283話 古い約束


 強烈な一撃によってその身を地面に伏せるアポロの父。

 納得してくれたかどうかはわからないが、とにかくアポロの意思はこれで里中の龍族達に伝わっただろう。


「まさか……己の息子にここまで力の差をつけられるとは、なんとも無様なものよ」


「この里では自分の意思を示す際、その強さをこの地に眠る祖先の龍に知らしめるためにも多くの戦士が見届ける中で族長と試合を行う……。だからこそ我は幼き頃から強さを求め、そしてついには里一の強さを誇っていた父様さえ打ち負かし外の世界へと飛び出しました」


 強い強いとは思っていたが本当に全龍族中最強だったんだなアポロ。

 それが外の世界で多くの経験を得て……心身ともに成熟したまさに龍族として完成された強さを身に着けたみたいだな。

 その強さはおそらく全盛のドラゴスと同等かそれ以上……今の歳食って怠けてたあいつよりは確実に上だろう。


「それに父様の姿は無様などではありません」


「何を言うか、お前は里を抜け強くなった。それに比べて我はどうだ? お前に負かされたあの頃から何も変わらず、再び打ちのめされておきながら、お前の言うことが正しいと理解しておいてなお……我はまだ、人族を許せないのだ。この姿を無様と言わずなんという」


「いいえ父様、そんなことはありません。父様の龍族を守ろうとする想いは素晴らしいものです。それに父様は人族を憎みながらも報復という手段を選ばず自ら身を引かれた……それは龍族を守るだけでなく他種族と共存する道がいつか訪れると、心の奥で信じていたのでしょう? 少なくとも、我はそう信じております」


