261話 いつの日か、すべての幸せのために
「……んあ? ここは……」
目を覚ますと、そこは霧深い森の中。どうやら俺は今まで意識を失っちまってたみてーだが……。
「ってそうだ! 試練!」
試練はどうなっちまったんだ!? 確か意識も朦朧とした状態で無我夢中のままジイさんに挑んだのはなんとなく覚えてっけどよ。
あんときは思考も定まってなくていろいろ言いたいこと言っちまってたような覚えもあんだが、ここで寝ちまってたってことは……。
「カロフ! よかった! 目を覚ましたのね!」
「うおっ! り、リィナ!? なんだよいきなり」
急にリィナに抱き着かれて嬉しくも恥ずかしい気持ちだったが、泣きながら俺を抱きしめるその姿にそういう気持ちもすっかり落ち着いちまった。
「おいおい、いつものようにぶっ倒れただけなんだからよ、なにもそんな大げさにならなくてもいいじゃねえか」
「バカ! カロフってばここ三日間まったく目を覚まさなかったんだからね! もう目を覚まさないんじゃないかって、私……」
「ま、マジか。そりゃ……済まねえ」
こっちにゃそんな実感まったくねえもんだからいろいろと困惑してんだけどよ。
「そうだ! カロフが起きたことアリステルさん達にも早く教えてあげない……」
「カロフ!? 目が覚めていたの!?」
っと、ちょうどいいタイミングでお嬢さんも登場だな……ってうおっ!? お嬢さんも急に飛び込んできてっ……。
「あなたは本当に大馬鹿ですわ! あんなこと宣言しておきながら一人で先に逝くなんて、わたくし絶対に許しませんのよ!」
「あ、ああ……悪ぃ悪ぃ。安心しろって、俺はお前らに黙っていなくなったりしねえからよ」
俺はそう言って胸の中でわんわんと泣きじゃくるお嬢さんの頭をそっと撫で安心させてやる。
いろいろと啖呵切っちまったし、こっからが大変だろうけど、宣言した以上必ず成し遂げてやるさ。
「で、お前はなんで何も言わずに後ろから抱き着いてんだ、カトレア」
「自分は空気の読める女なのでな、こうしてお嬢様やリィナを立てつつ後ろから支える出来た後妻ポジションでお前の好感度をうなぎのぼりさせているのだ」
「そのセリフのせいで好感度はストップ安だ」
ま、それがこいつの憎めないいいところなんだがな。
まったく、ホントどいつもこいつも俺にはもったいないくらいのいい女だよ。ただ、たとえ俺がこいつらにとって分不相応だって言われても、諦める気なんざ毛頭ねえが。
って、んなことしみじみ感じてる場合じゃねえだろ。試練はいったいどうなっちまって……。
「ほう、女に囲まれながら起床とはこれまた随分と贅沢なお目覚めだな小僧。幻想の術でそこだけ后宮にでも変えてやればよかったか?」
「起きて早々嫌味かよジイさん」
こっちもこっちで嫌味な性格は変わらねえみてえだが、肉体の方には以前とは一部だけ変化した部分があった。
「その肩の傷……」
「ふん、自分がつけた傷も覚えていないほど限界ギリギリで戦っていたとは。そんな戦い方ではこの先いくつ命があっても足りないぞ」
やっぱ俺がつけた傷か。
ジイさんの言う通り、あんときはマジでギリギリ意識を保ててたからな。最後の一撃だって感覚は覚えてっけど自覚がねえし。
「それで結局"試練"は……どうなっちまったんだ」
「まったく、神器に認められたというのにその自覚すらないか。だが、リ・ヴァルクが我から貴様に移ったのは事実だ。目を閉じ、集中して己の内を感じてみろ」
神器が移った? ってことはやっぱ試練はクリアしたってことでいいのか。
しかし己の内を感じろっつわれても……。
「……ッ!?」
なんだっ……こりゃ!? 俺ん中で何か得体の知れねえ何かがそこに居座って、静かに呼ばれるのを待ってるみてえだ。
だがよ、そこに手を伸ばそうとするとすげえ重圧が押し寄せてくるみてえで近づけねえ。
「……カハッ! なんっ……だこりゃ」
「やはりまだこうなるか。神器の中でもリ・ヴァルクは生半可な気持ちで手に取られることを拒む。我にも経験がある」
