289話 穏やかな時間 その1


 魔導戦艦のお披露目から後日。暖かな日和の中、私達は穏やかな時間を過ごしていた。

 終極神との戦いの日は確実に迫ってきている……が、それでも何気ない日常というものは存在する。

 やるべき時にやるべきことは決まっているのだから、それ以外の時間は自由であるべきだ。


 そういうわけで英雄メンバー各員には、その時が訪れるまで自由に過ごしてもらっている。もちろん、神器との親和性を高めることは全員の課題として伝えつつだ。




「『最強武人決定戦』? なんだそれ」


 そんなある日のこと、ディーオに呼び出されるとバトルマンガでよくありそうな謎の大会の名前を聞かされることとなった。


「うむ、毎年この帝国で開催されている催し物なのだ。……去年は突然の帝位交代などでバタバタしていたため開催できなかったのだが、今年は決行しようという話になっての」


「まさかそんな催しがあったとは……。というか前の皇帝のこと考えるとそんなの開催するような人間に思えないんだが」


 ディーオより前のヴォリンレクス皇帝は代々終極神の体現者であり、前皇帝のダンタリオンもその使命に関わらない催しなんてまったく興味ないと思ってたんだが。


「一応この大会の主催は戦討ギルドなのである。数代前のギルドマスターが当時の皇帝に提案したところ「名誉のためにただ力を求める者が増えるのは悪くない」と言われ、開催が許されたのである」


 そうか、今の世の中は私の意思を継いだ者達が終極神の思惑を阻むために戦いの技術を意図的に衰退させていた。そんな中で力を求める者が増えることは奴らにとってもそこそこ都合がよかったってわけか。


「なるほどのぅ、しかしなぜ当代のギルドマスターはそんなことを思いついたのだ?」


「どうやら隠れた才能をスカウトするのと同時にギルド員の腕試しもかねてというのが当初の思惑だったようである。今もその理念からは大きく外れておらず、ギルド員からも腕の立つ者が数名出場予定であるぞ」


「と、いうわけなのだムゲン。終極神との戦いが控えているというのに少々浮かれているとは思うが、この大会を毎年楽しみにしておる者も少なくない。開催させてはくれんかのう」


 そう言ってディーオは私に許可を求めてくる。一応、終極神との戦いが終わるまでは私に安全かどうか訪ねるようにしているらしい。


「ああ、これくらいなら全然かまわないぞ。開催日も……うん、終極神の事象が大きく動くことはない」


「そうかそうか! ならすぐに全世界に通達せねばな! うむ、毎年この日のために備えてる者は多いからすぐにでも開催できるであろう!」


「ディーオ様、各地への通達の準備はすでに整っております。開催を期待していた方々もすぐに集まり、開催日には十分間に合うでしょう」


「流石にサロマは仕事が早いのぉ!?」


 しかし世界各地の腕自慢が揃うか。私も今の世界をすべて回れたわけじゃないし、私も知らないまだ見ぬ強者も出てくるかもしれないな。

 それに、身近にもこんな大会が開催されるとなれば黙ってられない人間にも心当たりがあるし……。




「へっ! 『最強決定戦』たぁいい響きじゃねえか。当然、俺も参加していいんだよな」


 大会開催決定からすぐに飛び込んできたのはやはりと言うべきか、カロフだった。

 神器の所有者となってからはさらに強さに磨きをかけた今、その実力を試せる絶好の機会が訪れたのだから飛びつくのも当然か。


「カロフ、張り切るのはいいけどちゃんとルールを理解しないとだめだからね」


「わあってるよ、神器は使うなってんだろ。それでも、俺は誰にも負けるつもりはねえよ」


 この大会は神器は当然のことだが魔道具の類も使用は禁止だ。ちなみに魔術の使用も厳禁なので私は参加しないぞ。

 ただ武芸全般で競うので武器の使用はあり、試合形式は一対一でどちらかが意識を失うか敗北を認めるかが主な決着のつけ方だ。当然殺しはなしだし、あまりにも度が過ぎた行為は審判に止められる、といったのが基本ルールとなる。