 そんなアポロの真っ直ぐな想いを前にしてアポロの父は目を伏せ、立ち上がろうとしていた腕から力を抜いてその場に倒れこむ。

 どうやらアポロの想いはしっかりと伝わっていたようだ。


「あなた……もうやめましょう。アポロは私達が思うよりずっと多くの経験を得て、この里の中だけでは得られない大切なことを知ったのよ」


「母様……お久しぶりです」


「おかえりなさいアポロ、あなたの強さは里中に伝わりました。もうあなたを拒むことはありません、お連れの皆さんも同様に受け入れられるでしょう」


 アポロの父を抱え起こすように現れた細身の龍族の女性……彼女がアポロの母親か。

 彼女の一言によって私達を囲んでいた龍族の戦士達も警戒を解きその場に降りてくる。どうやらこれで本格的に龍壁の里へ入り、本来の目的へと進むことができそうだ。


「アポロ、まずは皆さんを家へ案内しましょう。この人も休ませなければなりませんから」


「うむ、では久々の我が家へ皆を招待するとしようか! はじめて実家に嫁を招くのだから盛大にもてなさなければな!」


「別にそういうのいいから」


「うふふ、ミネルヴァさん……でしたっけ? 後でゆっくりお話させてくださいね」


「え、あ……は、はい、よろしくお願いします」


 普段クールなミネルヴァだが、義理の母との初めての対面ともなると流石に戸惑うか。

 ともかくまずはアポロの実家に向かうということだが……。


「っとと、私はこっちだな」


 相変わらずクリファが気絶したままなので私がおぶって連れていくこととなるのだった。

 セフィラはそのポンコツさで世話が焼けるが、クリファもクリファで長いこと一緒にいると結構ドジなところが見えてくるもんだ。まったく世話が焼けるヒロイン様達だよ。




「あら? ここは……どこでしょうか?」


「お、うちの寝坊助女神様もようやく起きたみたいだな」


「ゲンさん? あ、すみません……わたし、迷惑かけてしまったみたいで」


「気にしない気にしない。こういう状況にも少しずつ慣れていけばいいさ」


 私の背中で意識を失っていたクリファが目を覚まし、見覚えのない室内に困惑するようにキョロキョロと辺りを見渡している。


「それで……ここはどなたのお家でしょうか? アポロさんが里に向かって急降下を始めたところまでは覚えているんですが、なぜかそこから記憶が曖昧で……」


「そっからひと悶着あって……まぁ今はそのアポロの実家にお邪魔させてもらうことになったんだよ。今ちょうど着いたとこ」


 基本龍族の家は岸壁を掘って中に居住空間を作られたものだ。

 他種族に溶け込むアポロと違って彼らは龍族の姿のままで生活しているからその一つひとつがとてもデカい。


 今はアポロの母親が父親を寝床に運んでいるところで、私達は別室で待つように言われたのだが。


「人族サイズじゃ、あんまりくつろげる空間じゃないな」


「ハッハッハ! スマンな盟友よ、龍族にはこれが基本なのだ!」


「随分と原始的な暮らし方なこって」


 かつての龍皇帝国を知っている私から見ても、その時代と比べてかなり暮らし方が野性的と言うべきか、とにかく遥かに原始的だ。

 ドラゴスも『龍の山』で似たような生活してたし、欲がないとこれほどまでに発展しない種族だったんだな龍族は。


「皆さんお待たせしました。夫を寝床に寝かせてきましたのでこれでもう大丈夫です」


 そう言ってアポロの母が私達と対面するように座り、対話の準備がこれで整った。

 さて、お互いに聞きたいことは山ほどあるだろうが……。


「まずは、自己紹介からにしましょうか。皆さん初めまして、私はラトナディス・フォトナ・ギャラクシア。もうご存じでしょうがそこにいるアポロの母です。どうぞよろしくお願いしますね」


「私は“魔導神”ムゲン。この度は快く受け入れてもらい感謝する。……とまぁ堅苦しいのはこんなところで、ラトナディスさん……でいいかな?」


「ラトナで構いませんよ、よろしくお願いしますね“魔導神”さん」


「クリファリエスと申します。わたしのことはクリファと呼んでください、ラトナさん」


 こうして私とクリファの自己紹介は済んだのだが……あと一人、彼女にとってとても重要な人物の挨拶が済んでいない。

 ただ……


「あ、ああの、改めましてわ、わたわたしはみミミミ……」


 いやガッチガチじゃねーか! ビックリしたわ、いつもクールで落ち着いてるミネルヴァがこんなに緊張してる姿なんて初めて見たぞ。

 いやまぁさっきすでにアポロから紹介されちゃってるしな、嫁だって。改めて自分で宣言するのも意外と緊張するもんだ。

 それにしてもミネルヴァがこういった状況に弱いとは意外だったな。


「緊張しないで、こちらも受け入れる準備はできていますから」


「は、はい……では改めまして、ミネルヴァ・アルガレストです。アポロ……息子さんとは一年近く前に婚姻を交わさせていただいて、今はギャラクシアの性を名乗らせていただいてます。よろしくお願いします……ラトナさん」


「あら、うふふラトナさんだなんてよそよそしい。あなたはアポロのお嫁さんということは私の義理の娘ということになります。どうぞ、お義母(かあ)さんと呼んでもらって構わないのですよ」


「ええっ! いえ、それは……なんというか、ちょっと恥ずかしいといいますか……」


「母様はネルを家族の一員として受け入れたいと言っているのだ。我もネルにそうなってほしいと願っている」


「わ、わかった。それでは、お義母様……で、よろしいでしょうか」


「まだちょっとお堅い気もしますけど、それでも嬉しいですよ。よろしくお願いしますね、ネルさん」


 これでミネルヴァの緊張もほぐれたみたいだな。

 それにしてもラトナと話す時のミネルヴァはいつもよりずっと表情が柔らかい。

 まぁ、あいつは一度家族を……母親を失っているからな。こういう家族の暖かみってやつを再び感じられることを嬉しく思ってるのかもしれないな。


「なるほど、これが『妻が夫の実家に初の顔見せをする』という状況なんですね。わたしもゲンさんの家族と対面する際の参考にさせてもらいましょう」


「いやいや気が早いって。でもまぁ、それも楽しみだな。うちの家族は全員個性強いから歓迎も盛大になることを覚悟しとけよ~」


「は、はい、覚悟……しておきます!」


 しかしそうだな……私も前世では婚姻を交わした仲間や配下の者達がこうして家族となっていく姿を何度も見たものだが、自分ではてんで経験がなかったからな。

 やっぱ、私も楽しみだ。


「アポロが里を出ていった時は寂しく感じましたけど、こうして元気な姿で戻ってきて、さらにはお嫁さんまで。本当に嬉しく思います。まずはゆっくりと二人の馴れ初めでも聞かせてほしいところですけど……そうもいかないのでしょう?」


「うむ、我も母様に語りたいことはそれこそ山のようにありますが、今の我らにはやらねばならぬことがあるのです」


 そうだな、前置きはこのぐらいにして……そろそろ聞くべきことを聞かなければならない。


「それにしても……そちらの方、確か“魔導神”とおっしゃられましたよね? もしや我々の待ち人かと思われましたが少々違うようで」


 ん? 待ち人? それに違うとはどういうことだ?


