287話 “龍帝”にして父!


「我らの……子」


 生まれてくる子のため、我に龍帝となれとミネルヴァは言った。

 それは、我にとってこれまで想像のしたことがないまったく別の……理想の形だった。


 いや、なにもまったく想像してなったわけではない。幼き頃から我の将来設計では、里を出、花嫁と結ばれ、そこから龍皇帝国を築き上げることでそこから生まれる我が子にも理想の世界を与えようと何度も夢を語っていた。

 ……だが、いざ自分が父親になるという事実に我はまだ実感を得ていなかった。

 だから、ここに映る我の理想の中にその姿はない。ネルのお腹の子も、我との愛の結晶というだけであの子ではない……。


(我にとって……父とは)


 脳裏に浮かぶのは、父様の姿だ。強く、厳しく、だがその内に誰よりも優しさを秘めた理想の父。

 時にはすれ違うこともあったが、ここに至る直前に父様が我を信じてすべてを託してくれたことは、我にとってなによりの誇りだった。


(我も……なれるのだろうか。我が子にとって誇れる父親に)


 まだ姿形もわからない、未来の……自分達が作り上げていく世界に生まれる我とネルにとってかけがえのない新たな命に。

 いや、我とネルだけではない……。


『子ダト? ナンダ、スデニ後継ギガイルトイウノカ? ソレニシテハ花嫁ノ中ニ新タナ命ガ宿ッテイル様子モナケレバ、オ前ノ血ガ受ケ継ガレタ龍ノ気配モコノ世界ニ感ジヌゾ』


「当たり前でしょ、その子はわたし達の血なんてまったく入ってないんだから」


『……ナニ?』


 あの子は天空神であるノゾム殿と彼が愛した旧魔族の女性との間に授けられた命であり、それを我とネルの子としてこの世に生を授け育むと誓った。


「そうだ、あの子は託された子。我とネルとの間に生まれた子ではない。龍族では……ない」


『養子トイウコトカ? マァワレハ構ワヌ。オ前達ガ誰ノ子ヲ愛ソウト、龍帝トナルベキ龍ノ子ガ後ニ産マレルナラトヤカク言ツモリモ……』


「いいえ、あの子はわたし達の第一子よ。血の繋がりも種族の違いも関係ない。だからもしもこの先、その子が龍皇帝国を継ぐに相応しい人間に成長したのなら、わたしは迷わずその子に国の未来を託すわ」


 そう力強く宣言するネルに我も言葉を失ってしまった。

 龍皇帝国の跡継ぎの問題に関しては……我も考えてなかったわけではない。

 ノゾム殿から託された後、この子に将来どのような道を歩ませるべきかと……。

 もちろん我もネルと同じようにこの子が望むのならば龍帝として育てていこうとは考えていた。


(しかし、我は心の奥で迷っていたのだ……。やはり“龍帝”を継がせるならば我の血を受け継いだ龍族であるべきなのではないかと)


 現状、国民も『龍の王が治めているからこその龍皇帝国』という風潮を受け入れつつある。

 あの子には我らの造る平和な帝国の中で健やかに育ってくれればそれでよい……そう、我はどこかで納得していた。

 ……だからこそ、目の前に映る理想の中にはあの子の姿だけが存在しない。いいや、我が想像できていなかっただけだ。


 だがネルは、そんな我の日和った考えを打ち砕くかのように強く、ハッキリと宣言したのだ。

 たとえ龍族でなくとも、血の通った子でなくとも、その資格があるなら“龍帝”を継がせると。


「アポロ、あなたの答えを聞かせて」


「我の……答えとは」


「もしあの子が幼いあなたと同じように“龍帝”を目指すと決めたなら」


「我と……同じように」


 そうだ、それはまさしく幼き頃の我そのものではないか。

 そして我が“龍帝”を目指すということを……我が父は反対した。だがそれは我を想ってのこと、我の身を案じた"父"としての思いやり。


 ならば、我も父様と同じように反対するべきか?


