264話 世界樹の観測


「いやいきなり世界樹をどうにかしてって言われてもさぁ、どうしたらいいかなんてあたしにはチンプンカンプンだよママ」


 精霊神の助力とそれに伴う神器“ムルムスルング”の確保。それらを得るためにオレ達に課せられた『世界樹の暴走を治めろ』という問題。

 正確には"オレ達"にではなく"フローラ"に課せられたものだが。


「フローラ、あなたにはこの世界樹の声があたし以上に聞こえるはずよ。生まれたばかりの精霊族が成長と引き換えに眠り、宿ることで木の中にあるはずの意思との繋がりが強くなる」


「あるはずって……そんなのホントにあるの? あたしそんなの聞いたことないよ」


「あたしもその声を聞いたのは数回だけだから確証はない……。でも、世界樹の中には人智を超えた意思が宿っている。それはあたしも……あたしのお母さんも感じていたこと。けどお母さんはすでに成熟した精霊の頃に苗木を与えられ、あたしも苗木の状態から途中で不完全に覚醒してしまった」


 だから、自分やその母には声をハッキリ聴きとる力はなく、フローラならば可能だと断言しているのか。

 確かにそれならこの問題はフローラにしか解決できない。しかし致命的なのはフローラにその自覚がないことだ。


「いかんせん情報が少なすぎる。まずその『声を聞く』というというのを具体的に説明することは可能だろうか? 経験者があなたしかいない以上、僅かでもフローラが成功率を上げるための情報が欲しい」


「ちなみに難しく説明されてもわかんないからね!」


「あなたはもっと理解する努力をしなさい……っていうのも今更ね。でもそうね、説明、説明……う~ん」


 そのまま難しい顔のまま頭をひねり唸る精霊神だったが、どうにも言葉が続かないようで。


「なんていうか……こう……頭の中に スゥ っと言葉が入ってくるというか……。まるで自分自身が体験したかのようなリアルな映像が一瞬で詰め込まれるというか……。というよりもあたし自身一方的に聞かされた経験しかないし」


「なにそれ? 誰にもわかんないならなんであたしがちゃんと声を聞けるなんて断言できるの?」


「それについては……『世界の意思』がそう教えてくれたから、としか答えられないのよ」


 世界の意思……確か限が語っていたな、世界そのものでありその意思とも呼べる存在、世界神と。

 だが聞いた限りではあいつとその前世の仲間は……。


「あなたは、その世界の意思と敵対していたはずだ。だというのにその言葉を信じた、ということなのか?」


「……確かに、あたしとインくん達はその昔、世界神の"リセット"を止めるため敵対したのは事実。でも、それはあたしの大切なものを守るためにはそれが最善だったから。そして、世界の意思を信じて世界樹を育てたのも……」


「それが、大切なものを守るために最善の方法だから……か」


「精霊は、世界との感受性が強いの。だからリセットの時も本当に世界をやり直そうとしてるって理解できたし、世界樹を育てることが世界を救うことに繋がることも信じられる」


