260話 神器“リ・ヴァルク”


 獣深化をもう一度使うには体力が足りねえ。残ってる魔力も限られてる。おまけに剣はさっきの攻防でぶっ壊れた。

 さぁて、こんな絶望的に不利な状況で容赦なく攻めてくる龍神のジイさんの猛攻をどう凌ぐか……。


「言っておくが、考える時間など与えてやらんぞ。大見得を切ったからには我が本気でかかろうと問題ないはずだ」


 だろうな!

 この予備動作から繰り出されるのは雷の腕の手刀だ。ここ数日で何度も昏倒させられた恐ろしく速い一撃。


(どうすりゃいいかわかんねえが、とにかく回避を……ッ!?)


 足を動かそうとした途端、俺の膝はガクンと折れ、ゆっくりと倒れ始める。

 もう……限界だったってのか。倒れこむ瞬間まるで世界がゆっくりなったような感覚に包まれ、そんな中俺の両目は目の前に襲い来る手刀をハッキリと捉えていた。


(チクショウ、今ここで俺の手に頑丈で扱いやすい剣でもあればこうやって受け流すことだって……)


ギャリィ!


「……えっ?」


 それは、不思議な体験だった。俺の手にはいつの間にか剣が握られていて、まるで思い描いていた理想の動きに合わせるかのように剣筋は流れジイさんの攻撃を受け流していた。

 俺の手に握られているのはこれまで何度も手にしてきたものと変わらない長刀。なのになぜか、この一本はこれまでとは何かが違う、そう感じさせる一振りだ。


「ほう、追い詰められたが故の無意識の最適行動か。だが偶然に頼るだけではこの試練を攻略などできんぞ」


 ッ! こっちはまだ何がどうなってんのかわかってねー状況だってのにお構いなしに突っ込んできやがる!

 とにかく今はジイさんの攻撃……今度は普通に剣を振り下ろしてくるか。


 今俺が持つ不思議な感覚を感じる剣、もしかすればこいつなら互角に打ち合える可能性が……。


バキィン!

「ぐっ……ダメか!」


 チクショウ、結局こいつも今までのと変わらず簡単にぶっ壊されちまった。

 この剣は今までのとは違え気がしたんだが……俺の思い違いだっただけなのか。


(ただ……なんだ? この違和感はよぉ……)


 剣の感覚とは別に俺には今の打ち合いに違和感を感じていた。

 これまで通り打ち合って、これまでと同じようにぶっ壊された。そこに何の違いもねえってのに。


「今ので気づくと思ったが……やはり見込み違いだったか」


 そうだ! 何か違えと思ったらジイさんの攻撃だ。これまでの攻撃は、全部がほぼ一撃で俺を沈めてきたってのに今の一撃だけは剣を破壊するだけで俺本体にはダメージが一切通ってねえ。

 つまり……どういうことだ?


「どうやら偶然はやはり偶然のまま終わるようだな。次の一撃で、今日の試練は終いだ」


 また何も答えが出てねえまま次の一撃が迫ってきやがる。もう考えてる時間もねえ!

 今度は確実に俺の意識を奪う威力をぶち込んでくる。それを防ぐには……。


「カロフ! すぐ横に剣が刺さってる! それを使って防いで!」


 リィナの叫ぶ声が聞こえたと思うと、確かにそこには先ほどと同じ形をした剣が突き刺さっていた。

 だが、こいつで受け止められんのか?


「それじゃダメですわ! カロフ、あなたの斜め後ろに大きくて頑丈そうな剣がありますわ。それを使いなさい!」


「いいえお嬢様! 騎士カロフの体格ならば手前の細身の得物で受け流した方が良いはず!」


 ああ、確かにお嬢さんやカトレアの言葉通り、ちょうどよく全部手の届く場所に突き刺さってやがんな。

 なんつーか、それぞれがあいつらの気持ちを模したような剣で、そんな偶然……。


偶然はやはり偶然のまま終わるようだな


 ……なぜが、不意に龍神のセリフが蘇る。なんでだ?

