256話 “龍神”降臨
今、俺らは荘厳にそびえ立つ巨大な山を目の前にして見上げている。
中腹から上の方は常に霧がかかって見えやしねえが、俺達が目指すのはその頂上……未だかつて誰もたどり着いたことがないと言われる“龍神”の住処って噂されてる場所だが。
「王国の事件以来何度か調査に出向いちゃいるがロクな成果もあげられなかったからな」
「どうしても途中で霧が濃いエリアに掴まって戻されちゃうからね。今でこそあれが魔力によるものだってわかってるけど、私達の実力じゃ突破は難しい……」
そう、問題はそこだ。リィナの言う通り魔力になんかされて意識を奪われてるっつーのはわかってんだよ。
ただ俺らにゃそれを防ぐ手段がねえ。試しに『獣深化(ジュウシンカ)』状態で突っ込んでみもしたが結果は同じ……惨敗だ。
それを踏まえて霧が濃くなる山道の中腹までやってきたはいいんだが。
「き、霧が濃すぎて何も見えませんわ!?」
「っぱきやがったか!」
そのまま俺達全員は一瞬意識を奪われると、次の瞬間視界に入ってきた光景は……。
「う、嘘……。ほ、本当に山道の入り口に戻ってしまいましたわ」
「抵抗もできずに魔力を操作されたか……。これでは文字通り手も足も出せませんね」
これがこの地に古くから伝えられてきた『不可侵の霧』。そいつは古くからこの山が持つ謎の現象だと昔から言い伝えられてきたんだが。
「ムゲンの話じゃ、この霧も“龍神”が作り出した結界魔術っつーことらしいな」
「うん、でもその結界自体も高度に組まれた術式を山中に巧妙に隠して配置してるからそれをすべて破壊するのも難しい……だったよね」
ったくめんどくせーことしてくれるよな“龍神”さんもよぉ。
俺の目標の一つにゃいつか自力であの霧を突破するって考えて修行もしてたんだがな……急を要するってんなら今回だけは裏技を使わせてもらおうじゃねぇか。
「こんなものどうやって突破すれば……ってなんですのカロフ、その紙は?」
「秘密兵器だとよ」
今広げてんのはヴォリンレクスから出発する前にムゲンから渡された手紙だ。
二つある内の一つはどうしても龍神に合えない場合に開けて読み上げろって言われたから俺も何が書かれてるのか知らねえけど。
「そんな紙切れで本当にこの霧を攻略できるの?」
「まあ待てっての、今読み上げてみっから。えーっとなになに……『記録その1 はじめての野宿において愛用のぬいぐるみ"リューちゃん"を魔物に奪われ一晩中泣いていた』……なんだこりゃ?」
俺はてっきり霧をどうにかする方法でも書かれてんのかとずっと思ってたんだが、書いてあんのは意味不明の文章ばっかだ。
「なんだろう、何かの暗号とかかな?」
「でも"記録"と書いてありますわよ。だから何かの記録なのではなくて?」
「まぁ、わけわかんねーけどとりあえず続きも読み上げてみっか」
その1って内容からわかる通り手紙の続きにゃ最初の文と同じように"記録"が書き連ねてる。
「そんじゃ『記録その2 夜怖くて一人でトイレ行けないくせについてきてもらうのが恥ずかしいから我慢してたら翌朝しっかりと漏』……」
『や め ん か 馬 鹿 者 ど も がああああああああああ!!』
ゴォオオオオオン!
「きゃ! な、なんですの今の!?」
「ら、落雷!? さっきまで快晴だったのにどうして山の周囲だけ雷雲が立ち込めて……」
「つーか、今の声どっから聞こえてきやがった!?」
まるで頭ん中にガツンと響いてくるような正体不明の怒号。まさか、あれが……。
「待て! 異常なのは天候だけではないぞ! 前方を見ろ騎士カロフ!」
「前方って言われてもそっちにゃ山道しか……っておい!? ありゃなんの冗談だ!」
見ればどういうわけか中腹付近の濃い霧がこっちに向かって猛スピードで迫ってやがる!
