265話 VS世界樹の使徒


 オレとミーコがこの空間で経験したこれまでの経緯を考えれば次はフローラの下へたどり着くと思っていたが、どうやらそうもいかないらしい。

 明確な目的地にたどり着けず、未だに真っ白な空間が続いている。そしてオレ達の目の前には……。


「あれ……なでしょか?」


「わからない……が」


「――――……」


「オレ達に友好的でないことだけは確かなようだ」


 全身が樹木のような素材から成る謎の生物。

 異様な存在ではあるが、その姿は創作のファンタジー世界でよく登場するケンタウロスを思わせる造形をしていた。

 腕は左右合わせて四本あり、顔も輪郭は人間のようだが口以外の感覚器が見当たらない。それでも、口角を下げ歯をギリギリときしませるその表情からはこちらへの敵意が伺える。


 話し合いは……難しいか。そもそも言葉が通じるかどうかもわからない。

 加えて


「――!!」


「すでにあちらには攻撃の意思がある……か!」


 威圧するような激しい咆哮。声が聞こえたわけではないが何かを発したという振動がビリビリ通り抜けていく。

 そして咆哮の主はその四つの腕をすべて背中に動かすと、どこから取り出したのか ズラリ とその腕すべてにその体躯に見合った長剣を取り出す。


 もはや戦闘は避けられない。


「ミーコ、オレは前に出る。シューティングブレイザーを頼むぞ」


「りょか……です!」


 魔導機の操縦桿と一体化していた手甲を外し、その両腕にパイルバンカーを装着する。

 この戦い、おそらく今までのどんなものよりも厳しい戦いとなるだろう。


「さぁ、かかってこい。世界樹の使徒よ」


 その正体にオレは確証を得たわけではないが、これまでの推測から導き出した一つの確信を持って、その存在に戦いを挑むのだった。




「――!」


 使徒の攻撃は単調ではあるものの、どうにも対応しづらい。

 四本の腕から連続で振り下ろされる斬撃が止むことなく襲い掛かってくる。手数に差があるというのはそれだけで不利であるのは明らかだ。

 さらに脅威はそれだけでなく。


「―――!」


(左下段の腕から一撃、その後に右下段の腕から前方……そして上段の腕を伸ばして死角から攻めてくるな)


 厄介なことに使徒の腕はリーチが一定ではない。限界はあるようだがオレの視覚の外まで伸ばし攻撃を行えるほどには伸縮自在だ。


「だが、防げないわけじゃない」


「――!?」


 左腕のパイルバンカーの杭を瞬時に駆動させることで下段左右の攻撃に対応。死角からの一撃は軌道を予測し右腕の杭を防御に回せば防ぎきれる。


「――! ――!」


 先の奇襲を防がれたことに焦りを感じたのか、使徒は再びその四つ腕を乱雑に振り回しオレを追い詰めようと攻めてくる。

 技術もへったくれもない無茶苦茶な攻撃……一見すればそう感じるだろうが、何度か打ち合ってみればそうでないことがわかる。

 雑な攻撃に見えてその一撃一撃はどれも正確無比。一つひとつの動きがまるで達人の正確な模倣のように鋭く完璧に仕上げられている……が、所詮はそれだけだ。


「――? ――?」


 動きが正確であるがゆえ逆に読みやすい。おそらく使徒は自身にインプットされている動きをそのまま実行しているにすぎない。

 機械的、と言ってもいいだろう。こいつはまるでゲームのCPUのように決まった動作でしか行動できない。当の本人はそれを理解できずなぜオレの攻撃を見切られているのかわかっていないようだがな。


 だがそれでも使徒の四つ腕から繰り出される攻撃は激しく反撃の隙が見えない。

 このまま続けられればいずれは追い込まれる……しかし、なにもオレは一人で戦っているわけではない。


「サテライトシステム……おーるぐりーん……です!」

ガコッ! シュシュシュシュン!


「――!?」


 絶え間なくオレに襲い掛かる四つ腕の斬撃の内一つが、どこからともなく放たれた遠隔からの攻撃により弾かれる。

 使徒には何が起きていたか理解できていないようだがオレにはわかる。実戦に投入するのはこれが初めてだが、完璧な射撃だミーコ。


「1番……2番はせやさま……援護。3、4番……空……待機。シールド……射出……です!」

バシュウ……!


