271話 いつか終わる夢


 ここに集まった全員の知識と記憶を元に紡がれた大胆な仮説。そしてもしそれが真実だとすれば……。


(当時の住人達は全員この地で惨殺された……か)


 神器の力をもってすれば不可能なことじゃないだろうからな。

 そうして移り住んだ旧魔族達が今の生活を手に入れた。少数民族である彼らに都市を維持する技術も必要性もなく、寂れた街並みに最低限の生活環境が加えられた……ってとこだろうな。


 だがこれはただの仮説にしか過ぎない。明確な証拠など何一つないのだから。

 ただ、それらの仮説からこの都市を飛ばしたであろう人物の願いだけは思い浮かべることは可能で。


「その人は、すべての旧魔族を助けようとしたのかもしれないわね……」


 地上から旧魔族の姿が消えたのは他種族狩りのせいではなく、その悲惨さに嘆いた天空の巨島の主による保護によるものだった。

 ヘヴィアという例外もいたがほとんどはこの島に移住し、その子孫がこうして穏やかに暮らしている。

 そう考えれば……すべてが一本の線で繋げることもできる。


 しかし、旧魔族のために作られた空を飛ぶ楽園か……。この500年、この場所はその名にふさわしい隔絶された空間だったことに間違いない。

 だが、それが成されていたのはひとえに神器による人智を超えた力があってこそだ。

 そして、私達がこの地にやってきた理由は……。


「皆さんは、我々よりこの地の成り立ちに詳しいのですね」


 私達がその事実に気づいたと同時に今まで蚊帳の外だった少女の父親が口を開き語り掛けてくる。

 その表情は、本当にただ私達が結論を導き出した様子に関心しているだけで、内容に関してはあまり興味はないようだ。

 ……そうか、ここの住人にとっては"自分達の成り立ち"でさえ生きる上ではどうでもいいことなんだな。


 ならば、のことならばどうだろうか。


「……正直に話そう。私達がこの地に訪れた理由は、この島を浮かせているあるものを回収しに来たからだ。つまり、それが成されればこの島は……地上へ落ちることになる」


 それは残酷な宣言だった。この天空の楽園しか知らない者達に文化も人種もまったく異なる世界で生きろと言っているのだから。

 だが、返ってきた言葉は意外なもので……。


「いつか……いつかこんな日が来るのではないかと、薄々は感じていました」


「それって、あなた達はいつでもこの楽園が崩れる覚悟ができてたってこと?」


「そうではありません。我々にはこの世界がすべてであり、他の生き方など考えたこともありません。ただ理解はしていたのです……この楽園は誰かが望んだ夢の世界であり、夢にはいつか終わりが訪れるのだと」


 もしかしたらそれは自分の代で起こるかもしれない。きっと誰もが500年の間でそう思いながら生き続けていたのかもしれない。

 そしてその時が訪れれば自分達はそれを受け入れるしかないということも理解していた。誰かの夢の終わり……。


「やっぱりあんた達はこの島が誰かによって浮かされているって知っているんだな」


「……あなた達が、本当にこの島のすべてを知りたいというのであれば……島の中心にある巨大な建造物へ向かってください。そこにいるあの方ならばきっと、皆さんの求めるすべての答えを持ち得ているはずです」


「人……なのか? その人物も旧魔族だったりするのか?」


「我々にはわかりません。同じ人なのかすらも……。赤子が生まれた折にその人物の下へ報告に向かうというのが昔からの風習でしたのですが、会話を行ったことは誰もないのです」


 やはり、これで目的地がハッキリしたな。島の中心の巨城、そこにいる謎の存在こそがきっとテルスマグニアの所有者だ。


「しかし、この楽園もこれで終わるのですね。我々にはこれからの生活が想像できません……。きっと、他の者も同じでしょう。皆さんが訪れたことで終わりを確信してるはずです」


