253話 居残り組は猛特訓


 城の中心部から少々離れ、私達はヴォリンレクスの兵士訓練場へとやって来ていた。

 普段なら兵士以外の人間は寄り付かないこの場所だが、今日だけは様子が違うようだ。


ガキィン! ゴギャン!


「あれが噂のヴォリンレクスの最新兵器ですか……」


「訓練すれば誰でも使えるというのは本当のようだ」


 一区画の中心ではヴォリンレクスが作り上げた『魔導機人VR』が捕らえた魔物との実戦演習や機体同士での模擬戦を行っている。

 それを観戦しているのは世界会議のために集まった各国の代表や著名人達。噂では聞いていたが実際にこの目で見たいという者が多数だったためこうして実演の機会を設けたというわけだ。


 これまでの世界会議における内容で、今後起こりうる終極神による被害の考慮としてあれを各国家の主要都市にも配備する案が出たのだが、「所有権も搭乗者もヴォリンレクスから派遣されるなら実質的に監視されてるようなものではないか」という意見も多く出ており。案は取り下げられるかと思われた。

 しかし、そこでメルト王国から出された代案が『所有権』制度の導入だった。これはヴォリンレクスからの機兵を所有する権利のみを購入することであとはその国でどう扱おうが自由となる法案だ。


「これで一機分の所有権が年間で10万ルードとは破格だな」


「我が国の軍事予算費用を考えてもこれは導入の価値はありそうですよ国王」


「一つで一般兵100人相当……いやそれ以上か。どちらにせよ無駄に兵を増やすより得なのは確かだ」


 これにより各国のお偉いさん方も自国への導入を強く検討し、こうして演習の見学にやってきたというわけだ。


「所有権ねー。あたしにはよくわかんないけどお金詰んだだけであげちゃっていいものなの?」


「所有権と言ってももちろんいくつかの制約はあるからな。その点は大丈夫なはずだ」


 犯罪行為や盗まれて悪用でもされた場合にはもちろん所有権を持つ国が責任を負う。所有権は剝奪されるうえに罰金、最悪この世界同盟から除名される可能性まである。

 侵略行為で使用した場合も同じ制約だ。


「でも、いくら制約があろうとそれを掻い潜ろうとする人間はいないとも言い切れませんよね」


「んー……まぁいつかそういう輩が表れるかもとは危惧してはいるけどな。世界全土でも完璧な統治なんて永遠に続くわけでもないし」


「人の思想なんて時代ごとに移り変わっていくものだろう。特に寿命は短いが数は一番多い人族ならなおさらだ。そんなものを俺達個人で考えても仕方がない」


「お、レイ」


 演習を見学している私達の会話に割り込んできたのはレイだった。その後ろには姉のリアと、レインディアの国王リオンの姿もある。


「後の時代に悪用される可能性は会議の議題にも挙がりました。しかし、先の先の時代までの不安を今の時代ですべて解決できるものでもないですからね」


「だから私達の国でも数台導入を決定したの。それとは別にヴォリンレクス側の常駐も受け入れてね」


 これから時代は大きく変革していくだろう。そんな中多くの国にとって重要なのは、その変化を受け入れるか否かだ。

 リア達のレインディアやいち早く時代の流れを作ろうとするメルト王国などはすでに新しい時代に向けて準備を進めている。

 しかしそんな時代を受け入れがたいと感じる国も少なからずあるわけで。このかみ合わない二極の価値観をどう修正していくかが世界の今後の議題とも言えるだろう。


 とまぁそんな難しい話はさておいて。


「レイ達はなんでまたこんなところに? それにサティの姿が見えないが……」


 レイとサティはもはや二人でいることが当たり前のように感じていたからこのメンツで彼女の姿がないのはいささか違和感があるな。


「俺はアーリュスワイズの特訓のためここを使わせてもらっている。姉さん……と、国王リオンは……」


「ヴォリンレクスの演習のお手伝いもかねてレイの様子を見に来たの」


「お手伝い?」


「我々の国の兵があの魔導兵器の演習のため乗り込んでいるのだ。他国の兵でもこれだけ扱えるようになるという証明にな」


 なるほどな、レインディアはいち早くヴォリンレクスから魔導機人VRを貸し与えられていた。ヴォリンレクスが単に自国の兵で演習を行っても扱いやすさの証明にはちょっと効果薄いだろうということか。