「ラトナさん、それはいったい……」


「待てラトナよ、そこから先は……我が語らねばならぬ使命だ」


「父様!」


「あなた、もう起きて大丈夫なの」


「たかが息子にやられた衝撃程度で何時間も寝込むほど我はやわではない。……醜態には違いないがな」


 まだ若干ふらついてはいるが寝床から起きてきたアポロの父がラトナの代わりに話をすると私達の前に座り込む。


「まずは自己紹介をさせてもらおう。我が名はゼウスニクス・サイファ・ギャラクシア。この里の族長を務めている者だ。先ほどは……済まないことをしたな、改めてお前達を正式に客人として招こう」


 よかった、まだ敵対心が消えておらずややこしいことになるかもと不安だったが、ひとまず私達のことは客人として扱ってくれるらしい。

 これでエンパイアの在り処を知る可能性を持つ族長であるアポロの父……ゼウスから情報を聞くことができる。


 それじゃあ、本題に戻ろうか。


「それで、先ほどのラトナさんの言う"待ち人"というのは?」


「古い約束の話だ……かつてこの里を訪れた、とある亜人族と人族と交わされた……な」


「なんとっ!? この里に他種族が現れたのはアクラスだけではなかったのですか!?」


 アポロが驚くのも当然のビックリ情報だ。アポロの話ではアクラス以外でこの里を訪れた他種族はいなかったという話だし嘘をついていたわけでもない。

 つまりそれは、アポロには意図的に知らされていなかった情報ということになる。


「この話が伝えられるのはは族長とその配偶者のみとなっている。そして族長を継ぐ者にはいずれ伝え聞かせるはずだったのだが……お前はその前に里を出ていってしまったからな」


「むむむ……それは、大変申し訳ない」


「だがこうしてお前は戻ってきた、それも他種族の者を連れてだ。これも……何かの宿命なのかもしれん」


 宿命か……確かに世界全体が大きく変革を見せている今、どこであれ何かが変わっていく時代なのかもな。


「それで父様、そのこの地を訪れた他種族の者達というのは」


「相変わらずお前は語りを聞かされる時は期待に満ちた目をしているな。いいだろう、今こそお前に伝え聞かせよう……我ら龍族とその者らとの、古き約束の話を」






 それは、我がまだ幼龍の時代のことだった。アポロが爺様の話を聞いて目を輝かせていたのと同じくらいの歳だ。

 その時代、ここはまだあのアクラスという精霊もおらず外の世界の情報がまるで入ってこない、本当に隔離された世界でしかなかった。


 だが、そんなある時現れたのがあの者達だった。


「おー! ここだここだぁ、やあっと見つけたぜぇ! あっちもこっちも龍族だらけ、ここがインフィニティ達が探してたっつー龍族の隠れ里ってやつだろ!」


「ちょっとガロウズ! あんまり目立つ行動しないでよ。あなたの野生の勘で見つけられたのはホント凄いけど、ここに来た目的は忘れないでよね……って、あ! もう早速誰かこっち見ちゃってるし!」


「お、マジか……って、んだよガキじゃねーか。こんなのとケンカしてもつまんねーだけだぜ」


「いきなりケンカしようとしないの! もう、相変わらず戦闘バカなんだから」


 偶然にも我はその者らと最初に出会ってしまい、初めて見る他種族を前に声も出せずただただ驚愕するしかできなかった。

 だが我が呆然としているとそこへ父様と爺様が現れ……。


「バカな……外の者だと」


「ゼウス、下がっていなさい。この場所を知られたのなら、生かしておくわけにはいかぬ」


 父様も爺様も彼らの話を聞こうともせずただただその者らを排除しようと臨戦態勢を取っていた。まるで、今の我のようにな。


「おお、強そうなのが来たじゃねーか。こいつは楽しくなってきやがったぜ」


「勝手に楽しくならないの! ごめんなさい、私達は争う気なんてなくて、あなた達にある頼みがあって……」


「やめとけミレイユ、あっちは話なんて聞く気ねーみてーだぜ。こういうのはやっぱ……一発ぶちかますのが一番手っ取り早ぇ!」


 こうしてその亜人と父様達の戦いが始まったのだが……結果は、なんともあっけないものだった。


「バカな……強すぎる」


「我ら龍族がこうもあっさり……しかも二人がかりだというのに」


「いやいやいや、『バカな…』はこっちのセリフだぜおい! お前ら龍族だろ? なんでこんなよえーんだよ! 俺様はドラゴス並みの力を持った奴と何人も戦えると思ってワクワクしてたってのにとんだ拍子抜けだぜ」


