273話 怒りの矛先


「貴様こそがすべての元凶! ワシをこの世界に連れてきたのも、女神政権という巨悪を生み出したのもすべての原因は貴様にある……女神!」


 天空神……いや『勇者ノゾム』がその事実に気づいた瞬間から攻撃態勢に移るのは早かった。

 その証拠に奴の周囲の地面からは黒い泥のようなものが湧きだしては宙に浮き球体へと変化していく。


「師匠! なんですかあの無数の『重力球(グラビティボール)』みたいなものは!?」


「あれがテルスマグニアだ! レオン! あれの防御には私とお前の重力魔術が必要不可欠になる! 壁を破った時のように私に息を合わせろ!」


 あれの重力波に捕まったら最後、押し潰されて跡形もなくなるまで圧縮されてしまうだろう。

 魔力の波動を捉えてもどこを狙っているのかがわかりづらいのが重力魔術の厄介なところだが……今奴が狙ってるのは間違いなく。


「潰れろ!」


「させるかっ! 『重力中和領域(グラヴィティコントラクト)』!」


パァン!


「きゃ!?」


 ノゾムが放った重力波は的確にセフィラを狙い襲い掛かるが、私の放った魔術にレオンの補助を加えた防御領域によって弾かれる。

 やはり島を浮遊させるために多くの力を削っている影響か私達でも対処可能だ。ただこの威力……どうも力を割いているのはそれだけじゃなさそうだな。


「防がれた……か。どうやら予想以上に神器のことについて詳しいようだな」


「ま、製作者だからな。適合者にしか知り得ないこと以外は何でも知ってるよ」


「製作者? ならば、これを手にした時に聞こえた声はまさか貴様が……?」


「……なるほどね。それ多分、私の一番厄介な協力者の最悪な置き土産だよ」


 やっぱメリクリウスの仕業だったか。あいつに封印を頼んだ神器は三つ、ステュルヴァノフ、アーリュスワイズ、そしてテルスマグニアだ。

 前二つが勝手に使われてるから嫌な予感はしてたけどな。まさか所持者が『勇者』だったことには流石の私も度肝を抜かれた。


「ね、ねぇムゲンどうなってんの!? これって一体どういう状況なの!?」


「まさかの天空神の正体が、500年前の勇者ノゾムだったって話だよ。というか、セフィラこそなんか心当たりないのかよ」


「ないない! だってその勇者は魔王を倒したらどっか旅に出ちゃったって報告された後は何の音沙汰もなかったから……」


 ああそうだった、そういやセフィラは私と出会うまではずっと神殿に籠りっぱなしの超エリートニートだった。

 聞かされた報告だって何一つ疑いもせず信じ切ってたんだろう。


「というかお前がそれで納得したって意外だな」


 星夜やケントの時は散々女神政権を動員して探させたり、犬に至っては自分から動くことまでしたセフィラが旅に出たことを大人しく許していたってのは驚きだ。


「ま、まぁ魔王を倒してくれたし、その辺は自由にやってもらってもいいかなって。あとは他の人を呼べばいっか……ってことで放っておいたんだけど」


 適当だなおい。……でも終極神としてはそちらの方が都合がいいのか、新魔族を根絶やしにしてしまえばそれこそ戦いが続くことはなくなるだろうし。

 あの頃のセフィラには"戦わせる意思"は存在しても"決着はつけさせない"というギリギリのラインを維持するよう意図されていたみたいだからな。


「ワシを自由にだと? 嘘をつくな! 魔王を討った後も女神政権はワシを傀儡として扱い戦いを強要しようとした。人族以外を根絶やしにするために……それが貴様らの狙いだっただろう!」