「試練じゃバンバン使われてたってのに、なんだっていきなりこんな……」
「試練は所有者を見極めるためのものに過ぎない。ここからはいかに神器に見放されないかといったところだな」
ったく、こっからはリィナやお嬢さん達だけじゃなく神器にまで呆れられないようもっと自分を磨かねえといけねえってことかよ。
「上等だ、俺の生き様……しっかり見届けやがれ、リ・ヴァルク」
とまぁ、これで晴れて俺が神器の所有者になったっつーことでひとまずの目標は達成したわけだ。
それはいいんだが……。
「っとと……」
「大丈夫カロフ? 起きたばっかなんだしあんまり無茶したらダメだからね」
「ああ、わかってっけどよ。どうしても先に済ませてえことがあんだ」
この試練はなにも神器をもらうためだけのものじゃねえ。俺にとってとても重要な……約束がそこにはあった。
「約束だぜジイさん。あんたが見たっていう"あの日"を……親父の本当の最期ってやつを、教えてくれ」
それは俺の中で一つの始まりにして終着点だ。
正直、ここまでの道のりや今回の試練を通して俺の中で気持ちの整理はついちまったっつってもいい。
だがよ、それを知ることは俺がもう二度と振り返らないために必要なことなんだ。
すべてを知ることでこれまでの自分に決着をつけ、俺はきっと真に“英雄”としてあいつらと並び始められるんだってな。
「……いいだろう。だが言葉を交わす必要はない。ここにいる全員に、我が記憶を見せてやろう」
「んあ? そりゃいったいどういう意味……」
「こうするのだ。『記憶交信(メモリーテレパス)』」
おいコラ! 話がはえーのはいいがいきなりすぎんだろ!
こうしてなんの説明もなしに、俺らは龍神の見た"あの日"のすべてを追体験することとなる。
ぼやけた視界がハッキリすると、そこに見えたのは一人の亜人族の男がどこかへ向けて走り進んでいる光景だった。
その男は、間違いなく俺の親父、ウォルダー・カエストスその人だ。
「はぁ……はぁ……無事でいてくれ!」
騎士の鎧を身に着け、息を切らしながら焦るその姿を俺は覚えていた。
これは特異点の騒ぎがあったあの日だ。他の騎士が駆け付けるよりも早く親父は村にやって来て……そう、他に騎士がこの近辺に訪れなかったかって焦ってたっけか。
せっかく久しぶりに帰ってきたってのに親父は焦って出ていっちまってよ。
「リスティ、無事か!」
「……! ウォル、来てはダメ!」
親し気に愛称で呼び合う二人の関係に俺はあっけにとられちまった。親父が呼び掛けた相手は紛れもなくあのアリスティウスだ。それにあいつも親父のことを……。
アリスティウスの無事を確認した親父はさらに別の場所へ避難させようとしたみてーだが、あいつの方は気づいてたんだな、自分の身に危険が迫ってたってことに。
「ククク……やっと見つけましたよアリスティウス様。転移の途中で不慮の事故に遭ったというのにどこにもいらっしゃらないので随分探しました」
「アルヴァン……! 白々しいにもほどがあるわね。アタシも戦闘能力の高くないあなたになら出し抜けると思ったけど……ベルゼブルの用意周到さを舐めてたわ」
そういやそんな話だったな。ムゲンのやつが戦ったっつーベルゼブルってのが全部仕組んだことだって。
あんときは全部アリスティウスの作り話だって全否定しちまったけど……この光景はただの映像とは違え、視界を通して本物の感情まで伝わってくる。
今なら理解できるぜ。あの時あいつ……アリスティウスの語った言葉には嘘偽りなんてどこにも存在しなかった。
「それに、アタシの知らないうちに随分とお友達が増えたのね。見たところ、この国の騎士さんかしら」
「ええ、この国にはとても話の分かる方が多かったので。それに……」
再び意識を目の前の光景に戻すとその場面にはさらに人物が増えていた。
そこにはあのくそったれ騎士と、さらにその横にもう一人……。