(……いいや、そうではない)


 父様が龍帝に反対したのは今が龍族にとって厳しい時代だったからだ。多くの人間にとって"龍"という存在が認められぬ現代ではあまりにも無謀だと。

 だが、これからは違う……。


「そうか……ネルよ、我も今理解したぞ、あの子のために“龍帝”となることの意味が」


 今の時代において龍族以外が龍帝を目指すことが非常識だというのなら、我らが変えてゆけばいい。

 あの子がドノヨウナ道を選ぼうとも、胸を張って生きていける龍皇帝国を。


 それが我が“龍帝”として……そして"父"としてあの子にしてあげるべきことなのだ。


「我も、あの子の選ぶ道を尊重しよう。そしてそのための“龍帝”となる。これが……我の答えだ」


 ネルも我の答えに満足したように優しく微笑んでいた。

 お互いの想いが強くなってゆくのがわかる。今、我らを繋ぐこの強き想いは決して断ち切ることはできぬだろう。


『ナニヲ……言ッテイル? アポロヨ……』


 そう……先ほどから我の心に隙間が生じるたび巧妙に入り込んできたこの邪龍の言葉も、今は遠いもののように感じられる。


『龍デナイ者ガ“龍帝”トナル? バカナコトヲ言ウナ。龍トシテノ……オ前ノ血ヲ受ケ継イデイクコトコソガ龍ノ国、スナワチ『龍皇帝国』ダ。オ前ハ自ラノ子孫ヲ残サナイトイウノカ』


「いいや、ネルとの間に子を成さないという意味ではない。だがこの先“龍帝”を目指すということは誰でもできるということだ。それが我の子でも、そうでなくても」


 もし、もしも遠く先の時代に我の一族よりも龍帝に相応しいと支持される者が現れたとしても、それは仕方のないことだ。

 だからこそ我らが龍皇帝国に残すべきは"血"ではなく、平和を願う心なのだと伝えていくことが重要なのだ。


「エルディニクスよ、あなたが我の"血"に固執しこちらの考えを受け入れられないのなら……我はあなたの提案を受け入れることは到底できない!」


『……』


 エルディニクスの炎が……揺らめく。その沈黙が続くと同時に徐々に強く、激しく、そして漆黒の混じったおぞましいほどの"赫"に。


『フザケルナヨタダノ"器"ゴトキガ! コチラガ下手ニ出テヤッテイタトイウノニ! 貴様ノ望ムモノヲ与エテヤロウト言ッテイルノニ! 誰ガ“龍帝”ヲ目指シテモヨイダト? ソンナ馬鹿ゲタ『龍皇帝国』ガアッテタマルカ!』


 顔だけだったエルディニクスの炎が広がり、胴を、腕を、脚を、翼を、尾を形成していく。

 これが本当の……邪龍エルディニクスの魂の形。


『ワレヲ受ケ入レ、ソノ"血"ヲ残スノダ! ソシテ龍ノ血ガ永遠ニ、永劫ニ続イテユクノダ! 終ルコトノナイ事象ノ果テマデ!』


「それが……あなたの狙いか。その先に何がある? その"血"の中から再びこの世界に蘇ろうとでもいうのか!」


『今更事象ノ内側ニ蘇ル? ソンナ無駄コトナドスルワケガナカロウ』


 事象の内側……これは盟友の言う我々の住む世界ということだろう。

 今まで我々はエルディニクスの狙いが現代への復活だとばかり考えていたが、そうではないということか。


『貴様ノ"血"ガ事象ノ流レノ中デ永劫ニ続クコトデ、ソノ道ハワレノ事象トナル……。ソシテ流レ続ケタワレノ事象ハイツシカコレマデ紡ギ続ケラレタ事象ノ数ヲ超エル。ソノ時コソ! ワレガコレマデノ事象ヲモ食ライ、コノ世界ノ新タナ『事象の管理者』ト成リ代ワル! ソウ、ワレハモハヤ奴ノ一部デハナク使役スル側トナルノダ!』


 それはつまり、最終的な結果は違えど今この世界を襲わんとする終極神というものがやろうとしていることと同じことだ。

 そんなことを……許してはならない。


『クックック、無駄話ハコレデオシマイダ。マズハ……ソウ、ワレノ計略ヲ邪魔シタソノ女ノ魂ヲ消ス。ソシテ邪魔ガナクナッタ後ハアポロ、貴様ノ内ニワガ魂ヲ同化サセ、ワレガ望ム“龍帝”トナッテモラウゾ』


「やれるものなら、やってみなさいよ」


「うむ! 邪龍エルディニクスよ、その邪悪な意思と野望を今こそ我が打ち砕き、その力を本当に平和な世界のために使わせてもらう!」


『ホザケ! タダノ事象ノ内側デモガクダケノ矮小ナ事象ノ粒ニスギヌ貴様ラゴトキガワレヲドウコウデキルナドト思イアガルナ!』


 ッ! エルディニクスの黒炎が我らを飲み込むかのように大きく広がってゆく!

