279話 最後の神器と始祖の龍
「盟友よ、それが本当に……最後の神器の名だというのか」
「ああ、本当だ」
その名を聞き、アポロが浮かべた表情は驚きというよりも困惑だ。
まぁそれも当然だろう、なぜならその名は龍族にとっては特別な……目の前にいる人物が持つ家名と同じものだったのだから。
「驚くのも無理はなかろう。あんなもの、我以外の龍族に伝えて良いものではない」
「ドラゴス……気持ちはわかるけどここまで来たらアポロさんにも知る権利はあると思う」
「それは我も理解している。だがこやつの夢は龍皇帝国の復権であろう。そんな者にあれを触れさせるのは……あまりにも残酷だ」
ドラゴスの言葉の意味を理解できない私とファラ以外の仲間は何のことかサッパリといった風に疑問を浮かべているが、理由を知る私達にとってはその言葉の重さが理解できる。
私も最初はアポロをあの神器の所有者にさせるつもりなんてまったくなかった。
だが一つ、また一つと運命に導かれるかのように英雄達へとそれぞれの神器が受け継がれ、最後にこの組み合わせが残ったことは何か意味のあることだと私は考えている。
「なんでそんな難しい顔してんのムゲン? その神器ってそんなにヤバいものなの?」
「ん~……確かにヤバいことには違いないんだが。そもそもあの神器だけは他と違って中身が特殊なんだ」
特殊という意味で言えば私のケルケイオンも他の神器とはまるで違う製造方法と素材だが、エンパイアはまた別の意味で特殊だ。
「そうだな……まずは場所を移そうぜ。ちょっと長い話になるだろうからな」
いつまでも道の真ん中でこんな集団がわちゃわちゃしてても邪魔だろうし、ここはゆっくりと話せる場所に移動するとしよう。
話を聞くメンバーは……まぁここにいる者だけでいいだろう。
場所を移し私達がやって来たのは城の中にある大きな庭園だ。パーティー会場としても使われるここはゆうに百人は余裕で入れる広さではあるが……。
「おっきな龍族が二人もいると流石に狭く感じるな」
「ワウ(普通は龍族が入ることなんて想定して作られてねーっすから)」
それはそうだが、問題はドラゴスがかたくなに人化しないことだ。今更この時代の人間のために合わせて生活する気はないとのこと。
ファラとは仲直りするが考え方すべてが変わったわけではない……って言って聞かねーし。
「はぁ……こういう人だってわかってるけどね。まったく頑固なんだから」
「あたしはどんな姿でもパパが大好きだよ!」
「この子もこの子でこんな調子だし……」
まぁ細かいことでいちいち言い争っても話が進まないだけだしな。この城の家主であるディーオが味方で本当に助かったぜ。
「えっと……ファラさん。その気持ちよくわかります」
「ありがとねミネルヴァさん。龍族を夫に持つ変わり者なんてあたしぐらいなもんだと思ってたから、共感してくれる人がいてくれて嬉しいわ」
こっちはこっちでなにやら妙な親近感も生まれてるようだ。
それというのもかたくなに龍の姿でいるドラゴスに合わせるようにアポロも私の話をそのままの姿で聞こうと人化せずにいるのだ。
いやまぁ私としては別にそれでもかまわんのだが。嫁さん二人は苦労してそうだな。
とまぁそれは置いといて、嫁さんではないが私のヒロインのことなんだが……セフィラだけ姿が見えない。
「なぁ、そういやいつの間にかセフィラがいないんだが、あいつどこ行ったんだ?」
「あの子なら「あの場所で堅苦しい話するだけじゃ退屈だろうからお茶とお菓子でも作って持ってくるわ!」って言って厨房に向かいましたよ」
あいつ絶対面倒くさい話を聞いてたくないだけだろ。いやまぁ別にセフィラにとっては重要な話じゃないからいなくてもいいけどさ。
「それで盟友よ、そろそろ話してくれないだろうか……その神器の秘密とやらを」
そうだな、もったいぶってても仕方ないし、セフィラがお茶菓子作ってくるまでに重苦しい話は終わらせておくとしよう。
「まず最初に、エンパイアは非実体型の神器だ」
「非実体……それはつまり、ムルムスルングのようにエネルギー体ということか?」
「流石星夜、理解が早い。ケルケイオン以外の六種類の神器は主に、『固定型』『不定型』『非実体型』の三種類に分類できる」
