258話 運命と決別した男


 これは……いったいどういう状況だってんだ?

 立ち上がれないほどボロボロだった俺の体は龍神の回復魔術と謎の回復剤を飲まされてすっかり元通りになっちまった。


 それに……。


「アリステルさん、皮むきは危ないから私がやるわ。それよりも他の野菜を洗ってもらっていい?」


「わ、わかりましたわ。お菓子以外の料理は初めてだから勝手がわかりませんわ」


「重要な部分は私が担当しますから。あ、カトレアさん鍋に火をお願いします」


「任された。ハッ! 怪炎の剣!」


「わわっ!? お料理に魔剣を使わないでください!」


 なーんか女性陣はあっちで沢山の食材を前に奮闘してるしよ。

 いや、あれが食事の支度だってのは流石の俺でも理解できるぜ。でもよ、そこに至るまでの経緯を一部始終見てたってのに理解が追いつかねえんだ。


「ほうほう感心感心、よく働く女子達だな。」


「ジイさんか……」


「この分だと出来上がるまでもう少々時間がかかりそうだな。ほれ、その間ヒマだから一杯付き合え小僧」


 そう言うと龍神はどこからか持ってきたのか酒樽をドンと置き、俺に盃を寄こしてくる。龍族サイズだからスゲーデケェんだが。

 まぁ、特に断る理由もねぇ。そのままジイさんから酒を注がれ一口……。


「ぐはっ!? 強すぎんだろこれ!」


 いつもの感覚で飲んだら喉が焼けそうになったぞこのヤロウ! そういうや龍族ってのは強い酒を好むんだったな。


「軟弱なヤツめ。この程度でむせ込むなどやはりまだまだ青二才というこ……ぶはぁ!? これこんなに強かったか!?」


「いやあんたもむせてんじゃねえか!」


「ぐ……これを開けるのは実に数百年ぶりだったのだが……我の体の方が弱っていたか。小僧との格の差を思い知らせてやろうと思ったのが仇となるとは……」


 なにやってんだこのジイさんは……。

 それにしてもこれがあのムゲンの旧友なぁ。思ってたより年寄りで違和感しかしねえが。

 ここまでで感じた印象としては悪ぃ奴ってわけじゃないってのはわかる。


 ただ、今回の件にしても思惑が読めねえんだよな。ムゲンの要求は理解してるっつーけど神器を渡してくれるわけじゃねえし。

 それに……。


「なぁ、料理ができるまで暇だってんならその間にあんたが知ってる"真実"を話してくれよ」


「それはできん。貴様ごときの器ではまだ"真実"を語るに値しないからな」


 俺の求めてるあの日の真実に関してもこうしてはぐらかされちまう。

 結局は"試練"とやらで俺が認められなきゃ何もかも得られないってことになるんだろうけどよ。


(今の俺じゃ……まったく勝てる未来なんて見えてこねえ)


 ジイさんとの戦いで俺はすべてを出し尽くした。だがそれでも、肉体的にも技術的にも遥かに及ばないという現実を嫌というほど思い知らされた。

 以前同じ龍族のアポロのオッサンにはわずかに傷を負わすことはできたが、今回はそれすらかなわねえ大敗だ。


「ふん、どうせ自分は今すぐ強くなれるはずもないと諦めかけているのだろう」


「んなっ、なに勝手なこと言ってやがんだ!」


「貴様は自らの力ではどうしようもないという状況となるとすぐに諦め、目を背ける。……子供のころからな」


 ……確かに、そう言われるとあながち間違ってもいねえ気はする。

 だがよ、今日であったばっかのジイさんにここまで言われる筋合いもねえぞ。


「憶測で人を判断すんじゃねえよ。あんたが俺の何を知ってるってんだ」


「残念だったな、貴様のことは何度か目にしたことがある。物事が上手くいかずにつまらなそうにしていたガキのことなどあの頃は気にも留めていなかったが。インフィニティと再会した後はしばらく暇つぶしに貴様らの動向を確認していたものだ」


「テメ……悪趣味だぞ」


 暇つぶしに人のプライバシー侵害してんじゃねえ。

 だがよ、今の発言で一つ俺の中の不安が消えたぜ。どうやら千里眼でこの大陸中を見ていたってのは本当みてーだ。ムゲンを疑ってたわけじゃねえが、これでジイさんがあの日の"真実"を知ってるって話にも信憑性が出てきたってこった。