「ワタシの存在に感づき嗅ぎまわっていた騎士もこの通り……ククッ」
「ザガン!? おいテメェ! 俺の親友にいったい何をしやがった!」
この状況で出てくる人物ってことは、やっぱそうだよな……。あれが当時の第三騎士隊長、つまりリィナの親父さんってことだ。
今おんなじ光景を見てるリィナは、どう思ってんだろうな。
「いくら声を掛けようと無駄ですよ。彼は数日間ワタシの魔力で調教し意のままに動く人形も同然……。そしてベルゼブル様の意思に背く人形は処分する……さぁ、殺せ」
アルヴァンの合図と同時に弾かれたように飛び出す騎士隊長の切っ先が真っ直ぐアリスティウスの喉元へ向かい放たれる。
だがやはり、それを許さないのは……。
「やめろザガン! 正気に戻りやがれ!」
親父が必死に呼びかけようとも、騎士隊長は反応もなくただただ攻撃の手を激しくするばかり。親友を傷つけることができないからか親父も攻めることができねえでいる。
「……せ」
「……! ザガン、意識があんのか!? だったら負けるんじゃねえ! 早く正気に戻って一緒にこいつらを……」
「私を殺せ……ウォルダー……。この体は……もうダメだ」
それは、これまで共に歩んできた親友からの残酷な願いだった。
魔術に疎い俺でもわかる。あそこまで別の魔力に侵食されちまったらもう助からねえ。リィナの親父さんもそれを悟っちまったんだ、だから……。
「ふざけんな! リィナちゃんはどうすんだよ! 父親だってこと、いつか必ず自分の口から伝えるって言ってたじゃねえか!」
「済まない……済まない……」
そこからはもう、見るに堪えない悲惨なもんだった。
目の前の操られた親友と、後ろの助けた女、親父はそのどちらも見捨てることができず……斬りつけられ血だらけになっていく。
「もうやめてウォル! アタシのことはもういい、あなただけでも逃げて!」
「いやだね! 俺は絶対なにも手放したくなんて……うぐっ!?」
どこまでもお人好しで、絶対に諦めようとしない。やっぱ俺って親父の息子なんだな。
でも、そんな親父だったからこそ……。
「さぁ! その使えないコマを殺すのです! クキッ!」
「やめろぉ! おおおおお『獣人剣技』!」
足元のバランスが崩れ、その隙にアリスティウスを狙われて咄嗟に手加減ができなくなっちまったんだよな。
未完成の『獣人剣技』を使っちまって、それでリィナの親父さんを。
「そんな……ザガン。俺は……ガッ!?」
そして満身創痍になった親父はアルヴァンのヤロウに気絶させられて、すべてが奴らの計画通りだ。
「ウォル! ウォル! そん……な……」
「これで理解したでしょう? あのお方に逆らうことの愚かさが。また裏切るようなことがあれば、次はあなたの大切な幼馴染達がこうなる番です。ククク!」
こうして親父は特異点の混乱を利用して騎士隊長を殺した罪を背負わされ……処刑された。そこからは俺らも知っての通りだ。
これがあの時起きた"真実"。そのままアリスティウスは奴らの理想通りの侵略者を演じ続けながら……。
「ごめんなさい……いつか、必ずこの罪は償います。いつの日か、必ず……だから」
だからお前は俺に……裁いてほしかったってことかよ。
「……ぷはっ!」
途切れていた意識が目を覚ます。そこは変わらず『龍の山』の中で、俺達はジイさんの魔術であの光景を見せられてたんだと理解する。
ただ、あの光景はあまりにも現実的すぎて、まるで本当にあの場面に居合わせたかのような錯覚を覚えるほどに。
「今のが、あの日起きた紛れもない"真実"だ。これをどう受け止めるかは、お前達次第だが」
その言葉に、俺達は誰一人言葉を発せられないでいた。その様子から察するに、やっぱここにいる全員同じものを見せられたってことなんだろうな。
気持ちの整理はついていた。ついていたはずなんだけどよ……まだその衝撃を受け止めきれねえ自分ってのも、心ん中にゃいるみてえだ。
「ちょっくら、その辺歩いてくらぁ」