 時に考え方は立場や状況によって方法にいくらでも変化が生じることがある。

 自国を守ることを信条にし敵兵を殺していた者が今度は内乱を治めるために自国民を殺す。

 結局、"敵"というものは時代によって移り変わっていくものでしかない。立場が変われば手を取り合うこともある。オレが育った世界では珍しくもない話だ。


「ま、それがあの人には理解してもらえなかったから出てっちゃったんだけどね」


「それはそれで、ブレない意思がある人間ということだろう。どちらが悪いというわけではない」


 お互いに譲れない意思があるというのは時に誤解を招く。それを理解し合うというのはとても難しいことだが、歩み寄らねば前に進めないこともある。

 精霊神は歩み寄る決断をしてくれた、あとは龍神しだいというところか……。


「なになに? パパの話? だったらあたしも混ぜてよー」


「いちいち反応しないの。あたなは世界樹の声を聞く努力をしなさい」


「むー、さっきからやってるよ! ほら、こうやって目をつむって『お話ししよー』って……あれ?」


 そう真面目にやっているのかどうか疑わしい仕草で世界樹に語り掛けるフローラだったが、突然なにかに驚いたように声を止め、呆けた顔で世界樹を見つめてる。


「今、あたしに話しかけてきたのって……」


ゴウゥン……


「ッ!? この……揺れは!」


 フローラの次の言葉が口にされる前にそれは起こった。先ほどと同じ……いやそれよりも強い揺れが突如発生しオレ達を襲う。

 これの原因はやはり……。


「どうして……! ムルムスルングでも抑えきれないほど強い魔力破なんてこれまでに一度もなかったのに……」


 精霊神ですらこの状況に理解が追いついておらず慌てふためいている。オレほどではないが揺れの影響を受けている様子からこれが異常な現象だと理解できる。


「え!? な、なにこれ! どうなってるの!?」


 だがそんな中で唯一、揺れの影響を受けない人物がいた。

 フローラだ、状況に困惑してはいるがオレや精霊神ほど焦った様子もなく、ただあたふたと飛び回るだけ。

 もしかしたら、フローラならこの状況をどうにかできるかもしれない。


「フローラ! 世界樹に語り掛けるんだ! お前が何を聞いたかはわからないが、おそらくそこに理由はある!」


 揺れが起こる直前、フローラはオレ達には聞こえない何かを聞いていたような発言をした。それがもし世界樹の声ならば、その声の応答に突破口があるはずだ!


