274話 神器“テルスマグニア”


 ノゾムが完全に攻撃態勢に入ったと同時に私とレオンも態勢をを立て直し二人の間割って入る。


「セフィラ、下がっててくれ。もう、話し合いで解決できる範疇を超えている」


「でも……!」


「頼む……私はお前を失いたくないんだ」


 セフィラの表情からはまだ説得を諦めきれない色が伺えるが、私の言葉から余裕のなさを感じ取ってもらえたらしく、悲しそうに後ろへ引いていく。


「そんなに女神が大事か? 異世界人」


「ああ、でもそれは女神とか異世界人とか関係なく、私の大切なヒロイン様だからさ」


「ほう? つまり女神も貴様にそれだけの信頼を置いているということか」


「そりゃもちろん。それにそれだけじゃない、私を筆頭にここにいる全員があいつにとって生きる希望を見出した大切な仲間さ。だから、セフィラに手を出すならまず私達の相手を先にしてもらうぜ」


 そんな私の言葉に応えるように、アポロが私とレオンの位置まで飛び、ミネルヴァと犬がセフィラを守るように立ちふさがる。


「“希望”……か。ならば、それが打ち砕かれた時、どれだけの絶望に打ちひしがれるか見ものだな」


 よし、これでノゾムの狙いがセフィラから私達へと変更された。

 “天空神”といえど本を正せば正義感の強い現代日本人、心が擦れたといっても根は素直な性格みたいだ。


「なら望み通りまずは貴様ら全員をすり潰し死体に変えてやろう! テルスマグニアよ、その力を示せ!」


 神器はその使い手によって戦い方が大きく変わるものもある。

 前世の時代での使い手……エルフ族のリルは矢や植物と組み合わせることで生き物の形を成し、多彩な攻撃法を駆使していた。

 ノゾムの……異世界人の個性と組み合わされると、どうなる。


ボコッ ボコッ


 これは、頭上に細かく散ったテルスマグニアの重力球一つひとつから細い線が伸び、他の球と繋がっていく。

 いや、あの形は私には見覚えがある! あれは……!


「穿て! 『天蝎点撃(スコーピオ)』!」


 星座だ! 繋がれた重力球が蠍座の形を成すと、そのエネルギーは急激に強まりはじめる。

 そして次の瞬間、その星座の周囲から細い重力のエネルギーが無数に放たれたのを感じると、それが一気に私達めがけて落ちてくる!


(数は多いが威力はない、これなら避けられなくも……)


 すでに肉体強化によって底上げされた身体能力なら避けられないこともない。

 それはレオンも同様で、重力の魔力を感じられずともアポロならば心配はいらない……そう感じた瞬間、私の頭の中に一つのイメージが浮かんでくる。


(ッ!? ……この、やけにリアルな映像は)