『固定型』は使用時に一定の形を保ち、その形を基本として扱うものを指す。ステュルヴァノフ、リ・ヴァルクがそれに当たる。
『不定型』は定まった形を持たず、その形は使用者によってどんなものにも変化する。アーリュスワイズ、テルスマグニアのようなものを指す。
最後に『非実体型』だが、ここまで言えばわかると思うが残りの二つがそうだ。ムルムスルングのように粒子体だったり、完全なエネルギーそのもの……というのが特徴だ。
「つまりその最後の神器ってやつも実体がないから今まで見つからなかった……ということか?」
「そそ、だからどこにどういう状態になってるか私にもまったく見当もつかないのが困ってるとこなんだよ」
文字通り影も形もつかめないってやつだ。加えてこれまでの旅路でエンパイアらしき力が使われた痕跡を見かけることも感じることも一切なかった。
……まぁあれを使える人間なんて相当限られてはいるだろうが。
「それで? その神器が目に見えないものだってのはわかったわ。けど今の問題は、それが龍族とどんな関係があるのかってことじゃないの?」
っとそうだったな、前提として神器の性質について話すのは必要だったが、ちょっと脱線しかかってしまった。
というか星夜とミネルヴァがいると話がサクサク進むな。やっぱ優秀だわこの二人。
「教えてくれ盟友よ、なぜ我がその神器を持つことが危険なのだ」
「そうだな……まず、ケルケイオン以外の神器が世界神の身体から抜き取った力を加工したものだというのは説明したな」
「それは英雄メンバーが全員揃っている時に聞かされたな。世界神による世界の"理"を操る力を人にも扱えるようにしたものだと」
その通りだ。世界を形成する力やその法則、万物を動かすエネルギー、創造の力、それらを人間が扱うことで前世では世界神を抑え込むことができた。
だが今の私には、その抜き出した力が世界神の事象力の塊だったのだと理解できる。
ただ……。
「エンパイアだけは、純粋な世界神の事象力とは異なるものなんだ。正確に表現するなら……世界神の中に眠っていた事象力を持つ魂、ってとこか」
「魂……ですか」
魂という単語を耳にして私にだけ聞こえるくらいの声でクリファが呟く。……そうか、クリファも以前は自身の中に眠る女神の魂に苦しめられていた。それを思い出したのかもしれない。
確かに、世界神も終極神も同じ事象の管理者であり、そこから引き出された魂という点では似ている部分があるな。
「その魂とは、この世界の始まりと共に生まれた七体の始祖の龍族……それらの集合体だ」
「始祖の……龍族だと?」
聞き覚えのないワードに困惑するアポロだが無理もない。その存在に行きついたのは前世の仲間でも数名だけだったのだから。
「ちょっと待って、龍族のアポロが知らないってそうとうなことよ。だってアポロは自分の里に伝えられてきた龍族の歴史や伝説なら呆れるほど暗記して毎日のように話すくらいだから」
「う、うむ……そうだが、我が里でも一番の知識を持っていた曾祖父様からそのような名称を持つ龍族の話など聞いたこともない」
「ふんっ、真実を知ろうともせず目を背け世界から逃げ籠ったヘタレな龍族どもなどが知るわけもなかろう。龍皇帝国に眠っていた真相をな」
アポロが自分が生まれ育った里について語ると、今まで黙っていたドラゴスが口を開くが、そこから出てくる言葉は同族だというのに彼らを貶すような言葉ばかりだった。
まぁ、私やファラにはその理由がわからんでもないが。
「ちょっとドラゴス、アポロさんの前であんまりそういう風に言うのは……」
「悪いが、これだけは譲れん。我は奴らに恨みしかないのだからな」
まったく、少しは丸くなったと思えばやっぱ全然変わってないな。
そりゃお互いに悪いところがあったファラだからこそドラゴスも自分の非を認めて仲直りできたみたいなもんだし。それよりずっと深い恨みが関係してる龍族同士の問題じゃこうもなるか。
「ごめんねアポロさん。この人ったら昔のことをいつまでも引きずっちゃってるから」
「あれ? もしかしてパパって他の龍族の人と仲良くないの? ダメだよーアポロっちと仲良くしなきゃ」
「む、むぐ……フローラ、これには大人の事情というものがあるんだ。だがまぁ、狭い視野に囚われず外へと飛び出したという点においてはそやつのことは少しだけ評価している。他のやつらよりはマシという程度ではあるがな」