 その亜人……ガロウズという男の強さは圧倒的で、里の者総出でかかっても勝ち目はないだろうというほど……無類の強さを誇っていた。

 さらに父様達はその者の身に纏う恐ろしいほどの“龍”の気をも感じ取っており……。


「この里も終わりだ。その身に纏う龍の気も解放せずに我らがやられたとなってはもう成す術もない……」


「ん? ああ神器“エンパイア”のことか? 別に真剣な戦いでこんなもん使う気はねーよ。ま、それでも俺様は最強だけどよ」


「エンパイアだと? それに先ほどのドラゴスという名はもしや……」


「お察しの通しだと思いますよ。私達はドラゴニクス・アウロラ・エンパイアさんの知り合いです。あ、でも彼にこの場所は教えないので安心してください」


 そうして彼らのことを知り、外界では世界の存亡を賭けた戦いが行われていたことや、かの龍族と共に戦ったなどなどを父様達は知ることとなった。

 そして肝心の彼らの頼み事というのが……。


「この神器預かってくれ。始祖龍の魂だし龍族に任せとくのが一番だと思ってここ探したんだよ」


「他にあてもなくて、神器封印のことで仲間に迷惑をかけるのもしたくない……ということで皆さんにお願いできればと。ここならガロウズみたいな規格外のバカでも現れない限り大丈夫だと思いますし」


「そうそう俺様みてーな規格外の……って誰がバカだこら!」


 その神器とやらには恐ろしい龍の魂が宿っているらしく、彼らはそれを鎮められる方法を探してたという。

 そして、その方法も具体的にこちらに伝え聞かせた。


「この先の火山に俺様達がちょい昔に封印した火の根源精霊っつーのがいるんだよ。その封印にこいつもぶち込みゃこいつらお互いに仲わりーから反発して消耗するって寸法なんだがよ、それだと龍の力がちょびちょび漏れるらしくてな、それが同じ龍族の魔力じゃねーと抑えられないらしーんだとよ」


「なので、ここから火山の近くまで穴を掘って、火の根源精霊の封印と同調させます。あなた方は定期的に龍族の魔力で漏れ出す気を抑えてくれるだけでいいんです」


 それがのちに我ら族長に伝わる『お勤め』となり伝えられてきた。

 突然現れてはなんとも勝手な頼み事を押し付け、封印が完了すると彼らはこの地を去っていった。

 だが……彼らが去る頃にはいつの間にか父様も爺様も彼らを受け入れ、他種族への警戒心すら忘れていたことに気づいていた。


「俺様達の長寿の法もそろそろ限界だよな。これからどうすっか」


「そうだね……どこかのんびりとした場所で静かに暮らすのはどう?」


「のんびりだぁ? 俺様はそんなの……いや、意外といいかもな。ただ静かにってのはつまんねーな、俺様の最強さを後世に伝えることにするぜ」


「それも楽しそう。うーんじゃあどこがいいかな? この大陸でいい?」


「第一大陸は暑すぎっからやめてくれ。中央はあいつらと顔合わせることになっから……第三大陸辺りでいいんじゃねーか?」


 もう外の世界は龍族を敵とみていないということに。

 だが不用意に外に干渉すれば他種族はまた龍族を恐れるかもしれない。だから我々は……。


「おっと、最後に一つだけ言っとくことがあったんだ」


「もしこの地に“魔法神”という名を知る人物が訪れて、その人が神器を求めたならどうか協力してあげてください」


 その"約束"を守りながらこの地で平穏に暮らしていくことを決めたのだ。






「だが我は人族との関わりを求めた。あの日訪れたあの他種族の者達のように分かり合える可能性を信じ、父様達の反対も押し切って。結果は見ての通りだが」


「父様……」


「これがこの『龍壁の里』に伝わる約束のすべてです。夫の話は何か役に立ったでしょうか?」


 うん……いやまぁ……役に立ったというかこれはもはや……。


「そういうこと……ですよね、ゲンさん」


 疑う余地はないだろう。ゼウスの話に出てきた亜人族と人族というのがガロウズとミレイユのことならば、その"約束"の人物というのは間違いなく……。


「えー……どうも、実は私がその話に出てきた“魔法神”の生まれ変わりでーす」


 私のことである。


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