255話 懐かしの故郷へ


 山を越え、谷を超え、海を超えること早数日……たどり着いた先は活気もなけりゃ驚くほど寂れてるわけでもねぇ。

 そんな自慢できるところなんて一つもありゃしない普通の村に俺は……俺とリィナは帰ってきていた。


「久しぶりだってのに、なんも代わり映えしねえなここは」


 俺達がヴォリンレクスに向かったのが一年ぐれー前だから帰ってくるのもそんぐれーぶりか。

 ま、一年そこらで変わるもんでもねえよなそりゃ。


 このリュート村では人族と亜人族が共に過ごし食用の動物を育てたり農業で生計を立てる、まぁなんの特徴もねえ普通すぎる普通の村だ。俺とリィナの故郷って点を除きゃな。


「うん、本当になにも変わってない。……だけど、だからこそここでだけは辛いことも全部忘れて素直な自分に戻れる。私はそう思うよ」


 そう俺と同様に故郷の風景を前にしたリィナの表情は確かにここ最近で一番安らいでるような気がする。

 ま、ここを離れてからいろいろありすぎたしな。リィナの言う通りここに帰ると一番素直な自分になれる……俺もそんな気がするぜ。


 この村にゃ楽しかったことや悲しかったこと、嬉しいことや辛いことが全部詰まってる。

 確かに殺風景でなにもない村だが、俺達にとっちゃ思い出がたっぷり詰まった……。



「ほん……っとうになにもありませんわー!?」


「ええお嬢様。まるで自然の良さを十分に活かした人工の秘境。ヴォリンレクスのどこを探してもこれほどのものは存在しないでしょう」



 と、人がせっかく思い出補正でなんとかいいところをひねり出してたとこだってのに……。


「到着早々人の故郷をボロクソ言うんじゃねぇ! 特にカトレア、テメェそれぜってぇ貶してんだろ!」


「何を言うか騎士カロフよ、自分は自分なりに最大限に褒めたつもりだぞ。村として最底辺の規模と生活の惨めさでいかにも精神が鍛えられそうではないか」


「いや十分貶してっからなそれ!?」


 まぁヴォリンレクス以外を知らねえお嬢さんやカトレアにとっちゃこんな生活は衝撃的だろうよ。

 それにカトレアに言うことも全部間違ってるわけでもねえ。行商人にも素通りされるほど目立たねえし、貧困ってほど苦しいわけじゃねえが誰もが毎日を食っていくだけで精一杯だしな。