 そういや、以前もなんかヒント貰ったよな。確か……。


貴様はなぜその剣を選んだ?


 この質問に答えたあと、なんでかバカにされて……。

 ったく、なんで俺は敗北必死のピンチを目の前にしてるってのにこんなことばっか頭に浮かぶんだよ。


 ……わかってる。それはきっと、俺が答えにたどり着けたからだ。

 だから必死に、答え合わせなんてしようとしてんだろうな。


(でもよ、そんなもんは必要ねえんだ)


 俺は、その手に何も携えずに走り出す。後ろに逃げるんじゃなく、前へと立ち向かうために。

 だったらなぜ俺はあの中から剣を選ばなかったのか……違う、最初から選ぶ必要なんてなかったからだ。


(答えはすでに……この手の中にあんだからな!)


 振り下ろされた龍神の強烈な一撃。俺はそれに合わせるように、剣を扱う構えのまま空手の腕・・・・を振りぬいた。



ガギィン!!



「え!?」

「バカな!?」

「なにこの凄い衝撃! だってカロフはなにも……」


 その衝撃は、俺と龍神の間から生じた強烈な剣戟・・の余波だった。

 ま、リィナ達が驚くのも無理ねえよな。なぜなら俺の手にはさっきまでその手にあるはずのない一本の剣が握られてんだからよ。


 そしてこの打ち合い、完全にジイさんの一撃を受け止めてやったぜ!


「その様子ではどうやら気づいたようだな……神器の真の力に」


「ああ、もともと選ぶ必要なんてなかったんだろ。ここにある剣は最初っから全部俺が想像したもん……そうだろ」


「その通りだ、使い手が心から望む"理想の剣"、それこそが神器“リ・ヴァルク”の姿となる」


 つまり地面に突き刺さっていた無数の剣はどれも俺が望んだ形で、俺は無意識のうちにその中でも心に思い描いていた形を手に取ってたにすぎなかったってこった。


 三人に声をかけられたあの時、俺の心は誰を選ぶかでそれぞれの形が剣に反映されてた。だけどよ、今更そんな問答は俺には不要だろ。

 なぜなら俺はすでにその答えを大声で宣言してたんだからよ。


「あとはその想いを強く念じて振りゃあいい。俺がすべてを手に入れるための、最強の一振りをな!」


「ぬ……!」


 いいぞ、あの龍神を俺が圧している! ジイさんよりも速く、強く、圧倒できる最強の剣。

 まさに俺が思い描いてた通りの最強の一本だ。このまま押し切れれば……。


「なるほど、確かに貴様は神器の力に気づいた。だが覚えておけ……強すぎる理想はその身を壊すとな」


「んだと? そんなもんやってみねえとわかんね……うおっ!?」


ギィン!