 ただ今回ばかりは特別ルールを設けないといけない選手が一人だけいて……。


「うむ! その意気やよしだカロフよ! 我もこの姿でのみの出場にはなるが、お互い全力でぶつかろうではないか!」


「登場からうるさくてごめんなさいね。出場の受付はここだって聞いてきたんだけど」


 噂をすればその特例がやってきたな。

 こいつらは英雄メンバーの中でも特に"強さ"という単語に敏感な二人だ。自分の中のそれを証明する絶好の大会とあらば反応しない方がおかしいというところだ。

 ただ、アポロだけは龍族の姿で出場されるといろいろと基準がバグるので人化した状態でのみ出場を許す形となった。


「あ、こんにちはミネルヴァさん。アポロさんもこの大会に出場するんですね」


「うむ、我もこの度の一連の経験から己の"強さ"を見つめなおすいい機会を得られた。全世界の強者が集まるというこの大会にて、我の今の実力がどれほどのものなのか、確かめさせてもらおう」


「へっ、それは俺も同じだぜオッサン。しっかし、あの時からまた強くなったって……オッサンの強さは天井知らずかよ。まったく少しは追いつけたかと思ったってのにすぐまた引き離されやがる」


「そう自分を卑下するものでもないだろうカロフよ。なにしろあのドラゴニクス・アウロラ・エンパイアから師事を受けたと聞いている。それに……あの頃とは違い迷いもなくなったようだ」


 この二人はお互いに認め合ってはいるものの、己の強さに絶対の自信を持つがゆえに譲れないものがあるようだ。


「今回は……俺が勝つぜ。手加減すんなよオッサン」


「我とて負けるつもりは微塵もない。我が子に、父の勝つところを見せてやりたいのでな」


 ノゾムから託された受精卵はまだ培養装置の中なので実際にはその姿を見ることができはしないが、気持ちの問題なんだろう。

 ヴォリンレクスに戻る前にアポロ達の中の術式は元に戻したが、まだ見ぬ我が子へ抱く想いはいささかも変わりないようだ。


「はいはい、そうやって二人して燃え上がるのはいいけど……出場するのはここにいる人だけじゃないんだから、まずはキチンと勝ち上がりなさいよ」


「そうだよカロフ、なにしろ世界中から強者が集まるんだから、強敵がアポロさんだけだって油断してると足元すくわれちゃうよ」


「わあってるっての。どんな奴が相手だろうと……油断しねえさ」






 それから数日が過ぎ、大会当日がやってきたのだが……。


『決着だあああああ! カロフ選手、見事前大会の覇者を降しBブロックを制しました! これはAブロック代表のアポロニクス選手との対決が今から楽しみです!』


 大会はやはりというか、カロフとアポロの二者が驚異的な実力でトーナメントを勝ち進み、優勝を競う両ブロックの代表として勝ち進む結果となった。

 ただ伝統ある大会に二人は初出場ということもあり、無名の強者同士が決勝を争うということに観客は驚きざわめいている。特にカロフは前大会の優勝者を倒したということでより注目を集めているみたいだ。


「まさか前大会覇者“超絶武人”カルロスがやられるとはな」

「ああ、今回は前大会の準優勝の“技の大商人”呼ばれたマエスティーラが出場してないからカルロスの一人勝ちかと思ったが……」

「それだけじゃない。毎年出場している“三強”のマッソ、ブルドン、アクチュリ―の内二人も欠席だ。しかしそれに代わり“新星”と呼ばれた中央大陸南部で勢いを増していたセンチュリオも有力視されていたが……それをいとも簡単に降したアポロニクスという男の凄まじさだ。どこかの国の王という話だが、この大会ひいては全国の武芸者に詳しい我々の耳にも入っていない生粋のダークホース。あのカロフとかいう騎士も新皇帝陛下がひいきにしているという情報はあったものの、まさかここまでとは……。今回は本当に大番狂わせが多い大会だ」