 わかる、これに飲み込まれれば最後、我らの魂は跡形もなく焼き尽くされるだろう。エルディニクスに必要とされている我は加減されるかもしれぬが、そうでない者は……。


「アポロ……信じてる」


 振り向けば、迷いのない表情で真っ直ぐ我を見つけるネルがそこにいた。

 想いが……一つとなる。もう、我にも迷いはない。


『ワガ炎ニ焼キツクサレ、スベテヲワレニ委ネルノダ!』


 黒き炎が我らを包んでゆく……。映し出されていた我の未熟な理想も、この場を形成している黒い空間でさえ奴の炎に侵食される。

 だが、それだけだ。そんなもので……


「そんなものでっ! 我らの心まで燃やし尽くせると思うな!」


『ガッ!? ナンダ、コノ……炎ハッ!?』


「わからぬかエルディニクスよ。これが貴様の野望など簡単に覆す我らの心の灯だということを!」


 我の、我らの心に消えることのない炎の輝きがエルディニクスの黒炎を吹き飛ばすように消し去り、この空間を……世界を塗り替えていく。


『ナゼダ!? ナゼワレノ炎ガ塗リ替エラレテイク! コンナ、コンナ小サナ事象ノ一部ニシカ残ラヌ塵ノヨウナ存在ゴトキニ、永劫ノ流レヲ支配スルハズノワレガコンナ!』


「他を見下し、誰も信じることのできぬ貴様にはわからぬだろう……。我は、ネルを信じている」


「わたしも、アポロを信じてる」


 そして、我らはなによりも……。


「「あの子と共に進む世界を信じている」」


『ソンナクダラヌ感情ナドニワレガ屈スルハズガナイ! コンナ馬鹿ナコトガアッテ……タマル……モノカ!』


 もはや我らの想いの炎が奴の黒炎に押し負けることはない。……だが、まだわずかに、今一歩だけ奴を飲み込むだけの力が足りない。


(ここでエルディニクスの魂を降せなければエンパイアをまともに扱うことなどできない。あと少し……ほんのわずかに奴を押し切れさえすれば!)


『その役目……わたくし共に任せていただきましょう』


 ……その時だった。どこからともなく六色の光が現れると、それは同時にエルディニクスの黒炎でできた体を覆い包み込んでいく。

 その力によって、奴の黒炎の勢いも次第に弱まっていき……。


『グガアアアアア! コノ龍気ハアルカディス……ソレニ他ノ連中モカ! ナゼダ! ナゼ邪魔ヲスル! ワレラハタダノ管理者ノ装置ナダケデヨイノカ! アルカディス、貴様モソレニ不満ヲ感ジタカラコソワレノ子ヲ産ミ、世界ニ龍ヲ繁栄サセタノデハナイノカ!』


『ええ、だからこそ過ちは正さなければならないのです。あの子達がわたくし達の罪の証としてではなく、祝福されて産まれてこれる世界のために』


 アルカディス、それに他の始祖龍がエルディニクスを抑え込んでいる。

 黒炎が……消えていく。最後にはエルディニクス、それにアルカディス達の魂も共に……。


『コンナ……ハズデハ……』


『これでいいのです。アポロニクス、それにミネルヴァ、これからは……あなた達の時代です』


 そうして、すべての魂が我の炎に包まれる。その炎もやがて終息し、我の中へと収まっていく。

 黒い空間も完全に消え、我は不思議な空間に漂っていた。その隣にはネルの姿があった。


「帰りましょ、アポロ」


「うむ」


 そのまま我らの意識はゆっくりとこの場から離れるように覚醒していき……。






バリィン!