「そう悲観しないでくれ。たとえこの島が地上に落ちたとしても私達がその後の生活をしっかり保障する」


「望みとあらば我が龍皇帝国が全員受け入れても構わんぞ!」


「バカ、いくら何でもいきなりこの人数全員はウチの規模じゃまだ無理でしょ」


「ぼ、僕もディーオ陛下に頼んで手厚く保護してもらうよう頼んでみます!」


 そうだ、今の世の中は500年前のように一方的に他種族が迫害されることもなくなり、共に歩む世界へと変わろうとしている。

 きっとここの住人も受け入れられるはずだ。


「お気持ちは嬉しいですが、我々はまず何をすればいいかもわかりませんからね。人生における目標というものが……見つからないんですよ」


 今まで穏やかに生きることのみを目的としてきた彼らにとって地上波まさに未知の世界。

 そんな人間がいきなり競争社会に放り込まれたらそりゃ混乱するに決まってるか……どうしたもんかね。


「まぁまぁ皆さん、難しいお話はそれまでにして、今日はこれでも召し上がってゆっくりしていってくださいな」


 そう言って奥さんから出されたのは野菜がふんだんに煮込まれた野菜スープだ。具がゴロゴロとしててなかなかにおいしそうなスープである。


「わーい! ママのスープだー!」


 と、ミネルヴァの隣で退屈そうにうとうとしていた少女がスープの匂いで目を覚ますと嬉しそうにそれを口の中へと頬張っていく。

 その姿に私達も緊張の糸がほぐれたようで、お互いに顔を見合わせ無言の肯定で重い空気を解くように表情を緩ませる。


「まぁそうだな。今日はここにたどり着くまででもうクタクタだし。スープをいただいてゆっくり休むとしよう」


「さんせー! 頭を使うとお腹が減るわー。さーて、お空の上のお味はどんなものかしらねー」


 まったく難しい話には頭をひねってぜんぜん参加してなかったくせによく言うよな。

 ま、私も未開の地での初料理を楽しみにしていなかったわけじゃないので気持ちはわからんでもないが。


 そんなわけで初めての天空料理、実食! まではよかったのだが……。


「……うーむ」

「な、なんと表現していいか……」

「コメントしづらいわね……」

「うむ! 素朴な味というものだな!」


 なんでも全肯定してくれるアポロくん以外はなんとも微妙な反応である。

 いや確かに素朴な味と言えなくもないような気がするがこれは……。


「凄く……薄い味ね。せめてもう少し塩気がほしいところね」


「おねーちゃん、塩ってなあに?」


「え、塩は塩よ? 海や岩塩から……ああ、そういうことね」


 何気ない疑問に私も最初は少女だからこその無知ゆえかと思ったが、両親もどこか疑問を感じているようなのでそれは違うと理解した。

 そもそもここは天空に浮く孤島、住民は海という存在に触れることができなければ大地を掘り進めることだってしないだろう。

 周囲の雨雲から定期的に恵は得られるだろうがそこに塩分は存在しない。これまでも動植物から摂取するしか方法がなかったということか。


「もしかして……お口に合いませんでしたか?」


「ママのお料理おいしくないの……?」


「えっと……別にそういうわけじゃ……」


 奥さんはただ申し訳なさそうに落ち込んでいるだけだが、少女はどこか悲しそうだ。先ほどの嬉しそうな反応を見る限りこの島ではこれが当たり前だったんだろうからなぁ。

 そんな不安そうに見つめる少女を悲しませまいと先ほどの自分の言葉を否定しようとするミネルヴァだったが……。


バンッ!

「ダメね! ぜんっぜんダメ! 味も、見た目も、栄養バランスのどれに至ってもまったく料理というものを理解してないわ!」


 それを許さかったのは我が家の頼れる台所当番だった。

 さっきまで黙々と料理の味をかみしめていると思ったら自己流の採点をしてたみたいだな。

 ただ、突然の徹底批判に家族の皆さん呆然としているが。


「ちょっとセフィラ、ここの人達は塩も知らないんだからそんな頭ごなしに批判しなくてもいいじゃない」


「いいえそれは違うわ! たとえ塩がなくたって料理は工夫次第で美味しいものを作りだせるのよ! 美味しさはどこまでも追及すべき人間の感動の一つだもの。それを停滞させることだけはこのあたしが絶対に許さないんだから!」


 自分の得意分野だからめっちゃイキイキしてんなー。いや、そうじゃなくてもいつもこんな感じか。


「奥さん、ちょっと台所借りるわよ! 食材はどこ、できれば干した魚やキノコ類が欲しいわね。お肉もあるかしら? 調理道具も見せてちょうだい」


「は、はい……! えっと、食材はこちらで道具は……」


 なんだかいきなりセフィラによる料理講座が始まってしまった。突然のことで奥さんや旦那さんも戸惑っている様子だが。


「ねぇ、放っておいていいのあれ?」


「ん? ま、なるようになるだろ」


 楽観的ではあるが、これはこれでいいのかもしれない。

 もしかしたら、これからの旧魔族に必要なものを示すことができるのは私やアポロ達でもなく、セフィラなのかもしれないから。


「ここまで煮込めば……うん、完成! さぁ皆、おあがりよ!」


 どこかの料理漫画の主人公が言いそうな決め台詞と共に出されたのはこれまた野菜スープだが、先ほどのものとは違い綺麗に切り揃えられた具材に食欲をそそるいい香りが辺りに広がっていた。

 出汁が野菜の旨味を引き立て、一度火を通してから煮込んだ肉から出た油がより濃厚さを引き立てている。


 うんうん普通にうまい、流石セフィラだ。

 ただ、私達にはこれがスタンダードな食事ではあるが、これまで食にあまり関心がなかった者達にとっては……。


「こ、これは……! 今までに味わったことのないものだ!」

「まさか家の食材でこんなに凄いものができるだなんて……」

「ママのよりおいしー!」


 ベタな反応ではあるがこれもまた異世界モノのテンプレだよな。

 私もまさかこんな空の上でそんなお約束展開が起きるなんて全く用もしてなかったが。


「ふふん。どう? あなた達は地上に降りても生きる目標がないとか言ってたけど、食を追求すれば今よりももっともっと大きな感動があなた達を待ってるのよ! そう、地上に降りたらまずは食文化の発展を目指せばいいのよ!」


 なんとも強引な理屈ではあるが、人間の根本的な欲求に訴えかけるというのは心理的にも上手い誘導方法だ。

 ま、セフィラはそんな小難しい理由なんてなく、ただ純粋に思ったことをぶつけてるだけなんだろうけどな。


「それも……いいかもしれませんね」

「私、他の方にもこの美味しさの素晴らしさを伝えたいです。もしよかったら他の住人も一緒にいろいろな料理を教えてもらってもよろしいでしょうか?」


「そらもうバッチこいよ! 10人でも20人でも呼んじゃって構わないんだから」


 いつの間にか家族には今までどこか感じることのできなかった"生きる活力"のようなものが満ちているように感じられた。

 こんなことで……なんて思う人もいるかもしれない。だが、それこそがきっと、この島には必要なことだったのだろう。


「おいしーおいしー! おかわりー!」


「はぁ……わたし達が難しく考えすぎてたのかしらね」


「やもしれぬな。うむ! 我もおかわりだ!」


 それがたとえいつか終わる夢だとしても、人は新しい夢を抱くことができる。

 きっとこの島の者達ならば夢の終わりも乗り越えられる。そんな気にさせてくれる団らんと共に、夜は更けていくのだった。


 明日、私達は島の中心である巨城へと向かう。そこにいるであろう“天空神”に相対するために。


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