 かく言う俺も親父が死んでからは夢なんて捨てて生きていくだけで必死だったこともあったもんだ……。


「ご、ごめんなさい。わたくし叫ぶつもりなんてなかったのですけどつい……」


「あー……別に気にしてねえよ。むしろ気ぃ遣われる方が調子狂うっての」


「だね。私もここに着くまでなにもない村だってことは十分説明したつもりだけど、やっぱり驚くだろうなぁ……とは思ってたから」


 まぁなにもないつっても村のほとんどが農家か酪農や畜産で生計を立ててる家で、俺はそれで十分だと思ってるけどな。ま、それも余所と比べりゃ大分規模が小せぇが。


 と、俺達がそんな間抜けな会話をしていると……。


「ん? おい、あれってリィナちゃんとカロフの奴じゃないか?」

「村の入り口の方がなんか騒がしいと思ったら」

「あら本当ね。いつ帰ってきたのかしら」


 そこから俺達が帰ってきた噂は一瞬で村中に広がりぞろぞろと集まってものの数分もしない内に囲まれちまった。小せぇ村ってのは噂の伝達が早すぎるぜ。


「帰ってくるなら便りの一つくらい寄こせよ」

「カロフテメェまたリィナちゃんを困らせてねえだろうな」

「なんか凄く遠いところ行ってたんでしょ? なんで帰ってきたの? ねぇねぇ」


「だぁあああああ! テメェら一斉に話しかけんじゃねぇ! ここにゃちと用事があって戻ってきただけだっての」


 まったく、ヴォリンレクスじゃ知らねえことだらけで疲れる日々だったが、故郷は故郷で遠慮のねえ奴らばっかで疲れるぜ。

 とりあえずこいつらとの再会を懐かしむのは後にしてまずは村長にでも事情を説明しにいきてぇとこだが。


「な、なんだかすごいことになってますわね……」


「ん? そういや知らない嬢ちゃんと姉ちゃんがいるべな?」


 そう農家のおっちゃんが気づくと村の連中も一斉に興味がそっちに移ったみてーだ。

 全員に一斉に見られてお嬢さんもちょっとビビってるじゃねーか。


「おい、カロフがまた新しい女に手を出してやがるぞ」

「余所の地に行ってまで懲りねえヤロウだな。しかも今度は二人もだぜ」

「リィナちゃんも大変だねぇ。今度はもっとキツく言ってやんなきゃダメだよ」


 こいつら……なんでいっつも俺が女たらしの常習犯みてぇに扱いやがるんだ。


「あ、あのわ、わたくしは……その……」


「おらおら群がんなお前ら。お嬢さんはこういう状況に慣れてねえんだからよ。ったくこれだから田舎者は困るぜ」


「いやおめぇカロフだって田舎者だろうが」


 うっせ、少なくともお前らよりかはちっとは都会人のはずだ俺は。シャレてる服屋に入ったこともあるし、買い食いなんかも何度も経験してるしな。


「う、う~ん……普段の行動を見てるとカロフもまだまだ都会に慣れてるようには……」


「なにっ!? いやいや十分順応してるだろ。この前なんてちょっと奮発して散髪屋にだな……」


「そ、それよりも、今はアリステルさんの紹介が先でしょ」


 おっとそうだったな。ここまで大事になっちまったんだし何の紹介もなしに先に進めねえよな。

 ちなみに散髪屋は行ってみたはいいがなんで金払ってまで店で毛を切ってもらう理由が最後まで理解できなかったぜ。


「待て騎士カロフ、リィナ。お嬢様の紹介ならばここはやはり忠臣である自分の仕事だろう」


「そりゃ別に構わねえが」


 主従関係なんだし特におかしい点もねえしな。……って納得はするんだが、こいつにやらせるとなんか問題が起きるんじゃねーかと最近は特に危機感を感じんだよ。


「こちらにおわす方こそ大帝国ヴォリンレクスにおける有力貴族であるバーンズ伯爵家のご令嬢、アリステル・ティアナ・バーンズ様その人でございます」


「ど、どうも。初めまして皆さん。アリステル……ですわ」


 とまぁ紹介されたはいいものの、村の連中は特に騒ぎ立てたり驚き飛び上がるわけでもねえ。

 田舎者の知識じゃお嬢さんがどんだけ偉い人間なのかなんてわかんねえもんな。……俺もあんま理解できてねえけど。


「伯爵……ってことは公爵のリィナちゃんより階級的に下ってことなのか?」

「バカ、それは俺達の国だけだったらの話だ。ヴォリンレクスってすげえ大きな国なんだろ? ちっぽけな俺らの国なんて比べものになんねえよ」

「じゃあもしかしてうちの王様より偉かったりするのかな」


 案の定誰も理解できてねえな。

 とにかく帝国貴族のお嬢様ってことだけわかりぁいいだろ。これ以上変な話に発展しねえうちにさっさと抜け出して……。


「えーそれから我々がこの地に赴いた理由はお嬢様が騎士カロフへ好意を寄せているため常に行動を共にしたいという望みの結果であります」


「ちょっとカトレア!?」


「だからそういう余計な話はすんじゃねぇ!」


「ちなみに自分も第二婦人……いえ、それ以下の立場でもいいので絶賛立候補中であります」


「さらに爆弾発言投下してんじゃねぇええええ!」


 ほら見ろ! やっぱりこいつに任せたら面倒なことになりやがった!


「え、それじゃああの人達がカロフのお嫁さんになるの?」

「バカね、身分的にカロフの方があのお嬢様に嫁ぐに決まってるじゃない。入婿ってやつよ」

「それじゃリィナちゃんはどうなんだよ。あの騎士さんみたいに第二婦人とかになんのか? 俺はそんなの許さねえぞ!」


 村の連中も水を得た魚みてーに活気を取り戻してまたあることないこと噂話を広めていきやがるしもうめちゃくちゃだぜ。

 いや、俺はこいつらがこうやって騒ぐことにゃ慣れてっけどよ。


「悪ぃなお嬢さん。ウチの村はどうも娯楽が少なくてよ、噂話に尾ひれ背びれつけて助長して楽しんでやがんだ」


「……あ、その、わたくしは……」


 ん? なんだか歯切れがわりーな。やっぱ知らねー土地でいきなりこんな洗礼受けちゃ動揺もすっか。カトレアの奴は別として……。


(そう……ですわよね。もしわたくしがカロフと……なることになれば、結果的に……)


