280話 魂の在り処


 神器の作成にはまず世界神からその力を抽出する必要があった。

 そこで、私は反魔力物質(アンチマジックマテリアル)を使い世界神の中でも特に力が集中しているであろう六枚の翼からその原型を取り出すことに成功したのだ。

 六つ中五つは純粋な力の結晶であり、その中身も世界神の分体には変わりないものの、新しい意思が生まれていた。


 ……だが、最後の一つだけは最初からその中に確立した複数の意思が存在していた。それこそが、世界神に還った七体の始祖龍の魂に他ならない。


「特にエルディニクスの魂は干渉しようとする者すべてを逆に取り込んでしまおうとするほど凶悪な意思の塊だ。だから武具として加工することもできずエネルギー体をそのまま使うことしかできなかった」


 つまりエンパイアを使用するということは必然的に始祖龍達の魂をその身に宿すということになる。

 だが、生半可な人間ではエルディニクスの邪悪な意思がその肉体を逆に支配しようと干渉され……ついには肉体が魂に耐えられず絶命する者が後を絶たなかった。


「魂が干渉してくるということは……まさかその時に?」


「その通りだ。そして龍族である我は他の種族よりも深くその魂と干渉することとなった。結果は……惨敗だったがな」


 そう、多くの者がエンパイアの所有者となることに失敗し、ついにはドラゴスが挑戦することとなったのだが……。


「その中で我はエルディニクスとアルカディスから龍皇帝国の真相を知らされることとなり、肉体の所有権を奪われそうになる寸前で分離し難を逃れることができたのだ」


 その後、私達もドラゴスからエンパイアの中で見てきたことすべてを聞かされ、その歴史のすべてを知ることとなった。

 だからこそドラゴスは龍族という存在自体に嫌気が差し、過去の恨みも含めて余計に他の龍族を嫌うようになってしまったというわけだ。


「でもまって……今の話を聞く限りだと、少なくとも強い肉体と精神さえあれば試しても死ぬことはないのよね?」


「おお、言われてみればその通り。ドラゴス殿がこうして生きておられるのがその証拠。であれば、たとえ始祖龍の話が真実なれど我が試す分には何も問題ないということだな」


「阿呆が、そんな簡単な話であるわけがないだろう」


 ミネルヴァの的確な意見にいつものように楽観的に解釈するアポロだったが、ドラゴスから厳しい否定を受け再びしゅんと縮こまってしまう。

 まぁドラゴスの言い方もあれだが、こればかりは簡単に楽観視していい問題じゃないのは確かだ。


「そうだな、もしアポロが失敗した場合のリスクが大きすぎる」


「それって体が魂に耐えられずに死ぬってやつでしょ。確かに、そんな最悪の結果なんて考えたくもないけど……」


「だが死を恐れていては前に進むこともできぬ。やらずに終わるよりはやはりやるべきではないのか」


「違う、そうじゃないんだ。エンパイアによる死のリスクは龍族以外(・・・・)にしかない。龍族の場合は……さらに恐ろしい結果が待ち受けている」


「それはいったい……」


「ここまで説明されてもわからんか? エルディニクスによる……肉体の乗っ取りだ」


 そもそもエンパイアによる死はその中に眠るエルディニクスの魂が所有者の肉体を乗っ取ろうとした結果、魂と肉体の相性が合わず絶命するというものだ。

 つまり、魂の波長が近い龍族が精神的に負けてしまえば……その肉体はエルディニクスに支配されてしまう。


「我は肉体を支配されそうになる直前でなんとか切り離すことに成功した、あのまま続けていたらどうなっていたか……想像もしたくない」


 これはドラゴスのみが経験した内容なので私やファラにはその心境を完全に理解することはできないが、その恐ろしさだけは伝わってきた。

 もしエルディニクスが復活してしまったら、再びあの邪龍による混沌が始まってしまうのだと……。


「戦力が減るうえに脅威が増える。ただでさえ終極神に手一杯な現状を考えれば致命的だな」


 その通り、たとえエルディニクスに終極神の存在を知らせようとも天上天下唯我独尊なあの邪龍が協力するはずもない。