 どうした急に、と言いたくなるような解説が隣の席から聞こえてくる。どこの世界にも急に早口になるオタクっているんだな。

 しかもよく知らんこの先も登場がなさそうな名前がめっちゃ出てくるから読者様混乱するぞ。まぁ大会の結果としては私達にとってはおおむね予想通りといったところだが。


「えー! カルロス負けちゃったの!? 一番人気だから期待して賭けてたのにー!」


「ってなにやっとんじゃお前は」


 一応この大会は国の公共事業ということで誰が優勝するかという賭け事も行われている。一緒に大会を観戦していたセフィラだが、どうやら賭けていたらしい。

 このポンコツ女神はまたいけない遊びに手を出して……てか賭けるんだったらカロフかアポロにしてやれよ。


「うう~、これに負けちゃったら今月のお小遣いがちょっとピンチなのに……」


「あれだけギャンブルはやめなさいと言ったのに懲りないですね。言っておきますけど、こんなことに使うならもう貸しませんよ」


「そんなこと言わずにお願いクリファ! 今度倍にして返すから!」


「駄目です」


 いつもは張り合ってるくせに金銭が関わるとプライド捨てるんだなセフィラのやつ……。というかクリファもなんだかんだ言って少しは貸してるっぽいな。

 仲がいいのは良いことだが……この大会が終わったら二人にはあとで注意しておこう。


「よっと、私はちょっと控室にあいつらの様子でも見に行くけど二人はどうする?」


「あたしはいいわ、あんまりぞろぞろ出向いても迷惑でしょ」


「ではわたしもここで待たせてもらいます」


 ということで私一人であいつらの控室へ向かうことにするが……そこまで時間もないしこれはどっちか一人だけになりそうだな。

 アポロは……行ってもいつもの調子で終わりそうだな。なら、カロフの方を冷やかしにいってやろう。


「やりましたわねカロフ、これで決勝進出ですわ」


「でも最後はちょっと危なかったよね。あそこまで押し込まれるなんて見ててひやひやしたんだから」


「確かにさっきの奴は結構やりやがったな。ま、最後は相手も焦って力任せだったからそこをついてやったけどよ」


 と、曲がり角の先からそんな会話が聞こえてくる。多分カロフの控室からだな。

 ちなみに今回の大会でカロフは『獣深化(ジュウシンカ)』を封印してい挑んでいる。アポロがそのままなら自分も……ということだが、アポロはあれでも結構龍族の特性を発揮できるのだから逆にカロフが圧倒的に不利なはずだ。だがそれでも、カロフはやると言った。


(ここの角を曲がればあいつらの控室……ん? あれは……)


 カロフ達がいるであろう控室の扉の前、そこには私よりも先にある人物が立っていた。

 だがその人物はすぐに扉を開けようとはせず、ノブに手をかけたままジッと立ち尽くしている。


(なるほど……そういうことなら、私は出ていかない方がいいだろう)


 これはきっと、カロフ達と……彼女(・・)とで向き合わなければならないことだから。

 彼女が意を決して扉を開けるのと同時に曲がり角を戻りその場で壁にもたれかかりながら部屋の会話に耳を傾けることにした。

 確かに関わる気はないが、結末だけは気になるからな。カロフと……。


「テメェ……なんで、ここに……」


「少し……あなたとお話がしたかったから」


 アリスティウスとの、長い因縁の決着は。


 カロフはドラゴスから神器を継承した後、あの日の真実を知ったと聞いた。

 しかし私もそうカロフの口から聞いただけで、あいつが心の奥で何を感じたのかはあいつ自身しかわからないことだ。

 だから今のカロフが彼女と対面した際に何が起きるのか、私にもまったく想像がつかない。


「……決勝進出、おめでとう」


「ハッ、わざわざそんなこと言いに来たってのか? そんなんじゃねえだろ、テメェが話したいことってのは」


「そうね、ごめんなさい。あなたにとってアタシは憎い相手……そんな人間に祝われたって迷惑なだけよね」


「ああ、まったくだぜ。ホンっと、親父はどうしてこんな迷惑な女に惚れちまったんだか」


「え……?」


 聞こえてくるのは二人の会話だけ。リィナもアリステルも、二人の会話に割って入ることはない。それはきっと、誰よりもカロフの心情を理解してるからなんだろうな。


「カロフ……あなた、どうしてウォルとアタシのことを……」


「おっと、親父とののろけ話なら遠慮させてもらうぜ。テメェが親父を垂らし込んだせいで俺達は大変な目にあってきたんだからな」


「ッ……! そうよね、アタシのせいであなた達の人生は酷いことに……」


「けどよ、俺達はこうしてここにいる。確かに辛かったし嫌なこともあったしもちろんテメェも恨んだ。でもよ、そのすべてが俺達をここまで進ませてくれたってのも事実だ。だから、俺はそのすべてを受け入れながら、俺が幸せにしてえもん全部を背負って一番いい未来に向かってやるって決めたんだよ」