 とにかく、どうにか収集つけねーといつまでも終わんねーぞこの騒ぎ。

 こっちだってやらなきゃいけねえことが山積みだってのに。



「村中の人間が村の入り口前に揃って何の騒ぎだ」



「あ、村長。お久しぶりです」


「おお! リィナ、それにカロフ! 二人とも戻っていたのか。皆、二人をからかうのもそれくらいにしてそろそろ仕事に戻りなさい」


 助かったぜ。やっと村長が出てきて村の連中も蜘蛛の子を散らすように自分達の仕事へと戻っていった。


「しかし久しぶりだな。遠い地に向かうということなのでしばらくは戻らないと思っていたのだが。まったく帰ってくるなら便りの一つでも送っておけばこちらもそれなりの用意をしたというのに」


「別にいいてのんなもん。それに、今回は俺らがその便りを届ける役でもあっからな」


「どういう意味だ、それは?」


「それは腰を落ち着けてからゆっくり話しませんか。私達が戻ってきた理由も含めて話したいことが沢山あるし」


 積もる話も山ほどあっからな。村長達の驚く顔が今からでも目に浮かぶぜ。

 ……しっかし、さっきからお嬢さんの様子がおかしいっつーか表情が暗いってか。何か悩んでることでも……あんのかもな。




「……そうか、あの大馬鹿息子は……しっかりやっておったか」


 おれから村長の家で腰を落ち着けた俺達はこれまでのいきさつを村長夫婦に語り聞かせた。二人の実の息子であるレオ坊のことももちろんな。


「数ヶ月前突然あの子からの便りが届いた際には目を疑い、それでも半信半疑の状態でしたが……こうして実際に再会したあなた達から話を聞けてようやくあの子が無事だったんだと実感できて……ううっ」


「おばさん顔をあげて。私達レオン君から手紙も預かってますから、これも読んであげてください」


 我が子の無事を聞き泣き崩れる村長の奥さんをリィナがなだめ落ち着かせる。

 そりゃそうだ、急に家を出て音信不通だった息子から便りが届いても嬉しさ半分不安半分ってとこだろ。

 俺らも村長に『レオ坊の手紙は本物だ』って同じように手紙を送ってはいたが、やっぱ手紙と実際に話を聞くのとじゃ信頼性が違ぇわな。


 まぁ、一番いいのはレオ坊自身が直接出向いて顔を見せてやることなんだが。


「あいつも今や忙しい身だからな。帰ってこれるのは大分先かもしれねぇ」


「構わないさ、それもあの子が立派に努めている証拠だろう。大きなことを成し遂げ、成長したあの子に会えることを私達は楽しみにしているよ」


 これでちったぁ村長達も安心させてやれたかね。

 レオ坊も今頃はムゲンとアポロのオッサン達と一緒に神器捜索に精を出してるだろうな。


「時にカロフ、リィナ。このレオンの手紙に書かれている『左腕を失った』というのはどういう意味なんだ? 私達にはそこだけ理解できなかったのだが……都会の冗談はわかりにくくてな」


