262話 ほのぼの親子ゲンカ


――――ィィィイイイン


 ここは豊かな自然が広がる第四大陸。そんな場所に似つかわしくない人工的な機械音が走り抜けていく。


「ん~……やっぱり第四大陸独特の濃いマナを感じると、『帰ってきた~』って感じがするよね~」


「そうか、オレにはその感覚はわからないが、よかったなフローラ」


 この地が生まれ故郷というのもあるだろうが、限が言うには『世界樹』の存在するこの土地は精霊族にとって住み心地の良い環境とのことだ。


 言うまでもなく今、この地を走り駆けているのはオレ達『第四大陸神器回収組』だ。

 ここに帰ってくるまでにすでに四日。陸路だけならばもう少し早くたどり着けただろうが、途中海路を挟んでしまう都合上最速でもこれが現界だ。

 特に期限を設けられた任務ではないにしても、早く終わらせるに越したことはない。加えて、オレ達には急ぐ理由が他にある。


「ここまで来たらママのいる世界樹は目と鼻の先だよ。早く神器とかいうの貰って、パパのとこ行かせてもらうんだから!」


「やる気……まんま……です」


「そりゃもうその通りだよミーコちゃん! 今回に限りあたしのやる気は限界を超えちゃってるんだから!」


 むしろフローラにとってはそちらの方が重要といったところか。


 限から回収を依頼された神器“ムルムスルング”はフローラの母えあるルファラ・ディーヴァが所持している。

 以前の事件において積極的に協力してくれた彼女ならば話も聞かず追い返される心配もないはずだ。加えてこちらには娘であるフローラもいるという点はプラスに働くだろう。


 たとえ神器を譲る気がなくともこの先の戦いに協力してくれるというのならそれでも十分だろう。限の思惑に外れることにはなるがな。


「そんなわけでもっとスピード上げていこー! ほらほら星夜、全速力全速力!」


「これでほぼ最速だ。ヴォリンレクスで魔導エンジンの出力もアップさせたから前よりも早くなってるはずだ」


「へ~そうなんだ。そういえば車体の形、前と違うね?」


「え……! 今……気づたです?」


 ここに至るまで気づいていなかったのかと驚くミーコだが、それだけフローラが母親の説得で頭がいっぱいだったとも言える。

 フローラが気づいたように此度の出発前にエンジンの出力向上だけでなく車体の大幅改造を施した。

 ヴォリンレクスの技術からは学ぶものも多く、ミーコも同郷のドワーフ族から新たな技術を教えられたようで、魔導アームや他の依頼品の制作の合間に作り上げておいたというわけだ。


「よく見たら星夜のパイルバンカーも前と形が変わってる。これもミーコちゃんが作ったの?」


「じしさく……です」


 自信作か。確かにこの新たなパイルバンカーにはこれまでとは大きく異なるギミックが搭載され戦術のバリエーションが大幅に増えた。

 それを使いこなせるかどうかはオレしだいか……そんなミーコの期待に応えられるようオレもまだまだ励むとしよう。


「さて、そろそろ森の中へ入る。フローラ、案内を頼むぞ」


「まっかせんしゃい! ママのとこまで超特急でいくよー!」


 こうしてオレ達は、精霊神が住まう『世界樹』へと向かうため森を駆けていくのだった。


 森の中へ入ると道は複雑になり、スピードを落とさざるを得ない。

 だがこの場所、どこか見覚えがある。


「以前メフィストフェレスと戦った場所も似たような森の中だったな」


「そりゃここもあそこも大きな大きな『世界樹の森』の一部だから当然だよ。とはいっても、あそことは別の場所だけどね」


「一見しただけだと見分けがつかないな……」


 そうか、あの時も奴は世界樹を目指していたが、それなりの奥地へと進んではいたということか。

 レースの時のように道が開かれていなければ複雑な森の中に囚われ抜け出すことすら困難だろうな。


「でも……ふろらさん……います」


「えっ!? そ、そうだね、あたしがいるから大丈夫~……」


 フローラがいるから自分達は迷うことはないとミーコは言うが、頼られた当の本人はそれを聞きなぜか動揺を見せていた。

 この反応は……まさかな。


「フローラ、お前……道を忘れたか」


「そ、ソンナコトナイヨー。シッカリオボエテルヨー」


 これは完全に覚えていない反応だ。故郷だからと完全にあてにしていたオレにも落ち度はあるが、このまま迷い続けるのは依頼の完遂に大幅な遅れが生じてしまう。


「だ、大丈夫! こんな時は……おーい! みんなー!」


(なんだなんだー?)

