252話 龍と精霊のムカシバナシ
そんなこんなで神器捜索メンバーの決定から早数日、世界会議も滞りなく進行し今日は丸一日休みを設けた。
休みといっても各国家の代表はこれまで出揃った議題や決定した協定を各自でまとめ、この先どう対応していくかと大忙しだろうが。
まぁそっちはそっちの問題なので私は深く関わるつもりもなく、私達はどう過ごしているのかというと……。
「ふっふふーん、ふんふんふーん」
「ワウ(ご機嫌っすねセフィラさん)」
「そりゃそうよ。なにせ今回は自分の実力でムゲンと一緒に捜索メンバーとして行動する権利を得たんだもの」
「ただじゃんけんで勝っただけでしょう。別にセフィラの実力というわけでもないですし」
「運も実力の内って言うでしょ。やっぱりあたしの持って生まれたヒロイン力は運すら味方につけちゃうってことなのよ」
そう、あの後じゃんけんによって見事勝利したのはセフィラだった。
なのでテルスマグニア捜索メンバーは私、セフィラ、アポロ、ミネルヴァ、レオンの五人が正式に決定したわけなのだが。まぁセフィラはその時のことがまだ嬉しいのか数日経った今でもこうしてご機嫌なわけだ。
「はぁ、浮かれるのは構いませんがゲンさんや皆さんの邪魔になるようなことはしないよう気をつけてくださいね」
「あんたにそんなこと言われないくてもわかってるわよ。だからクリファは何も心配しないでお留守番しててちょうだい」
「はぁ……」
クリファも最初はじゃんけんで負けたことに納得せずセフィラに対して文句が絶えなかったが、それでも顔色一つ変えず数日間浮かれっぱなしなセフィラに流石に文句を言う気力もなくなったようだ。
私はそんな様子が微笑ましいので特に何も口出しすることはなかったが。
「ま、決まったもんは変わらないし出発もまだまだ先だ。今はこののんびりした日々を楽しんでおこうぜ」
「さんせーい!」
「ゲンさんがそう言うなら……」
というわけで私達は今、庭園に隣接する廊下をゆったり散歩中である。
特に目的はない。ただ未だ混乱する世の中ではこんな何気ない日常が貴重なんだと、今私は実感している。
「さーて、ここからぶらぶらとどこに向かおうかねぇ」
「ワフ(あ、ご主人あそこに誰かいるっすよ)」
お、ホントだ。庭園の一角で数人のグループが輪になってなにやら楽し気にお喋りしてるみたいだ。
と、私が気にしているとどうやら向こうもこちらに気づいたらしく。
「おお、盟友ではないか!」
「おーゲンちゃん! ねーねー、ゲンちゃんも一緒にアポロっちのお話聞こうよ」
そこにいたのは星夜達第四大陸組と、アポロ達第一大陸組という珍しい組み合わせだった。
いや、珍しいといってもこの二組はこれまで何一つ接点がなかったというだけだ。交流会やこの間の神器捜索メンバー決めでなにやらいろいろとお互いに興味を持ち始めたというのもおかしい話じゃない。
特に、アポロとフローラ……この二人にはメンバー選定の際に一つ大きな共通点が生まれたようで……。
「水臭いではないか盟友よ、なぜフローラ殿がかの有名なドラゴニクス・アウロラ・エンパイアのご息女だと黙っていたのだ」
「そうだよ! アポロっちってパパとおんなじ龍族なんでしょ? あたしパパのことを知るために龍族についてももっともっと知りたいと思ってたところなんだから!」
共通の人物への憧れというところか。まぁ今の時代ドラゴスのことについて話し合える人物と巡り合えるってだけで希少なことでもあるしな。
「なので、今まさに彼の者を語るためには欠かせぬ重要な古の龍皇帝国の成り立ちを語り終えたところだ」
「そっちはあんま面白くなかったけどね、パパが出てこないし」
「なんとっ!?」
ただ互いに興味のベクトルはちょっとズレてるっぽいな。