 ただ問題は……。


「……」


「貴様の考えはわかるぞ。今のままでは我に勝つビジョンが想像できない、といったところだろう」


「なんだよ、千里眼だけじゃなく人の心も読めるってか」


「貴様がわかりやすいだけだ」


 そんなにわかりやすいか、俺? リィナやムゲンにもよく言われっけどよ。


「けっ、んなことあんたに言われなくてもわかってんだよ。それともなにか? なんかアドバイスでもくれるってか」


「そうだな、ならば一つだけヒントをやろう」


 ……まさか、マジで教えてもらえんのか。試練だからその辺は自分で気づけとか言われるもんだと思ってたんだがな。


「先ほどの戦闘、貴様は再三に渡って手近な剣を取り攻撃、あるいは防御を行ったが……なぜその剣を選んだ?」


「は? そりゃ俺がいつも扱ってる長剣と大体同じサイズのモンがちょうどいいタイミングであったら使うだろ」


「ハッ! いかにもその時の状況に流されやすい貴様らしい答えだな。だからいつまで経っても成長できんのだ」


 このヤロウ……こっちにちょっと期待を持たせたうえで全力で煽りやがって。

 ったくよ、ここに来るまでは“龍神”っつーぐらいだからとんでもねぇ威厳ある人格者だと思ってたってのに、いざ出会ってみりゃただの面倒くせえジイさんじゃねーか。


「んで、結局ヒントはなんなんだよ」


「ほう? 今の会話こそがすでにヒントとなっていたことにさえ気づかないとは。これでは何年かかってもリ・ヴァルクに認められることなどないだろう」


 ホント面倒くせえなこのジジイ! やっぱ俺のことからかって面白がってるだけだろコイツ!

 ただ今の会話にヒントがあったってのはどういうことだ? このジイさん性根が腐ってはいるが多分嘘はついてねえ。

 今の会話の中に、本当にこの試練をクリアするための何かが隠されてるってのか?


「カロフー、龍神様ー。料理の準備ができましたよー」


 と、俺が悩んでる間にどうやら料理も完成したみてーだ。俺の方は……全然答えが出てこねえが。


「せいぜい悩め若僧。貴様があやつの隣に立つには、まだまだ未熟すぎる……」


 どれだけ悩んでも、今は何も思い浮かばねえ。とりあえず、今は飯でも食って腹が満たされてからまた考えることにするぜ。




「なるほどな……それであやつ、インフィニティは一度元の世界に戻ることには成功したが、結局はこの世界を救うためまたアステリムに……か。実にあいつらしいことだ」


 それから俺達は揃ってデカい鍋を囲みながらそのまま龍神のジイさんと雑談し始める。話題は、まぁ最近の世界の状況だな。

 このジイさん、千里眼でこの大陸中を見聞きできるわりに世間のことに関しちゃなにも知らねえときたもんだ。

 ……第三大陸自体があんまし外の大陸の情報が入ってこない端っこの大陸ってせいもあんだろうけどよ。


「はい、それでムゲン君にもようやく互いを想い合える恋人もできましたし」


「そうか……あいつにもようやく……。前世のインフィニティにはそんな話はまったくなかったからな。どうやら一度死んであいつも何か吹っ切れたのだろう」


 そう言いながらどこか遠くを見つめるその瞳は、千里眼でも届かないような遥か先を見据えているかのようにも思えた。


 しっかし、数時間前まで殺し合った相手とこうして和気あいあいと食事をしてるなんて……最近似たような経験をした気がするんだが。

 あの時と違って今回は一方的にやられただけだがよ……。


「えっと……それで龍神様、料理はお口に合いますでしょうか」


「む? おお、なかなかよくできているぞ。酒にもよく合う」


 ちょいと気まずい雰囲気になりかけてたが、リィナが話題を変えたな。

 ちなみにジイさんが飲んでる酒はさっきのじゃなくまた別んとこから持ち出してきたもんだ。いったいいくつ酒を隠し持ってんだか。


「そういやこの料理、お嬢さんやカトレアも手伝ったんだよな。頑張ったじゃねーか」


「べ、別に、わたくしはただリィナに言われた通りに材料を切って、鍋の様子を確認してたくらいですわ。味付けの調節や重要な工程は全部リィナでしたし……」


「それでも十分助かりましたよ。流石に私一人でこの量を作るのは骨が折れますから」


「そうだそうだ、こうして綺麗に切り揃えられた具材やスープの具合なんて完璧だぜ。普段菓子作りも丁寧だしよ、お嬢さんがいなかったらこの料理もここまでの出来にゃなってなかったぜ」


