284話 辿り着いた先に待つものは


 コツコツと、複数の足音が広い洞窟内に響いている……。


「この先に……エンパイアが封印されているのか」


「そうだが……我もその目で直接確かめたことはない。務めは洞窟の入り口から龍の気を送るだけで済むのでな。実際に見たことがあるのは共に封印を行った爺様だけだ」


「曾祖父様が……」


 今私達が進んでいるのは龍族サイズに掘られた長い長いトンネルだ。

 龍壁の里から山脈の地下を掘り進めて作られたもので、火の根源精霊が眠る火山の根本まで続いているらしい。

 ゼウスの先導で進んではいるものの、彼もこれほど深くまで足を運ぶのは初めてだとか。


「この先に封じられているものは我ら龍族が近づくのは危険だと聞かされていたのでな、これまで誰も近づいたことはない。それも……理由を知った今では納得だが」


 かつての龍族の族長が約束を交わした人物がガロウズとミレイユだと発覚したことで、私はゼウス達にすべてを話した。

 世界に迫る危機と、神器の必要性。エンパイアに宿る始祖龍の危険性を理解してなお、アポロがそれの所有者となるため挑むことを。


 それならばとすぐに出立し、現在こうして神器の待つ封印の場所へ向かっているという流れなわけだ。


「それにしても、この洞窟は涼しいですね。地上はとても暑かったのに」


「ああ、それは多分水の根源精霊のおかげだ」


 この第一大陸は“炎神”……つまり火の根源精霊の封印が半端に歪んでしまったせいで大陸中に悪影響を及ぼしてしまっている。

 もともと暑かった第一大陸ではあるが炎神の熱気が加わりその暑さはまさに地獄。本来なら人の住めない環境になってもおかしくないのだが。


「そういえば前にアクラスに招待された採掘場も涼しかったわね。もしかして、地面の下はどこも涼しかったりするの?」


「第一大陸全土ってわけじゃないだろうが……おそらくな」


 地下水脈や海が近い場所なら水の根源精霊の力が通い、そこから地上を冷やすエネルギーが発生されているはずだ。だからこそこの大陸にも人の住める場所が存在する。

 逆にその力が届かず灼熱の砂漠となってしまった場所や、生態系が狂って凶悪な魔物の住みかとなってしまった巨大な密林とかもあるけどな。


 ……ただ、それってすべてはエンパイアを火の根源精霊と同じ場所に封印しちゃったせいなんだよな。

 ガロウズとミレイユにしてはよく思いついた方法だとは思う。実際封印も上手く機能してるのですべてが間違っているわけでもない。


「でもエンパイアの封印にリソースを割いちゃったせいで火の根源精霊が半分出てきちゃったのはよくないよなぁ」


「そもそもなぜ復活したのでしょうか? 始祖龍と根源精霊はお互いに力を削り合うのでもともと施されてる封印で十分だと当時のお二人は言ったんですよね」


「確かにその理論は間違っちゃいないんだけどな。それが成立するのは互いが全力でぶつかった場合に限るんだよ。……だが、神器がその力を100%引き出すには使い手がいてこそだってのをあいつらはわかってなかったんだ」


 なので力を発揮しきれていないエンパイアが根源精霊の力を半端に削り、そこに無理やり居座っているため封印の許容オーバーとなったエネルギーが“炎神”として姿を表してしまった。

 水の根源精霊が上手く機能してくれたからよかったが下手をすると人の住めない土地になってたわけで……。


「やっぱ神器の封印は全部私がやるべきだったかね~。メリクリウスの担当とか結局全部解放されてたし」


 秘匿性を高めるために神器の封印はそれぞれの持ち主に任せたんだが(メリクリウスは例外で三つ)、だいたい解放されたり見つけられたりしてよくない影響を引き起こしたりしてるしなぁ。


「でも、そのおかげで今に繋がっている……と、わたしはそう思います」


「ま、それは私も否定しないけどさ」


 実際、各所で神器が解放されていなければ終極神による事象破壊システム……つまりベルゼブルの策略を狂わせることもなかったし、こうして捜索するのもさらに苦労したことだろう。


「しかしまさか、本当に約束の人物が現れることになるとは流石の我らも驚いたぞ。しかもそれが息子の盟友だというのだから」


「あの話の内容にはこっちも結構驚いたけどな」


 この里に伝わる約束の話を聞いた後、私はすぐ彼らに自分の正体を明かした。

 最初は半信半疑だったゼウス達だが、私の話す内容が古い時代のものと一致したことを理解してくれた。やはり長命種ともなると理解が早くて助かる。


「しかし、始祖龍の魂……か。にわかには信じられないが我にも心当たりはあるのでな、頭ごなしに否定することもできん」


「父様は始祖龍についてなにか知っておられるのですか?」


「そういうわけではない。ただ、お勤めの際に洞窟からわずかに漏れる龍の気を押し込むのだが……その時に感じることがあるのだ、強い力が肉体に干渉しようとするのを……ッ!?」


 先導していたゼウスが急に立ち止まり、体を震わせながら後ずさる。まるで、その先にある何かに恐怖するかのように。


「このっ……気配! 父様も感じましたか……」


「ああ、これだ……お勤めの際に感じる龍の気配。洞窟内ではこれほど体の奥まで突き刺さるような強烈な威圧感になるとは……」


 ゼウスと同じく龍族のアポロもその異様な気配に体を強張らせていた。

 もしやと思い私も意識を集中させ洞窟の奥の魔力を感じ取ろうとすると、突然私の中に何かが入り込もうとする感覚に襲われ……!