 もしアポロがエンパイアに挑戦し失敗すればその時点で私達の未来は失われたようなものだ。


「だが限、そんなそれほどまでに凶悪な神器でさえ前世の時代には使い手がいたはずだ。そこから何かヒントを得られないか?」


「おおそうだ! 確かにその通りだセイヤよ! して盟友よ、古き使い手はどのようにして始祖龍の呪いを掻い潜ったのだ?」


「え? あー……わかんね」


「ちょっと、わからないわけないでしょ。それとも、昔のことを思い出せないほどボケたのあんた?」


「ボケてへんわ!」


 私だって詳しく教えられるもんなら教えてやりたいっての。

 ただ前世におけるエンパイアの所有者……ここまで読み込んでいる聡明な読者様ならもうお気づきだろうが、あのガロウズだ。

 あいつがエンパイアの所有者となった際にどうやったのか私達も聞いてはみたんだが……。


「説明が下手すぎて誰もその内容を理解できなかったんだよな」

「最終的に行きつくのが全部「俺様が最強だからだ!」だったからねガロくんの場合」

「バカに理屈は通じん」


 と、この通り誰にもわからない。あのミレイユですら通訳を諦めたほどだからな。


「これは推測でしかないんだが……たぶん精神の中で無理やり始祖龍の魂を抑え込んだのかもしれん。いや本当に無茶苦茶な話なんだけどな」


 理屈とか関係なく、おそらくガロウズならそうしたんじゃないかという身内でしか考えつかない方法だが。


「だが前例があるのなら、我も強靭な精神で始祖龍の魂を撥ね除けることも不可能ではな……」


「うぬぼれるな、あいつはただ規格外だったというだけだ。それに、あのバカと貴様とでは前提が違う」


 そう、前提……すなわち龍族であるかどうか。


「我は神器に触れエルディニクスや他の始祖龍の魂をハッキリ知覚し対話するまでに至ったが、ガロウズにはそれがなかった。つまり龍族とそれ以外では、干渉のされ方が異なるのだ」


 龍族以外がエンパイアをその身に宿せば、荒れ狂う龍の魂が問答無用にその体を蝕み始める。これは魂同士の波長が合わないため始祖龍が深く干渉できず、対話することもできないので仕方なく体を乗っ取ろうとした結果だろう。

 ただ魂への干渉が龍族より弱いといっても始祖龍の魂の侵食に抵抗できる人間などいない……普通はな。


「あんな無茶な従わせ方など奴以外にそうそうできるものでもない。いくら貴様が龍族の中で秀でてるとはいえ、あれに触れればただでは済まない。悪いことは言わぬからやめておけ」


 ドラゴスの忠告を皮切りに誰も言葉を発せずにいた。フローラだけは話の内容が難しく理解しきれてないだけだが、他は内容の重さゆえにといったところだ。

 特にドラゴスから名指しで警告されたアポロの心境はかなり複雑だろうな。


 神器の所有者となることを否定されたあげくに龍皇帝国の真実や始祖龍の存在を聞かされ、今アポロの中では様々な感情が溢れているはずだ。

 ……だが、それでも


「ドラゴス殿、それでも我は……神器“エンパイア”の所有者となることを諦めませぬ」


「それは義務感や使命感ゆえにか? そんなくだらないものに縛られているならばなおさら……」


「いいえ、それは違います。我がエンパイアの所有者となることを選んだ一番の理由は……“龍帝”となることが、我の幼き頃からの夢であるからです」


 確かに、ドラゴスの言うように今のアポロには私と共に世界を救う仲間としての使命を背負っており、一人だけ神器の所有者になれてないという他のメンバーと比べて遅れをとっていることからの義務感も感じているかもしれない。

 だが、アポロにとってはそれも通過点に過ぎないんだ。その原動力の根幹こそが、アポロにとってのなによりの理由であり意思なんだと。


「たとえ歴史上における龍帝という存在が作られた空虚なものだったとしても、我が幼き頃から思い描いていた"理想"はまだ胸の中に熱く滾っております。だからこそ我はかつての龍帝を超えることで、新たな龍帝となってみせましょう」


