257話 龍神の試練
「試練……だと……」
霧の晴れた山頂に突如現れた無数に突き刺さる剣。俺のサイズにちょうどよさそうなものから龍神のジジイに合わせたようなデケェものもあれば短剣サイズのちいせぇもんまで様々だ。
こんなもんでいったい何をおっぱじめるのか……いや、なんとなく察しはつくぜ。
「リィナ、カトレア、お嬢さんを連れてできるだけ下がっとけ。俺の想像じゃ……多分ヤベーことになる」
「カロフ、それって……」
眼前には立ち上がって神器を携える龍神、それにこの剣の山から想像できることは一つ、このジイさんとのガチバトル……それっきゃねえよな。
「ほう、流石にこの状況を察する程度の頭はあるか。ならば……細かい説明は不要だな」
そう言いながら龍神のジイさんは巨大な剣を振り上げ……。
(ヤベェ!?)
本能でそう感じた俺は考えるより先に手ごろな剣を手に取りリィナ達からできるだけ距離を取るように飛び出していた。
「ふんっ!」
「……なっ!!?」
俺は咄嗟に出せる最高の瞬発力で奴の攻撃から逃げようと何一つ無駄なく動けたはずだ。だがそれでも、ジイさんの放った斬撃は俺の位置を寸分狂わず捉えており、瞬きもしないスピードで巨大で凶悪な一撃が俺の命を奪いに来ていた。
直撃はマズい! この拾った剣を使ってなんとか『流転(ルテン)』で流れ逸らし……。
「……!? ガハッ!」
「カロフ!? そんな……」
馬鹿な、咄嗟の行動とはいえ完全に『流転(ルテン)』の構えは完成していたはずだ。
だってのに……受け流したはずの衝撃がまるで意思を持つかのように流れを無視して襲ってきやがった。
それに、受け流すために使った剣もバラバラに砕けちまった。気配が似てっからこれもジイさんが持ってる神器と同じなのかと思ったがそうでもねぇのか。
「ふん、この程度で神器を扱おうなどとは片腹痛い。大人しく下山しそこの女どもとでものんきに暮らしているのが貴様にはお似合いだ」
「んなろ、言わせておけば好き勝手並べやがって!」
今度はこっちの番だ! これまた手ごろなサイズの剣が刺さってたからそれを拾い、次はこっちから仕掛けてやる。
まずは足に魔力を集中させ……。
「『雷動(ライドウ)』!」
そして一瞬で間合いを詰め、間を開けず腕に魔力を集中させ……穿つ!
「獣王流地ノ章、"一ノ型"『牙(ガテ)……!?」
「
俺の放った渾身の『牙点(ガテン)』はいとも簡単に止められていた。
いや、それもただ止められただけじゃねえ。技の威力が最大限に発揮できないタイミングを完璧に見切られて阻止された。
「本当は最大限の威力に達した技を受け止めてもよかったのだがな。その技は我には通用しないことをわからせるため、あえてここで止めさせてもらった」
そうか、ムゲンの昔の仲間ってこたぁあの獣王流開祖の男とも当然肩を並べて戦ったことがあるってことじゃねえか。
あの……俺の自信を完全に打ち砕いた存在と……。
「そして何もかもが中途半端な貴様にもう一つ教えてやろう……雷属性の魔力をその身に宿らせ戦う本当の戦い方を!」
「……ッ! この魔力の感じは……!?」
「術式よ、我が拳に宿れ! 『雷装(ライソウ)』!」
これはっ! 魔力を高めた瞬間雷の力が拳から放たれただけじゃねえ! 腕に巡らせた魔力すらも雷の力が目まぐるしく循環して……まるで、小さな雷が俺を仕留めようとする"意思"を持って迫っているみてーな……。
「がっ……!?」
気づけば俺の体は吹き飛ばされていた。
そして、まただ……剣で受け止めようと防御したはずだってのに、肝心の剣はバラバラで魔力で強化したはずの肉体もまるで役に立たねぇ。
そのまま俺の体はいくつもの木をなぎ倒してようやく止まる。
くそっ、なんか以前にも似たようなやられ方しなかったか、チクショウ。
「くっ、流石に自分はもう見ていられん。加勢させてもらうぞ!」
「残念だがこの試練はあの小僧の実力を見極めるためのものだ。他人が手を加えた時点で貴様らには山を下りてもらう」