「ッ!?」


「どうしましたゲンさん!? なぜいきなり世界神の枷を表に……」


 っと、無意識のうちに事象力を解放してしまったか。だが、今のはそうしなければやられていた。


「エルディニクスめ、私の中にある世界神の力に反応して襲ってきたな」


 あいつも、もともとは世界神から生まれた存在であり、それに全能の力があることを知っているからこそ私からそれを奪おうとしてきたんだろうな。

 まだこちらからはその全容も見えていないというのに手厚い歓迎なこって。


「……なるほど、ちゃんと封印されてないのは炎神だけかと思ったが、こっちもそれなりに漏れてるじゃねーか」


 まだ少々距離があるからかこれ以上の干渉は無理なようだが、この先に進むには注意が必要になってくるな。

 干渉されやすい龍族は……特に。


「……ここまで案内してくださりありがとうございます。父様は、ここで引き返してください」


「何を言うアポロ! ここまでお前達を連れてきておいて一人で逃げるような真似ができるわけがないだろう!」


「これ以上、その震えた足で前に進むのは無理でしょう」


「ッ……! こんな……もの!」


 未だにその場から動くことのできないゼウスの足は誰が見てもガタガタと震えており、先へ進むことを拒んでいた。

 龍族だからこそわかる恐怖だろう。それでもまったく怖気づかないアポロは流石だが。


「やはり、我は情けない龍族だな。これまで守ってきたはずの誇りすら、このように簡単に砕かれてしまう……」


「いいえ、父様がいたからこそ我らはここまでたどり着けたのです。それに、父様の誇る龍族の意思はしかとこの胸に刻まれておりまする。ここから先は、我らにお任せください」


「アポロ……。わかった、無事に……帰ってこい」


 そう言い残しゼウスは洞窟の入り口へと戻っていく。ここからは、私達だけで進むしかない。


「よし! では皆行こう! 求めるものはすぐ先にある!」


 意気揚々と私達を鼓舞するように先行していくアポロだが、先ほどのエルディニクスの一撃に何かよくないものを感じたことには違いないだろう。

 この勢いも、ただの強がりでなければいいんだが……。


「ねぇムゲン、ちょっといい?」


「ん、どうしたミネルヴァ?」


「なんでかわからないけど、アポロと繋がってるわたしの魂が少し震えてるような気がして……。あんたなら、何かわかるんじゃないかと思ったけど」


 魂が……震える? ということは、おそらく魂を繋いだ術式かどちらかの魂そのものに何かしらの影響があったと見るべきだが。


「目に見えて変化がないとなると、私にもわからない。だが、気に留めといたほうがよさそうだな。ミネルヴァはアポロを……アポロの魂を、しっかり捉えといてくれ」


 そうして、私達は一抹の不安を感じながらも洞窟の奥へと進んでいき、ついに"その場所"へとたどり着く。


「ここからはもう……明かりは必要なさそうだな」


 洞窟の最奥、地上で言えば火の根源精霊が封印されている火山の麓に当たる場所。

 そこから、七色に輝く極彩色の光が溢れ出し、洞窟内を照らしていた。


「美しい光ですが、どこか恐ろしくも感じますね。あれが……神器なのですか、ゲンさん」


「ああ、間違いなく神器“エンパイア”だ。この七色の光はそれぞれの始祖龍が持つ属性の力が溢れ出したものだな」


 ガロウズはこのエネルギーを体に纏わせたり放出する形でその力を扱っていたのを思い出す。


「ここまで来たからにはもう後には引けぬな。世界のため友のため、そして我が愛する者のため! 必ずやその"力"を我がものとしてみせよう!」


 あとはすべてアポロしだい……。エンパイアは最も危険な神器ではあるが私やミネルヴァ、それにヴォリンレクスで待つ仲間達もアポロが神器を手にして帰ってくると信じている。


「アポロ……無茶だけはしないで」


「心配するなネルよ。この繋がりがある限り、我は必ずネルの下へと帰ってくる」


 そう言ってアポロは力強く胸を叩き、ミネルヴァとの心の繋がりを示すように自信満々の表情で振り返る。


 ただ一つ気になるのは、ここにたどり着くまでにあれから一度もエルディニクスが何も仕掛けてこなかったことだ。

 あの一撃だけでこちらにちょっかいをかける意味はないと判断したのか、それとも……。


(私達をここまですんなり通した方が都合がよかった?)


