281話 旅立ちは唐突に
『龍壁の里』……それが、アポロの故郷の名称か。
2000年以上前、龍皇帝国が滅んだ後に生き残った龍族達はその姿を消した。
実はそんな龍族達をドラゴスは一度探そうと試みたことがある。しかしその噂を龍族達は聞きつけたらしく、数名が私達の前に現れ「自分達には関わらないでほしい」と告げ、再びどこかへ消え去ってしまった。
それ以降は闇雲に捜索しても見つけることはできず、ついには諦めることとなってしまう。
おそらく特殊な結界か何かで里の存在を策していたんだろうが……。
「そこは大昔、巨大な山を龍族達がその息吹で削り谷へと作り替えた場所であり、彼らはその中に里を築き上げたという」
「相変わらず無茶苦茶な種族だな」
地形丸ごとを力ずくで変えてしまおうなんて発想、それこそ龍族以外には思いつかない方法だ。
「なるほど、そんなところに隠れていたか。もしかすれば認識阻害か何かの術式で、外から見る我らには削られる前の普通の山に見えていたのやもしれぬな」
かもしれないな。一応世界中ざっくり捜索はしてみたものの、龍皇帝国滅亡以前に記録されていた地形から変わった場所を発見できなかったからこそ諦めたわけだし。
「だがアポロ、なぜお前の故郷が神器に関わっているかもしれないと思うんだ? ただの龍族繋がりってだけでもないだろ」
「うむ、まず理由の一つとしてはアクラスの存在にある。あやつは里と古くから付き合いのある精霊だ、他の種族を拒む龍族達の里においてこれはおかしいこと名のではないか? 我にとっては生まれた時からの仲なので今まで気にしたこともなかったのだがな」
確かに、そこは盲点だった。龍族達が拒まない唯一の精霊、そしてそんなアクラスの役割といえば……。
「水の根源精霊の力で火の根源精霊の暴走を抑える精霊が龍族と関りを持ってるっていうなら、そりゃ無関係じゃない……か」
「あいつ、今までそんなこと隠してる素振りなんて一度も見せたことなかったのに……大した役者ね」
どうだろうな、アクラスは別に隠しているつもりなんて元からないのかもしれない。
火の根源精霊……“炎神”を抑える役割も、アポロと昔からの付き合いであることも私達が興味を持っていたからあちらから積極的に語ってくれたことだ。
アクラス自身が龍族とどんな関係なのかなんて、私達は一度も気にしたことがないわけだし。
「まぁアクラスのことは一旦置いとくとして……アポロ、他にも理由があるんだろ」
先ほどアポロは"まず"と前置きをした。ということはアクラスの件以外にも心当たりがあるということだ。
「そうだ、それは我が一族が代々行ってきた"お勤め"にある」
「お勤め? 龍族がか?」
前世でもあんま聞いたことない話だな。私と同様ドラゴスも初耳という顔をしているのでアポロの故郷独特のものだと思うのだが。
「それは里の長、つまり我の一族に代々受け継がれたしきたりなのだと聞かされた。……我も詳細は知らぬのだが」
「知らぬのだがって……受け継がれてきたならアポロが知ってないとおかしいでしょ」
「むぅ……それが我は長を継がぬと飛び出してしまったゆえ、父様から伝えられておらぬのだ」
なんというか……アポロだから納得の理由って感じだな。でも長にならずに飛び出したからこそミネルヴァや私達に出会えたわけだし、詳細はわからずともお勤めの存在を思い出してくれたのだから結果オーライということで。
「盟友よ、正直我は今すぐにでもここから飛び立ち、故郷にて父様に話を伺いたい。勝手な話だが、許してはくれぬか」
始祖龍の存在を知り、龍皇帝国の真実を知り、神器“エンパイア”の恐ろしさとそれに向き合う覚悟を決めたアポロにとっちゃまさに"居ても立っても居られない"って状態だ。
それでも感情に任せず飛び出さないのは、自分一人が勝手な行動をすることで共に戦う仲間である私達に迷惑をかけたくないという遠慮が思い止まらせているからだろう。
……ならば、その問いに対する答えは一つしかない。
「もちろんだ。それに、当然私もついていくぞ。私がいないと本当にそこに神器があるかどうかもわからないだろ」
「それもそうであるな。ハッハッハ! 我としたことが失念しておった!」
お、笑い方にいつもの感じが戻ってきたな。先のノゾムとの戦いからアポロの雰囲気もどこか重苦しかったが、ここにきてようやく吹っ切れたってとこか。
それに……。
「ちょっとアポロ、どうしてわたしには質問しないのかしら」
「それは……ネルならば、我が問わずとも共に同じ道を歩んでくれると信じているからだ」
「ちゃんとわかってるじゃない。わたしは、いつもアポロと一緒だってこと」
「うむ! 我とネルの魂は常に共にある! さぁ行こう、共に我が故郷へ! 父様や母様に我が生涯の伴侶たるネルのことも紹介しなくてはならないからな!」
「そういえばそうなるのよね……すっかり忘れてたわ」