「ふ、ふん! まぁわたくしならこの程度のことなら造作もありませんわ!」


 そう言いながら照れ臭そうに顔を背けるお嬢さんだが、褒められて恥ずかしいのか頬が赤く染まってるのは丸わかりだ。


「ちなみに自分も頑張ったぞ! 特に水くみと火起こしをな!」


「というかおめーはそれしかしてねえだろ。まぁ適材適所だとは思うけどよ」


 実際力仕事を全部カトレアが担当したおかげで二人が調理に集中できたわけだしな。

 本来ならそういうのは男の俺の役目なんだが、ボロボロの状態から回復して直後だったからな。ジイさんの話じゃ飯食って一晩寝りゃ翌日には全快ってことらしいが。


「しかし誰かの手料理というのも久方ぶりだな……。こうして他人と食卓を囲むのも……もう2000年近くも昔のこととなるのか」


「2000年って、んじゃその間メシはどうしてたんだよ」


「長寿の法は長期間の断食を可能とする。それでも腹が減った時は……その辺の動植物を適当に焼いて食っていた」


 ムゲンからそういう魔術が存在するってのは聞いてたが、便利なもんだな長寿の法ってのは。


「でも、その2000年以前には料理を作ってくれる人がいた……そうですよね」


「それは……」


「精霊神、ルファラ・ディーヴァさん。ムゲン君から聞きいています、あなた達の関係は」


 リィナの言葉が図星なのか龍神は食事の手も止めて黙っちまった。

 ただその眼差しは先ほどまでと変わらねえ、どこか届くことのない遠い場所を見つめてるって感じだ。


 それっきり誰も口を開かねえ。てっきり……。


「このお話を持ち出すのは龍神様の怒りを買うかもしれないと覚悟はしていました。ですが……」


「あん時みてーにいきなりブチギレねえんだな」


 俺も試練直前に同じ話を持ち出した時のように有無を言わさず怒りを露わにするもんだと思ったが静かなもんだ。

 てっきり鍋をひっくり返すぐれーのことはすんじゃねえかと思ったが。


「あの時は、小僧の純粋な実力を測るためと手段を選んだにすぎん。……ただ、動揺しなかったわけではない。若干感情的になってはいたな」


「んとに若干かよ……」


 最初の一撃はマジに思えたけどな。まぁ思い返してみりゃそれ以降の戦いにはどこか俺を試してるよな雰囲気があった。

 しかし龍神に精霊神か。ムゲンの話じゃこの二人は……。


「龍神様、無礼を承知でもう一度質問させていただきます。ファラさんはあなたの伴侶なんですよね。そしてフローラさんはお二人の娘」


「インフィニティの手紙にファラと会ったと書かれていた時にはもしやと思い、貴様らからフローラの話が出た瞬間確信を得た。フローラはやはり、世界樹から解放されたのだな」


 その辺の事情を俺らはあんま知らねえんだよな。なんでもあの精霊族の女フローラの成長が始まったのは100年近く前で、それまでは眠ってたって話なんだが……難しい話はさっぱりだぜ。