 この体を覆っていた結晶のようなものが砕けるのと同時に我の意識は現実へと目を覚ました。


「エンパイアの気配がアポロの中に納まり、体を封じていた水晶が砕け散った……つまり、やったんだな」


 振り返れば盟友が我の身に起こったことを瞬時に察し、賛辞と共に出迎えてくれた。

 そしてそのすぐ後ろにはクリファ殿が地面に座っており、その腕の中で支えるように横たわっていたのは……。


「ネル……我は戻ってきたぞ」


「……おかえりなさい、アポロ」


 目を開けゆっくりと起き上がり、いつもと変わらぬ微笑みで我を迎えてくれるいつもの彼女の姿があった。


 神器“エンパイア”は我が内に。始祖龍の力……魂がまるで我の指示を待つかのように鼓動しているのが胸の奥から感じられる。

 だがエルディニクスの魂だけは我を拒絶しているのかその力を引き出すことができなさそうだ。


「その様子だと、エンパイアの力を扱うのに問題はなさそうだな。私も事象の外側からアルカディスや他の始祖龍の魂を誘導するのに苦労かいがあったってなもんだ」


「あんた、あっち側でまったく姿を見ないと思ってたらそういうことだったのね。おかげでこっちは無茶させられたわ」


「私はミネルヴァなら絶対にたどり着けると信じていたからな。ま、結果オーライということで」


「そうですね。わたし達の目的も無事達成できましたし、あとは龍壁の里へ一度挨拶をしてからヴォリンレクスへ戻るだけ……」


ゴォン! ドドドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴ!


 その時、突然洞窟内が大きく振動しはじめた。なにか強大な力を感じる……ただの地震というわけではなさそうだ。


「この気配……まさか“炎神”か!?」


 地鳴りの正体にいち早く気づいたのは盟友であった。火の根源精霊……“炎神”、エンパイアと共に封じられていたこの大陸の災厄。


「そんなのがどうしてまた……活動期に入ったってこと」


「いいや、おそらく封印からエンパイアが消失した影響だ。封印からエンパイアが抜けるということは、そこに大きな空白と穴が生まれることになる。本来なら広がった空間に炎神がすっぽり収まるはずなんだが……どうやらガバった穴の一瞬を狙って体の大部分を封印から抜け出したらしい」


 盟友の言う通り我らの遥か頭上、地上では以前感じたあの強大な火の力がさらにその勢いを強めていることが我にも感じられる。


「封印から完全に抜け出すことはないだろうが……このまま放置しておけばこの大陸はさらに汚染され、人の住めない地域が広がるだろう」


「そんな、この大陸には龍皇帝国やアポロの故郷、それに小さいけどいくつもの村や集落があるのよ。もし砂漠や魔物の森が広がりでもしたら、皆の住む場所が……」


 つまり、このまま炎神が暴れ続ければそれこそ我が龍皇帝国存亡の危機ということだ。

 そんなことはあってはならぬ。我らのため、そしてなによりあの子の未来のためにも。


 だが、我にはこの状況を打開する手立てなど思いつかぬ。我には龍族としての圧倒的な力がある、何物にも負けない強靭な肉体も持ち合わせている。そして今は神器さえもその身に納めた。

 しかし、ここ一番という時、我自身はその力を最善に活かすことができぬ。

 なればこそ……。


「盟友よ、我は……どうすればよい」


 信頼できる友にその力を託すのだ。我一人では掴むことのできない未来でさえも、友と、仲間とならば乗り越えられる。

 我は、エルディニクスのように一人で何でも解決しようとは思わぬ。


「……あるぞ、とっておきの作戦が一つ」


 我にはこんなにも、素晴らしき友がいるのだから。


「それで、作戦ってのはなんなの。もったいぶらずに早く言いなさい」


「なーに簡単なことだ。炎神が無理やり封印から抜け出たのなら、こっちはそれを超える力で無理やり押し戻せばいいだけだ」


「呆れた、何がとっておきの作戦よ、単純な力技じゃない」


「ですが理にかなってはいます。あとは、それが実行できるかどうかです」


 その通りだ。そして根源精霊である炎神を超える力など今この場において一つしかない。


「うむ、その大役、我が見事やって見せよう!」


 我のエンパイアを手にして最初の相手が炎神か……うむ、不足はない。

 体の奥からも、力を持て余している始祖龍の魂が出番はまだかとくすぶっているのがわかる。


「そうと決まれば話は早い! 皆我の腕の中へ!」


「わかったわ……けど、どうするつもり?」


「この洞窟を突き破って、一気に地上へ出る!」


 皆を手の中へ抱え込み、我は内に眠るエンパイアの力を解放する!

 始祖龍の力が我らを包み込み、その身を守っている。これならば、いける!


