270話 紡がれた仮説


 私達の落下地点から歩いて数分、そんな島の端っこからでも目視できた都市へとたどり着く。

 出迎えたのは立派な城門……かと思いきやところどころ風化してボロボロな、その役割をまったく成していない寂れた門構えだった。

 門をくぐった先はこれまた立派な建造物が立ち並んでいたがその外見はどれもどこか寂れた雰囲気を醸し出している。


 旧魔族達はそんな家々へと散り散りに帰宅していく。

 最後に残ったのは私達を案内するあの少女の家族のみとなり、たどり着いた先は……。


「ほらおねーちゃん、こっちこっち! いっぱい咲いてるよ!」


「そんな慌てて引っ張らなくても大丈夫……あら、この花って」


 そこは少女の家族の住居であり、その花壇には一面に真っ白な花が咲き誇っていた。

 ミネルヴァも気づいたようだがこの花には見覚えがある。


「魔色花だな」


 手に取った者の魔力に反応してその色を変える不思議な花。ミネルヴァにとってはある意味トラウマともいえるものだが……。


「はい、おねーちゃんにあげる」


「ありがと。凄く綺麗に育ってるわね」


「うん! だってあたし毎日ちゃーんとお水あげてるもん。他の人達の分もあるからどうぞ!」


 受け取った魔色花の色は変わらず白さを保っており、それは同時にミネルヴァの心がとても穏やかである証拠でもある。

 もう、あの時の悲しみは乗り越えられたんだな。


「この花は我が龍皇帝国でも平和の象徴として繁殖させようと試みているのだ。ここまで見事なものは我が国でも見ないほどだが」


 そう言いながらアポロが花を受け取ると、燃え上がるような真っ赤な色へと変化する。なんというか、期待通りって感じだな。


「し、師匠~。なんか僕の……触った瞬間に散っちゃったんですけど……」


「あ~それ、重力タイプの魔力が色濃いやつだとそうなるんだよ」


 重力属性に秀でた人間なんてそうそううないからめったにないケースではあるんだがな。

 前世ではリルが同じように散ってえらく落ち込んでたのを覚えてる。なにより花を愛でるのが好きな奴だったから相当ショック大きかったんだよなぁ、懐かしい懐かしい。


「ちょっとムゲン! な、なにこれ!? 花が光って踊ってるんだけど!?」


「うん、その現象は私も知らん」


 光るだけなら覚えがあるが踊るのは初なので私もビックリだ。

 もしかしたら、もともとこの世界に存在しない“女神”の力が影響してるのかもな。まさか前世でも見たことない発見があるとは思わなかった。


 そして私がもらった花は……。


「青白く……淡く輝くか」


 この変化には覚えがある……前世でも一度だけだが。

 それは、世界神が事象の内側に顕現した時のことだ。その際に巻き上げられた魔色花がこの輝きを帯びていた。

 ま、なんとなく予想はしてたけどな。


「皆さん独特な色ですね。色だけじゃない変化もあるみたいですが……」


「私達なんかはみんな青とか緑とか、そんなのばっかですよ」


 少女と私達の様子がよほど愉快だったのか少女の両親は嬉しそうに微笑んでいる。


「ご夫妻よ、この花はこの家だけで育てているものなのか? 我が国では栽培が思うように上手くゆかぬのでな。コツなどあれば教授してもらいたいものだが」


「はぁ、そう言われましても……この花はこの島ではとても一般的なものですから。我が家にあるものもあの子が好きだからという理由でそこらへんに生えてるものを植え替えただけなんですよ」


「むぅ、ならば仕方ないか。無理を言って済まなかったな」


「いえいえ、ではお話の続きは家の中で」


「お食事も用意させていただきますね。と言っても昨日の残り物ですけど」


 こうして私達は少女の家族に歓迎され、家の中へと招かれるのだった。


 しかし、魔色花が自然に群生してる……か。本来この花はマナが過剰に活発な地域にのみ生えるものだ。

 だがこの地は本来それほどマナが多いともいえない。そうなると、凄まじい魔力で代用するほかないが……それも、天空神の意思なんだろうか?