「なっ!?」
その言葉にカトレアも手を止めざるを得ない。今追い出されでもしたら俺らが龍神に再び会えることはまずなくなる。
何一つ得るものもなくヴォリンレクスへと逃げかえる……その選択肢だけは、俺達には存在しねえ。
「で、でもあなたは卑怯ですわ!」
「ほう、では聞こう小娘。我のどこが卑怯だという?」
龍神の視線を前にお嬢さんの体は蛇に睨まれた蛙みてーに固まっちまってる。
頼むからあんまり刺激するようなことを言わないでくれよ。こっちは動くためにまだ少し時間がいんだからな。
「あ、あなたは、試練を始めると宣言してすぐに攻撃を仕掛けました。ですが! あの時カロフの後ろにはわたくし達がいましたわ! だからカロフは攻撃を誘導するためにあの場から離れるしかなかったというのに、あなたはその隙を狙って……」
「その通りだ。そこを狙えばあの小僧はそう動かざるを得ないからな」
「そ、それをわかっていて行うなんて……あなたには武人としての誇りがありませんの!」
「残念だが、我にプライドや正々堂々などという言葉を並べるのはお門違いだな。1000年以上インフィニティと共に歩んだ我にとっては、人生においてプライドなどクソほどの役にも立たんと理解している」
確かに、あのムゲンと何年も一緒にいたと考えりゃ……なるほどその通りだ。あいつの場合なによりも合理的な手段を選ぶだろうからな。
「なら、これからも私達を狙い続けるんですか……」
「必要があればそうするだろう。最初の一撃は小僧がどう動くか興味があったから狙っただけだ。そこで大人しく見ているならこの試練は我と小僧の問題で済む」
チクショウ、完全になめられてやがる。要は、俺が何も守ることのできない弱者だって言われてるってことだろ。
だったら……証明してやるよ!
バゴォ!
「俺が! なにもかも守れるくらい成長できるってことをなぁ!」
「ほう、『獣深化(ジュウシンカ)』したか。それもかなり安定化している……。なるほど、吹き飛ばされる瞬間に魔力を活性化させダメージを相殺したか」
ムゲンの話じゃ“龍神”はこの大陸全土を自由に観測し、俺やリィナの情報もバッチリ筒抜けらしい。
だが、俺もこの地を離れてから多くの経験と修羅場をくぐってきたんだ。少なくともジイさんの想像よりかは強くなってるだろうぜ!
「オッラァ!」
「フン!」
俺の蹴りと龍神の剣がぶつかり合う。
ここまでの攻撃や得物の大剣からジイさんの攻撃は大振りなものが多い。だったら、こっちは得意のスピードと手数で攻めさせてもらう!
「そこだっ! 地ノ章"七ノ型"『狼牙破断掌(ロウガハダンショウ)』!」
ギィン!
「ムッ……」
剣で受けたな! それを待っていたぜ!
指を内側に織り込んだこの掌底は、踏み込みと腕の高速回転によりすべてを破壊する地ノ章の奥義とも呼べる技だ。たとえ得物で受けたとしても織り込んだ指が獣の牙のようにかみ砕き、標的を貫く。
だが……。
(今まで感じたこともねえ硬度だ)
やっぱ神器を破壊するのは無理みてーだ。
それでも、ぶつけた回転エネルギーによる遠心力で得物をその手から弾くことぐれーは……。
「この技も……久しぶりに受けたな」
「これでも、微動だにしねえのかよ……」
「ガロウズほどの規格外のパワーでもあれば、我が手からリ・ヴァルクを放すことはないにせよ遠心力でこの身を転倒させる程度は可能だったろうな」
まるで巨大な山にでも攻撃を仕掛けたのかと錯覚するほどその存在は大きく、俺の力では動かすこともできないと理解させられる。
同時に俺の存在がどれだけちっぽけかってことも……。
「小僧、貴様の力と意思はいつも誰かに示されたものでしかない。それはたとえ極めたとて、定められた終着点にしかたどり着けぬ中途半端な力でしかない」
「ッ! 何が言いてえんだ!」
「己の限界を悟り新たな極地へ向かう意思のない者が神器を手にしようなど片腹痛いということだ!」
その言葉と同時にまたさっきの拳に宿った魔力が俺に襲い掛かるのを感じた。