すでに夫婦となってそれなりの月日が経ってからの、疎遠になっていた夫の両親との初顔合わせか。文字にすると凄い複雑な家庭環境に見えるな、いや実際その通りではあるんだが。
「それと……できればドラゴス殿もぜひ里の一族に紹介したいのだが……」
「断る。今更我を見捨てたやつらの一族の前に出向いてやる義理などない。こうして貴様と顔を合わせているのもインフィニティの仲間であるという例外あってこそだ」
ま、ドラゴスに関しちゃ無理な話だよな。あれだけ出ないと言っていた龍の山からも出てきたわけだしもしかしたら……って私も少しは思ったけど。
「それに我は今そんなことにかまけている時間はないのでな。我はこれから……失っていた家族の時間を取り戻さねばならないのだから」
「あなた……」
「パパ……うん! これからいっぱいいっぱいいろんなとこに行って、いろんなことしようね!」
そうだな、ドラゴスにはやらなくちゃいけない大切なことがある……。
これに関しちゃ、誰も文句なんて言えないさ。
「よーし、じゃあまずはこの街をあたしが案内しちゃうんだから! ほらほら、パパもママも早くいこ!」
「っとと、急ぎすぎだフローラ。お前の気持ちは嬉しいが、その前に我らがこの地でやれることはやっておかねばなるまい」
「そうだね……インくんが今すぐ出発するなら、あたし達じゃないとできないこともあるはずよね」
おっとそれもそうだな。私がいないとなると新しく揃った神器の扱いも伝えきれないし、あとは……。
「ミネルヴァ、ファラ達に体外受精装置のこと任せてもいいか?」
ドワーフ族に任せるだけでは魔力関係で息詰まるところが出てくるだろうからな。
こいつらなら任せられると私は信頼しているが、やはりミネルヴァの了承は絶対必要だ。
「……ええ、お願いしても……いいかしら」
「任せてちょうだい。同じく龍族を夫に持つ者、そして母親として先輩であるあたしが責任を持って預かるわ。だから、こっちのことは気にせず、しっかり彼を支えてあげて」
「ありがとうございます……。戻った際には、もっとゆっくりお話できるといいですね」
「体外受精装置というのはもしやメリクリウスのあれか? まったく、あやつは死んでも厄介事を残していくなど、本当に迷惑極まりない男だ」
どうやら話はついたようだな。これで出発に絶対必要なメンバーは揃ったわけだ。
一応アポロが高速で飛行する限界人数としてはもう一人か二人程度なら余裕はあるが……。
「ゲンさん、今回はわたしも同行させてもらいます」
「だよな、クリファならそう言うと……ってもう着替えてる!?」
その声に振り向くといつの間に着替えたのやら、クリファの姿はいつものロングドレス姿から動きやすいミニスカート姿に変わっていた。
「こんなこともあろうかと用意しておきました」
で、アポロの故郷へ神器捜索ツアーの話が挙がってすぐに着替えを済ませてきたってわけね。なんという行動力の化身。
「ハッハッハ! こうなってはもはや断ることなどできんな盟友よ!」
「わたしも別に構わないわ。アポロの故郷に行くってだけなら、危ないことはそう多くなさそうだし」
まぁ前回の予想外の戦闘よりも厳しい戦いが待ち受けてるなんてそうそうない話だろうし、安全といえば安全だろうが。
とにかく同行者にも了解は取れたことだしクリファも正式参加だ。あとついてくるとなると……。
「ワフ(んじゃぼくは今回お留守番しとくっすよ)」
「そうか? まぁお前がそうしたいってんなら別に構わんが」
「ワフゥ(あんま役に立てる場面もなさそうっすからね。ぼくはこっちで留守を守っとくっす)」
いったい何から守るんだか。
ただ犬の言う通り、戦闘面に関してはアポロ一人いれば大抵のことは脅威にならないだろう。私との合体もできなくなってしまったしな。
「限、オレは引き続き工房で自身の魔導機とレオンの腕の改良に移る。それから、ドワーフ族との協力のもと、お前に頼まれていたアレもそろそろ設計の最終段階に移れそうだ」
「おお、そうか! ……ただそうなると、レオンには早くテルスマグニアを使いこなせるようになってもらいたいが……私がここを離れると細かい指導ができないか」
「安心しろインフィニティ、お前が不在の間は我とファラが使い手どもに神器の指導をしてやろう。カロフのやつもまだまだしごきが足りないと感じていたからな」
「おお、そりゃ助かる」
直接の使い手ではないにしろ、神器と長い付き合いであるこの二人ならば指導者として申し分ない。
あとやっぱここに来るまでカロフの指導をしてやってたんだな。ドラゴスの性格ならもしやと思っていたが。
「えー、それじゃパパと一緒に遊ぶ時間が減っちゃうよー。そうだ! いっそのことみんなでもっと楽しいとこへ遊びに……」