逃げるか、いやありゃ速すぎる! なら残された手段は。
「皆できるだけ一か所に固まって身を守って!」
「それしかねぇよな!」
「お嬢様!」
「きゃあああああ!」
そのまま俺達は霧に包まれると段々気が遠くなり、最終的には意識を失っちまった。
(チクショウ……ムゲンのヤロウ、これで何かあった時にゃ一生テメェを恨むからな……)
そして、俺の意識は深い深い闇の中へと落ちていく。
……とても懐かしい夢を見た気がする。
あれはそう、まだ親父が生きていたころだ。二人暮らしだが騎士の仕事でほとんど家を空けるせいで俺はいっつも村長の家に厄介になっていた。
たまに帰ってきたと思えば翌日にはすぐ王都へとんぼ返り。だったら別にいちいち帰ってこなくてもいいじゃねえか……なんてガキの頃は呆れてたもんだ。
けど……違うんだよな。
まだ亜人保守派が少なかったあの頃に騎士団副隊長なんて地位に着いてた親父は周囲から相当疎まれていたはずだ。
他種族差別も頻繁に横行してたから俺を連れて王都に引っ越すなんてこともできなかったんだろ。
だから親父は、ほんの少しでも故郷との……家族とのふれあいを大事にしたかった。
(今になってそれが分かるなんて……いや、俺も騎士になった今だからこそ理解できることなのかもしれねぇな)
だってのに親父はそんな苦労なんて微塵も感じさせないほど底抜けにお人好しな笑顔を絶やすことはなった。
(……だがそうだ、あの時だけは)
あの事件が起こる前、親父はたまの長期休暇で村に滞在してたってのにどこかソワソワして落ち着きがなかった。まるで何かを心配するかのように。
そして特異点発生の知らせが村に届いてすぐに親父は血相を変えて出ていって……。
それから……。
「貴様! いつまで寝ている!」
「……!?」
頭が割れそうなほどデケェ声で俺の意識は現実に引き戻された。
目を開くとそこは、先の方は霧で包まれ遠くまで見渡せねえがさっきまでいた山の入り口じゃねぇことは確かだ。
いったい何が起きやがったんだ……確かあの時霧に包まれて、気が遠くなって……。
「そうだ! リィナ、お嬢さん、カトレア!」
「カロフ! 落ち着いて、私達はここにいるよ」
勢いよく体を起こすと俺を支えるようにリィナやお嬢さん達に支えられる。
どうやら全員特に怪我もねえようだ。
「何が起こったのかはわからねえが、とにかく無事みてーだな」
「この状況を"無事"といえるのなら……だがな」
そう答えるカトレアの表情は浮かなく、視線もどこか明後日の方向。何か別のものに釘付けにされていた。
いや、それはカトレアだけじゃねえ。リィナもお嬢さんも俺の心配をしながらも警戒するように同じ方向へ視線を寄せている。
その視線の先に何があるのか……恐る恐る俺もそちらに視線を向けると、そこに"いた"存在は……。
「ふん、我の存在に気づくより先に女といちゃつくか。失礼極まりない愚か者め」
巨大な体躯に全身を覆う黄金の鱗、まるですべてを見通されるかのような圧倒的な眼光はまさに。
「“龍神”……か」
「そして我を目の前にして第一声がそれか。目上の者に対する礼儀もないときたものだ」
間違いねえ、こいつは龍族だ。ただのドラゴン程度にゃこんな威圧感は出せねぇ。
アポロのオッサンと初めて対峙した時……いやそれ以上の圧倒的存在感を俺は今感じている。見た目はオッサンよりも年老いたジジイっつー印象だが、得体の知れなさは比じゃねぇなこりゃ。
だがこれで俺達の目標の一つである『龍神との接触』はクリアしたってわけだ。
だったらあとは用事を済ませるだけってこった。
「なぁ龍神さんよ……」
「黙れ、貴様らからの質問は許可しない。我に対する発言は我から問う質問にのみ発言を許可する」
このヤロウ、一方的に連れてきた挙句こっちの質問はさせねえって、俺らの意思は完全に無視かよ。
だが状況はこちらが不利。むやみに抵抗するのも状況を悪化させるだけか、仕方ねぇ。
「さて、前置きで無駄話をするつもりもない。問題なのは……だ、なぜ貴様が"あのこと"を知り得ているのか、それだけだ」
「あのこと? いやんなこと突然言われても何のことやらまったくわかんねぇっての」
「しらばっくれるか! 山の入り口であれほど堂々と声に出しておきながら……!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……
おぉう!? やべぇぞ、このジジイが怒り出した途端にまたさっきみてーなヤバい雰囲気に代わりやがった。
と、とにかくここは正直に話すしかねえよな。