 このヤロウ、まだ人が話してる途中だってのに超高速で打ち込んでくんじゃねえっての。幸い神器が反応してくれたからガードできたけどよ。

 俺が神器の力に気づいたら不意打ちもありってか? ならまずはいったん後ろに下がって出方を……。


「なん……だ、体が勝手に!?」


「ふぬっ! ……やはりこうなったか」


 どういうことだ? 俺は後ろに下がろうとしたってのに体が勝手にジイさんを攻撃しやがった。

 いや……違え。剣の動きに俺の体が合わされた・・・・・んだ。


「確かに貴様は理想の剣を手に入れた。だからこそ神器はその理想を実現するため常に最適な行動へと導くだろう……そう、たとえ貴様の肉体がどうなろうとな」


「んな……バカなことが! くそっ!」


 その言葉の通り、俺の体は休む間もなくジイさんへと猛攻を仕掛けていく。一撃一撃が本来の俺ではありえないほどのパワーとスピードによって繰り出される。

 そうなれば当然、負担は俺自身の体に降りかかってくるわけで。


「ぐっ……ガハッ!?」


「……!? ダメッカロフ! そんな無茶な動きをそれ以上続けたら! 剣から手を放して!」


 血反吐をぶちまける俺を見てどうやらリィナ達も気づいたみてえだ。おそらく無茶な動きのせいで内臓のどっかが切れたんだろうよ。

 ああ俺だってこんな剣いますぐぶん投げて捨てようと思ってるさ。けどよ……なんでか、手から離れてくれねえんだ。


「この……! いうこと聞きやがれってんだ!」


「かつて、リ・ヴァルクが完成した暁には幾人も所有者になろうと試練を受けたが、その結果はすべて貴様のように剣に振り回され命を落とした。我が所有者となるまでな」


「俺も……その一人だって言いてえのかよ!」


「自身の肉体の可能性と、思い描く理想の姿が重なる時、神器は真に所有者の力となる! このようにな!」


 龍神は今まで右手に構えていた剣を左手に持ち替えた。魔術によって雷へと変わったあの腕にだ。

 その雷が奴の持つリ・ヴァルクを覆うように伝っていき、正確に俺が持つリ・ヴァルクへ向かってくる。


 やがてその動きは完全に俺の視認できる速さを超え……。



「穿て! 『災厄穿つ雷神槍ライトニングディザストレイ』!!」


「 !? 」



 何も見えなかった。ただ理解してるのは、俺の持つリ・ヴァルクが龍神の一撃で破壊されたってことだけだ。


「ガハッ!」


 完璧に、正確に、俺の体に一切触れずその一点だけを狙った一撃だったが、破壊の衝撃に吹き飛ばされちまってまた地に伏せる。

 俺の体はさらにボロボロになって、立ち上がりてえのに足に力が入んねえ。


「もう休め。今日は神器の本質にたどり着けただけでも大きな成果だ。続きは後日に回したところで何の問題もない」


 確かに、今日はもう諦めてまた万全な状態で挑むのが最善だ。リィナやお嬢さん達からも「もうやめて」っつー声が絶えず聞こえてくるしな。

 でもよ……。


「いや……だね……」


 俺は再び立ち上がる。もう一度"理想"を描きその手に現れたリ・ヴァルクを支えにして。


「死ぬつもりか? なぜそこまで生き急ぐ」


「……さぁな、それは俺にもわかんねえ。ただよぉ、俺はあんたみてーに長生きじゃねえからな。なんでもかんでも後回しにして……後悔を引きずっていたくねえんだ」


 そうやって俺はこれまで何度も後悔してきた。親父が死んだ時も、リィナと離れ離れになった時も、その後何もかも諦めてのうのうと暮らしていた時も……。

 だからよ、ここで諦めてまたそん時みてーに後悔するんなら、俺は諦めたくねえ。


「なるほど、どうやら貴様を止めるには確実に意識を失わせるしかないようだな」


「ああ、そのつもりできてくれねーとこっちもやる意味がねえ」


 向こうの思惑がどうかは知らねえが、俺の"試練"はあくまで最初から『全力の龍神を超える』以外にねえんだからよ。


 今俺の手には"理想の剣"が握られてる。ただ無我夢中だったからな、正直どんな理想が反映されちまったのか俺にもよくわかんねえ。


(けどよ、立ち上がる時に何を思っていたかはハッキリ覚えてる)


 薄れる息の中で真っ白な世界に見えたビジョン。そこには強大な何かに立ち向かうムゲンと、それと隣立つ旧時代のあいつの仲間の姿だ。

 そこには当然龍神もいて……いや、俺はあいつの前世なんてまったく知らねえからただの想像でしかねえんだけどよ。


 それが立ち上がっていくと形を変えていって、いつの間にかムゲンの隣に立っていたのは英雄メンバーの姿で……でも、龍神の位置だけはなぜか代わってねえんだ。


(ああ、ようやく理解したぜ。俺はきっと……そこ・・に追いつきたかったんだ)