(おーフローラだー。久しぶりに見たなー)

(そういや最近精霊神様のとこにもいなかったねー)


 フローラが呼び掛けると、実体はないが目に見えるほどに具現化されたエネルギー体が各所から集まりオレ達を囲んでいく。

 ただ、決して近くには寄らず木々や草葉の陰からこちらを覗いて噂する程度だ。


「ねーねーみんな、あたし達をママのとこまで案内して」


(あー、フローラまた道忘れたなー)

(いい加減覚えろよー)


「もーいいじゃん! みんなが案内してくれればあたしが道を覚えてなくても全然問題ないし~」


 やれやれ、ここまでのフローラの自信の表れはこういう理由か。

 だがこの方法ならこの先迷わず目的地までたどり着けはするだろう。


「そんなわけでほらほら、みんなあたし達をママのところまで案内して」


(え~そんなこと言われてもなぁ~)

(ね~)


「ちょ、ちょっと~!? せっかくあたしの完璧な作戦で星夜に「よくやった、流石オレの女だぜ」って褒めてもらえるとこなのに~!」


「せや……さま。そなこと……言わな……です」


 そもそも道を忘れた時点で褒められた評価を与えられると思っているところが実にフローラらしいな。


 それよりも気になるのは精霊達の態度だ。精霊というのはのらりくらりとしているが基本的に素直な種族だというのはオレも理解している。

 彼らがこういう態度を取るということはつまり、案内を"しなくてもいい"理由がそこにあるからだ。


「なるほど、そういうことか」


「ええっ! 星夜もなに納得してるの~! みんなが案内してくれないと誰も道がわからないんだよ!」



「まったくあなたという子は……あれほど世界樹へはどこからでも帰れるよう道を覚えなさいと言ったでしょう」



「ほえ? ……えええええ!? ママぁ!?」


 その声が聞こえてきたのはオレ達の真後ろの上空。そこには呆れたような表情の精霊神がオレ達、というよりもフローラを見下ろしていた。


 先ほどまでと違い周囲には精霊神の神秘的な魔力で包まれている。

 オレもここまで近づかれてようやくその存在に気づけた。聞いていた通り彼女の魔力を隠す能力は桁外れといったところだな。


「でもなんでママがここに?」


「あなた達の魔力を感じたからに決まってるでしょ。こっちに向かってるのに気づいて待ってたのに、フローラがこんなところで迷ったりするから迎えに来てあげたんです」


「お手を煩わせてしまい申し訳ない」


「いいのいいの、それじゃまずは世界樹の下にあるあたしの居住区域に行きましょう。話は……そこでゆっくりとね」


 やはり、オレ達がなにかの要件で自分を訪ねてきたということはお見通しか。

 こちらとしても隠す必要もない。まずは精霊神の意向に任せるとしよう。


「ま、結果オーライオーライ! 順調だね!」


「あなたはもっと反省しなさい」


 この先この親子にとっても大事な話し合いになるだろうしな……。




「さて、それじゃあ要件を聞かせてもらえるかしら? まぁ、あたしを訪ねてくるとなるとインくん絡みのことだとは思うけど」


 精霊神に案内されたのはしっかりと人が生活できるほどの居住スペースだった。すでにオレ達を迎え入れる準備を整えていたのか話し合いの席には人数分のお茶も用意されている。

 そしてこちらが誰の意図でやってきたかも見当がついている……か。


「それなら話は早い。まずは……」


「ママ、とりま神器ってやつちょーだい。そしたらあたしパパのとこいくから」


「「 …… 」」


 と、オレが穏便に話を進めようとしているというのにスッパリと要点を省いて己の要求と欲求を言い放つフローラに誰もがポカンと放心してしまう。


「えーっと……フローラ、あなたは何を言ってるのかしら?」


 彼女の母である精霊神でさえそんな突拍子もない発言に困惑し再度問いかける。

 だが、それでフローラの主張が変わるはずもなく。


「だからぁ、あたし達はゲンちゃんからママに神器貰って来いって言われてるの。そんで、ちゃんとママにパパのとこ行ってくるって言えば会いに行ってもいいって言われたんだもん」


「ちょと違……ですよ?」


「いいのいいの、ちゃんとママに宣言してから向かえば一緒みたいなものだよ。だからほら、早く神器……」


「そんなの許すわけないでしょーが!!!」


 まるで雷でも落ちたかのような怒涛の怒りの言葉がフローラに向け発せられる。その衝撃かフローラも椅子から転げ落ち、腰を抜かしてへたり込んでしまう。


「インくんに何を吹き込まれたか知らないけどねぇ! あたしから神器を受け取って父親に会いに行くなんてはいそうですかって簡単に言うわけないでしょ!」


「い、いいじゃん別に! ママのけちんぼ!」


「けちじゃありません! あなたがわがままなだけです! 神器をもらうだなんて簡単に言ってるけど、それがどういう意味を持つかもわかってないでしょあなたは! それにあなたには……父親なんて……!」