 援護射撃が飛んできたオレの後ろ……そこにはシューティングブレイザーの上で懸命にパネルを操作するミーコの姿があった。

 さらにその周囲には棒状の物体が四つほど浮遊しており、どれもその先端には銃口が備えられている。

 そして最後に期待の後部から分離した空中移動の魔術機構が取り付けられた盾のような物体がまるで衛星のように飛び回る。


 これが進化した魔導機シューティングブレイザーを組み込んだ新戦術サテライトシステム、オレ達の新しい戦い方だ。


「よそ見をしている暇はないぞ」


「――!」


 銃撃によって生まれた隙を見逃すことなくオレはがら空きとなった腹部へと一撃を叩きこむ。

 魔力を込めたパイルバンカーによる撃針の一撃は使徒の腹部を抉り後方へと押し出すことに成功したが……。


「――……」


「なるほど、再生するか」


 前足の片膝をついた姿勢から立ち上がる使徒の腹部は枝が生え変わるようにその傷を覆い修復された。

 そして何事もなかったかのように態勢を立て直すと、上部の腕に力を入れるように振りかぶり……。


「――!」


 振りぬく動作と同時に腕を伸ばすことにより、遠心力を利用した猛スピードの攻撃でオレを仕留めようと襲い来る。

 しかし、今のオレ達にそんな単調な攻撃は通らない。


「いま……!」

バシュン!


「――!?」


 サテライト3番、4番。先ほどミーコが上空に待機させていた二機がその指示に合わせ垂直に銃撃を発射することで使徒の腕を叩き落とした。

 オレとミーコが現在被っているヘルメットには機体と同調し脳波のコントロールでサテライトの操作を可能にするシステムが組み込まれている。多様すれば脳の処理が追い付かず酔いが激しくなるのが欠点ではあるが、それでも有り余るメリットをもたらすシステムであることには変わりない。

 本来なら魔導エンジンと直接つながっているフローラが処理を担当し脳への負担を減らすはずだったが……この状況では仕方がないか。


「そちらが戦術を変えるなら、オレも戦い方を変える必要があるな。ミーコ、サテライト1、2をこっちに頼む」


「りょ! ……です」


 使徒は今オレへと不用意に近づかないよう距離を保っている。中距離から微遠距離のこの間合い。


 オレの手甲には手首の部分に並ぶように二つ装備を取り付ける機構が備わっている。シューティングブレイザーの操縦桿もこれによって固定され魔力を流し込む構造だ。

 そして今、両腕の手首から見て外側の接続部にはパイルバンカーが装着されている。

 内側の部分には何も装着されていない。ここへ、サテライトの内側に内臓された接続部とドッキングさせれば。


「魔導銃の完成だ。さぁ、オレの動きについてこれるか」

ドゥン! ドゥン!


「――……!」


 放たれた銃撃を受け使徒の体が若干よろめく。

 装着された銃口からはオレの魔力を直接送り込んで発射されるため遠隔操作のものと違い威力を抑える必要がない。

 サテライトシステムはもともと魔導エンジンから一定量の魔力のみを与えられ動くことができており、燃費を考えずに使えば数発撃つだけですぐにエネルギー切れを起こしてしまうものだ。


「これなら強烈な一撃を与えることはできずとも、確実にその体を削り続けることが可能だ」


「――! ――!?」


 一撃、また一撃と銃撃を防ぎきれずその体を掠めた弾丸が使徒の一部を抉っていく。

 だが使徒はその都度体を再生させる。現状、戦況はこちらが有利に見えはするがこの再生力を突破しない限りジリ貧だ。


 このまま再生力を駆使されながら銃撃を対処されれば厄介だが……。


「……――!」


 銃弾を浴びせられ続けることに怒りを覚えたのか、四つ腕を盾にするように使徒はこちらへと向かい始める。

 ……やはり、この使徒は実戦の経験がとことん浅いようだ。


「ミーコ、狙っているか」


「もち……!」

ドゥドゥン!