「俺はただこの紙に書かれた内容を読み上げただけだ。中身の意味なんて俺らは何にも知らされてねえよ」
「なに? それを見せろ!」
と、こっちの返答も待たずに奪い取りやがった。
しっかし結局あの紙に書かれた内容は何を意味してたってんだ? なんか龍神のジジイは紙を読みながらわなわなと体を震わせてっけど。
「いったい誰だ! こんなものを書いた大馬鹿者は!」
その怒号と共に再び空気は震え雷鳴が轟く。これが龍神の魔力なのか、俺にはとてもはかり知れねえ。
勢い余ってリュート村にまで被害がいってねえだろうな。
「言え! これを書いたのはどこのどいつだ! 言わねば貴様らをここでチリも残さず消し炭にしてくれる!」
このセリフ、マジに冗談でもなんでもなねえな。それができるだけの力がこいつにはある。
とにかく今は流れに身を任せるしかねえ。そもそもあいつのせいで俺達は今こんな目に遭ってんだしな。
「ムゲンだよ、ムゲン。あんたあいつと知り合いなんだろ」
「ムゲン? ……そうか、インフィニティのことか。確かに、それならこんな情報を書き記せたことにも納得がいく」
「俺らはただそいつを読めばあんたが出てくるって聞かされただけなんだよ」
「ふん、奴の考えそうなことだ。こんなくだらん方法で我とこ奴らを会わせようなどと」
周りのヤベー雰囲気が収まっていくのが感じられるあたり、どうやら今の説明で納得はしてくれたみてーだな。
だが恨むぜムゲン。肝心の龍神に会えたはいいがテメェのせいで初っ端の印象が最悪じゃねぇか。
「あの……龍神様、私達はムゲン君があなたの古い友人だということは聞いています。彼が生まれ変わる以前からの付き合いということも」
「インフィニティのやつめ、そんなことまで話したのか。それに我のことは誰にも話すなとあれほど釘を刺しておいたというのに」
ムゲンとこのジジイと関係性に関しちゃ俺らはそこまで深くは知らねえが、今のつぶやきからしてなんか約束でもしてたんだろう。
「ムゲン君も最初はあなたのことは話すつもりはなかったと言っていました。しかし状況が変わったんです。世界の危機を乗り越えるためにはあなたの協力が必要だと。……ほらカロフ、手紙」
「っとそうだったな、忘れてたぜ。ほれ、ムゲンからあんたに渡してくれって頼まれた手紙だ」
「……拝借しよう」
そのまま龍神は手紙を読み終えると、目を閉じて何か考え事をし始める。
世界の一大事に関わる問題だ、これだけはムゲンもそこまでふざけた内容は書いてねぇだろ……と、思いたいぜ。
「なるほど……つまり貴様らの目的は我が神器ということか」
「そうですが、ムゲン君はあなたが神器の所有者としてそのまま協力していただけるのならそれでも構わないと……」
「残念だが我はこの山から出るつもりはない。そして……この世界が滅ぶというのなら我はそれを受け入れよう」
「なっ!?」
このジジイ、なにバカなこと言ってやがんだ!?
ムゲンの昔の知り合いだっつーから、世界の危機と知りゃ聞き分けよく協力すると思いきや全然めんどくせーヤツじゃねぇか!
「納得いかねーぞ俺は! なんで何の事情も知らねえあんたが世界の破滅を望むってんだ!」
「勘違いするな、何も我は破滅を望んでいるわけではない。破滅するにしろしないにしろ、我は受け入れると言ってるのだ。ただし、我は干渉するつもりはないというだけでな。我はもう抗うことに疲れた……自らの平穏があればそれでよかったのだ」
こいつ……ムゲンから聞かされちゃいたがマジで世捨て人|(つーか世捨て龍か)を徹底してんな。
「神器だけを譲り受ける……ということはダメでしょうか」
「我はこの“リ・ヴァルク”を手放すつもりはない。我が死した後も誰の手にも渡らぬようこの山に封ずるはずだった」
そう言うと龍神はいつの間にかその手に巨大な剣を携えやがった。本当に"いつの間にか"だ……誰も目を離さなかったはずだってのにあの巨大な剣が現れた瞬間を誰も確認してねえ。
「世界神の力は未熟な者が扱えば災いをもたらす。我以外に扱うことは不可能だろう」
確かに剣から放たれるこの威圧感、他の神器から感じたものに似てるな。
「あれが神器“リ・ヴァルク”……こんなに大きな剣だったんだ」
「あ、あんなもの普通の人間には扱えませんわ」
確かに、あんなもんを扱うってんなら龍族並みの体格は必要になるな。
だけどよ、今問題なのはそんなことじゃねえんだ。
「あんたがこの世に未練があろうがなかろうが俺にとっちゃどうでもいいんだよ。俺にとって重要なのは……その神器をいただいて、あんたから聞くこと聞かせてもらうだけだ」