今はただ一人になりたかった。一人になって何を考えっかってのはなんも決まってねえんだけどよ。
「……私も、少しその辺りを歩いてくる」
続いてリィナも立ち上がる。まぁ当然だよな、あんな光景見せられちまったらリィナだって気持ちの整理くれーつけてえはずだ。
そうして俺達はそれぞれの思案のため別々の方向へ向かって進む……ことはなかった。
ん? なんかおかしくねえか? 俺は一人で考えたくて、それをリィナもわかってくれてっから別方向へ進む流れだと思ったんだけどよ。
しかもなんか空気が重くてツッコむタイミング完全に逃したみてえだし。
「……」
「……」
そのまま俺達は沈黙しながら同じ方向へ進んでいくと、いつの間にか山頂の端っこの切り立った崖んとこまでたどり着いちまってた。
俺がそこで立ち止まると、リィナも横に立つように立ち止まって、やっぱり言葉は交わさねえまま無言の時間が続いてた。
……まぁ、俺はこういう空気苦手だからこっちから切り出すけどよぉ。
「んで、俺と一緒の方向きたんだよ」
「なんでかな……カロフに一人で悩んでほしくない、そう思ったの。ほら、カロフっていっつも貯めこもうとするでしょ。もちろん昔とは違うってわかってるけど、やっぱり気になっちゃって」
「……」
「どうしたの? そんなポカンとした表情でこっちを見つめて」
いやだってな……。リィナだって自分のことでいっぱいいっぱいだろう、って気を使ったつもりがまさかのずっと気を使われてたなんて思いもしなかったからよぉ。
「いやまぁ、嬉しいっちゃ嬉しいんだけどよ。その……親父さんのことはいいのかよ」
「そうだね、思うところはあるよ。でもね、あの光景を見て感じたの、『ああ、あの人は私のお父さんで、私はその娘なんだなぁ』って」
「リィナ……」
そいつはなんとも……なんのひねりもねえ、すげー単純な感想だ。
けど、言われてみりゃそういう感想しか出てこねえよな。あの騎士隊長さんはリィナと同じように優しく、誇りを持ち、ちょっと意地っ張りで、不器用だった。
リィナにとってはあれが自分の父親なんだと実感できればそれで十分なんだ。そしてそれは……。
「カロフは……どう?」
「……おう、俺もあれを見て『俺は親父の息子なんだな』っていやというほど実感させれたぜ。欲張りなとことかな」
だが親父は欲張った結果すべてを失っちまった。けどよ、あそこで何か一つでも諦めるような親父だったらそれでこそ親父はいつまでも後悔しただろうし、俺も許せねえ。
だからよ、親父ができなかったことをやり遂げんのは息子の役目だ。そうだろ、親父。
「カロフー、リィナー。はぁ、はぁ、どこまで行ったのかと思えばこんながけっぷちだなんて思いませんでしたわ」
「ってお嬢さんじゃねえか。どうしたんだよそんなに息を切らして」
「そんなの、あなた達が心配だから追ってきたに決まってるじゃありませんの。あんなものを見せられて、心配するなというのが無理な話ですわ」
だから、わざわざ後を追いかけてここまで来てくれたってのか。お嬢さんだけじゃなくカトレアも、自分達には無関係な問題のはずなのによ。
それに、お嬢さんにはお嬢さんで別の問題もあるってのに。
「俺らより、お嬢さんの方こそ大丈夫なのかよ。そりゃま、俺は絶対お嬢さんの家の問題もどうにかして幸せにするって誓ったけどよ」
「サラッと恥ずかしいセリフが出てきますわね。でも大丈夫ですわ、それならわたくしもある一つの考えのもとに行動してるわけですから」
「んあ? なんだよその考えって?」
「簡単なことですわ。一人では八方塞がりな問題でもその悩みを共有する人が増えれば見方も変化する。だからわたくしもあなた達の問題を共有したいの。そして、すべてを全員で解決すればいいのですわ」
そうお嬢さんは根拠もない自信満々な態度で宣言する。ああまったく、マジで根拠もなんにもねー自信だ。
でもなんでなんだろうな。そんな根拠のない自信が、今の俺にも溢れてる。俺らならきっと大丈夫だってな!