「――?」


 困惑しているな。なにせオレが撃ち出したのは使徒への直線上を大きく外した遥か後方上空。

 その方向に何があったか、使徒は何も気づかず勝ち誇ったように口元を歪めるが、残念ながらそれは勘違いだ。


……バシュウ!

「――!?!?」


 突如背後から放たれた強烈な銃撃により使徒の後ろ両足が破壊され、そのまま体勢を保つことができずバランスが崩される。

 撃ちぬいたのはミーコの操る上空のサテライトだが、使徒にはそれが信じられないだろう。今までサテライトの攻撃ではせいぜい自分に衝撃を与える程度のパワーしかなかったはずだからな。

 だが、パワーが足りないのなら足してやればいい。


 先ほどオレが外した銃弾は最初から使徒を狙ったものではなく背後で狙いをつけるサテライトに向けて放った魔力の塊だ。

 サテライトはそれを吸収することで魔力が補充され、オレが直接撃つのと大差ない威力を放つことが可能となった。


 さて、こちらへ跳びかかろうと向かっていた使徒は今まさにオレの目の前で大きく体勢を崩された。


「遠慮なく、打ち込ませてもらう!」


「――! ……――!」


 両腕のパイルバンカーに魔力を込め、そのまま連続で打ち込み続ける!

 できることなら再生が追いつかないほどのダメージを負わせたいところだが……。


「――!」


 体の半分ほどを破壊したところで飛び退かれてしまう。どうやら後ろ脚の再生を優先し治った瞬間にその機動力を駆使して抜け出したか。


「……――――!!」


 どうやら相当お怒りのようだ。どうもこれまでの使徒の行動や戦闘を見る限り、それなりの技術を有しているものの直情的なところがあり、上手くいかなければ癇癪を起すように怒り出す。

 まるで小さな子供のようだ。


「――……」


 また戦術を変えるらしいな。取り出したのは両手ですら扱えるかどうか怪しいほど巨大な大剣と、斧か。

 それぞれ両側の腕を二本ずつ使うことでブレることなく安定して振り回している。


「……――!」


 加えてなにやら球形の薄い膜のようなものが使徒を守るように展開された。

 まずは、確かめてみる必要があるな。


ドゥン……!


「これは……」


 銃撃を打ち込むものの、あの膜に触れた瞬間その勢いを失ったかのように失速しそのまま使徒に弾かれてしまった。

 つまりは遠距離攻撃対策か。まだあれが魔力のみを防ぐのか物理的なものにも有効なのかハッキリしないが、これまでの戦法はもう通用しないといったところだろう。


 こちらの様子を確認し今度こそ勝利を確信したのか、使徒は再び口元をニヤリと歪ませるとこちらへと向かってくる。


「同じ手は食わないということか!」


 大剣による強烈な一撃が振り下ろされる。

 大振りだが素早い。かろうじて避けられないほどではない……そう思っていたのだが。


「くっ、これは……剣が振るわれた際の圧力か!」


 その攻撃は見た目以上に周囲への影響力が強く、オレの足を止め体勢を崩される。


「――!」


「ッ!」


 そしてそのまま動けなくなったオレを仕留めようと巨斧が振り下ろされ……。


ゴォオン!