「……インフィニティの手紙にも書かれていたな、貴様に"真実"を教えてやれと」
そうだ、俺の本当の目的はすべてを知っているはずのこのジジイから"真実"を聞くこと。本音を言えば俺にとっちゃ神器なんてついででしかねぇんだよ。
「五、いや六年前の出来事か。確かに我はその件に関して一つの事実を知り得ている。だが、本当に真実を知る勇気が貴様にあるのか?」
「当たり前だ! 俺は何もかもにケリつけるって決めたんだよ! そうしねーと前に進めねえんだ」
「すべてを知る……か。それが本当にいいことだと思うのか? 知らなければよかったと後悔するやもしれんというのに」
「何が言いてえんだよ……」
「真実というものは人を縛り付ける。知れば逃れることはできぬ、たとえこれまでの自分が成し得たものも、これからの自分束縛されようともだ!」
この威圧感は……さっきのただ感情に任せた怒りとは違え。何か、憎しみを感じさせるような、そんな重い空気だ。
ムゲンのヤロウ、話し合いで解決できる相手じゃねえのかよチクショウ。
「これで理解できたか、我はこれ以上貴様らと干渉する気はないということが。理解できたのならこのまま霧に包まれ消えてもら……」
「なら、娘さんのことはいいんですか」
「なに……?」
再び霧が俺達を包み込もうとしたその時、リィナの一言で龍神が反応しその動きを止める。
「こんなことを言うのは卑怯かと思いますが、あなたの娘……フローラさんは私達やムゲンと共に世界の危機に立ち向かおうとしているんです」
「なんだと! フローラが目覚めているというのか!? ……っと、しまった」
その事実に目を見開いて驚愕するジジイだったが、すぐに何かマズいことを口走ったと悟り視線を逸らして口を押えやがった。
「ファラの奴め、まさか一人で世界樹の調整を終えたというのか……。いや不可能だ……ならばなぜフローラが……」
なんか考え込んでブツブツ呟きだしたぞ。
娘……フローラの話をすることは俺達の中じゃ賭けでしかなかったが、どうやら悪い方向にゃ向かってねえみたいだな。
問題はジイさんがどう出るかだが……。
「フローラさんはあなたに会いたがってました。このままだとあなただって彼女と出会うこともなく終わってしまいます。だから……」
「それ以上口を開くな。それはこちらの問題だ、貴様らに踏み入られる筋合いはない」
くっそ、これでもダメか。
このままじゃ強制的にまた山から追い出されちまう。最終手段だが、戦いを挑むしかねえのか、この“龍神”を相手に。
「……いいだろう、貴様らの要求にも少しは応じようではないか」
「なん……だって……」
「それはつまり、神器を譲っていただけるとううことですか。それとも、カロフの"真実"を教えていただけるのか……」
これまでのやり取りのどこに心境が変化する部分があったのかわからねえが、これで交渉が成立するってんならそれに越したことはねぇ。
「勘違いをするな。今の貴様らには何も渡すつもりもなければ何も教えるつもりもない」
「なら、どういう意味だってんだよ」
「簡単な話だ。獣人カロフ・カエストス……貴様がこの神器“リ・ヴァルク”に次の主と認められればそのまま譲り受け、さらには"真実"も語ろうと言っているのだ」
「俺が……その神器に?」
その言葉に俺は実感が湧かなかった。確かにムゲンは俺らに神器の所持者になれとは言ったが……目の前の存在に俺はどこか無意識のうちに怖気づいていたからだ。
大きさだけじゃねぇ、その存在感に俺は怯えていた。
「で、でも! そんな巨大な剣カロフの体格じゃ……」
「巨大? これの真のカタチが見えてないというのなら……やはり貴様らなどに"真実"を知る資格もない」
その言葉と共に霧が晴れていく。そして初めてここがどこなのか理解した。
坂道のない平坦な大地に雲が横に並ぶほどの高所。ここは……『龍の山』の頂上だったってわけか。
「さぁ、始めるとしよう」
龍神が指を鳴らすと、殺風景だった大地にいつの間にか無数の剣が突き刺さっていた。
大小形も様々な剣、そのすべてからあのリ・ヴァルクと同じ存在感が放たれている。
まさか……これが……。
「我が名は-魔法神-インフィニティが右腕“雷皇龍神”ドラゴニクス・アウロラ・エンパイア。……神器“リ・ヴァルク”の所持者としてこれより貴様に試練を与えよう。覚悟するがいい、若僧が」
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