「……」


 そんなアポロの熱い眼差しと決意を前に、ドラゴスはそれ以上の反論を口にすることはなくただ押し黙っていた。


「あなたの負けね。あんまり維持張らないで、認めてあげなさいよ」


「そうそう、意地悪なパパはカッコ悪いよ」


「むぐ……わかったからあまり我を責めるな。こやつの覚悟はしかと聞かせてもらった。もはや我が反対することはない」


 まったく素直じゃないよな。昔っから本当に負けず嫌いだったのも全然変わってないし。

 まぁそれも嫁(ファラ)と娘(フローラ)の前じゃ素直にならざるを得ないみたいだけど。


 ともかくこれでエンパイアの詳細も伝え終わったし、所有者候補はアポロというのも決定した。

 あとは……。


「ってことでドラゴス、ファラ、お前達にエンパイアの在り処を聞きたいんだが」


「「え?」」


「え?」


 ……あれ、なんだこの「そんなこと聞かれるなんて想像してなかった」みたいな微妙な空気は。


「もしかして……お前らも知らないのか?」


「あれは最終的にガロウズと共に消えわからず仕舞いで終わっただろう。あのバカがどこで最期を迎えたかも聞いておらぬからな」


「その頃はインくんも生きてたし知ってるでしょ。でもそれからガロくんやミレイユちゃんの噂なんて一度も耳にしたことないよ」


 うっそだろ~そりゃないぜとっつぁん……。こいつらなら知ってると思っていたのにあてが外れてしまったぞ。


 まぁだがガロウズの性格を考えればそれも仕方ないか。あいつらは世界神との最後の戦いの後、どこかのんびり暮らせる場所を探してそこに骨を埋めると言い残して私達の下を去ってしまったし。

 しかしガロウズも神器の封印場所くらいは私達の誰かに伝えてくれてもよかっただろう。ミレイユも一緒だったというのに……いや、しっかり者のように思えてあいつも結構適当なとこあったからな。