「もーパパってばやっぱり素直じゃないんだからー」
「お、お前までファラのようなことを言うな」
流石のドラゴスも娘に押されると弱いな。こういった姿は前世でも見られなかったのでなかなか新鮮だ。
というか大人の事情ってドラゴスのやつ……あれはお前がめっちゃガキの頃からの因縁だろうが。
「わ、我を評価していただけるのは大変嬉しくあるのだが……どういうことだ? 盟友の言う『始祖の龍』と『龍皇帝国』にはどのような繋がりがあるというのですか!」
「まぁまぁ落ち着けアポロ。それはこれから私が説明する」
いつもおおらかでなんでも笑って済ますようなアポロがいつになく焦っている。話題が話題なせいでしょうがないとは思うが……。
そろそろ……すべてを話すとしようか。
「私達は前世において世界神の存在を確信した際、同時にこの世界の成り立ちについて知ることとなった」
それは世界神がマナで固定した空間に時の流れが生まれ、同時に七体の根源精霊を産みだすことでそれらが世界の中心へ向かい固まったものがこの星という仕組みだ。
だが、それと同時に産まれたものがある。
「七属性の根源精霊に共鳴するように生まれる強大な存在。それが七属性の『始祖龍』だ」
「もしかして、それが龍族の祖先ってことかしら?」
「その通りだが、それだけじゃない……。始祖龍は、精霊族を除くこの世界で生まれた種族すべての起源だ」
その衝撃の事実に何も言えずただ固まってしまうアポロとミネルヴァ。他の面々は……まぁもともと知ってたり別世界の人間だしな、一番驚くのはやっぱこの二人だ。これを最初に知った時は私も驚いたもんだ。
ただ精霊族だけは大昔のエルフ族が根源精霊を人工的に作ろうとしたところ、人間の要素を組み込んでしまったせいで生まれた特異な種族のため逆に始祖龍との関りは薄い。
「根源精霊はその力で自然を作るが、その力は止まることを知らずに永遠に世界を広げようとする。それを止めるために始祖龍が根源精霊と衝突し、互いの力が尽きることで世界が安定する仕組みになっている」
力を失った根源精霊は自身が産みだした自然と一つとなり、始祖龍はその命を落とす。
「その始祖龍の死の間際、大地に生まれる生命のカケラがやがてこの世界に生きる人間へと進化していく。これが、世界の成り立ち……のはずだったんだけどな」
「違うの?」
世界神は何度もリセットを繰り返し事象力を高めている。そのたびに同じように根源精霊と始祖龍を使った世界創世を行っているのが前世でたどり着いた研究結果なのだが……。
「実は私達が今生きているこの世界は、その創世に若干ズレが生じたものなんだ。そのせいで、本来生まれるはずのない種族が生まれてしまっている」
「それが精霊族……ということか?」
「いいや……正確には、龍族と精霊族の二種類だ。この世界には本来なら人族のような人型の種族のみが繁栄するはずだったんだよ」
そもそもこの世界に生きる龍族と精霊族以外の種族はそれぞれが始祖龍の部分的な特徴を受け継いで生まれた存在だ。
本来なら世界創世の段階で種族としての"龍"という存在は消えるはずのもの。しかし……。
「ならばなぜ我ら龍族がこうして繁栄している? 本来存在しないはずの我らの起源とは……」
「それは、根源精霊との衝突の際に生き残った始祖龍がいたからだ」
「それも一体だけではない。“邪炎龍”エルディニクス、“雷鳴龍”アルカディス……この雌雄の龍が世界に残ったことで、子が繁殖し繫栄した。これが我ら龍族の起源だ」
だからこそ龍族はこの世界で生まれたどんな種族よりも強靭な肉体を持ち、優れている。
「生き残り自由を得たエルディニクスは……欲望の塊だった。比較的大人しかったアルカディスと違い、まるで世界は自分のものだというように飛び回り、その力を振るった。だがやがて他の種族が繫栄し、それぞれの地でその勢力を拡大していくと、エルディニクスは対抗して自らの国を立ち上げた」
「まさか……その国というのが」
「それこそが『龍皇帝国』……自らの領域が他種族に侵されることに我慢ならなかった一体の龍が、世界は己のものだと主張するためのくだらん手段だ。その帝国建国の際にその龍が名乗った名こそがエルディニクス・エンパイア、“龍帝”の始まりだ」