「おい貴様ら、何をのんきにくっちゃべっている」
「うおっ!? 今度は龍神のジイさんかよ、驚かせんなって」
和気あいあいとこれからの明るい未来……になるかどうかはわかんねーが、とにかく話し合ってるところにいきなり空から登場されるとこっちもビビるっての。
「相変わらず肝の小さい小僧だ。そんなことよりも、現在山道の入り口にここらでは見慣れん衣装の者らが右往左往している。貴様らの知り合いか?」
「いや突然んなこと言われてもわかるわけねーって……」
「結論を急ぐな阿呆が。今我の視界と貴様らの視界を共有する。さっさと確認するがいい」
「んなまた突然……ってうおお!?」
だからいきなり魔術に巻き込むんじゃねえよ! うへー、視野が広まったっつっていいのかこりゃ? なんかいろいろ見えすぎて逆に気持ち悪ぃぞ。
んで、肝心の見慣れない奴らってのは。
「あ奴らだ。どうやら我の霧に戻され困惑しているところらしい」
「ちょっと待って……あれはわたくしの家、ティレイル家の使いの者ですわ!」
マジかよ。外見からしてヴォリンレクスっぽい気はしたけどお嬢さんの家直属か。こりゃいい知らせか悪い知らせか……。
「なるほど、案外早かったものだな」
「カトレア? あの者達の来訪を知っていたの?」
確かに、なんかこいつだけ冷静に対応してるよな。いやこいつは普段からこの調子だからその辺よくわかんねえんだけど。
「龍神殿。自分をあの者達の下へと向かわせていただきたいのだが」
「いいだろう、霧に術式を追加し空間移動をさせる。だがあ奴らを連れてくることは許さん。我が登頂を許すのは貴様らだけだ」
「それで十分。では行って参ります」
言うが早いかカトレアのやつはビシッと敬礼すると霧に包まれその場から消えちまった。
そのままジイさんの千里眼で覗いていると、何やら一通の封書を受け取ってすぐに。
「ただいま戻りました」
「早えなおい。いったいなんだってんだ?」
使いの奴らも帰っちまったみてーだしよ。わざわざヴォリンレクスからやってくるってこたぁそれなりに重要なこったと思うんだが。
「カトレアさん、その封書って?」
「これは旦那様と奥様がお書きになられたものです」
「お、お父様とお母様が!? どういうことですのカトレア!?」
「それは、お読みになられればわかることです。これはお嬢様宛ての封書ですので」
それを「どうぞ」と渡されたお嬢さんは息をのんで俺らの方を交互に見つめてくる。
そりゃこんな時に送られてくる手紙なんだから不安にならねえ方がおかしいぜ。悪い知らせが届いたとしてもなんもおかしくねえ。
だが、お嬢さんは意を決してそれを開封し読み進め……なぜか唖然とした表情へ変わっていく。
「ど、どうしたお嬢さん。やっぱなんかヤベーことでも書かれて……」
「ち、違いますわ。わたくしも衝撃のあまり放心してしまって……と、とにかく皆さんも読んでみてくださいまし!」
親が娘宛に送った手紙を読んでいいもんかとちと困惑したが、当のお嬢さんがいいって言うならそれでいいんだろうと納得し、全員揃ってその手紙を読み進める。
そこに書かれていた内容は……。
わたしたちのかわいいアリステルちゃんへ
アリステルちゃんは遠い場所で元気してるかしら。ママとパパは元気すぎて新しい子が生まれちゃいました。
あなたがあの亜人の騎士さんにお熱なのを見てママ達も久しぶりに張り切っちゃったらできちゃいました。元気な男の子、あなたの弟よ。
今まで黙っててごめんなさい。でもアリステルちゃんとっても忙しそうだったから。
それに家督の存続についても何か思い悩んでるみたいだから言い出しづらかったの。
でも大丈夫! 家のことはパパとママ、そして新しく生まれたあなたの弟に全部任せてアリステルちゃんはあの亜人騎士さんのハートをガッチリ掴んできちゃってね。
ママより
……こりゃ、お嬢さんも唖然としちまうわ。自分がまったく知らないうちに弟が生まれてんだからよ。