「わ、わかった! 世界樹さん、『話ならあたしが聞いてあげる』からそんなに暴れないで!」


 そうフローラが告げると同時に、ピタリと揺れが収まる。

 どうやら上手くいった……と、オレ達全員が安心したのもつかの間……。


「ふぃー……ビックリしたけどこれで一安心。……ってあれ? 星夜もミーコちゃんもママもどうして遠ざかってくの?」


「違うフローラ! お前がオレ達から離れていっているんだ!」


「えええええ!? ど、どうなってるのこれー!?」


 どうなってるもこうもない。揺れが収まったと思った次の瞬間、世界樹の中心に光る亀裂のようなものが現れフローラを引き寄せ始めていた。

 そして逆に……。


「オレ達は引き離すつもりか……!」


「飛ばされ……そです!」


「どうやらあたしも例外じゃなさそうね!」


 オレとミーコはおろか精霊神まで近づけさせないつもりか。

 これはやはり世界樹の意思と考えるが妥当か……いや、今はそれよりもこの状況をどうするかを考えるべきだ。


「……よし。フローラ、魔導エンジンに掴まれ! お前が宿り場にしているあれなら遠隔でも干渉できる可能性がある!」


「な、なるほど! やってみるよ!」


 オレとミーコも停車させていたバイクに乗り込みエンジンを起動させ、世界樹の方向から逆相させる。

 エンジンの魔力を掴んだフローラを、反発されているオレとミーコを逆に利用して世界樹から引き離す。


「お、段々体が星夜達に引っ張られてくよ。いい調子いい調子」


 世界樹の暴走がいつまで続くかわからないが、このまま離れられればいつかは収まる可能性はある。それまでエンジンの出力が持てば……。


「待ってみんな! 世界樹の様子が……!」


 精霊神が何かに気づいたように声を上げると同時に世界樹へ振り向くと、そこにはさらに光の亀裂が広がりを続ける光景が目に入ってくる。

 引き込む力が強くなるかと考えオレはさらにエンジンの出力を引き上げるが……すぐにそれが間違いだと悟った。


「これは……まさかオレとミーコも引き寄せる対象にされているのか!?」


 先ほどまでの飛ばされるような感覚が一転して吸い寄せられるようなものに変化していた。

 対応が遅れ、今までとは違う吸引の感覚に車体が浮き上がり、そのままコントロールを失ったオレ達は……。


「くっ……!」

「にょわあああああ!?」

「あわ……あわわ!?」


 三人そろって光の亀裂の中へと吸い込まれていくのだった。


「フローラ! 世界樹が何を望んでいるのか、何を求めているのか……それを突き止めるの! 星夜、ミーコ……フローラをどうか頼みます……」


 光に飲み込まれる直前、最後に精霊神の言葉が聞こえ……そこでオレ達の意識は途切れた。






-----






「……夜、星夜」


 オレを呼ぶ誰かの声にようやく意識を取り戻す。だが、なにか……おかしい。

 視界がハッキリしない。ここはどこだ、オレを呼んだのは……目の前にいるこの人物は……。


「大丈夫星夜? 歩いてる途中にボーっとしてるなんてお母さん心配しちゃったぞ」


「母……さん?」


「なぁに、その素っ頓狂な顔。ボーっとしすぎてお母さんのこと忘れちゃた?」


 母さん……そうだ、この人はオレの母親だ。なぜそんな当たり前のことを一瞬忘れていたんだ。

 ……待て、そもそもオレは今まで何を


「ほぉら、星夜が荷物持ってくれるっていうから任せたんだからね。久しぶりにお休みに親子でお買い物なのにお母さん悲しいぞ」


 そうだったな、休日に母さんの買い物に付き合わされていたところだ。

 自身の通う学校と同じ歩道を歩き、馴染みのあるデパートの地下で買い物を済ませる。帰り道は行きの道から少々逸れ、都心の中に作られた自然公園を通りおしゃべりな母さんの話を聞かされながら家に戻る。

 いつもの光景だ。今日は母さんの機嫌がいつもよりいいということを除けばだが。

 普段仕事で忙しい父が今日は家に戻れるということで母が腕によりをかけてごちそうを作ると張り切ってしまったからな。こうなっては母が無茶をしないようオレが見張っていないと危なっかしいということで今に至った……はずだ。


「さぁ星夜、早く帰ってごちそう作って、お父さんを驚かせましょう! ほら急いだ急いだ」


 まったく母さんは年の割に子供っぽさが抜けない。まるで……まるで?


(今、オレは誰を思い浮かべた?)


 それは存在しないはずの記憶……心の奥底から、オレを呼ぶような。


「またボーっとしちゃって。置いてっちゃいますよー」


「済まない……そうだな、早く帰ろう。オレと母さんと父さんの……我が家へ」


 きっと友人から借りた漫画か何かの影響だろう。オレは17歳の普通の高校生なのだからな。


 父は、仕事で海外を飛び回る忙しい身だ。それでもこうして家族との時間をどうにかして作ろうと努力してくれている。

 自慢の父だ。


「おかえりなさいアナタ。ほらほら座って座って! 今日は今まで以上に張り切っちゃったんだから。星夜も手伝ってくれたのよ」


「そうかそうか、それは楽しみだ。星夜もありがとう、母さんのフォローは大変だっただろう」


「あー、なによその言い方。まるであたしが迷惑かけてるみたいじゃないの」


 父さんも母さんも本当に仲がいい。直に会えない日のリモートでも仲睦まじくはあるが、こうして帰ってこれた日はより嬉しそうで微笑ましい。

 そしてオレも、そんな二人の息子でいられることが誇らしくもある。


「この度は長年の任務、大変お疲れ様でした。つきましては此度の結果と今度の予定のすり合わせ……を……」


 父と母が目を丸くしている。

 自分でも、何を口にしたのかわからなかった。ただ父に労いの言葉を送ろうとしただけだというのに、なぜこんな言葉が出でしまったのか。


「ハハハ、どうした星夜、何かの漫画かゲームの受け売りか? なかなか面白かったぞ」


「星夜ってば、そういうのにあんま影響受けない子だと思ってたからビックリ! 母さんを驚かすなんてやるようになったわね~」


「あ、ああ……最近、そういうのに詳しい友人が……出来てな」


「あら、お友達? 今度連れてきてね」


「うんうん、友人は大事にしろ。それじゃあ母さんの料理で乾杯といこう」


「……その前に、少々席を外してもいいか」


 そんなオレの要求を不思議に思いながらも、やはり笑顔で了承してくれる両親。

 ああ、そうだな……確かにオレは、こんな両親を望んでいたんだろう。


 外へ出ると、オレの姿は先ほどよりも成長した大人のものに変わっていた。

 恰好も白のライディングスーツと、あの時のままだ。


「これが、オレの望んだ世界か」


 室内のリビング全体を見渡せる大きな窓の先には、今もオレの戻りを待ち笑い合う父と母の姿がある。

 ……いや、そもそもオレは本当の母の姿など知らないし優しい父など一度も見たことがない。あれはオレの願望なのか、それとも……。もしそうだとしても、オレはあそこには戻れない。


