がここに?」
「俺達はよくここを訪れている。ここがこの街で一番緑が多いからな。ゆっくり過ごすにはもってこいだ」
「むしろあんた達がいることの方が珍しいってなもんだよ」
そうか、レイはエルフ族だしサティも人が多い街中よりかはこういった場所の方を好む性格だろう。
「まぁ、今回ここに来た理由は他にもあるんだけどね」
「ヤッホームゲン君、久しぶり……ってほどでもないかな」
「おお、リアじゃないか……ん? まてよ、リアは確かレインディアに帰ったんじゃなかったか?」
この前の『世界会議』が終ると同時に王様と一緒に帰っていくのを確かに私も見送ったはずだ。
往復するほどの重要なことでもあったのか? いや、それでも早すぎるとは思うが。
「実はね……レイにこっちまで連れてきてもらったの。凄いのよ、本当にレインディアからヴォリンレクスまで一瞬で着いちゃった」
「一瞬って……まさかアーリュスワイズで転移してきたのか?」
「その通りだ。今の俺がどこまでやれるのか試してみたくてな」
そりゃ凄い。アーリュスワイズの能力の中でも一番扱うのが難しいはずなのに、もう大陸間を往復できるようになったのか。
「もっとも……今の俺の魔力総量ではこれが限界だが。少しはベルフェゴルのレベルに近づけたはずだ」
ベルフェゴル……怠惰の魔神でありサティのたった一人の肉親だった男。アーリュスワイズの前任の使い手でもあり、レイはそんな魔神に追いつこうと神器の鍛錬に励んでいる。
「セイヤ、今ならお前と再選しても……負ける気はしないぞ」
「かもしれないな。正直、オレはお前ほど神器を扱えているか怪しい」
「ふん、相変わらず本気でそう思っているのか読めない奴だ」
レイのやつ、星夜と一回やり合って負けたことを相当根に持ってるみたいだな。
ただ、アーリュスワイズに認められ始めたばかりの頃と比べてもレイは格段に力をつけた。それはもう頼もしいくらいに。
「本気も何も事実を述べているだけだ。それに、神器の扱いにおいて目指すべきものがあるお前と違い、オレは一からの手探りだからな。志す者を持つ成長の速さは侮れない」
「ごめんなさいねセイヤくん。本当はあたしがムルムスルングの扱い方を教えられればそれでよかったんだけど……」
ムルムスルングは魔導エンジンに収納されてしまったことで以前までとはまったく異なる性質に変化してしまったみたいだからな。ファラが教えられるのはあくまでファラが使っていたムルムスルングでしかない。
だが星夜もそれを魔導機に組み込むという機転を利かせ、なおかつ数ヶ月の内に完成させようとしてるのだから大したものだ。
「……セイヤ、今の言葉は、俺の成長にお前の成長が追いつけば負けることはない……俺にはそう言っているように聞こえるが」
「そう思ってもらっても構わない。万全な状態で勝負するのなら、オレとて負ける気はないからな」
と、相変わらずけんか腰なレイの挑発に星夜も案外乗り気なようで……って、結構一触即発な雰囲気だけど、まさかこんなとこでおっぱじめたりしないよな……。
「こらレイ、そうやって人を怒らせるような態度はやめなさいっていつも言ってるでしょ」
「あだっ……ああ、わかってるよ姉さん」
リアがいてくれて助かった。こういう時レイが素直に言うことを聞くのが姉であるリアだけだからな。
「……」
というかなんだ? リアに叱られたレイの様子がいつもより二割増しに落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「なぁリア、せっかくムゲンに会えたんだしあのことを報告しとかないかい」
「あ! そうだったね、じゃあここで発表しちゃおう! ちょっとギャラリーは多いと思うけど」
「お祝い事なら人数が多い方がいいに決まってるわよ! あたしはリアが何を言うのかまったく知らないけど」
じゃあ言わんでよろしい。
それにしてもいったい何を発表するんだ? ……なんかどんどんレイの顔が明後日の方向に向いているんだが。あ、あいつ耳塞いだぞ。
「ほらレイ、聞きたくないからって逃避するんじゃないよ。リアのことを想うなら祝福してやるのが本当の姉想いってやつだろ」
「……わかった」
ああなるほど、リアが何を発表しようとしているのか、レイのあの反応でなんとなくわかったぞ。
ただこれは……私もリアの口から直接聞きたいから黙っていよう。
「えー、この度私、リア・アンブラルはレインディアの国王であるリオンと正式に婚約しました。ということで、いろいろと落ち着いたら私……結婚します!」
「えええええ結婚の発表だったの!?」
「あらあら、これはめでたいわね」
「おめでと……です」
そんなリアの重大発表に聞いていた私達は拍手喝采で湧き上がる。……奥の方で一人泣き崩れている弟(シスコン)がいるが気にしないでおこう。
「兎にも角にも、婚約おめでとうリア。私もかつての『紅の盗賊団』の一員として祝福させてもらうよ。ただまさか、王様と結婚するだなんてあの時からは想像もできなかったな」
「ありがとうムゲン君。私も自分がお妃様になるなんて思ってもみなかったけど……この道を選んだことも彼を好きになったことも全部全部、後悔はしてないから」
知っているさ。以前私は世界神の試練の中でレインディアの王妃になっている事象を体験した。
あの事象と私達が今進んでいる流れは決して交わるものではないが、別の事象で立派な王妃となっていたように、きっとこの事象でも幸せな未来へ進めるはずだ。
「ねーねー、レイくんはなんで落ち込んでるの? 結婚なんだからおめでたいことなんだよね?」
「うるさい……うう、姉さんは遠いところに行ってしまった……」
「遠く? リアちゃんはここにいるよ? それにレイくんのお姉さんが結婚するってことは家族が増えるってことでしょ。それって、すっごく嬉しいことだとあたしは思うな!」
「それは……」
「レイ、あんたもそろそろ受け入れなよ。それにどんなに離れても二人が家族だってことは変わらない。もっと大きな輪になって広がっていく……そうだろ」
どれだけ離れても家族だということは変わらない。サティの言葉の意味はきっと、距離だけじゃない……心はいつでも繋がっているんだと、そう言いたいんだろう。
「俺は……あの日からずっと姉さんを守らなければと思い続けてきた。でも……」
「うん、私は私の選んだ道を行く。でも、私達はいつまでも"家族"だから」
「ああ、婚約おめでとう……姉さん」
やれやれ、これでいつまでもこじらせていたレイのシスコンも多少は収まる……かどうかはこの先の"家族"しだいってことで。
とにかく今は……。
「よーし! それじゃあこれから皆でリアちゃんをお祝いだー! ほらパパ、皆を乗せてお城まで飛んでいこ!」
「ここからはのんびり過ごせると思ったのに……また騒がしいことに」
「祝いの料理はあたしに任せなさーい!」
この賑やかな日常を、楽しむことにしよう。
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