272話 “※※天空神”


「ん~……うし! 今日もバッチリおはようさん!」


 寝覚めは悪くなかった。夕食の後それぞれに部屋は割り当てられたが、中に放置されていた家具などはボロボロで使い物にならなかったので簡易的な寝床を作って一夜を過ごすこととなった。

 窓からは陽光が差し込み、すでに日の出から数時間は経過していることも確認できる。


「今日もいい天気……ってもここじゃ天候もテルスマグニアの所持者しだいか」


「ワウ~。ワフワフ(ふぁ~、おはようっすご主人。ここは気候もちょうどよくて気持ちよく眠れたっすねぇ)」


 そう、ここは山をも超える高所のはずだというのに気温も気候も安定している。それもこれもすべてがテルスマグニアによるもの……所持者は本当にこの島を楽園として維持していることが理解できるな。

 そして今日はついに、その楽園の創設者の下へと向かうこととなる。


「あ、おはようございます師匠」


「おお、盟友も今起床か」


「これで一応全員起きはしたわね」


 リビングに向かう途中であちらもバッタリ鉢合っただろう三人が私に気づいて合流。

 しかし、ミネルヴァはこれで全員起床だと言うが。


「セフィラは一緒じゃないのか?」


「彼女ならわたし達より先に降りて奥さんと一緒に朝食作ってたわよ」


 そういうことか。あいつもぐうたらに見えて意外とこういうところはしっかりしてるからな。

 うむうむ、こんな辺境も辺境の地でも朝からヒロインの手料理が食えるだなんて最高じゃないか。


「よーし、そういうことなら早速セフィラが待ってる食卓にレッツゴーだ!」


 これで朝食をいただきつつ全員集合。そのまま流れで出発して順風満帆な流れだ。


 と、いう予定だったのだが……。


「まぁ! これは素晴らしい味ですね!」

「ホント、どうしてこんなに美味しくなるのかしら」

「セフィラさんは本当に料理がお上手なんですねぇ」


「いやーそれほどでもー……あるけどね! あ、ムゲンに皆もおはよう。朝食はそっちにできてるから先食べててー」


 なにやら台所が凄いことになっていた。ざっと見て十数人ほどの旧魔族の女性が調理場に集まっており、その中心でセフィラがなにやら料理してるみたいだが。


「皆さんおはようございます。昨夜はぐっすり眠れましたでしょうか」


「ああ寝覚めは快適……なのはいいんだが、あれはいったいどういうことなんだ?」


「すみません……。実は妻が先日のセフィラさんの料理を他の家庭にもおすそ分けしたのですが、皆さんその味に感銘を受けたらしくこうして朝から彼女に教えを請いたいと集まってしまったのです」


 それで朝から料理教室状態になってるわけね。広い街とはいえ住人の数はそれほどでもないからな、噂が広まるのも早いもんだ。

 いやまぁ状況は把握したのはいいんだが……。


「セフィラー、私達はこれから城に向かうんだぞー。その辺わかってるのかー」


「ごめーん。あたしまだ手が離せそうにないからみんなで先に向かっててー」


 というわけでいきなり天空の巨城探検ツアーの予定が予定外の状態に。

 まぁ後で追いかけてくるようだし、セフィラ一人ならそこまで状況に変化はないだろうが。


「犬、念のためセフィラについていてやってくれ」


「ワウ(任されたっす)」


 鼻の利く犬が一緒なら迷子になる心配もないだろう。それに私を除いて唯一声が聞こえるし、いざとなれば頼れる護衛にもなる。


「あの子、わたし達がここに来た目的忘れてない?」


「まぁまぁ、セフィラも楽しそうだし……多分あれも今この島には必要なことかもしれないから」


 500年変化のなかったこの島に新しい興味を取り入れることは住民の意識改革にも繋がっていく。

 もしこの島が地上に落ちた時、何もないよりは何か一つでも下界への興味を持たせておくのは悪くないことだ。

 昨日のセフィラの提案もあながち間違いじゃないってこった。




 というわけで、セフィラと犬を除いた私達四人は朝食を済ませ早速街の中心である巨城へと向かい始めた。


「とはいっても、街の構造もそこまで複雑じゃないし、危険な生き物や罠があるわけでもなし。これといって不安もないな」


 そもそも街の住人達が毎回新生児を抱いて誕生の報告に出向いているというのだから危険が皆無なのはとっくに承知済みだ。


「でも、天空神ってどんな人なんでしょうか……。この島の維持をずっと行ってるってことは最低でも500年は生きてるってことですよね。僕も最近は長寿な方々と触れ合う機会が多いのでそこまで驚きは感じてませんけど」


 てか今回のメンバーの中で肉体、精神共に平均的な人間なのもレオンだけなんだよな。


「我もネルも齢五百前後というところだが、やはり近しい年代の者だろうか? もしや我やネルとも関わり合いがあるやも?」


「それはないでしょ。アポロは数年前まで里の外に出たこともなかったんだし、わたしは……わたしも、国が滅ぶまでは外の世界なんて知らなかったしその後だって自分のことで手一杯だったから」


 流石にそこまで世界は狭くないってとこか。生まれが近くともそんな偶然が運よく重なるわけじゃない。

 しかしすべての旧魔族を移住させたということはその人物も種族的に深い関わりがあったはずだ。仮に天空神が旧魔族だったとしても普通ならその寿命はとっくに尽きているはず。

 新魔族が長寿なので誤解されがちだが旧魔族の寿命は人族のそれとそう変わらない。したがって、旧魔族ならば長寿の法でも使用しない限りこの島の主として君臨し続けることは不可能ということだ。


「さて、城の中腹のやけにだだっ広い広間の中心って話だったが……」


「ほ、本当にやけに広いですね……ここだけ」


 城の中を登っていくと、たどり着いたのはその階層すべてが一間の吹き抜けになっており、外との境界も等間隔に建てられた柱によって支えられた円形状の広間だ。

 柱と柱の間に遮るものはなく、飛び出そうと思えば簡単にアイキャンフライできてしまうだろう。天井も数メートルと高く、この階層だけが完全に特別だと誰でも理解できる。


 そして、その中心には一つの……玉座が備え付けられていた。そこに座っている人物こそが……。



「ふむ……ここまで来たということはやはり狙いはワシ、いやワシの持つ神器ということか」



 ……その声と共に突然放たれた威圧感に私達の誰も動くことができなくなってしまった。

 目の前の人物から感じられるのは明らかな敵意であり、不用意にこれ以上近づけば即攻撃されると理解したからだ。


(しかし、声の雰囲気からしてかなりの老人のようだが……)


 遠目からわかるのはその人物が真っ白な法衣のようなものを身に纏っており、目元を隠すほど大きなフードを被り首を垂れるように座っているため顔を確認することはできないということだ。