「ちなみにサティは今日は別行動。なんか、別の国の代表の人に会いにいくって話だけど、誰なのかな?」


 意外だな、リアも知らないうちにサティが他の代表と関わりを持っていたなんて。

 いったい誰だ? ……レイなら何か知ってそうな気もするが、シスコンのこいつがリアにも話さないってんじゃまず聞き出せないだろうな。


「それよりもムゲン、俺は今アーリュスワイズをさらに使いこなす為の訓練中だ。その一環としてお前の観点からもどれだけ扱えてるか見てもらいたい」


「いいね、お安い御用だ」


「向こうでディーオもステュルヴァノフの訓練中だ。一緒に見てやれ」


 よく見れば訓練場の端の方でディーオがヒィヒィと辛そうな姿が見て取れる。

 レイの特訓は自主的だろうが、ディーオの方は強制だろうなありゃ。

 その証拠にディーオの他にも人物が二人ほど……あれはヒンドルトンとルイファンか。


「ぬうううぅぅ……。ヒンドルトンよ……も、もう今日はこのくらいでいいのではないか? 余は普段の業務もあって疲れておるのだ」


「ダメである。ディーオ陛下は現ヴォリンレクスの皇帝であると同時に英雄の一人としてすでに世に知れ渡った身。その威厳を示すためにもいち早く神器を使いこなすのである。だからこうしてルイファン殿にも協力をお願いした所存」


「休憩終わりかー? そんんじゃーもう十発ほどいくからなー。全部弾くんだぞーディー」


「んなっ!? ルイファンちょっと待つの……だぁあああ!?」


 激しい爆裂音と共に地面が抉られていく……。確かにルイファンのバカげた攻撃をすべてステュルヴァノフでしのぎ切れるようになれば神器を使いこなしているといえなくもないが。