 庭にはいつの間にかオレの新たな魔導機“シューティングブレイザー”が低いうねりをあげながらそこに佇んでいた。


「行こう」


 別れはいらない。自らこの優しい世界を捨てる自分にはその資格はないはずだ。

 だが最後に一度だけ振り返ると、そこには……。


「ありがとう……」


 手を振ってオレを送り出してくれる、温かい両親の姿がそこにあった。

 それを最後に走り出すと世界が割れるように砕かれ、また光に包まれながら進んでいく。




 そして、光の中を走りぬいたオレがたどり着いた場所はどこかの石造りの街。いや、これは石の街というよりも鉱石を加工して作られた街というべきだろう。

 そこに住んでいる住人は、その誰もが背の低い……ドワーフ族ばかりだ。


「そうか……ここは」


 ここはオレの知らない世界ではあるが、この光景を望む者には心当たりがある。

 オレはそのまま街中を進みある場所を目指す。巨大な岩の山をくりぬいて作ったような造形の、ドワーフ王族の城へ。


 そこには、予想していた通りの光景が広がっていた。

 城のバルコニーから中を覗くと、そこでは煌びやかな衣装を身に纏ったミーコが多くの同族に囲まれとても嬉しそうな表情を浮かべている。

 ……きっとこれが、ミーコが望んでいた世界なのだろう。


「みんな、今日もいっぱいいっぱい頑張ってお疲れ様! 沢山の魔石で街はもっと潤って、大きくなっていって、こうやって毎日楽しくお酒が飲めたらいいね」


「おおー!」

「姫様が労ってくれて俺らもやる気が出るぜ!」

「アタシらももっと頑張るから姫様も一緒においしいお酒で乾杯しようじゃないかい!」


 驚いた。ここが願望が実現した世界とはいえ、あれほどまで流暢に会話するミーコを見るのははじめてだ。

 ……違うな、本当はあれが本来のミーコだったはずだ。


 もし、ミーコが元の世界に戻ることを拒みこの世界で生きることを望んだ時は……。


「星夜様、そんなところで何をしてるんですか」


「ミーコッ! ……か?」


 いつの間にやってきたのか、オレの横には目の前の宴を抜け出してきたミーコの姿がそこにあった。

 そして、今まで聞いたこともないようなスラスラとした言葉でオレに話しかけ。


「あはは、やっぱり突然こんな普通に会話できるようになると驚いちゃいますよね。私も、本当はもっと星夜様とお喋りしたかったんですけど、今までの私って上手く話せませんでしたから。だから、こうしていっぱい話せるようになってとっても嬉しいです」


「そうか……よかったな」


 やはり、オレは口下手だな。ミーコが今まで伝えられなかった想いをこうして伝えてくれてるというのにこれしか言葉が出てこない。


「でも……少ない言葉でも星夜様は全部わかってくれてたから、今までも今まででやっぱり嬉しかったです。だから、行きましょう」


「いいのか?」


 やはりミーコも気づいていたんだな、この世界が自分の願望を映し出したものだと。

 そして今、その世界から背を向けようとしている。


「この世界から抜け出せば、あの場所に戻ることはできずお前はまたまともな声を失う」


「私は……それでも構いません。今の世界には生き別れた同胞もいますし、私の声は星夜様と……フローラちゃんの二人がわかってくれますからそれでいいんです。確かにこの世界も素晴らしいものでした。けど、私達がこの先作り上げる未来はきっと、この世界よりも素晴らしいものにできるって信じてます!」


 どうやら、オレの心配などいらないお節介だったようだ。

 ミーコは心の芯まで強い女性だということは、ずっと一緒にいたオレが誰よりも知っていたことだというのに。


「いくぞミーコ、しっかり掴まっていろ」


「はい……! せや……さま!」


 バルコニーから飛び降りシューティングブレイザーに乗り込むと、ミーコの姿もいつもの全身を覆うフード付きの外套を羽織ったものに戻っており、言葉もたどたどしいものに変わっていた。

 だがそれでも、オレにはミーコの気持ちが伝わってくる。その想いは、オレと同じだ。


「待っていろ、今行くぞフローラ」


 そしてオレ達は走り出す、オレ達にとって欠かせない最後の一人の下へ。


 そのまま進んでいくと、再び世界が割れ光の中へと走り抜ける。

 ……だが、今度は別の世界へたどり着くことはなく、その光に包まれた白い世界で何かがオレ達の前に立ちふさがるように待ち構えていた。


「どうやら、そう簡単に先へは進めそうにないらしいな」


 それは馬のような四つ足の下半身と四つの腕を持つ人間のような上半身、それらすべてが樹木で作られたような異質な存在がオレ達の前に立ちはだかる。

 そこに、オレ達への明確な敵意を持って。


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