 ……すべての幸せを背負って未来へ進むか。きっとそれが、カロフがリ・ヴァルクに選ばれた最大の理由なのかもしれない。

 だから、カロフはアリスティウスのことを……。


「もしかして、アタシを……許すつもり? でもそんなこと……」


「言わねえよ。それだけは絶対口にはしねえ。ただ、俺の本心が知りてえなら……決勝を見にこい。それで全部証明してやっからよ」


 伝えたいことのすべては戦いの中に……か。なんというか、カロフらしいな。


 そこまで話し終えると、カロフは控室から出て通路の奥へと歩いていく。アポロの待つ決勝の場へと……。

 それを追うようにリィナ達も控室から出て、その背中を見つめていた。


「ねぇ、ある日ウォルが言ってくれたの。「いつの日か、俺と君と俺の息子とで、家族になれないかな」って」


 アリスティウスは一歩踏み出し、言葉を続ける。まるで今まで言えなかった大切な何かを伝えるかのように。


「あなたは……なれたと思うかしら?」


「ハッ……そんなの」


 ただカロフにはきっと、すべてわかっていて……。


「死んでもごめんだっつーの」


 親しい誰かに答えるように、笑顔で本当に嫌そうな表情のままそう告げるのだった。




「よう、待たせたなオッサン」


 私が客席に戻った時にはすでにアポロは舞台の上に立っており、これからやってくるであろう相手を待ち受けるようにどっしりとその場に構えていた。

 そしてその舞台へカロフが現れると、アポロは待ちわびていたように笑い、その視線をまっすぐ見つめ返す。


「もはや一片の迷いさえない良い顔だ。思えば我も、あの森での戦いからずっとこの日を待ち望んでいたのかもしれぬ」


「そうかい。ま、あん時と違ってお互い本気にゃなれないのが口惜しいとこだと思うけどよ」


「いいや、それは違うぞカロフよ。我は……本気だ。たとえどのような姿であれ、今の我は本気でお前へ拳を振るうことに変わりはない」


「……へっ、それもそうか。ああそうさ、俺も……今持てる全力であんたにぶつかっていくぜ」


 ここからでは二人の詳しい様子まではわからないがお互いに何かを伝え合い、そして何かに納得したみたいだ。

 今の二人にはまったくの雑念がない。互いにこれまで自分が経験したすべてを"強さ"に変え、全力でぶつける……二人の中にあるのはそれだけだ。


『それでは……決勝戦、開始いいいいい!!』



「……らぁっ!」

「……ぬんっ!」



 瞬間、二人の一撃がぶつかると同時に会場中へ大きな痺れが走るように衝撃の余波が伝わってくる。


 二人の戦いを前にして……誰も言葉を発することもできずにいた。

 カロフの圧倒的なスピードはもはや常人の目で捉えることもできず、現れたと認識した瞬間にはアポロへとその速度の乗った一撃を与えている。

 対するアポロもそんな捉えきれないカロフの速さに翻弄されているのではなく、攻撃の瞬間を見極め人化形態でも龍鱗(ドラゴンスケイル)が特に硬い部分で受け止めいなしている。


『えっと……これは、カロフ選手優勢……でしょうか』


 もはや実況の目にはなにが起きているかもわからないほど二人の攻防はすさまじく、唖然とすることしかできないでいる。


 だが実際カロフが優勢だ、しかしすんでのところでわずかに攻め切れていない。

 それはアポロが常に反撃の隙を狙っているからだ。カロフが速さに頼った攻撃だけを仕掛けていればアポロの鱗の防御を突破することはできず簡単に反撃されてしまう。

 だがカロフはスピードでのかく乱攻撃の中に重い一撃を何度か混ぜている。アポロもその攻撃は危険だと感じ防御に回らざるを得ないが、逆にそこがスピードの落ちる一瞬だと理解し反撃を仕掛けようと一瞬も気を緩めず狙っている。


「……はっ!」

「……ッ!? くっ!」


『え!? これは……カロフ選手、距離を取ったのでしょうか? い、いや、これはっ! お互いに何か一撃を受けた模様! しかしいったいいつ……』


 本当に一瞬の出来事だった……。カロフが重い一撃を放った瞬間アポロが反撃に出たんだ。しかもあれはアポロお得意の力の乗った一撃じゃない……あれはなによりも速さを重視した一撃だった。それがカロフの脇腹を掠め、あいつは危険と判断し咄嗟に後ろへ退いた。

 だがカロフもただ黙ってやられたわけじゃない。


「ふむ、口元を切られたか……」


 あの瞬間カロフの剣もアポロの口元を掠め、そこから一筋の鮮血が流れていた。いくら防御力の低い部位だとしても、アポロが傷つけられる姿を見るのはこれが初めてじゃないだろうか。