「フローラ~、星夜くんが神器に選ばれたからってあなたが何もしなくていいってわけじゃないのよ~……。魔導機に組み込まれるムルムスルングの調整はあなたがやるんだから、これから皆と一緒に特訓するのよ!」
「ええ~!? ヤダー! そんな面倒なことやらないでパパと遊んでいたーい! ね、パパもあたしと一緒がいいよね?」
「む!? そ、それは……そうだな。我もフローラと一緒にいる方が……」
「あなた~……この子のことを大切にするのと甘やかすのは別問題です! それに、特訓の際はパパも一緒なんだからそれでいいでしょ!」
「うわーん! おうぼうだよー!」
もはやファラも立派なオカンだな。どうやらこの家族のヒエラルキーはファラが頂点で決まりそうだ……逆にドラゴスは最底辺だが。
ともかく、これで出発前の憂いはなくなった。
「よし、そんじゃ出発するか、『龍壁の里』とやらへ!」
「うむ! では早速我の背に乗ってくれ。最初から全速力で飛ばしていくぞ!」
ミネルヴァ、クリファ、そして私の三人がアポロの背に乗ると、そのまま翼を広げ勢いよく空高くへと飛び上がる。
やはり荒々しいドラゴスと違いアポロの飛翔は安定しているな……と思った次の瞬間、突然重い空気圧を体に受け一瞬で見えていた景色を置き去りにしていく。
「うおお……ちょちょ! アポロ速い速い!」
「ぬ? おおスマン。気持ちがはやるのにつられ速度も気持ち速めとなってしまった!」
今回は長距離移動なので天空神の時のように常にトップスピードは勘弁してほしい。
というかあんまり早くしすぎると私よりも同行者が……。
「う……気持ち……悪い、です」
ほらーこうなった。クリファの飛行酔いも相変わらずか。
というわけで、一度クリファの酔いを安定させてから飛行再開となったわけだ。
「そういえばムゲン、あんたセフィラのことはよかったの?」
「あ……」
やっば、すっかり忘れてた。そういやお菓子作りに行って……うん、今頃騒いでるだろう姿が容易に想像できるな。
「セフィラもこれまでの旅で疲れてるでしょうし、無理に連れだす必要もありませんよ、ゲンさん」
「……クリファ、お前わざとセフィラのこと黙ってたな」
「さぁ、どうでしょう?」
まったく、こうなることまで予測してたんなら大した策士だよ。
今思えば犬の態度もちょっと変だった。自分から積極的に残ったのはセフィラの面倒を見るためだったと思えば納得だ。あの短い間に犬も自分の側に引き込んでいたか。
「まぁでも、休ませてやるってのには私も賛成だし、今回は犬と一緒にお留守番しといてもらうか」
あいつもこの前の旅でいろいろあったしな。……もしかしたら、クリファはそれを察して休ませようとわざと私に伝えなかったのかもしれない。
……まぁ半分は私怨も混じってるとは思うが。
「ま、それならそれでよし! 今回はこのメンバーで神器“”エンパイア、捜索開始だ!」
その頃、ヴォリンレクス城の庭園では……。
「みんなー! おいしいお菓子が焼きあがったわよー! 堅苦しいお話なんてやめにしておやつにしましょう!」
「わーい! セフィラちゃんのお菓子大好きー! パパもママも一緒に食べよー!」
「よしよし、これでフローラも生粋のおばあちゃんっ子に一歩近づいて……ってあれ? なんか人数減ってない? てかムゲンは?」
急遽お菓子作りに駆り出され疲弊した数名のコックを従え登場したセフィラだが、すぐさまその場の変化に気づく。
中でもいなくなった特定の人物を探してキョロキョロと辺りを見渡すが一向にその姿を捉えることはできず……。
「限なら先ほどアポロ達と神器を捜索するために飛び立った。おそらく数日は帰ってこないだろうな」
「ってええええええ!? なによそれ! なんであんたはいっつもあたしになんにも言わないでどっか行っちゃうのよー!」
「ワウワウ(まぁまぁ落ち着いてくださいっす、ご主人は先日までの旅で疲れてるセフィラさんをいたわってるからこそあえて声を描けなかったんすよ)」
と、本当はムゲンはセフィラのことをすっかり忘れていただけなのだが、クリファと策謀していた犬の嘘フォローによりなんとかこの場を治める……かと思われたが。
「そっか、ムゲンってばあたしをいたわって……ってちょっと待って、じゃあなんでクリファもいないのよ」
「ワ……ワウ(えーっと……それはっすね~)」
「むぐもぐ……クリファちゃんならゲンちゃん達と一緒にアポロっちの故郷へ飛んでっちゃったよ」
「ってやっぱりあたしを出し抜いてるだけじゃないの! この~、あんたも共犯ねこの犬め~!」
「ワググ……(や、やめ……そんな口いっぱいにお菓子を詰め込まないでくれっすぅ……)」
おつむが残念ではあるが、流石に騙せなかったようでムゲンの予想通り騒ぎ立てるセフィラであった。
「こん畜生ー! こうなったらやけ食いしてやるんだからー!」
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