「おおおおおおおおおっ!!」


 我はそのまま洞窟内で飛び立ち、その身に纏うオーラが天井を削り突き進んでいく。

 そしてそのまま我らの体は上昇していき、ついには……。


「ぬぅん!」


「すごい、ホントに抜けられたわ」


 地面を突き破り地上へ出ると、そこはいつかの見覚えある場所だった。


「ここ……あいつと戦ったとこ」


 そして同時に、我とネルが決して切れぬ愛の繋がりを得た場所でもある。

 地上には出たが、それで終わりではない。我らの背後には巨大な火山がそびえ立ち、その火口から姿を見せているのは……荒れ狂う炎神の姿だった。


「前見た時より、大分体が出てきてるじゃない」


「かろうじて脚が封印に引っかかってるってとこだな。あれこそがこの世界の厄災の一つ……火の根源精霊の本当の姿だ」


 前回、我はこの存在を前にして逃げるだけで精一杯だった。

 だが今は違う。“炎神”よ、お前がもし我らの未来を害するというのなら、我はもう逃げぬ。


「では、行ってくる。皆はそこで見ててくれ」


 なぜなら我は“龍帝”にしてあの子の"父"なのだから!


「我が名はアポロニクス・タキオン・ギャラクシア! 新たなる龍皇帝国の初代龍帝にして、この世を破滅より救うべく集いし英雄が一人! ……そして、父親だ!」


『――――――――!』


 我がその眼前に現れると、炎神はそこに明確な敵意を我に向けてくる。

 おそらく、我の中にある始祖龍の魂に反応しているのだろう。


「見てください! アポロさんの背中の辺りから先ほどのエネルギーが……龍の首の形に!」


「エンパイアはその中に眠る始祖龍の魂を具現化することによって最大の力を引き出すことができる……だが」


 呼びかけに応え、姿を現した龍の首は六つ……火の属性を司るエルディニクスはやはり現れない。

 だが! それならば! その最後の首は……我自身が代わりとなればいいだけのことだ!


「すごい……」


「完成だ、神器“エンパイア”の七属性の龍が揃う時、それは真の力を発揮する。エルディニクスの代わりにアポロは自身の龍の力で神器を完成させたんだ」


 力が……伝わってくる。今、我自身が神器と一つとなっている実感を得ている。

 炎神がその腕を伸ばし、我を滅ぼそうと襲い来る。


『――――――――!』


 始祖龍の魂と一つとなった今なら理解できる。炎神……火の根源精霊もエルディニクスと同じように、この世界に不満を持っていた。

 だがもう……



「終わりにしよう! 炎神よ! 『龍皇の息吹ブレスオブドラゴン-虹煌魂終激レインボーオーバーソウル-』!!」



『――――!? ―――! ――    』


 虹の輝きが……すべてを飲み込む。すべての口から放たれた龍の息吹が炎神の体を削り、消滅させていく。

 根源精霊は死ぬことはないが、力を失った炎神が封印の中へと納まっていくのがわかる。

 やがて、我の息吹も、炎神の狂乱もすべてが収束し……。


「終わっ……たの?」


「ああ、炎神は完全に封印された。これで以前のように定期的に火口から顔を出すこともないはずだ」


 それはつまり、過酷であったこの大陸の環境をも改善に向かっていくということでもあったが、我にはあまり難しいことはよくわからん。

 それよりも今は……。


「うむ、ただいま戻ったぞ、ネルよ」


 共に喜びを分かち合えるこの瞬間が何よりも優先すべきことなのだから。


「これで、ついに全部の神器が揃ったんですね、ゲンさん」


「そうだな、あとはミネルヴァ達の『永遠に終えぬ終焉トゥルーバッドエンド』を元に戻して、ヴォリンレクスに帰還しよう」


「その前に、アポロのお父さん達にも挨拶していきましょ」


 おお、そうであったな! 父様はあれから里に戻ってしまったし、もしかしたら洞窟の入り口にて我らの帰りを待っているやもしれぬ。


「それに、父様には我が父親になるとまだ報告しておらん! こんな重大なことを忘れていたとはなんという失態だ! 早速飛んでいこうではないか!」


「ってちょっとアポロいきなり抱えないで……ってきゃわあああ!?」


「おわー!? 私もかー!」


「は、速すぎ……ブクブク……」


「わー! クリファー、しっかりしろー!」


「はっはっは! 今行きますぞ父様! ご報告を楽しみにしてくださいませ!」


 ……きっと、これからの龍族の在り方は変わっていくであろう。始祖龍の望んだ形から外れ、体も心も新しいものへと。

 だがそれでいい。変わっていく世界の中でただ一つ、変わらぬ大切なものを繋いでいくことこそが、我らが作り上げていく新たな龍皇帝国なのだから。


 我が名はアポロニクス・タキオン・ギャラクシア、愛する妻とまだ見ぬ我が子と共に平和な世界を目指す“龍帝”である!


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