 ま、その辺は実際会ってみないことにはなんもわかんないよな。


「ほほう、なかなか立派な住まいであるな」


 案内された家の中は以外にも広く、私達五人と一匹が入ってなおスペースに余裕が生まれるほどだ。

 外から見た時にも思ったが、家族三人で暮らすにしてはいささか大きすぎる気もする。


「部屋も十分に余っていますので今日はここに泊まっていってください。掃除が行き届いてないので多少片づける必要はありますけど」


「それは構わないけど……ここ、本当にあなた達の家なの? 家の造りなんかは相当腕の立つ職人が建築したものだけど、新しめの内装に関しては素人の手作りだもの」


 私と同じ疑問を抱いていたミネルヴァだが、その内容は私よりも詳細だ。


「ネルよ、その質問はいささか失礼ではないか? その点に関しては少々我も気になるところはあるが」


「ごめんなさい……でも、どうしても気になっちゃって。だってこの都市の建物のほとんどは……わたしの時代・・・・・・の建築様式ばかりだったから」


 ミネルヴァの言う『わたしの時代』とはおそらく、その身体に不滅の術式を埋め込まれる前……つまり500年近く前の時代を指すものだろう。

 失われた時代のなごりがなぜこの島に残っているのか、ミネルヴァにとってはこれ以上ない疑問というわけだ。


「なるほど、理解しました。つまりあなた方はこの島の成り立ちや歴史を知りたい……そうですね?」


「まぁざっくり言うとそうなる。スマンな、私達はこの島について本当に何も知識を持ってないんだ」


「いえ、当然のことです。なにせ下界からこの地を訪れたのはあなた方が初めて。まずはお座りください、そしてお話しましょう……我々の知る祖先のわずかな歴史と、現在の生活のことを」


 この島の成り立ちには大変興味がある。その全貌を知れるのならぜひお願いしたいところだが。


「とはいっても、我々もそこまで詳しいわけではないのです。昔のこともわずかに口伝で伝わっているだけで、その情報から推測しただけという部分もありますから」


 言われてみれば、この家には書物はおろか紙類のたぐいが一切存在しない。

 いや、部屋の奥の方に使われてない古びた本棚のようなものは置かれているが、その中にあるのは風化してボロボロのくずがもはや埃と混ざって原型が何だったかさえ定かではない。


「この島に住む我々の祖先……あなた方に旧魔族と呼ばれる種族はもともとこの島で生まれ育ったわけではありません。一説では下界から移住してきたと伝えられています。その時からこの都市は無人のまま存在し、彼らはそれを再利用し我々の代までそれは続いているということです」


 それで若干風化しつつも外見は職人技で仕上げられたかのように立派で、新しめの内装はこんなにも質素なわけか。

 ここに住む旧魔族達には技術がない……いや必要ないんだ。自分達を脅かす脅威もなく、発展する必要もない閉ざされた空間には変わることのない平和が存在する。

 だから紙の製造技術もないし内装も質素なもので十分という結論に至ったということだ。


 さて、それはそうと今の話でいろいろと繋がってきたような気はするな。


「私が以前聞いた話では、この島は約500年ほど前に空中に出現し、それ以前に見た者は誰もいないという。つまり旧魔族が移住したのはその後のことで、現代に情報がこれだけ残っていないことを考えてもかなり昔のことだろう」


 この辺りの時代背景に関してもう少し細かいすり合わせがしたいところだな。もしかしたらそこからテルスマグニアや所有者の情報が浮かび上がるかもしれない。


「誰か第五大陸のその辺りの時代に詳しい奴いるか?」


「あ、僕知ってますよ師匠。魔導師ギルドの学舎の頃に世界史の授業で習いましたのでバッチリです」


「おお、流石は筆記試験だけは優秀だった浪人生。そんじゃ早速教えてくれ」


「浪人生はやめてくださいよ……。えっとですね、一番大きな出来事は……女神歴1495年、勇者と魔王の戦いの最終決戦ですね。ある旧魔族の裏切りによって勇者を支援していたベルディーナ王国の都市が魔王に攻め入られ、勇者が辛くも魔王を打ち倒すが代わりに都市が消滅してしまった……これが一番有名だと思います」


「ちょっと待って『女神歴』ってなに?」


「それはもちろん、この“女神”たるあたしがアステリムに降り立った記念すべき日からつけられた年号に決まってるじゃない」


 マジかよ、今まで知らなかったぞそんなの。ホント単体ではポンコツなのに周囲に与える影響力だけは凄いヒロインだよまったく。


 さて、それはそうと今のレオンの語った歴史には聞き逃せない内容があったな。


「今語られた歴史だが……私は別の事実が存在したと聞いている。実際には旧魔族が裏切ったというのはデマで、都市が消滅したのも魔王が倒された後だったと」


「ほ、本当なんですかそれ!? この世間一般に伝えられている歴史が嘘だなんて……」


「だがこれが完全に事実かどうか証明できる手立てはない。私もたった一人の人間が調べ上げた情報を聞いただけでしかない。でも私は信じたい……この情報を調べ上げたのは、誰よりもその人物の無実を信じ抜いた、たった一人の肉親なんだ」