「すみません精霊神。頭ごなしにお怒りになられる前にまずはこの限からの手紙を読んではいただけませんか。フローラが先走ってしまったためにこの前提を飛ばしてしまい申し訳ない」


「インくんの……?」


 すでに怒り心頭の精霊神に通じるか不安だったが、限の名前を聞いたことで冷静さを取り戻してくれたようだ。

 フローラもそうだが、どうもこの二人は父親の話題となると冷静さを欠いてしまうようだからな。ここで止めなければ言い争いはさらに苛烈を極めていただろう。


 そのままオレとミーコがフローラを抑えてる間に精霊神は手紙を読み終え……。


「事情は……大体わかりました。この世界の危機、神器の必要性。できる限りの協力は致しましょう」


「オレは手紙の内容は確認していないのでなんとも言えないが、つまり限の要求に応じると捉えても?」


「ええ、手紙の最後の一文……フローラを父親に合わせてほしいっていう部分以外はね」


「……ママ! それってどういうこと!」


 やはり、限もフローラを父親と会わせようと書き記していたか。しかしあいつの言葉でさえ首を縦に振らないとなると……これは納得させるのに相当骨が折れそうだ。


「精霊神よ、オレ達はすでにフローラの父親の正体も、居場所も知り得ている。今ここであなたの了承が得られずともいつか必ず会いに向かうこととなるだろう」


「そうだそうだー! 言っとくけどね、あたしはもういろんな人からパパのこといっぱい聞いちゃったんだよ。だから、いくらママがパパのこと隠してももう無駄なんだから」


「……それでも、あたしはあなたがあの人に会うことは反対します」


「むー! なんでよー! ママのけちー!」


(……そうか、今まで何か違和感を感じてはいたがそれが何かはわからずもやもやしてうたが、今その理由が理解できた)


 そもそもフローラが父親と会うために限が挙げた条件がずっと引っかかってはいた。そんな条件を与えたところで了承が得られずともフローラの性格ならそんなもの無視して会いに行こうとするのはわかり切っていたことだ。

 ならばなぜ限は"母親の了承を得る"などと回りくどい条件を指定したのか。それは……。


「精霊神よ、限の手紙にはあなたも共にフローラの父に再会させようとする文が書かれていた……そうでしょう」


「え? ママも? なんで、パパに会いたいのはあたしだよ?」


 そう、確かにその人物に会いたいのはフローラだ。しかしそれだけではこの"家族"の問題は解決しない。フローラと父親が会うだけでは足りない……そういうことだろう、限。

 理由は二つ。それはきっと本当の家族というものを知らないフローラのためを想ってのこと。そしてもう一つは……お前の前世とやらに関係しているというとこか。


「ええ、確かにインくんの手紙にはあたしにもあの人ともう一度話し合ってほしいって書かれてた……」


「そっか、だったらママも一緒に……」


「いやよ、あたしは……あの人と会いたくなんてない。あの人は……ドラゴスはあたしとあなたを捨てたんだから」


「ママ……」


 妻と子を捨て出ていった父親……か。そんな彼女達の境遇にこんなにも胸がざわつくのはオレが似たような境遇で育ったせいかもしれないな。


「子供とは……それが誰かわからずとも無意識に望むものだ、父と母がいる温かい家庭というものを」


 感情を捨てろと教えられた。他の誰でもない父がオレに"家族"というものを捨てさせた。オレ自身も、そんなものは必要ないと割り切っていた。……なのに、そうだ。

 オレは心の奥底で"家族"という存在を求めていた。

 たとえ冷徹で任務以外に関心を示さない父親だろうと、たとえまったく素性を知らない母親だろうと……その二人と笑顔で過ごす自分の姿を夢見ていたんだ。


「星夜……」


「フローラ、お前は……"家族"とどうなりたいんだ」


「あたしが?」


 だからきっと、フローラも……。


「あたしは……パパと、ママと、三人で一緒に"家族"になりたい! 生まれたばかりに感じたあの温もりにまた包まれたい!」


 それが、フローラの本音か。

 父親に会いたいというのも嘘ではない。だがそれはその先にある家族の温もりを欲していたから。


「ねぇ、ママ」


 さぁ、フローラの本当の想いは今吐き出された。あとは……。


「ママは……本当にパパのことが嫌いなの?」


 あなたの、気持ち次第だ。


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