 だが、ひじ掛けに置かれた腕の先からはまるで干からびたように萎れた手首が覗いており、フードの中からは艶のない白髪が腰のあたりまで伸びているのが確認できる。


「お前が……“天空神”なのか?」


「“天空神”? ……なるほど、ワシは下界ではそのような名で呼ばれているということか」


 そう言いながら天空神がゆっくりと顔を挙げるとフードが取れ、そこに見えた顔は私達の想像していたものとは違い……。


「うそ、旧魔族じゃ……ないの?」


「それよりも、どう見たってあれは……」


「人族……であるな」


 しわだらけで元の肌色も定かではないが、少なくとも青白いものではない。それに旧魔族の象徴ともいえる頭部の角もない。

 耳も長くなく、体系も一般男性のそれと変わらない。獣のような特徴もなく体のすべてが実体としてそこに存在している。

 間違いない、そこに座っている人物は正真正銘……ただの人族だ。


 ……一旦落ち着こう。確かに天空神がただの人族だったことは驚きだが、それで私達の目的が変わるわけではない。

 冷静になって、まずは会話を続けよう。突然襲ってこないということは幸いなことにあちらにも話し合う気はあるようだからな。


「なぁ天空神さんや、ここはお互いに自己紹介といかないか。私はムゲン、一応このメンバーの代表的な立場にある。まずはあんたの名前を教えてほしいんだが」


「……ワシの名などどうでもいいことだ、貴様らがワシを天空神と呼ぶならそう呼べばいい。問題はただ一つ、貴様らがこの島を脅かす者かどうかだ」


 ファーストコンタクトは失敗だな。天空神にとって重要なのはこの島の安全だけということか。


「しかし、先ほどの言い方だと先日から私達がこの島へと来訪したことは知っていたように聞こえるが?」


「昨日の時点で貴様らが重力の壁を抜けてきたことはわかっていたが、住民達が受け入れたので様子を伺うだけに止めた。この老体で島の維持以外に力を割くのは案外しんどいのでな。……だが、もし住民に危害を加えるようなら、即その場ですり潰していただろうよ」


 やはりその身体は老化によるものか。おそらく長寿の法を使用しているのだろうが、あれでは不完全……天空神は術者としてはそれほどでもなかったということになる。


「あの、それって僕達のことをずっと監視していたってことですよね……」


「感じられるだけで詳細はわからぬが……こうして面と向かってみるとなんとも面妖な者どもよ。ただの少年のようで奇怪な左腕を持つ者。亜人のようでどこか違う屈強な男となぜか近しい気を持つ女。あと二人こちらに向かっている妙な気を持つ者達。そしてそれらをまとめるというただの少年にしか見えない魔導師……なんとも不思議な組み合わせよ」


 この男、抽象的ながらも私達の本質を見抜いている。

 それにしてもセフィラと犬がすでにこちらに向かっているか、奥様方との料理教室は終わったようだな。


「さて、これ以上の無駄話はするつもりはない。ここに貴様らが訪れた理由……それを明かしてもらおうか」


 文字通り空気が重くなった……。天空神の威圧に同調してテルスマグニアが共鳴しているのか。

 そうか、神器と完全に同調しているからこそ不完全な長寿の法でも無理やりここまで寿命を引き延ばせたわけだ。

 私達をすり潰す、というのも冗談ではなさそうだ。真実を話さないわけにはいかないが、できるだけ敵対しない道を選べればそれに越したことはない。


「正直に言おう、世界は今存亡の危機に陥っている。その脅威に対抗するためにテルスマグニアの力が欲しい」


「存亡の危機? ふん、また魔王でも現れたか? 残念だがワシはそんなもののために協力などしない。神器はこの島を守るためのものだ、諦めよ」


「この島も無関係な話じゃない。終極神を止められなければ安全な場所は存在しなくなるんだ」


「いかなる脅威が降りかかろうとワシがこの島と旧魔族達を守り抜く。貴様らの提案は受け入れん」


 そんな気はしていたがやっぱ拒否されたか。結構頑固なじいさんだこって。

 しかしここで魔王の話題が出てくるか。そういや天空神も魔王の時代の人間だろうしそういった考えに至るのも無理はな……。


(……なんだ? 今何かが頭の中で引っかかったような)


 違和感を感じるも一瞬すぎたせいでその違和感の正体が掴めない。

 それは、何かとても重要なことな気がするのに。


「それに、テルスマグニアの力を渡すということはこの島を下界に落とすということに繋がるだろう。差別によって居場所のない旧魔族達を地上に落とすなどワシには絶対に受け入れられぬことだ」


「それは違います! 地上にはもう大きな差別はありません。多くの種族同士が手を取り合って生きていくことに多くの国家が賛同しているんです!」


「我が龍皇帝国はいかなる人種だろうと分け隔てなく受け入れよう! そこには差別も排他もない、皆で幸せを作ってゆく国だ!」


「……信じられんな。いくら綺麗な言葉を並べようとワシはそれを信じることはない。どれだけ平等な世界を目指そうと、どれほど信じられる言葉だろうと、それを踏みにじり嘲笑う人間は必ずどこかに潜んでいる。たとえ貴様らの言葉が100%善意であったとしても、他の誰かがその善意を利用し彼らを貶めないとは言い切れまい」