 そのイメージは、私達がこの重力の雨を避け切った場合に起こる最悪の未来だった。

 もしこの雨……いや"針"がすべて地面に着弾したら、取り返しのつかないことになる。


「レオン! できるだけあの"針"を重力魔術で撃ち落とせ! 地面へと落ちるものを最小限に抑えるんだ!」


「わ、わかりました! なら、重力の壁を広範囲に…… 『引力の封印板グラビライズ・ヒエログリフ』!」


 レオンの魔術により宙に五枚の重力板が出現する。よし! これなら広範囲をカバーしつつ自分の身も守ることが可能だ。

 だがやはり全域を補えるほどの規模はなく、漏れたものを私が何とか消し去っていく。が、それでも足りずいくつかは地面へ……。


「ならばっ! 撃ち漏らしたものは我が体を張って受け止めよう!」


「ッ!? ダメだアポロ! それは悪手だ!」


 しかし、私の忠告もむなしくに既に重力の針はアポロの体へと着弾していく。

 マズい、あれが着弾した場所には……。


「ぬぐっ!? ぐぅううう……こ、この痛みは!?」

ミシミシ……


「アポロ!? どうしたの!」


「今の攻撃が着弾した場所に……何かされたようだ、ぐっ!」


 遅かったか……私が見たイメージではあの攻撃は着弾した部分を中心に引き寄せ圧縮する性質を秘めていた。

 イメージでは無数の力場に体が引き寄せられることで体がねじ切れる最悪な展開だったが、それが今アポロの体で起きている。

 だが幸いなことに着弾点の中心に引き寄せられるようにアポロの鱗が軋むがまだギリギリ耐えている。


「今ならまだ間に合う! レオン、協力してくれ『重力中和領域(グラヴィティコントラクト)』!」


 子の力場は時間が経てば経つほどその引き寄せる力を強めていく、まるで相手をじわじわと殺す毒のように……。

 だがまだ発生してからの時間も短く、体に撃ち込まれた数もそう多くない。今の内ならいけるはずだ。


「ぬおっ! 体に自由が戻ったぞ! 盟友、少年、本当に助かった、礼を言う!」


「いえ、僕の方こそ防ぎきれずにすみませんでした!」


 よし、なんとかしのぐことには成功した。……が、頭上のテルスマグニアの形といい先ほどの攻撃名といい、おそらくノゾムの攻撃方法のイメージは……。


「この一撃で終わらせるつもりだったが……まさがしのがれるとはな。だが次はない!」


 マズい、また頭上のテルスマグニアの魔力が高まっている。もう一度同じ攻撃を仕掛ける気か。


「やることがわかっているならば、やられる前に止めさせてもらう!」


 言うが早いか、ノゾムの行動を察知したアポロはその場から飛び出し一瞬でその距離を詰める。

 その拳からはアポロの本気の魔術が感じられ、先ほどまでの手加減したものとはまるで威力がまるで異なるだろうと誰もが理解できるほど強烈なエネルギーが込められていた。


「今度の拳は、先ほどのように生半可なものではないぞ! 『剛龍拳(ドラゴブロウ)』!」


「ほぅ……ならば、こちらも相応の技で対するべきだな。展開せよ『白羊重壁(アリエス)』」


 ノゾムが再びテルスマグニアへと命令式を送ると、互いに繋がっていた線が引っ込み、それがまた別の球体同士繋がり形となる。

 そして出来上がった頭上の形から魔力が送られると、それは瞬時に六角状の板が半球の形に繋がりノゾムを守る壁へと形作られた。


ガァン!


 それと同時にアポロの拳が振り下ろされると、壁とぶつかり合うことで強烈な衝撃が周囲に発生される。


「また重力の壁とやらか! だが先ほどの攻防で大方の感覚は掴んでいる。この拳ならば……」


「言ったはずだぞ。相応の技で対応させてもらうと」


 その瞬間、私の脳内にまたリアルなイメージが流れ込んでくる。


(ダメだ、あれでは突破できない)


 確かにアポロのあの拳ならば並大抵の重力壁程度であればものともせずに貫けるだろう。

 しかし、今回ノゾムが生み出した壁は単純な力圧しだけでは突破できない工夫が施されている。


「うぐぐ……なぜだ、思うほどの手ごたえが感じられん」


「なら、僕が突破します!」


 いつの間にそこにいたのか、アポロが注意を惹いている間にレオンはノゾムの死角に回り込み抑えていた魔力を爆発させる。

 こちらも先ほどの経験を活かし重力魔術による突破を試みるが……。


「あ、あれ!? なんだこれ、魔力が思うように流れていかない……」


「無駄だ、この『白羊流壁(アリエス)』は物理にも魔力にも対応できる無敵の盾。貴様らごときに敗れるものではない! ……ハァ!」


「ぬおっ!?」

「うわっ!?」


 そのまま防護壁の突破に集中している隙をつき、ノゾムは通常のテルスマグニアの力を解放して二人をわずかに吹き飛ばす。

 そして再び……頭上のテルスマグニアがその繋がりを変化させ別の形を成すと。


「その巨体、真っ二つにしてやろう! 現れよ『巨蟹武刃(キャンサー)』!」


 テルスマグニアのエネルギーによってノゾムの両脇に具現化されたそれは……鎧に包まれたような巨大な二本の鋏だった。

 そしてそれが現れた瞬間またもや私の脳内にイメージがよぎり……。


「アポロ、レオン! その鋏に挟まれるな・・・・・! その内側には通常の何千倍もの重力エネルギーが圧縮されている!」


 その細長い重力波で両側から挟むことにより物質を確実に切断する。あれはそういう類の技だ。


ガキン! ガキン!