「フローラさんはあなたにとても会いたがってます。神器の件も、力を貸してもらう話も関係なく、会ってあげることはできないんですか」


 この短期間でリィナはフローラのやつと大分仲良くなってたからな、ほっとけねえんだろうな。

 両親を失った自分は会いたくても会えねえ、だが会える奴には合わせてやりたいっつー気持ちもあんだろう。ま、もう両親に会えねえってのは俺も同じだけどよ。


「……それは、できない」


「どうしてですか。フローラさんはどうあってもあなたと会うことを諦めません。あなたから会いに行かずともいつかは必ずここを訪れます」


「ならば全力で追い返すまでだ。我には、道を違えた我にはあやつらに……ファラとフローラに会う資格などないのだから」


「道を……違えた?」


 このジイさん、これまでは引きこもってんのも嫁さんと別居してんのもただ拗らせてただけのめんどくせー男なだけかと思ってたが。


「んだよ? なんか理由でもあんのか?」


「貴様らに話すことなど……いや、もういいか。娘の友人というのならば、聞かせることにも何か意味があるかもしれん」


 そう言うとジイさんは姿勢を直しゆっくりと語りだす。昔の……俺達にとっては本当に遥か遠くの昔話を。




「インフィニティの死後、我らはそれぞれ平和な世界を自由に過ごしていた。これからは何にも左右されることのない本当の自由があるのだと我も世界を飛び回ったものよ」


 平和で自由ねえ、問題だらけの今の世界で生きる俺らにとっちゃ想像もできねえ話だ。


「だが時が経つにつれて共に戦った仲間も次々とその寿命を終え、いなくなってしまった。そんな時、我はファラと再会した」


 龍族と精霊族は他種族の中でも特に寿命が長い種族っつーらしいからな。それが長寿の法でさらに伸びて、まぁそうなんのも必然ってわけか。


「あいつも同じ想いを感じていたようでな、昔から共に過ごした我らは共感し、そして……気づいたのだ。お互いが互いを異性として想い合っていることに。ずっと近くにいた時は、案外気づかないものだ」


「それ……わかります」


 それは俺も……経験あっからすげえわかる。

 確かにリュート村で一緒に過ごしてた頃もリィナのことは気になってはいたけどよ。本当に大切な存在だって気づけんのは、離れてからなんだよな。


「それからは幸せだった。第四大陸に移り、ファラが昔宿っていた世界樹の苗を植え変えた地を我らの居住とし、新たな生活がはじまったのだ」


 ……なんだか聞いてるこっちが恥ずかしくなってくんな。

 いやまぁ、俺だって考えたことはある。いつかリィナとそういう生活ができたら……なんて村にいたころは何回かよ。


 ま、そういう生活も憧れてたってだけで騎士となった今じゃそれもねえってのはわかってんだけどな。

 それに今はお嬢さん達だっているわけだ……。


「そ、それで! なぜあなたはその奥方と別れてしまったんですの!」


「おおう!? どうしたお嬢さん。そんなに興奮してよ」


「え、あ……ご、ごめんなさい。ちょっと、気になったものですから」


 どうしたってんだ? 確かにお嬢さんは色恋の話が好きっちゃ好きな方だけどよ。

 なんか、落ち着きがねーな。


「……それは、フローラが生まれてからだ。ファラは知ってしまったのだ、精霊族という種族がゆえに……その運命を」


「運……命?」


「世界樹というものは、ファラの母親より代々受け継がれたものであり、その苗が成長したことによりファラはその"役割"を感じ取ってしまった。それは、いつか訪れる運命のため世界樹の成長に合わせその役目を負った精霊族の血族が共に眠り力を得るというものだった」


「もしかして、それがフローラさん……」


「その通りだ……。そして、ファラはその役目の通りフローラを世界樹に眠らせると主張し、我は……」


 それに反対したってことか。それが、二人が別れることになった理由。


「我は、もう運命というものに左右されたくなかった。世界神を乗り越え、やっと自由を手に入れたというのに、また運命に縛られ生きていくのかと。しかも今度は我らだけではない、娘のフローラもだと思うと我はどうしても賛同できなかった」


 それが運命なら仕方がない……か。まるでムゲンに出会う前の俺だな。

 だからこそ今はジイさんの気持ちが理解できる。


「だがファラも譲らなかった。だからこそ我はあの地を離れた。ファラ一人では世界樹の暴走に耐えられず諦めもつくと考えたのだが……まさか一人でやり遂げてしまうとは」


 嫁さんの覚悟も相当のもんだったってことか。その結果が今に繋がるってのは、なんだかやり切れねえもんがあるよな。

 そりゃ、ジイさんも娘に会うのが気まずいのも頷けるぜ。


「結局こうなる運命から、我は逃れられなかったのかもしれんな」


「それが、運命……」


「事情は……理解できました。でもやっぱり、私はフローラさんに会ってほしいという気持ちは変わりません」


「だろうな。だが我の気持ちも変わらぬ。……さて、この話はお終いだ。我は寝ることにする。貴様らも早めに休んでおけ」


 そうして龍神は去り、あとに残ったのは未だにその背中を見つめるリィナと何かを思い詰めるお嬢さん。カトレアはそんなお嬢さんを心配そうに見つめ、俺は……。


(俺は、俺がやるべきことは……)


 明日からまた再開するであろう試練……いや、それだけじゃねえ。

 きっと俺がやるべきことはそれだけじゃねえんだと決意を新たに、夜を過ごしていくこととなった。


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