「しっかしそうなると、またエンパイアの所在に関しては振出しか……」


 マズいな、ただでさえ目撃情報も出にくい非実体型だというのに情報ゼロから探すとなるとどれだけかかるかもわからないぞ。

 このままでは終極神が潜む先の事象までに見つかるかどうか……。


「ねーねーゲンちゃん、探し物をするなら物知りな人に聞いてみるのがいいと思うんだけど、どうかな?」


「いや物知りな人といってもな……」


 まさか茶々を入れるだけだと思っていた意外な方向からそんな賢そうな提案が飛んでくるとは思わなかった。

 ただこの提案はちょっと的外れというか、今まさに物知りそうな二人に聞いて失敗に終わったわけで。


「まてフローラ、お前の言う"物知りな人"というのは……もしやセカのことか?」


 セカ……先ほど工房で聞いた、星夜達が神器回収任務の際に出会ったという"世界樹の意思"とやらだったな。

 星夜の話では、もしかしたら私にも関わりがあるかもしれないということだったが。


「そだよー。ほら、あの時星夜が来るまでの間、セカくんあたしにいろんなこと話してくれたんだ。僕って凄いでしょ、って」


「つまり自慢話か……本当に自意識の強い人間のようなやつだ。だがしもしかしたら、あいつなら知っている可能性はないこともなさそうだな」


「星夜ってば相変わらずセカくんのこと嫌ってるよねー」


 そういやファラとドラゴスが別れるきっかけを作ったようなものなんだっけか? ……ドラゴスにはそのことは言わない方がいいかもな。

 しかし精霊族が好きで龍族が嫌いで、なおかつ世界神とも関わりのある存在か……これはもしかすると。


「それじゃちょっと世界樹と繋がってみるね。よーし……」


「っと、ちと待ってくれフローラ。それ、私も同席させてもらおうじゃないか」


「ほえ? でも世界樹と繋がってるのはあたしだけだからゲンちゃんを連れてくのは無理だよ?」


「いや、たぶん大丈夫だ……私ならな」


 そう言って私は背後に隠していた世界神の枷を出現させる。

 おそらく、そのセカというのは強い事象力を持ち、内側ではなく外側から干渉してきている可能性が高い。

 ならば、今の私の事象力ならば干渉できるはずだ。


「わっ、本当に世界神の顔だ」

「話しには聞いていたがなんとも奇妙な光景だ。あのインフィニティの生まれ変わりが世界神と共にあるなど」


 そういや見せるの初だったな。こいつらにとっては最強最大の敵だったんだから複雑な気分だろう。私も似たようなものだが、そこはまぁ転生補正ってことで。


「フローラが繋がったら私はそれを辿って勝手に入れるだろうから、よろしく頼む」


「オッケー! それじゃいくよー……それ!」


 その瞬間、私はフローラの意識が事象の外側に繋がったのを感じ取り、後を追うようにその流れへと没入していく。

 終極神の潜む事象を探す際に何度も感じたこの感覚……どうやら、私の予想は間違っていなかったようだ。






 そして、たどり着いたのは以前世界神と対峙したあの何もないような空間。

 そこにいたのは……。


「やっほーセカくん、遊びにきたよー。今日は友達も一緒だよ」


『わーいフローラちゃんいらっしゃい。でも友達って誰のこ……ぎゃあああああああアレイストゥリムス様ああああああ!?』


 人の顔見ていきなり叫ばれるの結構傷つくんだが。まぁこいつが驚いたのは私の顔というよりその後ろの世界神の顔っぽいけど。


 しかしこの姿……やはりそうか。ところどころアレイストゥリムスっぽい、っていうか幻影神に近いな。ミニ幻影神だ。

 ただ中身は星夜の語った通り子供っぽいってのは間違いないみたいだな。


『こ、こいつ……僕の貯めこんどいた事象を全部拒否した。あ、ご、ごめんなさい、別に文句があるとかではなくてですね……はい』


 随分下出な態度……ああ、もはや私は世界神と一心同体みたいなもんだからな。こいつの正体を考えればそういう態度にもなるか。


「お前はアレイストゥリムスがもしものために残したアステリムの事象バックアップってとこか」


 いわば世界神の小さな分身。属性を持たない根源精霊って形容するのが一番わかりやすいか。


『そ、そうです……それで、此度はどのようなご用件で?』


「神器“エンパイア”の場所を知っているか? ……いや、お前には始祖龍の魂と言った方が通じるな」


『うげ、あいつらの居場所ですか。でも僕も一度だけ気配を感じたような気がするだけで詳しい場所まではわかんないですよ』


 凄い嫌そうな態度だな。……そうか、根源精霊は始祖龍と衝突し互いに消える存在、言わば最大の天敵だ。

 なるほど、龍は嫌いね……。


「セカ、一つだけ言っておく……ファラとドラゴスの関係をこじらせたことを怒っているのは星夜だけじゃないってことをな」


『ひぃ!? わ、わかりました言います言います! すっごい前の事象であいつら誰かの体から出てどこかに放り込まれたみたいなんです』


「そのどこかというのは?」


『暑いとこです。……そういえば、その時期から少しずつですが火のやつと水のやつが変わったような気がするんですよ』


 火のやつと水のやつ? ……火の根源精霊と水の根源精霊のことか!

 そうだ! そういえばなぜ火の根源精霊が前世で施した封印を半分だけ破っているのか未だに不明だったが、まさかエンパイアが関係してたのか!?

 そして火の根源精霊が徐々に活発になったせいで水の根源精霊が対応せざるを得なかった、その影響でアクラスのような存在が生まれたとすれば!


『えーっと……お役に立てたでしょうか?』


「ああ! おそらくこれが正解だ! よし、そうとわかれば早速みんなのところへ戻るぞフローラ!」


「あいあいさー!」


『え、フローラちゃんはもうちょっとゆっくりしてっても……』


 善は急げだ! さっさと戻るぜいえーい!






「というわけで、おそらくエンパイアは火の根源精霊……“炎神”に何かしらの影響を与えているとみた」


 戻ってきて早速セカから聞いた話を伝えると、それぞれどこか納得という表情に変わっていく。


「また根源精霊かー……面倒だよねあれ」


「まったくガロウズのバカめ、なんてことをしてくれるのだ……」


 前世の仲間組はその厄介さを理解してるがゆえにその重大さに頭を抱えていた。まぁ半分はガロウズのやらかしによるものだが。


「しかし、やはり七神皇の大部分が神器に関わっていたということだな」


「えっへん、それもあたしのナイスアイディアがあったからわかったことだよ、褒めて褒めて」


「ああ、今回ばかりはお手柄だフローラ」


 さて、とにかく確定はしていないものの捜索範囲はかなり範囲は狭めることができた。

 あとはどうやって探すかだが……。


「盟友よ、此度の神器捜索に当たって一つ提案があるのだが」


 お、フローラに続いて今度はアポロが名乗り出てきたか。今回はまさかまさかの連続だな。


「何かいい案があるのか?」


「案というわけではないのが……もしかしたら、何かヒントを得られる矢もしれぬ場所に心当たりがある」


「本当か!」


「そういうのアポロが知ってるって意外ね。あんまり外の世界のこと知らなかったのに」


「うむ、だからこそだ。我の言う心当たりとは……我が故郷、『龍壁の里』なのだから」


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