「そういうことなら、避けに徹するのみ!」


「攻撃は大振りですから、注意して避ければ当たることは……わわっ!?」


「まさか……あの一瞬だけで『巨蟹武刃(キャンサー)』の性質を見破るとはな……」


 ……いや、実際私もこれほどまで素早く対応できるとは思っていなかった。ノゾムによるテルスマグニアの攻撃法がわからない内は何度か受けてから対処法を探る必要があるだろうと。

 だが実際は脳内に刻まれたイメージによって私は即時に対応、対策を理解し、伝えることができた。


 そうしなければきっと私達はやられていただろう……。スコーピオは受けなければ、キャンサーは避けることを選択していなければその場で即終わっていた。


「でもこのまま避けているだけだとジリ貧ですよ師匠! こっちから攻撃してもあの防御壁に阻まれてしまいますし……」


「いやレオン! その鋏が出現している間は先ほどの防御は使えず普通の重力壁だけになってるはずだ!」


「えっ!? 本当ですか師匠!」


「チッ……やはり気づいていたか」


 そっちはあのイメージに頼らずとも気づいていたさ。ノゾムは新しい行動に移る際、常にテルスマグニアの形を変化させていた。

 おそらく一度変化させたらそれ以前の効力はなくなる。そして奴が形を作り上げるイメージの大本は……。


「黄道十二星座だろ? 現代日本人が思いつきそうなアイデアだよなそれも」


「それがわかったところで……何かが変わるわけでもない!」


 また頭上のテルスマグニアを操作し始めたな。今度は脳内にイメージは流れてこない……だがな、原理の元ネタがわかると大雑把でもわかることもあるもんなんだぜ、勇者さん!


「その形は……水瓶座か!」


「それで何になる! 消えろ、『宝瓶激葬(アクエリアス)』!」


 ノゾムの下へ戻った鋏が今度は瓶の形に変わり、そのままひっくり返すように180度回転すると……まるで水が溢れ出すかのように大量の重力波がノゾム以外のすべてを飲み込もうと迫りくる。

 これほどの広範囲ではもはや避けることもできない。だが『巨蟹武刃(キャンサー)』のように当たれば必殺の威力を秘めている可能性も否定しきれない。


 でもおそらくこれにはそんな理不尽は存在しない。


「アポロは体を丸めて自身の身を守れ! レオンも重力波の鎧を纏ってなるべく同調しろ! あの波には抵抗しないでいい。流れに身を任せるんだ」


 もちろん私も今自分のできる限りの重力鎧を身に纏い対処する。

 そうして私達は三人とも押し寄せる重力の波に呑まれるが……。


「……ぶはっ!」


「わっ!? 大丈夫ムゲン! なんか凄い攻撃だったけど」


「なぁに、ちょっと荒波に揉まれて酔った程度だ。全然問題なし!」


 重力に押しやられたことでセフィラ達の位置まで流されてしまったが、私を含め巻き込まれた二人も怪我や痛みは一切ない。


「読み通りだな。あの技は相手を引き離すことに突出したものだ」


 あの場から動けないノゾムにとってわずかでも重力壁を突破できる可能性のある相手と近距離で戦い続けるのはリスクが高い。だからこそ対策はしっかり用意してると思ったぜ。

 それに、『宝瓶激葬(アクエリアス)』というのも私にとって大きなヒントとなった。水瓶座という観点から何かを流す技だと予想できたからな。


「性質に気づいたとしても、よく攻撃力のない技だと見切ったものだ。『巨蟹武刃(キャンサー)』のように受ければ終わりという可能性は考えなかったのか?」


「一瞬考えたけどな。そんなクソ技あるなら最初から使ってるだろ」


 そもそもの初見殺しが『天蝎点撃(スコーピオ)』だったからな。『宝瓶激葬(アクエリアス)』に必殺性能があるなら範囲も優秀なそれを最初から使ってればいい話だ。


 しかし、ここまで流されてしまったのはよくない。このまま連続で波状攻撃を仕掛けられでもしたら私達はまたセフィラ達を守りながらノゾムに近づく手段を考えなければ……。


「ガハッ……! ぜぇ……ぜぇ……ぐっ!」


「なっ……ノゾム!?」


 私はすぐ次の攻撃が来ると考えていたが、なぜかノゾムは口から鮮血を吐き胸を押さえていた。


「ど、どうして……僕達の攻撃、当たってませんでしたよね?」


「ああ、私達の攻撃が当たることはなかった。となると……まさか……」


 そうか……戦いが始まった時、いや始まる前から私はノゾムが老体であることに違和感を感じていた。今、その違和感の正体を掴めたかもしれない。

 確かにテルスマグニアでこの島の維持に力を割いているせいで長寿の法への補助がおろそかになっているのは事実だろう。だが、それだけで神器のエネルギーが不足するとは考えにくい。

 つまり……。


「ノゾム……お前は島の維持と長寿の法以外にも……いやむしろそれら以上にテルスマグニアの力を注力している部分があるんじゃないか?」


 そしてそれは当然私達との戦いにも関わってくる。あの頭上の星座……今でこそ毎度形を変えて攻撃を仕掛けてくるが、本来はいくつもの星座を組み合わせより多彩な攻撃が可能だったんじゃないだろうか。