アポロとしては最後まで時代の表舞台に立っていた龍族の英雄としてドラゴスを見ているが、フローラにとってはドラゴスという一個人にのみにしか興味がないといったところか。
「王国がどうとか難しい話は分かんないもん。それよりももっとパパのことが聞きたいの」
「う、うむ……そうであるな。盟友達もどうだ、我が里に伝わりし伝説の龍族の物語。ぜひ聞いてもらいたい」
「お、いいぞ。あいつの話がどこまで正確に伝わってるか私が採点してやろう」
セフィラとクリファも興味はないだろうが私に同調して一緒に参加してくれるようだ。
こうしてさらに観客が席に着き、それを確認したアポロがゆっくりと語り始める。表舞台に出ることのなかった龍族達へと伝わった、我が前世の親友の伝承を。
「古き龍皇帝国が滅び、ほぼすべての龍族は歴史の表舞台から姿を消した。だが! そんな誰もが絶望する中で一人立ち上がった伝説の龍族! その者こそが幼き龍帝の末裔であるドラゴニクス・アウロラ・エンパイアその人であった! そう、彼の者は一族の無念を晴らすべく帝国復興のため苦難の道を進むと決意されたのだ」
「おおー! パパすごーい!」
「立ち上がった……って言っていいもんなのかねあれは……」
帝国が滅んだ直後のあいつは行くあてもなく大泣きしながら私のあとを追っていた印象しかないぞ。
他の龍族達もあいつを擁護すると他種族からの恨みが自分に向くんじゃないかって見捨てただけだし……。
「しかし彼の者は国を再建するにはまだ幼かった。だからこそ、見聞を広めるため世界を巡る旅へとその身を投じたのだ!」
「ボロボロになった城から離れたくないって駄々こねてたから無理やり引っ張ってっただけなんだがな」
あのままあそこに放っておいたら確実に死んでたからなあいつ。あの頃の私は自分が無関心だったせいで何かを失うことにモヤモヤする感情を抱えていたから放っておけなかったんだ。
「そして彼の者はかつての傲慢だった帝国から反省点を得、他種族と寄り添おうと問題を抱える他種族の国を助け、友好を結ぶ道を選んだ。さらにはもともと持ち合わせている龍族としての強さに慢心せず、魔力の修行を怠ることはなかった。辛い立場だというのに……彼の者は泣き言一つ口にせずただ前だけを見つめていたという。くぅ、なんと誇り高い!」
「パパ……カッコいい」
「いやいや、出会った頃のあいつはそりゃもうわがままで泣き虫で困ったもんだったぞ。龍皇帝国のよくない思想どっぷり浸かった悪ガキそのもの」
だから私はあいつの根性叩き直してやるために心身ともに鍛えなおしたうえに各地を巡って他種族に詫びを入れさせもした。
おかげで今ではすっかり更生した……と思ってたんだけどな、ファラとフローラの一件のせいでちょっと私の中では信用度落ちてるぞ。
「盟友よ、今は我が語っているのだから余計な茶々を入れんでほしいのだが」
「そうだそうだー! ゲンちゃん横でごちゃごちゃうるさいよ!」
「はいはい悪かったって。終わるまで黙ってるから」
せっかく人が本当のこと伝えてやってるというのに。ま、世の中には真実を伝えない方が幸せなこともあるし、もう口出ししないでおくか。
しっかし、よくここまで美談として伝わったもんだ。
「それでそれでアポロっち、その後パパはどうなったの」
「うむ、それから彼の者は成長し共に戦う仲間と世界に新たな秩序をもたらしてゆく。だがそうして世界が平和になる様をその目で見て確信したのだ……もはや龍皇帝国を再建する必要などない、と」
これはあながち間違ってないな。更生前こそあいつは他種族への復讐や自分を見捨てた他の龍族への怒りを抱えていたが、世界を巡りあいつも自分がこの世界でいかにちっぽけな存在かを理解することで考えを改めた。