「あ、いやそれは……」


 なんの冗談でもなくマジに腕を失った経緯を俺達は気まずく話すと……。


「「ブクブクブク……」」


「わー!? 村長! おばさん! しっかりしてください! 大丈夫、もうレオン君は大丈夫ですから!」


 泡を吹いて気絶寸前の村長達を寸でのところでリィナが呼びかけ意識を戻すことに成功してよかったぜ。

 命に別状もないことも伝え新しい義手もしっかり馴染んでいると説明しこの場はなんとか穏便に収まりそうだな。まだ完全に納得はしてねえみてーだが。


「ま、まぁあの子の件に関しては一旦置いておこう。それよりもだカロフ、お前達が今回戻ってきたのは『龍の山』に関係しているという話だったな」


「ああ、そうだぜ。ムゲンからの頼みでよ、ちょっと取りにいかねーといけねモンがあんだよ」


「あの日、特異点から現れた少年か」


 そういやたった一日だけだが村長達もムゲンの奴と関りがあんだよな。あいつも貰ったマントを今でも身に着けてるみてーだし。


「不思議な縁だな。彼が現れてからお前とリィナは騎士として共に働くようになり、レオンからも便りが届くようになり、そして今皆が同じ意志の下集っている」


「ムゲン君が聞いたら「全部私のおかげだな!」って言いそう」


「ま、否定はしねぇけどよ」


 確かにあいつが現れなかったら俺は今もこの村でくすぶったままリィナと和解もせず、騎士になってヴォリンレクスへ行くこともなかったろうしな。


「ウォルダーの奴が団長殺しの罪で処刑されると聞いたときにはお前達の将来を案じたが……っと済まない、お前達の前であの話などするものではなかったな」


 ……ウォルダー・カエストス、俺の親父の名だ。

 村長が口ごもったようにあの日親父が捕まって連れ去られた時のことは今でも俺の胸に嫌な記憶として残っていやがる。


 だけどよ……。


「俺がここへ戻ってきたのは……あの日のすべてにケリをつけるためだ」


 だからもう嫌だ嫌だとガキみてーに言い訳して目を逸らすつもりもねぇ。

 弱え自分とも決別するって決めたんだからな。


「そうか……ならいい。今日はここに泊まっていきなさい。ヴォリンレクスの方にはこのような質素なもてなししかできず大変申し訳ありませんが……」


「へっ!? あ、わ、わたくしですの! わたくしその……なんとも思っておりませんわ! どんな場所だろうと好意に甘えさせていただくだけですわ」


 話も終わって村長ん家で一夜過ごすことになる俺達だったが、やっぱりお嬢さんはどこか落ち着かねぇ様子だ。村長と話してる時もずっと無言だったしよ。




 それから夜も更け、それぞれが分かれてゆっくり休む時間になったその際に、村に着いてからお嬢さんがどうして落ち着きがなかったのか……俺はその理由を知っちまった。


「ねえカトレア、わたくしはこのままカロフと添い遂げるための行為を続けてもいいのかしら」


 それは俺が便所から自室へ戻る際にお嬢さんの部屋から聞こえてきた会話だ。田舎の家ってのはどうも壁が薄いから聞こえちまうんだよな。


「それはどういう意味でございますかお嬢様」


「わかっているでしょ。わたくしはバーンズ家の一人娘、爵位を継ぐ男児がいない以上……家督はわたくしの婿となる人物が受け継ぐと」


「旦那様も奥様もお嬢様を溺愛するあまり新たにお子様をおつくりになることを致しませんでしたからね。夫婦仲は良好ですが」


 その結果が俺達が最初に出会ったあのわがままお嬢さんってわけだ。

 しかし、爵位を継ぐ跡取りがいない……か。


「ですのでもしお嬢様が騎士カロフと添い遂げれば跡を継ぐのは当然彼になります」


「その通りですわ。でも……カロフはきっとこの国を、この村を、故郷を捨てるつもりなんて決してありませんわ。少なくともわたくしの知る彼ならば、決して」


 ちょっとm照れくせえな。まさか、リィナ以外に俺のことをこんなに理解してくれる女なんていねえと思ってたからよ。

 ただ、爵位がどうとか家を継ぐだとか俺は全然考えてなかった。そういうのはマジで遠い世界の話としか考えてなかったからな。

 自分の国で貴族として爵位をもらったっつっても全然実感もなかったし、騎士として生きてりゃ成り行きでなんとかなんだろ、と楽観してたりもした。


「カロフの故郷にやって来て初めて理解しましたわ、彼の居場所はここなのだと。そしてわたくしの居場所はここではないということも」


「お嬢様、まだ悲観するには早すぎます。まだ時間はあるのですからまた別の可能性も……」


「いいのカトレア。ここにはリィナがいる、彼女は彼と共に歩むことができるのだからカロフが不幸になることはありませんわ。わたくしにはわたくしの……やるべきことがある。それだけのことですから」


 お嬢さんの声はあまりにも悲しく聞こえて、俺もどうにかしてやりたいと思う反面……なにを言えばいいのかわからず立ち尽くすしかできねえ。


「でもわたくし後悔はしてませんのよ。カロフと過ごした時間も、彼を愛せたことも、わたくしにとってはかけがえのない素敵な思い出ですもの。だから……だから……」


 俺は、そこまで聞いてこの場を立ち去った。その先だけはきっと、俺にだけは絶対聞かれたくねえはずだろうから。


 俺は一人屋外で星を見上げて考えていた。この先、俺が何をするべきことは何なのかと。

 そして、出した答えは……。


「まったく、ケリつけねーといけねえことばっかだな」


 英雄ってのも楽じゃねえなと、覚悟を再確認して俺は自室へ戻ることにした。


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