「か、カトレア、あなたはこのこと……」
「はい、奥様が妊娠なさっていることは知っておりました。しかし、まだ男児か女児かもわからぬ状態で家督の件で悩んでいるお嬢様にお話すればさらに不安を煽ることとなるだろうと」
「お父様と、お母様に口止めされたのね」
「はい、その通りでございます」
まぁそりゃそんな精神が不安定なところにいきなり妊娠だのぶっこまれてもさらに困惑するだけだ。
それに結果だけ見りゃ。
「でもこれで、アリステルさんが家名を守るために結婚する必要はなくなったのよね」
「まぁ、そうなりますけど……なんだか複雑な気分ですわ」
「いいじゃねーか結果オーライでよ。それに弟が、家族が増えたんだろ。何もかもいいことづくめで嬉しくねー方がおかしな話じゃねーか」
「……ええ、ええ! そうですわね! そう考えると今度は嬉しいことが多すぎてなにから祝えばいいのかわからなくなりますわね」
それを考えるのもまた楽しみの一つってこった。
まったく、悪いときはとことん悪いことが起きるってのに、いいことが起きたら今度はそれが爆発的に広がっていきやがる。
ま、それに関しちゃ全部受け入れるつもりの俺的にはドンとこいってなもんだけどな。
「うっしゃ! なんだかわかんねーが全部丸く収まったみてーだし、景気よくヴォリンレクスへ戻るとすっか!」
「なにを勘違いしている小僧……」
「え?」
景気のいい流れをなぜかジイさんにぶった切られる。そこに立つのは"試練"の時と同じように仁王立ちで俺を見下ろす龍神の姿があって……。
「いやいやおいおい! もう試練は終わったはずだろ! なんで今更そんな……」
「あ、ごめんカロフ……。私達、一つだけ伝え忘れてたことがあって」
「それに関しては、我が直接語ろう」
どうやら、それはリィナやお嬢さん達も把握済みみてーだが。
「確かに貴様はリ・ヴァルクに認められた……。しかし! 偶然! ギリギリ! かろうじて絞り出した一撃だけで試練を終えた貴様がこの先も同じ偶然を起こせると思うか!」
「い、いやまぁ、俺もあれは無我夢中の中よくやれたもんだと思ってるが……」
「つまりだ! 貴様はこの先も偶然でなくあの時放った一撃を使いこなさねばならん! そう、雷化も、神器を自在に操ることもだ!」
「あー……それってつまり」
「我が貴様を徹底的に鍛えなおしてやろうということだ。みっちりと! 二度と体が忘れんようにな!」
や、やっぱそういうことかよ。チクショウ、せっかくあの地獄の龍神の試練が終って帰れると思ってたってのに今度は龍神のしごきに変わってまた留まんのかよ。
……まぁ、俺自身未熟なとこはあるって自覚してっし、リィナ達もその方がいいって思ってんなら、やるっきゃねえよなぁ。
「ムゲンとこに帰んのが結構遅れちまうなこりゃ」
「インフィニティのことだ、こういうことも考えなるべく期間に余裕を持たせてることだろうさ」
そいつは俺も思ってたことだからめんどくせえんだよ。
ま、そんじゃここは素直にその思惑に乗せられてやることにしようじゃねえか。
「あ、それとジイさん、約束はちゃんと守れよ」
「ふん、わかっておるわ。その前に、貴様をしごきにしごいてからだがな」
「やっぱ性格悪ぃよあんた」
それでも、俺は掴んだ。未来の英雄と隣り合う資格と、幸せへと向かう権利。
だから……。
「カロフ、頑張ってね」
「これくらいのことで、音をあげないでくださいまし」
「うむ、打たれ強さは大事だぞ騎士カロフ」
「ったく人の苦労を知ってるくせにそれでも無茶させやがって」
それが俺の選んだ道だ。欲張ってなんもかんも手に入れるなんて無謀な男と、それを理解したうえで俺の無茶を一緒に乗り越えてくれる大切な存在達。
まだまだ、俺の波乱は続きそうだぜ。でもやってやらぁ。
「それがこの俺、世界を救う英雄の一人……カロフ・カエストスだからな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます