278話 いつか夢見た日


 ……この場にいる誰も、言葉を発せられずにいた。

 仲間達やヴォリンレクスの兵はその圧倒的な存在の登場に驚いてのことだが、私とファラ……そして目の前に現れたドラゴスの三人だけは違う。

 積もる話が多すぎて何から話せばいいのかわからないのだ。一人ずつ対面するならまだしも、こうして三人同時に居合わせるなどそれこそ2000年以来のことなのだから。


 だが、そんな沈黙を最初に破ったのは私達三人の誰でもなく……。


「お、ムゲンじゃねえか。あっちはセイヤもいんな。っつーことは、やっぱ俺らが最後かよ。まったくジイさんにつかまってなきゃこんな遅れることもなかったのに……てかなんでこんなぞろぞろ集まってみんな無言なんだ?」


 硬直しているドラゴスの背からひょっこりと乗り出して周囲の反応も気にせずいつもの調子で喋るお気楽な亜人……カロフの登場により張りつめていた空気が微妙に和らいだのか周囲の兵達も冷静さを取り戻していく。


「カロフ、突然空から龍が現れたら普通みんな驚くよ……ううっ」


「あ、そりゃそうか。つか大丈夫かよリィナ」


「そう思うなら早く降ろしてあげなさいな。軽い酔い程度ではありますけど念のためそこの兵士に医務室まで連れてってもらえばいいですわ」


 ここまでドラゴスに乗って飛んできたのか。確かにこいつは誰かを乗せることを前提としてないような飛び方するから慣れないと辛いだろうな。


「よっと、いろいろと報告しなきゃなんねーと思うんだがリィナがこの状態だとどう説明したもんか」


「無理しなくていいぞ。お前らは、そうだな……医務室でディーオ達と一緒に情報共有してくれればいい。こっちは……あいつに話を聞けばいいだけだからな」


 私が未だ困惑しているドラゴスの方をチラ見してそう言うと、カロフも納得したような表情に変わり。


「それもそうだな。そんじゃ、あとは任せたぜ」


「うむ、カロフ達のことは万事余らに任せるがよい」


 まぁ話をまとめるのはディーオよりもサロマに期待というところだが。あのメンバーなら上手くやれるだろ。


 さて、問題は旧友達(こっち)だが……。


「……あー……その、だな」


「……なによ」


 こりゃお互いに気まずい雰囲気だな。

 ファラはもともとドラゴスと話をつけるつもりではあったが、まさかこんな急な再会は流石に予想してなかったろう。

 ドラゴスも、あれほど山から出ることを拒んでいたというのにこうしてここまでやって来たのは、ただ単にカロフ達を連れてくるためだけではないはずだ。

 おそらくはお互いに、再会を望んではいたんだろうが……。


「ぐ……ぬぬ……。なぜ我から出向いてやろうと考えてやっていたというのにこんなところに滞在しているんだお前は! まったくいつもいつも我の予想せぬことばかりする奴だ」


「はぁ!? あなたこそいっつも勝手なことばっかりするじゃない! それでも今回はわざわざあたしからここまでやって来てあげたのに!」


 お互い予定から大幅に外れてしまったがためにこうして素直になれず言い争いをはじめる始末だ。

 ま、こんな光景も私にとっては前世で飽きるほど見てきたものだが。


「おい、いいのか限?」


「ん~……私の知らない間にあいつらの関係にどれほど変化があったかはわからんが、まぁ根っこの部分は変わってなさそうだししばらくさせたいようにさせておけば……」


「そっちじゃない。オレが聞きたいのはフローラを止めなくてもいいのかということだ」


 なんだと? っておいおい、よく見たらなんだかポーっとしてるフローラが未だ口喧嘩してる二人の方へフラフラと近づいてるじゃないか。


「いや星夜の方こそ止めなくていいのかよ」


「オレには止める理由などない。あの状態の二人の間に入ることが危険だと言うのなら全力で止めに入りはするが」


 そりゃ星夜としてはフローラが父親と再会させることに積極的だったしそうなるよな。

 ただ今の二人が言い争ってる中に飛び込ませてもいいのかというと……。


「そうだな……ここは、見守ってみよう」


 確かに私はあいつらの親代わりとも呼べるほど深い間柄だ。だがこれはあいつら三人の……家族の問題だ。


「パパ……なの?」


「だいたいお前はいつ……も……」


 もはや周囲の雑音も聞こえなさそうなほどの大声で言い争っていたというのに、その声だけはしっかりと耳に届いたようだ。荒げていた声もピタリと止め、その声が聞こえた方へとゆっくり視線を落としていく。


 それは、幾年もの時を経て果たされる父と娘の運命の再会。


「フローラ……なのか?」


「パパ……やっぱりパパだ! そうだよね! そうに決まってるもん!」


 もはや確かめるまでもなくフローラはそう断定しその巨体に向かって飛びついていく。


「お、おい、そんないきなり……」


「パパ……やっと会えた……」


 突然のことでドラゴスも驚き困惑するが、その小さな体で自分を抱きしめようとするフローラの姿に何も言えなくなってしまう。


「なんだか、言い争うのも馬鹿らしいわね」


 そんな二人を眺めていたファラも先ほどまでの怒りなどはじめからなかったかのように肩を落とし、穏やかな表情でドラゴスとフローラを見つめていた。


「ねぇパパ」


「ん……? ああ、わ、我のことか」


 呼ばれ慣れない呼び名に一瞬反応が遅れるが、すぐに自分のことだと気づきフローラへと視線を向ける。

 そりゃそうだよな、フローラの自我が確立する前にドラゴスは出ていったって話だったし。

 それでもやっぱり、たとえ証明するものがなくてもフローラが自分の"娘"なんだとドラゴスは心で理解しているんだな。


「パパ、お願い。ママと……仲直りして」


「それは……」


「あたしには、どっちが悪いとか別れた理由とか全然わかんないけど……だけど、あたしはママともパパともずっと一緒にいたいの。だから……お願い」


 確かに、フローラには二人が何を思いどれだけの苦悩の末に別れることを選んだのかなど理解できないだろう。

 だがそれでも、フローラは望んだ……それが二人にとって辛い選択になる可能性を知っていてなお、三人で幸せになる未来を。


 そんな娘の切なる願いを前に、親であるドラゴスとファラの二人は顔を見合わせ……。


「ファラ……済まなかった。我が出ていってしまったばかりにお前達に辛い目を合わせてしまったのだな……」


「ううん、あなたの気持ちをないがしろにしてた。その結果この子にに寂しい想いをさせてしまったのは事実」


「我らは……やり直せるだろうか」


「あたしは、できるって信じてる。まぁ、あなたがこの先も素直になってくれるなら確実でしょうけど」


「む、それはお前にも言えることだろう」


「もー! パパもママも仲直りしてすぐにケンカしないでよー! 今度ケンカしたらあたしが二人を叱っちゃうんだからね!」


 そうフローラが頬をプクリと膨らませながら可愛く怒ると、そんな娘の微笑ましい姿に二人も笑みがこぼれ楽しそうに笑い出す。


「ほえ? なんでパパもママもあたしを見て笑ってるの? ……でもいっか! なんだかあたしも楽しいし!」


 その光景は、いつかフローラが夢見た情景そのものだった。


「ようやく、フローラをこの場所まで連れてくることができたんだな」


「だな。星夜はどうだ? フローラが家族と出会えて、お前も何か変わったか」


「どうだろうな……だが、今回の任務とフローラの今の姿を見て、オレの求めていた答えは得られたのかもしれない」


 そうか、それはきっと星夜本人にしかわからない答えなんだろうな。


 さて、晴れてあいつら三人の家族のわだかまりが消えたのはとても喜ばしいことだ。

 喜ばしいが……その前にあいつらは一つ、大事なことを忘れている。


「いやーよかったなフローラ、突然のことではあったけどこうしてドラゴスと出会えて」


「うん! ゲンちゃんもいろいろとありがとね、感謝感謝だよ」


「うんうん、家族仲睦まじいのはいいことだ……が、ドラゴス、ファラ、お前らは先に私に伝えないといけないことがあるんじゃないか?」


「ぬ……」

「それは……」


「まだ幼いお前らを子供の頃から面倒見てやったっていうのに私は未だにお前らからなんの報告も聞かされてないんだよな。なぁ?」


 確かに今までは二人の間にもわだかまりがあり、言いづらかったのは認めよう。

 だが私は幼少の頃から一人前になるまで成長を見守っていた、言わば二人の親代わりといってもいい存在だ。

 そんな立場だというのに、私はこいつらと再会した際にその関係性について何一つ聞かされていない。どちらかも、一言もだ。


 そんな私の心情を察してか、二人とも申し訳なさそうにしているが、この件に関してだけは手を緩めてやるつもりは毛頭ない。


「はい、二人とも正座して」


「う、うむ……」

「はい……」


 私の圧に押されてドラゴスもファラも抱えていたフローラを降ろしそそくさと正座の体勢に移る。

 龍の巨体と神秘的な精霊がこうして並んでる姿はなかなかにシュールだ。しかもそれがまだ成人もしていない少年の圧に負けてという状況なのだから、常人から見ればなおさら目を疑う光景だろう。


「その……だな。わ、我ら、-魔法神-インフィニティが片腕、龍族代表ドラゴニクス・アウロラ・エンパイアと」


「精霊族代表ルファラ・ディーヴァ両名、婚姻の契りを交わしたことをここにご報告いたします」


「はいよろしい。……というかさ、お前らも最初からそんな気負う必要なかったんだよ。そりゃ前の時代で私はお前達は兄妹みたいだと思っていたし、結婚したってのに別居して私に言いづらかったのもわかる。……でもな、それを聞いたとしても私は最初にお前達を祝福していたよ」


「インくん……そうだよね。今も昔もあたし達のことを一番に考えてくれてたのはインくんなのに、もうあたし達とは関係ないんだって……拒んじゃった」


「我もだ……我々はもはやお前の手を離れたのだからこちらの事情に巻き込む必要はないと……」


「まったく、結婚しようが何年歳を食おうが、私からしてみればお前らはまだまだ手のかかる子供だよ」


 おっと、今の発言はちょっとじじくさかったかね。でもこいつらと話しているとなんだかあの頃に戻ったような気がして、つい転生した身なのを忘れそうになるな。


「おー、なんだかゲンちゃんパパとママのお父さんみたい……あれ? ってことはゲンちゃんがあたしのおじいちゃんになるの!?」


「なるほど、だったらあたしがフローラのおばあちゃんね! よーしフローラ、おばあちゃんにうんと甘えてもいいのよ!」


「わーいおばあちゃんだー!」


「いやそうはならんからちょっと落ち着けそこのお気楽さんどもめ」


 さっきから想像が飛躍しすぎなんだって。あくまで精神的な話であって、転生したこの身としてはこいつらの家族の中に割って入る気なんてさらさらないんだっての。


「というかセフィラもおばあちゃんでいいのかよ」


「ん~、あんまそういうのは気にしないかな。たとえどんな立場でも、あたしの美しさと神聖さがなくなるわけじゃないもの!」


「さっすが……そういう前向きなとこは素直に感心するよ」


「わたしも、セフィラの発言とは違いますがそういったものは気にしませんよ。わたしがわたしという存在であることに立場は関係ありませんから」


 年齢を超越した女神様方にとっては、実年齢より若く見られたい、なんていう当たり前のような悩みもないんだな。


 ま、とにかくこれでドラゴスとファラにおけるわだかまりや問題が本当にすべて解決したということだ。

 ……そうだ、せっかく前世の仲間が二人も揃ってるんだ、ここは早いうちに聞くべきことを聞いておいた方がいいな。


「なぁドラゴス、ファラ、お前達に神器のことで聞きたいことがあるんだが」


「神器か? そうかこの気配……すでに六つまで揃っているようだな。しかもすでに使い手も揃っていると」


「ああ、そこまではいいんだがな……」



「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? ま、ま、ま……まさかそこにおられるのはあああああああああああ!??」



 って大事な話を始めた途端にこれだよ。

 工房の方面から聞こえたこの咆哮のように大きな声はもう誰か言わないでもわかるだろう。


 遠くでチカりと小さく光ったと思えば高速で飛んでくる巨体はもちろん……。


「お初にお目にかかる! わ、わ、わ、我はアポロニクス・タキオン・ギャラクシアと申す者であります! もしや、もしやあなたがかの有名な伝説の龍族、ドラゴニクス・アウロラ・エンパイアその人であらせまれますでしょうか!?」


「お、おお……確かにそうだが。赤き鱗の龍族ということは、貴様が龍皇帝国を再建しようとしている物好きな龍族ということか」


「な、なんとぉ! まさか我のお噂が貴殿のお耳にまで届いていたとはなんと光栄なことでありましょうか! まずは、まずは握手をお願いしまするぅ!」


「いや噂を聞いていたというよりカロフの小僧から話を聞いていただけ……ええいっ勢いよく手を振りすぎだ! 常人なら腕がちぎれてるぞ!」


「アハハー! アポロっちすっごく嬉しそうだねー。やっぱりパパって有名人なんだー」


 予想よりも大人しかったフローラに比べてアポロは予想通り……いややっぱ予想より大幅に興奮してんな。


「あればっかりは、流石のわたしでも止めらんないわ」


「おおミネルヴァ、装置は大丈夫なのか」


「ええ、準備に時間がかかるらしいからドワーフ族の人達に任せてこっちに来たんだけど……あれがアポロが憧れてた龍族なのね」


 ミネルヴァはいつも苦労してんな。まぁいくつか私が関わってる部分もあるんで少々申し訳なくはあるが。

 しかしこのタイミングでアポロがやって来たのはちょうどいいと言えなくもないか。


「む? インフィニティよ、カロフの小僧の話ではお前が選りすぐった六名を新たな神器の所有者と定めると聞いていたが……こやつはまだのようだな」


「むむっ! お恥ずかしい話であります! 他の英雄メンバーはすでに神器の所有者となり盟友と共に世界の危機に立ち向かう準備を着実に進めているというのに我だけがまだその領域に追いつけておりませぬ。ですがご安心を! 我も盟友の導きの下、必ずや神器の所有者となり“龍帝”の名に恥じぬ」


「インフィニティ、こやつを"あの神器"の所有者に据えるのは無謀だぞ。他の者に任せるべきだ」


「活躍……を?」


 意気揚々と語っていたアポロだが、そんな意気込みを全否定するようなドラゴスの発言に驚いてその場で固まってしまう。

 なぜドラゴスはアポロが神器の所有者になることを否定するのか。……それは、"その神器"の詳細を知っている者にしか理解できない理由がある。


「そっか、今揃ってるのはインくんのケルケイオンをはじめに、アーリュスワイズ、ステュルヴァノフ、テルスマグニア、リ・ヴァルク、ムルムスルングの六つ。ってことは、あれが残ってるんだ……」


 そう、そしてこの二人に聞きたい情報こそがまさにそれに関わるもの。

 ここに至るまで一切の情報が得られなかった最後の一カケラ。


「改めてお前達に聞きたい……最後の神器“エンパイア”の所在を」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る