それからというものの、エルディニクスはアルカディスと子を増やし、その子がまた子を産みやがて龍族の帝国は繫栄し、恐れられた。
その圧倒的な力は他国を蹂躙し、ゆっくりじっくりとまるで支配領域が増えるのを楽しむかのように何年もかけてその勢力を伸ばし続けた。
「し、しかし……それでも龍皇帝国が龍族に繁栄をもたらしたのは事実ではないですか」
「……我もそう信じていた。歴代の龍帝がエルディニクスのいいなりに動くただの傀儡だという真実を知るまではな。当然我が父もその一人だった」
「な!? どういうことですか! 龍皇帝国は一万年以上の歴史があるにせよその中で龍帝は何代も世代交代をしてきたはず! いくら寿命の長い龍族といえどなぜ初代龍帝があなたの代に現れるのです!?」
「確かにお前達龍族は二、三千年は生きる長命種だ。だが前提が違う、エルディニクスら始祖龍にはそもそも寿命がないんだ」
始祖龍は根源精霊の永遠に広がり続けるエネルギーを止めるための存在。つまり、始祖龍にも似たようなエネルギー機関が存在するということだ。
エルディニクスはそれを利用し、龍帝としての立場を代々受け継がせつつも実質的な支配権を自分のものとしていた。
「龍族の繁栄と言えば聞こえはいいが……すべては初代龍帝が世界の頂点に君臨するための体のいい道具としてしか見られていなかったのだ。龍皇帝国が滅ぶまで、龍族に真の自由など存在しなかったのだ」
龍族という存在は、龍帝エルディニクスが他種族を蹂躙し、世界を統べた種族の頂点であると知らしめるための道具として扱われていたようなものだった。
他種族を下に見るというのは今の女神政権と同じようにも思えるが、すべてが個人のエゴによって行われた分こちらの方がよりたちが悪い。
「龍皇帝国が滅んだのはその支配を逃れるために多くの種族が協力したことにあるが、実は他種族に協力を仰いだ張本人はアルカディスだったんだ」
アルカディスは龍皇帝国に支配される世界を嘆いていた。エルディニクスに半ば強引に子を産まされ、悠久の時の中我が子やその子孫に蹂躙されていく世界を見続けることに耐え兼ね、ついに彼女は決断したのだ……自らの手で誤った世界を正そうと。
「それにより内部と外部から龍皇帝国は崩され、暗躍していたエルディニクスはアルカディスの決死の一撃により……互いにその命を落とすこととなった」
「それが、龍皇帝国滅亡の真実……だというのか」
「貴様の一族は龍族の犯した罪だのなんだのとどこかに引っ込んだようだが、そんなものはとんだ思い違いだ。アルカディスは龍族の真の自由を望んでいたというのに、これでは浮かばれん」
だからこそドラゴスは龍帝の末裔として見捨てられ置いていかれたことも含めて隠れた龍族のことをこんなにも嫌うようになってしまったわけなんだが。
ファラと喧嘩別れして山にこもったお前も似たようなもんだぞ……って言うとまたこじれるのでやめとこう。ファラもやれやれといった様子で私と同じ考えのようだし。
「しかし、なぜ限はそこまで詳しい? 今までの話を聞く限りでは、帝国が滅んだ時代ではそこの龍神もまだ幼く、限も当事者だったというわけではないだろう。いったい、どうやって何万年も前から続く歴史を知ったというんだ」
星夜の疑問にアポロ達もハッと気づいた様子だ。確かに直接見てきたわけでもないのに私達は時代の流れや暗躍していた初代龍帝について異様に詳しい。
だがそれにも、ちゃんとした理由がある。
「それはな……当事者に直接聞いたからさ」
「だ、だが盟友よ、それこそ当事者となると話に出てきた始祖龍しかいないのではないか? しかしその者らは相打ちで命を落としているのだぞ」
その通り、始祖龍の生まれから龍皇帝国滅亡までの長い長いフローチャートをここまで詳しく知るにはそれこそその時代を生きた始祖龍達から聞くでもしないかぎりわからない。
それを可能にしたのが……。
「そこで、神器の存在に繋がってゆくのだ」
「神器……」
「ああ、神器“エンパイア”。あれは世界神の下へ還った七体の始祖龍の魂をエネルギー体として抜き出したもの……そう、エルディニクス、アルカディスを含めてな」
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