「ええっ!? そんな話知らないってば!?」


「待ってくれ! その件については本当にセフィラは何も知らないんだ。確かにほっぽっておいたセフィラにも責任はあると思うが……」


「黙れ! 理由はどうあれそいつがワシを絶望に落とすきっかけを作ったのは事実。ここで確実に消えてもらう!」


 くっそ、聞く耳持たずか! また重力波をこちらに飛ばしてきた。それも今度は一点集中じゃなく各所にちりばている。これでは一か所を対処するだけじゃ間に合わないか。

 だが設置型は細かいコントロールができない分避けることが可能だ。


「犬! セフィラを連れて襲い掛かってくる魔力を避けるんだ!」


「ワウ、ワウーン!(了解っす! 『戦闘形態(ブレイブフォーム)』!)」


「ってちょっと犬! 服を加えて高速移動は……にょわあああああ!?」


「ガウン!(セフィラさんスマネっす! 急なんでこうするしかなかったっす!)」


 よし! あとは私とレオンでヤバい部分の重力を中和していけばセフィラは安全だ。

 アポロとミネルヴァは……どうやら大丈夫そうだな。犬に与えた指示から相手の攻撃がどういうものか理解し上手く回避している。

 二人とも視線で"心配はいらない"と視線を送ってくるほどにはまだ余裕はありそうだ。


「その力……まさか女神の力か。犬の方だとは少々驚いたが、そちらの魔導師が異世界人ということはやはり貴様らは地上からワシの存在を知りやってきたということか」


「だから違うって言ってるやろがい! っつってもこのままじゃ信じてもらえないだろうな……」


 どう言い繕うがあちらは怒りに身を任せて詳しく話を聞いてくれそうもない。かといって神器を前にこちらも防戦しているだけではいずれ限界がくる。

 ならば……。


「しょうがない。あの爺さん、とにかく一度大人しくなってもらうしかなさそうだ」


「そうね、あんた達となんだか複雑な事情があるみたいだけど、このままやられっぱなしってのもわたしの性に合わないわ」


「盟友よ、そういうことらな……全力でやってもよいのだな」


「ああ、でも話し合いができる程度に戦闘不能なくらいで頼む。まぁ……できたらの話だけどな」


 余所に力を割いているとはいえ神器であることに変わりはない。果たしてどんな勝負になるか……私にも見当がつかない。


「では……参る! 覚悟めされよご老人!」


 アポロが飛び出すと同時にその体を赤く輝かせる。そのまま龍の姿へと変化すると、普通の人間ならそれだけで致命傷となるだろう拳を躊躇なく振り下ろすが……。


 その拳はノゾムに届くことはなく、手前でピタリと止まっていた。


「ぬぅ……拳が、押し返され……」


「邪魔を……するなぁ!」


「ぐっ!?」


 その怒号と共に魔力が放たれると、巨体を誇るあのアポロがいともたやすく吹き飛ばされ私達の後方で何とか着地する。


「うそでしょ、龍形態のアポロの一撃をあんなにも容易く……」


 本気でなかったとはいえ龍族であるアポロの存在をものともしないとは、流石神器に選ばれ使いこなしていることはある。

 やはり、重力の壁を突破するにはこちらも重力のエネルギーをぶつけてこじ開けるしかないか。


「さぁ! 大人しく“女神”をこちらに引き渡せ!」


「ガウーン!?(のわー! またこっちへの攻撃が激しくなったっすよー!?)」


「あわわわわ!? もうちょっと優しく動いてってば~!」


 くっそ、セフィラへの集中砲火の密度が濃いせいで私もレオンもそちらに回す防御で手一杯だ。


「ちょこまかと……ならば、貴様らがうろちょろしているその範囲すべてを潰すまでだ」


 この反応は……マズい! 分裂していたテルスマグニアのいくつかが一つに集まって力を集約している。

 細かいものを対処している中であれのエネルギーを落とされたら打つ手がない。

 くそっ! どうすればいい……考えろ……この状況を打破する手は……。


「これで終わりだ、まとめて潰れるがいい!」


 黒く大きな球体がノゾムの頭上へと浮かび上がると同時に強烈な重力エネルギーが私達に向けて容赦なく降り注ぐ。

 斜めから落ちてくる直線的な重力波ではあるが、その規模はこれまで以上。対処できなければ私達の全身が潰れたトマトのように地面に彩られ命を落とすだろう。

 だからどうにか私とレオンの全霊の一撃で……。


「させる……ものかぁ!」


「なっ、アポロ!?」


 そう覚悟を決めて降りかかる重力波を前にしたその瞬間、背後からアポロが私達との間に飛び出してきた。

 そしてそのまま自身の体を守りつつ翼を広げ、まるで私達を守るように立ちふさがり……。


「ぬぅううううう……! 我がいる限り……ネルや盟友達を……傷つけさせぬ!」


「ぐっ……! 力の放出の限界か……」


 アポロが私達に向かう重力のエネルギーをすべてその身で受け止めてくれたおかげで私達には傷一つなく攻撃をやり過ごせた。


「ちょっと! 大丈夫アポロ!?」


「うむ、多少鱗が軋みはしたが問題はない。だが、これほどの衝撃は我も初めて受ける……あのまま攻撃が止むことがなければどうなっていたか」


 アポロのレベルでそれか……いや、むしろアポロだからこそそれで済んだと言うべきだな。私達のようなただの人間がまともに受ければそれこそ命はなかった。


 そして、ピンチを脱した今こそが反撃のチャンスでもある。重力波の放出に余力をつぎ込んだからか奴は次の行動に移ることができていない。


「よし! アポロ、ここは任せた! レオン、私達で奴を押さえるぞ!」


「はい!」


 先ほどの一点集中攻撃をアポロが守れるとわかればこちらから打って出る手はある。

 おそらくノゾムは自分の周囲を半円状の重力壁で覆い守っている。だからまずはそれを崩す!


「術式展開! 『重力流線(グラヴィティウェーブ)』!」

「僕もいきます! 『重力流線(グラヴィティウェーブ)』!」


「ぬっ!? 貴様ら、ワシの壁を超えてくる気か!」


 要領はこの島を覆っている壁を突破するのと一緒だ。自らの周囲に同じ波長の重力波を流すことで相手の重力エネルギーを受け流す。

 それを私とレオンの二か所同時に行う。対処しないといけない対象が増えると大変だなおじいちゃん!


「ぐぬぬ……舐めるな!」


「どぅわ……!?」


 ノゾムが力を込めると、やはりというか案の定私はそのエネルギーを受け流しきれずに弾き出されてしまう。弱体化してるとはいえもう少し粘りたいところだったが。

 だがまだだ、レオンの方はまだ抗っている。


「うぎぎぎぎ……! 届けぇぇぇ……!」


「まさか……ここまで抗えるとは!?」


 そうだ、そもそもこの島の壁を超えれたのもレオンの力があってこそだ。この日のためにたゆまぬ努力を積み重ねたレオンならきっと。


「うううう……りゃあ!」


「バカな!?」


 抜けた! これで懐に入った。重力の壁はいわば範囲の限界値、あれより内側では威力もコントロールも難しくなるからこそ奴はそこに最後の防衛網を張っていた。

 それさえ超えられれば……。


「拘束魔術で今すぐ動きを封じるんだ!」


「了解です! 新術式展開、属性 《光》、縛れ『光紐の呪縛グレイプニルロック』!」


 レオンの魔術により、光の糸の束が現れノゾムの体を拘束してゆく。

 体の自由を奪えば神器を操るのも難しくなる。それこそ島を浮かせたまま攻撃をこちらに回す余裕もなくなるほどに。


「ぐ……ううううう!!」


 ノゾムも抵抗するがやはり老体ではそれも難しいようで、徐々に抵抗力を失っていく。

 宙に浮かぶ多くの重力の球、テルスマグニアもそれに同調するようにゆっくりと地面へと下降していく。


 多少強引なやり方ではあるが、これで落ち着いて話し合う態勢が……。


「こんなもので……」


「え?」


 これは……ノゾムの怒りに同調して何かが反応して……マズい!?

 この反応は城の中に眠っていたすべての・・・・テルスマグニアがこの場に向けて集まろうとしている!


「レオン、今すぐそこを離れ……!」


「こんなもので! ワシの怒りを縛れるものかあああああ!!」

ボコボコボコボコッ!


「あ、足が地面から離れて……うわあぁ!?」


「うおおっ!?」


 ノゾム倒れている地面の周りから黒い物体が湧き出たのを確認した瞬間、私とレオンは遠くへ弾き飛ばされてしまう。

 そのせいで奴を拘束していた魔術も消え、自由の身となると再び狙いを正面に定め……。


「貴様が……貴様がワシをこんな世界に連れてきさえしなければ、あんな悲劇は起こらなかった! そうだ、だからこそ今ここでワシが貴様を亡き者にしなければならない!」


 その矛先をセフィラへと向ける。

 さらにその数を増した重力球は容赦なくそのエネルギーを四方八方へと降り注がせセフィラの命を奪おうとする。


「セフィラ殿、我の側から離れぬように!」


「わたしも微力ながら援護するわ! 散らばりなさい『氷鏡の盾アイスミラーシールド』!」


 アポロが体を張ってセフィラを守り、ミネルヴァが空中に無数の氷の盾を生み出す。


「そんなもので……防ぎきれるものかぁ!」


ドドドドドドドドドンッ!