「それって……」


 私のその言葉にいち早く反応したのはやはりミネルヴァだ。その人物が誰なのか私が挙げずとも理解したのだろう。

 ……ヘヴィアがその真実を告白した際、それを聞いていたのはあの場では私ただ一人だけだ。


「ようやく理解したわ。あいつがあれほどまでに人族を憎んだのは……他種族狩りによる襲撃のせいだけじゃなかったのね」


 もちろんそれも復讐を決意するには十分な理由ではあるが、最後の引き金はきっと……愛する姉の尊厳を踏みにじられたから。

 私は……本当は彼女が優しい人間だったと知っている。知っているからこそ、その決断をすることがどれだけ辛かったかも理解できる。


「だったら、そろそろわたしも"真実"を知る時なのかもね……」


「何か知っていることがあるのか?」


「そんな大層なものじゃないけどね。ねぇレオン、さっき言った消滅した王国のことだけど、当時の王族の名前を誰でもいいから覚えてる?」


「王族ですか? そうですね……確か王の名前はポドニス・ヴォーヴァル・アルガレストだったはずですけど」


 尋ねたところで出てくるのは何の変哲もないありふれた名前の一つ……かと思いきや、どうにも聞き逃せない部分が私とアポロにはあり。


「やっぱり……その国の王族、わたしの親戚ね。多分同じ血筋よ」


「ええっ!? ど、どういうことですか?」


 レオンにとっては驚愕の事実だったみたいだ。

 まぁ英雄メンバー同士でそれなりに打ち解け合った仲とはいえ流石に深い事情までは話はしないだろうしな。

 というか驚いてるのはレオンだけだな。私とアポロは事情を知っているからいいとして、残りはレオンが何に驚いてるのかすらわかっていない様子。


「ネルの旧姓はアルガレストであったな」


「あの決着がついた日、過去との決別のために捨てた性だけど、不思議なところで縁があるものね」


 そういえばミネルヴァは今はギャラクシア性を名乗ってるんだよな。突然の婚姻だったというのになんとも潔い決断だ。


「ねぇねぇ、その王様とミネルヴァが親戚ってのはわかったけど、それがどう繋がるの?」


 話題の内容をしっかり把握してなさそうなのに質問はいいとこついてくるなセフィラは。

 ただ確かに、今のままでは旧魔族が空へ移住した理由と王国の崩壊、そしてミネルヴァとの血縁関係に繋がりが存在するのかも不明だ。

 共通点といえばどちらも崩壊した王国ってとこだが……まてよ?


「あんまし気分のいい質問じゃないんで聞きづらいんだが……ミネルヴァ、お前の国は人族主義が浸透していた国家だったよな」


「そうね……もともと小さな王国だったのが大きな力を得るために女神政権への従属国になった。そして王族として成り代わったのが中央大陸のアルガレスト一族だって聞いたわ。そのおかげで当時国を陰から支配していた“悪龍”を追い払ったっていう逸話もあるくらいよ」


 “悪龍”ねぇ、どっかで聞いたような異名だよまったく。


「まさか……父上……」


「どうかしたのアポロ?」


「む? いや、なんでもない。こちらのことだ」


 なにやらアポロも気になることがあるようだが……そもそもこの話はここにいるメンバーが生まれる前の出来事のはずなので直接のかかわりはないはずだ。

 ただ一人を除いては……。


「う~ん、いたっけなーそんな一族。ぜんぜん記憶にない」


 一番女神政権に深い関係者であるはずなのにまるで話についていけてないポンコツ女神だ。ほんとその辺の事情にはぜんぜん関わってなかったんだな。


 ま、それは置いといておくとして。ミネルヴァの母国が人族主義の根深い国だったということはおそらく。


「その親戚の国もやっぱり人族主義だったんじゃないか?」


「おそらくね。女神政権を通して連絡を取り合っていたような場面も記憶にあるもの。確か……そう、国が亡びる前には頻繁に来ていたのも覚えてるわ」


 なんとなくだが、私には詳細が見えてきた気がする。

 滅亡する前に頻繁に連絡を取り合っていた……。それはつまり、魔王が討たれ人族への脅威が消え去ったことで他種族狩りが本格的に行われ始めた時期と重なる。

 そしてミネルヴァの母国はその報復により滅んだ……。


「もしかしたら親戚の国が滅んだ理由も同じだとしたら?」


「人族主義による他種族狩りを受けた旧魔族の報復ってこと? それってつまり、第五大陸の方でもへーヴィみたいな国を亡ぼせるほどの力を手に入れた人間がいたってことになるけど……ほぼ同時期に遠く離れた二つの場所で同じようなことが偶然起きるかしら」


 確かにその通りだ。偶然同じような生き残りが生まれ、そのどちらもが偶然強大な力を得る確率は極めて低い。

 しかし、私にはもう一つだけその可能性に至る嫌な予感があった。


「レオン、教科書には王国がどう滅んだのか書かれていたか?」


「え? そういえば……教科書にはただ都市が消滅した以上のことは書かれていませんでした。みんな魔王の脅威的な魔術で跡形もなくなったんだろうということで納得してましたし」


 だが、都市の消滅が本当は魔王が討たれた後だとすればその仮説は成り立たなくなってしまう。

 だとしたら、都市を消滅させた本当の犯人は……。


「私は、その復讐者がテルスマグニアを手に入れ都市ごと宙に飛ばしたと考えている」


「で、でも師匠、それってつまり……!?」


「わたし達がいるここが……」


「消滅したと思われていた都市がこうして500年の間、空を飛び回っていたってことだ」


 それは私達がこれまで辿ってきたすべての物語を元に浮かび上がった、悲しき結末の仮説だった。


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