……いや、感じたとはちょっとちげえ。
「がっ……!?」
それに気づいた瞬間、俺の体に電流が弾ける衝撃と同時に殴られまた吹き飛ばされちまってた。
チクショウ、体が痺れて上手く魔力を制御できねえ。『獣深化(ジュウシンカ)』の対策もバッチリってわけかよ。
それに……龍神の言ったセリフも的を射すぎてぐうの音も出ねえ……。
俺の戦闘技術のほとんどはどれも誰かから示されたものだ。魔力操作、『獣深化(ジュウシンカ)』、そして獣王流……。
だが俺はそのどれ一つにしても極めるには至らなかった。
「心のどこかでその現状に納得し諦めかけたような貴様が守るために成長できるだと? 笑わせるな」
ヤベェ、龍神の魔力がまた高まって……攻撃態勢に移ってやがる。こっちも早く態勢を立て直して対応しねーと。
「ではまずは、貴様が極めることを諦めた魔力操作の真髄を見せてやろう」
あの腕……どうなってやがんだ。体内の魔力を循環させてるわけでも、表皮に魔力を纏わせてるわけでもねえ。
「あり得ない……魔力操作による闘方は内側か外側のどちらかを駆使。いや、仮に両方の闘方を駆使した場合でも肉体という境界線は必ず存在するはずだというのに……あれは」
「ど、どういうことですのカトレア!? 何がおかしいのというの!」
「お嬢様、魔力というのは本来肉体から発生し、その内側か外側に影響を及ぼします。ですがあの龍神の腕はそのどちらでもない……腕そのものが魔力の塊と言うべきものに変化しているということでしょうか」
そうだ、俺みてーに体内の魔力を操作して放つ獣王流なんかが魔力操作、外にエネルギーとして放出するのが一般的な魔術っつー括りのはずだ。
レオ坊達が戦ったっていうディガンって魔導師は魔力の鎧を使ったって話らしいが、それも魔術を肉体に纏わせただけだとムゲンは言ってた。
そんじゃ、あの現象はなんだってんだ?
「もしかして……あれが“神器”の力?」
「残念だが小娘よ、それは違う。我はまだこの試練において神器の力を一度として使用してないのだからな」
なっ! あれだけの力を示しておいて、神器の力を使ってなかったってのか! たったの、一度も!?
「これは一言で言えば『精霊合身(スピリット・クロス)』の応用なのだが……それを説明したところで理解などできまい」
馬鹿にされた気がするが何もわかんねえのも事実だから言い返せねえ、チクショウ!
だが、んなことはどうだっていい。今この場において重要なことは……。
「重要なのは、この一撃を貴様がどう受けるか。それだけだ」
「わあってんだよ、そんくれーな」
俺は立ち上がり、そばに刺さっていた手ごろな剣を抜き構える。
出し惜しみをしている余裕はねえってことはもう理解した。だったらもう、この一撃に賭けるしかねえだろ!
「……『獣人剣技』!」
「ほう? 苦し紛れに“俺様ノ章”にでも挑戦すると思いきや、剣を取るとは意外だったな」
たとえこの大陸中を見通せる龍神つってもこの技だけは初見のはずだ。
この技が完成したのはつい最近、それもこの大陸の外だからな。
「いくぜオラァ! 『
俺の中から発せられた闘気……体内で循環していた魔力が外へと放出されるほど高められ、そのすべてを切っ先に乗せることで万物を切り裂く斬撃を生み出すこの一撃!
肉体と魔力が最大限に高められた『獣深化(ジュウシンカ)』がなけりゃ俺の体の方がもたねぇ。
「うおおおおおおお!」
さぁ“龍神”! テメェはこの技を前にどう出る!
「それが貴様の最大の一撃か。いいだろう……ならばその技で受けてみるがいい、"雷"の本質を!」
なんだ、この感じは!? 奴の腕から放たれる魔力の質が変わった?
いやちげぇ! あれは、魔術だ。あの腕自体が魔術そのものとして性質が変わりやがったんだ!
「穿て! 『
「こいつ……は!?」
ムゲンと同じ魔術じゃねえか! 雷の力で貫通力を最大限に高めた突きは確かに協力だ。だが、それが魔力操作の真髄だってのか。
ゴガァン!