 もしそうなら、エルディニクスはあの一撃で何か自分の利になるものを見つけたということだ。

 だとしたら何を見つけた? あの時の奴の一番の優先順位は私の中の世界神の力だ。だがそれ以外なら奴が一番望むものは……。


「では……いざ参る! 神器“エンパイア”よ……」

「待てアポロ! やはりここは一度様子を……」


カッ!


「ぬっ!? この光は……!」


 嫌な考えが頭をよぎりアポロを止めようとした時にはもう遅かった。

 アポロが一歩足を進めた瞬間エンパイアが強い輝きを放ち、その七色の光はまるでアポロを包み込むかのようにその身を覆っていく。


「うそ……アポロ!?」


 輝きが収まり目を開けると……そこには時間が止まったかのようにアポロの体が七色の水晶に閉じ込められ、封印の内側へと引きずり込まれていた。


「ゲンさん! これがこの神器の所有者となるための試練なのですか!?」


「いいや、まったく違う。エンパイアを自分の内側に閉じ込めるのが本来の始まり方だが……」


 これではその真逆だ。

 こんなことは私も初めてだ。同じ龍族のドラゴスが試した時でさえこんなことは起こり得なかった。

 つまり……エンパイアの中にいるエルディニクスが何か細工をしていたということになる。


「だったら、早く何とかしな……うっ!?」


「どうしました、ミネルヴァさん!」


 アポロの救出に向かおうとしたミネルヴァだったが、急に苦しみだし胸を押さえてうずくまってしまう。

 いや、この苦しみ方には覚えがある。


「まさか! アポロとの魂の繋がりが途絶えたのか!?」


「まだ……かろうじて繋がってる感覚はあるわ。でも……なに……これ、まるでアポロの魂がどこか遠くへ消えていくような……」


 症状は軽いがこれは『永遠に終えぬ終焉トゥルーバッドエンド』の術式による魂の繋がりを絶った際に起こるものにとても似ている。

 封印の壁で分断されたことにより繋がりが薄れたのか、それとも……。


「ゲンさん、アポロさんをあの中から救い出すことはできないのですか」


「……やれないこともない。が、かなり強引な方法なうえに危険すぎる賭けになる」


 ただの封印なら無理やり穴をあけて引きずり出す方法もなくはない。しかしミネルヴァの反応を見るにアポロの魂はとても不安定な状況にあると見ていい。

 もし、アポロの肉体から魂が分離しているとなると……目の前の肉体を強引に引きずり出しても魂のない抜け殻と化している可能性が高いだろう。


「おそらく、エルディニクスの狙いは最初からアポロだった。そう考えるのが自然だな」


 思えばあのタイミングで私にのみ仕掛けてきたのにも違和感があった。徹底的に自分の思惑を悟られないためのブラフだったわけだ。


「それでは……このままアポロさんが神器の試練を乗り越え所有者となるまで見守っているしかないのでしょうか……」


「いいや、私達もできる限りの手を尽くそう。このままエルディニクスの思い通りにさせるのだけは避けなければならない」


 奴の狙いは十中八九アポロの肉体を乗っ取ることだろうが、いくら何でも用意周到すぎる。

 ただ龍族がわざわざ足を運んできたから乗っ取ろうと画策したと考えるのは早計だと危惧すべきだ。


「私はこれから意識を事象の外側にシフトする。クリファはミネルヴァを頼む」


 こういう状況で一番よくないのは混乱して的確な判断を怠ることだ。

 しかしまさか、最後の最後でこんな大事になるなんてな。もしかしたら今回が神器捜索において、最も困難な状況といってもいいかもしれない。


「ミネルヴァさん、体勢を楽にしてください」


「ええ、でも……この場からは動かないわ。目を話したらそれこそ、繋がりを見失いそうな気がするから」


 そうしている間にも、ミネルヴァの体には今も繋がりが絶たれかけていることによる苦しみに襲われているはずだ。それでも彼女の瞳は、不安を抱えながらもしっかりと視線を外すことなく、愛する者を捉えていた。


「お願いアポロ……無事でいて」






 だが、そんな彼女達の必死な想いは虚しくも……彼の下へと届くことはなかった。


(ここ……は、どこだ? 我は……確かエンパイアの封印に触れようと歩みだし……)


 アポロの意識……いや魂はどこともわからない不思議な空間に漂っていた。

 そこは世界神と接触する際における『事象の外側』に雰囲気は似ているが、周囲は真っ暗で何も見えない、何も感じ取ることができない。


 ……そこに、一つの炎が浮かび上がる。


(あの炎は……なんだ? どこか……そう、"懐かしい"ような)


 やがてその炎はゆっくりと、ある一つの姿へと形を変えていく。

 その形はまさしく……


(……龍)


『ヨクゾ……ココヘ辿リ着イタ、ワガ末裔ニシテ完成サレタ"器"ヨ。サァ今コソ、“龍帝”ガ再ビ世に蘇ル時ガ来タ』


 かつて世界に君臨した、邪悪な“龍帝”の顔であった。


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