 だがダメージとしてみればカロフの方が大きいだろう。このまま同じことを続ければカロフの方が先に潰れてしまうのは目に見えている。


 だから、カロフはおそらく……。


「前は……多彩な技を繰り出してきたものだが、今回は違うのだな。それでも、あの時よりは大分強くなったが」


「……ああ、もう誰かに頼るだけの戦い方はやめにした。だからよ、この試合……次の俺の一撃、俺の人生すべてから得たものを詰め込んだ俺だけの一撃で……終わりにするぜ」


 この一撃で……決着をつける気だ。


「よかろう、ならばその一撃……我の全身全霊を込めた拳で受けて立つ!」


 アポロの魔力が拳に集まっていく。人化状態でもあれほどの龍の魔力が込められていれば龍の姿とほぼ変わらない威力になるはずだ。

 激しく、荒々しい龍の魔力の波動がここまで伝わってくる。対してカロフの魔力は……穏やかだ。だがピリピリとした雷の魔力がその全身を駆け巡り、腕から剣の切っ先まで鋭く伝わっている。


 いくら試合とはいえ、これほどの力がぶつかり合えばお互い無事では済まないかもしれない。合意の戦いとはいえ、信頼し合う仲間がお互いを傷つけあう……そんな彼らの姿を、この戦いを見ているであろう彼女・・はいったいどんな感情を抱いているだろうか。


「いくぜオッサン……獣人剣技“龍神ノ章”」


「すべてを打ち砕く龍の拳……『龍王拳(エンドオブドラゴニス)』!」


 瞬間、二人の体が交差するようにすれ違い……。



「『春雷(シュンライ)』……これが、俺の"答え"だ」



 二人の技がぶつかり合う……瞬間は誰の目にも映ることはなかった。この私でさえも……アポロとぶつかる瞬間のカロフは完全に消え、気づけば切り抜けていた。


『これはいったい……お互いの技は決まらなかったということになるのでしょうか?』


「いいや、そうではないぞ」


 実況の疑問に答えたのは、ほかならないアポロ本人だった。そこで私もようやく理解した、お互いの技がぶつかり合った瞬間何が起こったのかを。

 そして、アポロがこれから何を宣言するのかも……。


「この勝負、我の負けだ!」


 あの時、確かにカロフの剣とアポロの拳は衝突した。その瞬間、カロフの剣に込められた雷の魔力がアポロの魔力を細かく刻み、破壊した。

 理論的にはドラゴスの魔力破壊と同じだが、カロフのあれは"剣技"としてさらに昇華されている。


『は、敗北宣言です! アポロ選手の敗北宣言により、決勝の勝者は、今大会の覇者は、カロフ・カエストス選手に決まったあああああ!』


「お、おい、結局どうなったんだこの試合」

「アポロ選手が負けを宣言したんだ」

「だ、だがなぜ……体には傷一つないじゃないか」


 アポロが負けを認めたという事実を観客も理解しはじめたが、傷つけられてもいないアポロがなぜそんなことをしたのかまでは理解できていないままだが、新たな大会覇者の誕生に会場は湧き上がっていた。

 ……アポロのあの負け宣言はむしろ、傷一つつけられなかったからこそだろうな。


「本来ならばあのまま我が体を切り裂くこともできた……そうであろうカロフよ」


「けっ、どーだか。言っとくが俺は今回の勝敗に納得してねーからな。いつか本当にあんたに勝ったと俺が俺自身を認められるまで」


「うむ、それでよい。だが、今ばかりはその勝利を祝福する彼女達とともに、喜びを分かち合うくらいはよいのではないか?」


「んあ? それってどういう……」


「カロフ! おめでとう!」

「優勝! 優勝ですわー!」

「流石自分の見込んだ未来のハーレム騎士だ」


「っておわー! お前らいきなり抱き着いてくんなっての!」


 どうやらカロフの優勝に彼女達もその想いを抑えきれなかったらしく、大勢の観客に見られているというのにお構いなしで飛びついていくリィナ達。

 そして、そんな様子を少し離れた位置から見ていたアリスティウスにカロフも気づいたようで。


「……どうだ、これで全部わかったかよ」


「ええ……ありがとう。これから、アタシも頑張ってみるわ」


「けっ、好きにすりゃいいさ」


 カロフの"答え"にアリスティウスが何を感じたかは、きっと彼女にしかわからないだろう。


「うむうむ、負けはしたがなんとも晴れやかな気分だろうか!」


「ホントよ、負けたくせになんでこんなに楽しそうなんだか。……でも、きっとあの子もそんなあなたを見て喜ぶと思うけど」


「うむ! だが次こそは我が勝つぞ、カロフよ!」


「へっ、そんときは……また負けを認めさせてやるさ」


 こうして急遽開催された彼らの想いを乗せた『最強武人決定戦』はカロフの優勝という形で幕を閉じた。

 激しい戦いではあったものの、純粋なぶつかり合いはきっと彼らにとって大事な……穏やかな時間の一つとなっただろう。


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