 迷いと葛藤が、自分自身をそこから遠ざけていた。俺はまだそこに立つ資格はねえと。

 そして龍神の強さを目の当たりにして、一度完全に足を止めちまった。


 でも、追いつきたいと願った。そこにたどり着ければきっと俺が望むすべてが手に入ると信じた。

 だから……。


「俺の"理想"は龍神……あんたでもあったんだ」


「我が……"理想"?」


 これまで憧れた騎士の姿や『獣王流』、それに親父の手記から俺は戦い方を学んでいた。誰かの後を追うことでしか強くなれなかった。

 でもよ、それでよかったんだ。たとえ同じ場所にはたどり着けなくても、たどり着こうとした努力は俺の強さになる。


 そうだ、"理想"なんて別に一つじゃなくてもいい。

 だから龍神、あんたは俺の目指すべき新しい理想の一つだ。


「これは……小僧の周囲にマナが集まっている」


 出血の影響か興奮で頭に上ってた血が抜けて、思考がスーッとクリアになっていく。

 そこへ神器の意思みてーなもんが流れ込んできて、今までとは違う景色が見えてきた。


「わかるぜ、今俺に自然のエネルギーみてーなもんが流れ込んでいるのが。なんつーか、すげえスッキリとした気分だ」


「そうか、お前が神器に望んだものは力ではなく、自身をより高みへと誘う道しるべといったところか。神器さえも己の欲求を満たすための道具として扱うとは、まったくあきれ果てた欲張りだ」


 そう言いながらなに嬉しそうな顔してんだよ。てかそんな説明されたところで俺自身なにやってっか理解してねーし。

 だから、今は神器がどうだとかなんてどうでもいい。


「なぁジイさん、もし次の一撃で俺が試練を突破できたら一つ約束してくれねーか」


「わかっておる。望み通り知りたいことはすべて教えよ……」


「違ぇよ、そうじゃねえ。もし突破したら……そん時はもう一度奥さんと話し合ってくれ」


「小僧……」


 別に龍神のために提案したわけでも。お嬢さんの不安を取り除きたいとかでもねえ。

 これも全部俺の自己満足なだけだ。


「俺の理想のあんたが、いつまでも女と仲違いしたままの強情者であってほしくねえんだよ」


「言ってくれる。ああ、いいだろう……この一撃で決められればな」


 その言葉を聞けてよかった。俺の心は今澄み渡った青空のように晴れやかな気持ちで満たされている。

 きっと全部上手くいく。根拠はねえが、あいつと一緒に何かに立ち向かってるとそんな気分になってくるんだ。あんたもそうだったんだろ……なぁジイさん。


「……」


「……」


 これ以上何も語ることなく俺達は互いへ向けて飛び出していく。


 マナが、魔力の流れがハッキリ感じ取れる。俺と、自然と、そして龍神のものまで詳細に。

 そのおかげで理解できた、雷へと変化した龍神の腕がどうなっているのかを。要は獣深化と同じだったわけだ、あとはそこへ自然から流れてくるマナと同調すれば……。


「カロフの体が……変わってく」


 俺の中に眠る獣の本能と自然のビリビリとした鼓動が混ざり合っていく。

 体全体が別の存在へと変わっていくような、不思議な感覚だ。


「猛々しいのに、どこか神秘的ですわ……」


 迫りくる龍神の一撃。神器に自らのエネルギーを乗せたその攻撃には一部の隙もない。

 ただ同じ状態になったからこそ俺にはわかる。隙が無いのは龍神の魔力エネルギーだけで、それを纏うリ・ヴァルクは強い"理想"が込められていないと。

 俺はそれこそが突破の鍵だと本能で察し、食らいつく。


「あれはまるで、獣の形をした雷の化身だ」


 これを打ち破る俺の理想の剣。俺の理想を剣が受け取る……いや違ぇな。



「俺そのものが剣になり! この剣こそが俺なんだ!」



「……!?」


 その瞬間、神器“リ・ヴァルク”が俺に応えた。剣は雷を纏うんじゃなく、俺の雷と同化しすべてのエネルギーを破壊する牙となる。


 俺の雷は龍神の魔力を噛み砕き、そのままあちらのリ・ヴァルクを……叩き折った。

 そのまま俺は止まることなく刃を振るい……。


「……見事だ。カロフ・カエストスよ」


 龍神の身体を一閃し、その背後へと斬り抜けていった。


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