「くっそ……セフィラあああああ!」


 バリンバリンと氷の盾が割れる音が響き、潰れた地面からは土埃が舞い場を覆っていく。

 果たしてあれだけの攻撃をあの程度の防衛策で本当に守り切れただろうか。

 そう一抹の不安がよぎるが、土煙が晴れるとそこには……。


「けほっ……! こ、怖かった~! みんなは大丈夫!?」


「この通り我は無事だ。ネルは……」


「わたしも無事よ。上手く狙いが外れてくれたみたいね」


 無事あの猛攻から生還した姿がそこにあった。今回ばかりは流石に私も焦ったぞ。

 しかしテルスマグニアの力をフルに引き出したうえで外すか……あの様子からして手加減をしたようには見えないが。


「ぜぇ……ぜぇ……あの鏡のような盾と土埃のせいで照準が狂わされたか。だが、次は外さん」


 視界が悪かったから正確な位置を捉えられなかった? “天空神”であるノゾムはこの島にいる人間なら位置を感じ取れるはずじゃなかったのか?

 ……いや、そうか、神器と異世界人の力とでブーストがかかっているものの、ノゾムは本来魔力の扱いに長けた人物ではないんだ。

 あの姿……長寿の法を扱いきれず500年で老人になっているのがその証拠。だから攻撃に意識をまわしている内は感知がおろそかになり目視で標準を定めるしかない。


「今度こそ終わりだ“女神”よ」


 ノゾムが再び攻撃態勢に入ろうとしている。

 早く私が気づいた事実を伝えセフィラを奴の視界から隠しながら守るよう指示しようとなんとか体を起こす。


 だが、そんな私の考えとは裏腹にセフィラは驚くべき行動をしており……。


「なんの……真似だ、女神」


「ガウガウ!?(何やってんすかセフィラさん! そっちはあぶねーっすよ!?)」


「いいの、これは……あたしがやんなきゃいけないことだから」


 あろうことかセフィラは犬から降り真っ直ぐにノゾムの方へと歩み進めていく。

 その行動に流石のノゾムも動揺し、攻撃を仕掛けることも忘れてしまった様子。

 いったいセフィラの真意とは……。


「……殺される、覚悟でもできたか?」


「ううん、そんなんじゃない。ただ……ごめんなさい!」


 周囲が未だ困惑する中、セフィラはノゾムへ深く頭を下げ謝罪する。


「あたしの無責任のせいであなたがそこまで苦しんでいたのに気づけなかった……。もっとあたしがしっかりしていれば……こんなことにはならなかったのに」


「い、今更なにを言っている……」


「これまであたしは多くのことから目を背けてきた……でも! これからは向き合っていきたい! この街の人とも、あなたとも!」


 セフィラは、セフィラなりに責任を感じていたんだな。

 一口に終極神の仕掛けた呪いのせいと言ってしまえばそれまでだが、セフィラはそれも含めて自分が背負った業だと感じている。


「どう償えばいいのかも、償いになるかもわかんないけど……あたしは、あたしのできる限りを尽くしてこの世界を良くしていきたい」


「……」


「あ、でもやっぱりあたし一人でできることなんてたかが知れてるから、そこは皆にフォローしてもらうけど、ね」


 と、こちらに向かってウィンクを飛ばす我がヒロイン様。

 なるほどね、それがセフィラにとっての新しい、“女神”としての在り方ってわけだ。


 私は……ひいき目もあるにせよセフィラがこれまでの自分を反省する姿を受け入れた。

 それを、"勇者"であったノゾムは……。


「だから、あなたにもう一度協力してほしい。今度こそ、本当の平和をこの世界にもたらすために……」


「黙れ!」


 放たれたのは強烈な"拒絶"だった。

 長い月日を重ねてすり切れた心には……もうその意思を許容することなど、できるはずもなかった。


「ワシはもうすべてを失ってしまったのだ……もう戻れない。もはやワシの中には夢も……“希望”もない。ただ捨てきれなかった過去を……清算する。それが、ワシのけじめだ!」


 テルスマグニアが鼓動する。まるで星のように天井に浮かぶその球体は……ノゾムの戦う意思の表れ。

 それは、私達にとってもはや退くことのできない……“天空神”との最後の戦いを告げる始まりの合図だった。


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