「せや……さま!」


「大……丈夫だミーコ……。かろうじて……だが」


 両腕のパイルバンカーを盾にすることでどうにか受け止めることには成功したが、その衝撃までは受け止めきれず体の内部へダメージが走る。

 数本ヒビが入ったか……。それよりも脳や臓器への衝撃がキツイな。


 この使徒、思っていた通りやはり学習能力は高いようだ。ここまでの戦いからオレが純粋な力圧しに弱いことを見抜いている。

 オレが放てる最大級の攻撃は、それこそ魔導機を利用したスピードを乗せた一撃。しかし、それ以外に手がないと知られればそれこそ対応されこちらの敗北だ。


「いいだろう……ならオレも、これまでとは違う新たな戦い方に挑戦させてもらおう」


「――?」


 まずは、接続されていたサテライトを外し元の状態へ。そしてさらに、右手のパイルバンカーを……左腕のサテライトが外れた場所へと付け替える。

 二つのパイルバンカーを一つの腕に集約。


「デュアルバンカー……。そして、ミーコ」


「りょかい……です! サテライト……集約!」


 ミーコの操作により浮遊していた四つのサテライトが魔導機から分離した衛星シールドに集まり、等間隔で装着さる。

 そのままシールドはオレへ向かって飛び、右腕の接続部へと……装着された。


「サテライトアーム。これがオレの新しい戦い方だ」


 両腕にはこれまでの装備とはまるで異なる重厚な装備が取り付けられ、今までとは違うズシリとした重みを肌を通して感じる。


「――……」


 使徒は、「それがどうした」とでも言うようにこちらを威圧しており、オレを仕留めようと再び大剣を振りかぶっていた。

 だが、今回は避けるつもりはない。オレはその振り下ろされた一撃を……。


ガァン……!


 右手のシールドで完璧に受け止めた。攻撃の余波も問題なし、内蔵しておいた[wall]システムは狂うことなく動作したようだ。


「……――!」


 防がれた驚きからか、使徒は苦し紛れのように巨斧を振るうが。


「攻撃の軌道が読めていれば止めるのは容易い」


 巨斧の攻撃に合わせ、その根本へとデュアルバンカーを炸裂させる。


「――!? ――!?」


 威力が集約されたその一撃により使徒の腕は完全に破壊され巨斧もその場に転がり消滅していく。

 だが、まだだ……これだけでは終わらせない。


「サテライトアーム、魔力放出!」


「――!?」


 大剣を防いでいたサテライトアームに更なる魔力を追加することで隠されたもう一つの姿が明かされる。

 それはシールドの先端から鋭く伸びる魔力の大剣。今度はこちらの斬撃を受けてもらう番だ。


「――……! ――……」


 振りぬいたオレの剣は瞬く間に使徒の腕を切り落とし、その手に握られていた大剣もろとも地に落とす。

 両の四本の腕を失った使徒はたまらず逃げるような動きで再び飛び退くが……。


「なるほど、そういうからくりか」


 それは使徒の致命的なミスと言えるだろう。先ほどまで展開されたいたはずの魔力を停滞させる膜が消えている。

 おそらくあれは高速で動く場合には使えないものなのだろう。その証拠にパワー重視の戦闘スタイルに変わってから奴はあの四つ足を活かした機動力を一切使っていなかった。


 ならば、もはや躊躇する必要はない。


「着地を……撃ち抜く!」


 構えるのは右腕のシールド、そこに装着されている四つのサテライトの銃口だ。

 確かに奴の機動力は高いが、飛び退きから着地のその間であれば動きは完全に固定される。


ドゥゴウ!


「――――!? ――!」


 四つの銃口すべてから発射された集中砲火は真っ直ぐ使徒を撃ち抜きその下半身のほとんどを抉り取る。

 当然使徒は無事に着地することも叶わずその場に崩れ落ち、暴れるようにその体を身もだえさせていた。


 しかしここまでダメージを与えても未だ滅ぼすには至らないか。これは本当に対処を見極めるのに時間が……。


「――――ア……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 ビリビリと……大気が震える。

 これまで言葉にならない声を発していただけの使徒が初めて"声"を発した。


 いったい何が起こったのか……そう疑問を抱が、どうやら早々にその答えは姿を現したようだ。


「光の……粒子」


 それはまさにオレ達が先ほど精霊神に見せてもらった神器“ムルムスルング”とまったく同じ光そのものだった。

 地面が存在するかもわからない空間だが、それは確かに使徒の倒れる周囲から湧き上がるように溢れ出で、その身体を修復……いや、作り替えていく。


「――ウ゛ウ゛ウ゛……!」


 修復された足腰は強靭な装甲のようなものに覆われ、両の腕には大型の弓が備え付けられている。

 そして、そのまま光の粒子は使徒の右肩に集まり……やがて薄桃色の大きな一翼へと変化してゆく。


「オ゛……オ゛……オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」


「……ッ!」


 "声"を手に入れた使徒の猛々しい咆哮。

 それは紛れもない、『神器』の力を纏う使徒との戦いを告げるのだった。


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