俺の剣技と龍神の突きがぶつかり激しい激突音が鳴り響く。互いの魔力と魔力によるせめぎ合いだ。
大層なこと語ってたわりに結局はただの力比べじゃ……。
「どうやら勘違いをしているようだな」
「なんだと! どういう意味だそりゃ!」
「これをただの力比べとだと過信した時点で貴様の未熟さがハッキリしたということだ」
「なっ! 言わせておけ……ぐうっ!?」
そう俺が言葉を終える前に何かが体を掠め、体に痛みが走る。
俺は龍神とのせめぎ合いに集中していたせいかその衝撃の正体を理解できなかった。……だが、衝撃は二度三度と続けて俺に襲い掛かる。
「くそっ! いったい何が起きてやが……ッ!?」
「この時点でようやく気付いたか。貴様自身の変化に」
衝撃の正体もわからず悪戦苦闘する俺だったが、その原因をたった今理解した。
だがそれは、俺にとってあまりにも絶望的な光景だった。なぜなら……。
「け、剣に纏わせたはずの魔力が……なんでこんなにボロボロになってんだよ!?」
そこにあったのは、見るも無残に成れ果てた俺の『
細かく、だが確実に龍神の雷が俺の魔力を削り、破壊していく。その隙間から漏れ襲う雷がさっきまでの衝撃の正体……。
「なんで……こんな」
「五つの属性から成る自然属性。その中の火、水、風、地の四つは人に恵みをもたらす。……しかし一つだけ、破壊しかもたらさない力上がある。それが雷属性」
こっちは必至なんだよ、そんなうんちくされたって頭ん中に入ってくるかっての!
どれだけ魔力を送ろうとも、破壊される速度に追いつけねぇ!
「純粋な破壊の力のみを持つ雷属性はその性質ゆえ極めれば魔力自体に直接ダメージを与えることも可能となる。このようにな」
ダメだ……このまま、全部ぶっ壊されて……。
「そう、貴様にはまだ何もかもが足りない。我に挑むには、早すぎたようだな」
「……! ぐあああああ!」
全部……ぶち壊されちまった……。思い知らされた、俺の弱さを……。
いいや、本当はここに来る前からそんなもんとっくに壊れてたんだよな。
獣王流の開祖を見て自信を喪失して、アポロのオッサンに負けてこれまでの自分の強さも打ちのめされた。
それから神器だ世界の危機だとスケールがでっかくなってるってのに俺の強さはそこまで変わってなくて。なんだか周りにどんどん置いてかれてるみてーな気分にもなって……それでも俺は強くならねーといけないんだって自分に言い聞かせてたんだよ。
「カトレア、離してちょうだい! このままではカロフが、カロフが……!」
「駄目ですお嬢様! 近づいてはお嬢様の身が危険に」
「そんなことを言ってる場合ですの! リィナ、どうしてあなたもそうして見ているだけですの!」
「わ、私は……カロフを信じるって……」
「死んでしまっては何の意味もありませんわ!」
リィナあお嬢さん達が何やら騒がしいな。……ああ、俺がぶっ倒れてピクリとも動かねえせいか。
強く……なれると思ったんだけどな。こんなよわっちい俺に好意を寄せてくれたあいつらのためにも、俺は強くなるんだって頑張ったんだけどよ。
もう体の感覚がほとんどねえ。唯一残ってるのは右手にある剣を握ってる感触だけだ。
それを振るう力ももう残ってねえってのによ。
「ほう、あの衝突で剣の破壊は免れたか。我とて手を抜いたつもりはなかったのだがな」
顔を上げなくても龍神が俺の前に立ち倒れた姿を見降ろしてるってのは理解できた。
俺に……とどめを刺そうってのか。
「……ダメ、やっぱり私も見てられない!」
「リィナ……ええ、たとえ何もできなくとも、わたくし達がカロフと共に歩むと決めたのですから」
「お嬢様……」
あいつらが近づいてくるのがわかる。
馬鹿野郎……こんな今にも命が燃え尽きようとしてる絶体絶命の死にぞこないの下に駆け寄っても巻き込まれるだけだ。
来るんじゃねぇ……そんな俺の意思さえも、あいつらに伝えられない。全部、俺が弱いせいで。
「さて、では……」
「やめて! カロフを……殺さないで!」
どちらにしろもう間に合わねえ。龍神の次の行動で、俺達の命運が決定する。
すまねぇ……俺は結局、何も成し遂げられなかった。
龍神の最後の一撃をくらって、それですべて終わ……。
「日も暮れてきたことだ、飯にでもしようか」
「……は?」
その一言に、俺達は全員頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。
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