「なかなかハードな修行だな」


「ぬおっ! む、ムゲン、助けてほしいのだ! このまま続けたら余は死んでしまうのだーっ!」


「私に泣きつくな。神器の修行はこの先必要になるんだから諦めろ」


「だとしても余やレイは他の者より長く修業期間を見積もれるのだからもう少し控えめにしてもらえるよう進言してほしいのだ!」


 神器捜索に参加しない代わりにレイとディーオの二人には自身の持つ神器をより使いこなせるよう言い渡してある。

 だからこうして業務の空いた時間を使って特訓してるわけだが。


「こんな強引なやり方で成長などできぬ! いつか本当に死んでしまうぞ!」


「しかし陛下には実戦経験が少ない。多少強引でも敵意の気配を読む能力を身につけなければ戦場では生き残れないのである」


 流石戦討ギルドマスター、いい指摘だ。特にディーオのステュルヴァノフは戦場全体の把握から個々人の魔力を完璧に把握するほどに強みを増す。

 ただまぁ、それにしてもルイファンのパンチで特訓するのはディーオのメンタルが持たなそうだ。


「わかった、私がもっと効率的で安全な特訓方法を用意するからちょっと待っててくれ」


「おお! 流石はムゲンなのだ! 期待しておるぞ、早く余を安心させてくれ。今はお主だけが頼りなのだーっ!」


 というわけでディーオの特訓のために私が用意したものがこちらになります。


「これは……ボールだの?」


「そう、なんの変哲もないただのボールだ。だが、こいつを使えばあら不思議」


 さらに取り出したるは一本のマジックペン。こいつでボールにキュキュッと数字を書けば……。


「じゃじゃーん、魔力感知特訓用ボールの完成だ」


「ワフ(いやただペンで数字書いただけじゃないっすか)」


「ふっふっふ、こいつはただのペンではない。インクに魔力を染み込ませることで書いた文字に魔力が残る仕組みになっている」


「そ、そんなもので一体どうやって特訓するのだ」


 察しが悪いな。このペンで書けば高度な魔力感知を有する者ならばハッキリくっきりその文字の形が感じられる仕組みとなっている。

 つまり……。


「こういうことだ!」


「のわーっ!? な、何をするのだーっ!?」


「む、ムゲン殿!? なぜ陛下の視界を隠すのであるか!?」


「一流の魔力感知能力者は視覚に頼らずとも魔力を感じるだけで周囲を把握することができる」


 単純な話だ。一つの感覚を奪われれば別の感覚で補うしかない。魔力感知を特化して鍛えるならば別の感覚など今は邪魔でしかない。


「ディーオ、そのまま魔力感知でかごの中にあるボールを感じ取れるか」


「うむむ……おお、わかるぞ。ムゲン、ぼんやりとしてはいるがお主の魔力の隣にいくつか小さい魔力が束になっとるの」


 いやいや言いながらもこれまで訓練を重ねてきたおかげか私達の魔力を見分けられる程度には感知力も鍛えられてるみたいだな。

 だが本番はここからだ。


「んじゃ今からボールを投げるから防ぐかキャッチするかしながら書かれた番号を言い当てろ。そりゃ!」


「ぬ? いやちょっと待つのだそんなこといきなり言われて……ぬがっ!?」


 私の放ったボールはそのまま一直線にディーオの頭部に向かい……そして見事顔面にクリーンヒット。

 当然番号など言い当てられるわけもなく。


「なにをするのだーっ!? 魔力感知だけでそんなことできるわけなかろーっ!?」


 目隠しを取り鼻血を垂らしながら猛抗議してくるディーオ。なかなかシュールな絵面だ。


「ディーオ、魔力感知を鍛えればあの程度余裕だぞ」


「ならばムゲン、お主はできるのか! できるというならまずムゲンがやってみせるのだ! お主ができると証明したのなら余も納得してやろうではないか」


「お、言ったな。そんじゃ……レイ、私が目隠ししたら好きな位置とタイミングでどれでもいいから球を投げてくれ」


「ああ、全力でいいのか?」


「魔力強化はなしな。素の全力で投げてくれ」


 そうして私が目隠しを終え棒立ち状態。ここからレイがボールを放つ手はずだが……どうやらレイもこの特訓の趣旨に気付いてるようだな。


(レイ自身の魔力はかなり微弱なまでに抑え込んでいるな)


 そのためレイ自体の位置はぼんやりとしか感知できず曖昧だ。しかしそれはそれ、ボールに書かれたインクの魔力は人の意志で抑えられるものじゃない。

 ボールの魔力を重点的に捉え続け、やがてピタリと止まった位置……そこからゆっくりとした動きから急にこちらに向かって飛び出した瞬間!


「3ッ!」


 そう言葉にするのと同時に、私は背後から放たれたボールをその手にキャッチしていた。


「わ、凄いムゲン君。本当に目隠ししてるのにレイが投げたボール取っちゃった」


「だ、だが数字はどうなのだ。あてずっぽうで言ってみただけではないのか」


 そんな疑り深いディーオのために私は目隠しを外して近づき、皆に見えるようそのボールに書かれた数字を晒すと。


「3、であるな」


「ほい、これで証明終了だ。ディーオもこれを繰り返していけば徐々にはっきりと感じ取れるようになるさ」


 すぐ弱音は吐くものの、これでもディーオは努力家だからな。諦めなければきっとその努力は実を結ぶだろう。


「うむむ、わかったのだ! ムゲン、お主を信じて余はこの特訓で必ずステュルヴァノフの真の力をものにしてみせるのだ! さあ、どこからでも投げるのだ!」


「おー、こんどはこいつをディーに向かって投げればいいのかー? よーし、それじゃあいくぞー」


「ぬ? ちょっと待つのだ。ルイファンお主が投げたらただのボールでも殺人兵器に……」


「とりゃー!」


「ぬおおおおおーっ!?」


 頑張れディーオ、ルイファンがボールを投げる場合は流石にステュルヴァノフ使ってもいいからな。

 さて、ディーオの方は解決したのであとは……。


「レイ、アーリュスワイズは使いこなせばそのすべてが神経の一部と思えるほど繊細な動きが可能だ。瞬間的な動作だけでなく日常的な動きにも反映してみるとより扱いにも慣れるはずだ」


「なるほど、日常的にも……か。確かに今まで考えたこともなかったな」


 自分の体の一部として扱うということは腕や足が同時に何本も扱うようなものだしな。普通ならそんなこと考えもしない。

 レオンの腕装着の際にもちょっぴり説明したが、前世では魔術の応用研究によって多腕多脚を実行した者もそれなりにいた。それと似たようなものだろ。


「ムゲンー、そろそろ終わったー?」


「っと、悪い悪い。軽いアドバイスのつもりがすっかりのめり込んでた」


 必要なこととはいえヒロイン二人を置いてけぼりのままにしておいたのはよろしくないよな。


「わたしは別に気にしてませんよ。戦いに関しては力になれませんから。ゲンさんにしかできないことがあるならそれを優先させるべきです」


 クリファは理解のあるヒロインでオラ本当に嬉しくて涙が出そうだよ。

 早く終極神の陰に怯えることなく本当の幸せな日常が過ごせればどんなに素敵なことか……。


「そんなことよりデートの続き! ほら、あたしお腹すいたからなんか食べにいくわよ」


「って引っ張んなって。そんじゃディーオ、レイ達も、特訓とかその他もろもろ頑張れよー」


 セフィラはまったくお気楽だな。ま、そんなお気楽さが未だ殺伐とした緊張感の抜けない毎日の中で安らぎを思い出させてくれる。

 今の私にはそんな彼女達と過ごすこのひと時が大事なのだと……。


 と、そんなこんなでセフィラに強引に手を引かれつつ、私達のつかの間の日常は穏やかに過ぎていくのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る