 少なくとも、前世でリルはいくつもの動植物のかたちを生み出し他を寄せ付けなかった。


 もしこの仮説が真実なら、それはノゾムにとって……。


「正解だ、異世界人。これは……この子・・・は、ワシの命よりも大切な存在」


 そう語ると同時にノゾムの足元の紙面に穴が開くと、そこからゆっくりと中央が透明な素材で作られた円柱状のカプセルが浮かび現れる。

 中は液体で敷き詰められており、その中心に見える小さな卵のような半透明のなにか。


 そして私は、その装置に見覚えがあった。


「まさかそれは……メリクリウスが作った体外受精装置か?」


「そうだ、そしてこの中にいるのは……未だ産声を上げることができない、リィアルの残した最後の命だ」


 やはりそうか。あの装置はメリクリウスが交わることのできないアルフとエリアのために作り上げた魔力によって操作できる仮の子宮だ。

 体外での受精はもちろんのこと、その受精卵を守る機能も備わっている。……ただ、ある欠陥だけが問題ではあったが。


「それは並みの魔力じゃ中身は数年しか持たない……が、神器の力を用いればってとこか」


「今この装置は我が『処女ノ守護ヴァルゴ』によって守られている……」


 見れば、カプセルの上にサイズは小さいがテルスマグニアで作られた星座が浮かんでいる。だが、そこに込められた力は今までノゾムから感じられたどの力よりも強力なエネルギーが込められているのがここまで離れていても理解できる。


「詳しいことはよくわからないけど……つまりその子はまだお母さんのおなかの中で眠っているってことでしょ。どうして、生まれさせてあげないの」


 衝撃の事実に放心していた一同だったが、その中でも一番最初に反応したのはミネルヴァだった。

 当然といえば当然か……。勇者と共に生きた魔族リィアルの子ということはつまり……あのへーヴィの血縁でもあるという意味なのだから。

 そして、私にとっても……。


「ワシとて、すぐにでもこの子を光の下へ産み落としてやりたかった。だが、それは叶わなかった……」


「どうして……」


「あの装置には……一つだけ欠陥があるんだ」


 それは、受精卵を成長させるには母体が必要であり、魔力によって押さえつけられていたせいかその母体から異常なまでに生命力を吸い上げてしまうというものだった。

 だから私も前世でのメリクリウスがあいつらの子孫を残せたという事実に驚愕したわけだが。


「この島にこの子を産んでやれるほど強い生命力を持った女性は生まれてこなかった。たとえ可能性があったとしても、ワシは彼女らを犠牲にすることもできん……」


 だからこそ今もこうして受精卵は守られ続け、いつか生まれるその日を待ち続けている……か。


「だったら、なおさらもう争うのはやめにしないか。お前が今戦いのために優先的に回しているエネルギーは……自身の長寿の法のものだろ」


「それって……! 自分の命を削ってるってことなんじゃないの!? ダメだよそんなの! あなたが死んじゃったらこの島だって……それこそ、その子はどうするの!」


「セフィラ殿の言う通りだ。この島を作り上げたのが貴殿というのなら、貴殿はその王とも言うべき存在。民なくして王はないが、王なき民の国に待つものは滅びだ。民のためにももうやめようではないか」


「……」


 このまま戦いを続ければどちらにせよノゾムはその命を削ることとなる。

 それはノゾムの"この島と自身の子を守るという"願いと矛盾する行為だと再び訴えかけ説得を試みるが……。


「その通りだ……。ワシは自身の怒りに呑まれ、守りたかったすべてを犠牲にしようとしていると」


「だったら……!」


「だとしてもっ! 心の奥底から湧き上がる怒りがワシを突き動かすのだ! 貴様を……すべてを奪った貴様を許すなと!」


 それでもノゾムは止まらない。カプセルを再び地面の中へと保護し、怒りを動力源に、命を力に燃やして戦う意思を再燃させる。


「ワシが戦いをやめるのは……この命が尽きるか、貴様の命が終るかだ、女神!」


 二度の説得が失敗し、この戦いはもう……何かを終わらせることでしか終結を迎えることはできないのだと、悲しい事実を突きつけられる。


 だが、どんな結果にせよその先に待つのはきっと……。


「さぁ終わりだ! 女神も! それを守る者も! すべてを散らし果てるがよい! 『人馬一掃天弓撃(サジタリウス)』!」


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