 そんな頑なな天空神の意思にレオンもアポロも言葉を失ってしまう。

 それほどまでに、地上に蔓延していた差別主義に対して憎しみを持っているんだ。

 だがなぜそこまでの憎しみを、人族であるこの男が抱いているのか……。


「それにワシは貴様らも信じていない。もしかしたら地上の人族主義の者どもが旧魔族最後の生き残りのこの地を見つけ、地上に落とすためワシを利用しようとしているやもしれぬからだ。奴らは目的のためならどんな善人でも利用する連中だからな」


「それ、否定できないわね。本当にそういうことする連中だし」


 当然、人族主義への憎しみも相当なものだ。

 なぜだ? どうしてこの男はそこまでそれらに対してこれほどまでの憎しみを持つんだ?


 ……そうだ、そもそも私達と今会話しているこの男はいったい"誰"なんだ?

 私達はまだ、この男について何も知らないままだ……。


(旧魔族、空へ消えた王国、神器、人族主義、魔王……)


 このすべてのキーワードの中に、この男が何者なのかが隠されているはずだ。

 だが何かが足りないような気もする。何か、とても重要な情報だけが欠けているような。


「お願いします! 僕達は絶対に差別のない世界を作ってみせます! だから……!」


「ふん、そんな使い古されたラノベ主人公のようなセリフにワシがなびくとでも思うか? 片腹痛いわ」


 ………………え? 今……あの男はとんでもない言葉を口にしなかったか?

 この事実に気づいているのは私以外にいない。当然だ、アステリムの人間・・・・・・・・には気づけるはずもない。


 そして、その最後のピースともいえる決定的な事実は私にとんでもない結論を導き出す結果となってしまう。

 私は、レオンやアポロが声を上げて説得している状況も無視して歩みだす。私の導き出した結論が本当に正しいものなのかどうか確かめるために。


「魔導師よ、それ以上近づけば攻撃すると警告しなかったか? これ以上は敵対とみなし……」


「もう一度……自己紹介をしないか? 私の名は無神限、皆からはムゲンという愛称で呼ばれているんだ」


 ……天空神からの攻撃は行われなかった。それどころか目を見開きながら硬直してしまっている。

 それはきっと、私が改めて名乗ったその意味を理解しているから。


「なぁ、あんたはいったい……"誰"なんだ」


 私の問いに天空神はすぐに答えることができないでいた。そのまま短い沈黙と共に時が流れていくが、ついに意を決したようにその口から言葉が紡がれ……。


「ワシ……は……」



「ワウーン!(こっちっすよーセフィラさん! ご主人達がいたっすー!)」


「ちょ、ちょっと待ってってば……。このお城無駄に高いからもう足腰がへとへとなんだから~」



 それは、なんと最悪なタイミングだろうか。そして私は、どうしてこの状況に陥ってしまうことを失念していたのだろうか。

 この二人・・・・が出会って……いや、再会・・してしまうという最もあってはならない最悪の運命を。


「あ、ムゲンやっほー。話し合い的なのは順調に進んで……え?」


 セフィラはその姿を確認すると同時に何かを感じたように目を丸くし、それに対する……天空神も今までにない動揺を見せていた。


「それは犬……なのか? なぜこの世界に……。いや、そんなことはどうでもいい。そうだ、お前だ……お前……お前はまさか!?」


 もはや自分が老体であることも忘れたかのように血管を浮かせ、ぶるぶると体を震わし、呼吸を荒げている。


 ああ当然だろう……なぜならあの男にとってセフィラは……。


「ねぇムゲン……なんであの人から……あたしの七美徳の力を感じるの……」


 この世で最も憎むべき……元凶の一つなのだから。


「忘れもせん……そうだ覚えている……。悠久の時が過ぎ去った今、なぜまたワシの前に姿を現した! “女神”!!」


 その男の名は 神之希かみのき のぞむ。かつてこのアステリムにおいて、『勇者と呼ばれた男』。


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