その中でも一番あいつを変えた要因はやっぱ……ファラとの出会いからだったかもな。
「仲間と共に世界を救った彼の者は、世界中どの種族からも認められる偉大な龍族となった。そして仲間達にこの世界を託し、美しき伴侶と共に歴史の表舞台から姿を消すこととなる……。これこそが! 我が里に伝わる伝説の龍族の話である!」
「わーすごーい! 面白かったー!」
フローラの拍手喝采と共に語りが締められる。
前半はちょっと情報の齟齬があるようだが、後半は私が魔法神として共に戦った記憶とそう変わらなかった。……多少美化されてた気はするが。
「でもやっぱり会ってみたいなーパパに。ねぇゲンちゃん、今からでもママの説得は後回しにしない?」
「駄目だ。終極神がいつ事象の内側に現れるかも明確にわからない今の状況じゃやれることは早めにやっておくべきだ」
事象力を感じられるようになった私は何となく終極神が事象の壁を超えてくるであろうボーダーラインを掴みかけているが、それもまだまだ正確というには程遠い。
新しい所有者が神器を使いこなせるようになるまでの時間も必要だろうし、これでも結構ギリギリなのだ。
「だったら手紙でも書けばいいんじゃない? たとえ会えなくても、伝えたいことくらいは届けてもいいと思うけど」
「おーなるほど! ミネルヴァっちナイスアイディアだよ!」
「なんで人語を介する精霊族は皆わたしをその愛称で呼ぶのかしら……」
なんでだろうな。精霊族も基本的な思考回路は他の種族とそう変わりないはずなんだが……なぜか底抜けに明るい性格な奴が多いんだよ。
「よーし! それじゃあ早速あたしのパパへの想いを書き綴って……」
と、どこから取り出したのかわからない数枚の用紙へと向き合うフローラだったが。
「どうしたフローラ、書かないのか?」
その真っ白な用紙にフローラのペンを持つ手が伸びることはなかった。
それから、少し沈黙してフローラは何も書かずにペンも用紙も閉まってしまう。
「やっぱ、いいや」
「本当にいいのか? たとえ直接会えずとも便りが届くというだけで相手に自分の存在を強く認識させることはできるだろう」
「そうかもしれないけど。でもでも、やっぱりパパへの初めての言葉は……ちゃんと向き合って、あたしの口から伝えたいかなって」
「そうか……ならばオレはもう何も口出しはしないさ」
「えへへ、ありがとね星夜」
精霊族はどこまでもお気楽な連中だ……だけどそれは、自身の中にブレない意思があるともいえるんじゃないかと私はそう思っている。
「ミネルヴァっちもごめんね、せっかく提案してくれたのに」
「別にいいわよ、ただのちょっとした思い付きだっただけだし。あんたが自分で納得してるんならそれでいいんじゃないの」
「でもありがとね! あ、それとあたしのことはもっとフレンドリーにフローラちゃん、って呼んでもいいんだよ。というかそう呼んでよーミネルヴァっちー!」
「まったく、ホントなんで精霊族ってこんなグイグイくるのばっかなのかしら……。わかったわよ、フローラ」
って言いながらまんざらでもなさそうなんだよなミネルヴァのやつ。
さて、結構長居したからすっかりお茶も飲みほしてしまった。どうやらフローラも納得してこれ以上わがままもなくなったようだし……。
「む、もう行くのか盟友よ」
「ああ、このままここでのんびりする一日も悪くなさそうだったけど、どうにもじっとしてられない性分でな」
「それに付き合わされるこっちの身にもなってよね。まぁ別に嫌じゃないけど」
「そうですね、わたし達はじっとしてる期間の方がずっと多かったからゲンさんと行動を共にするのは新鮮なことが多くて……楽しいです」
「ワウ(でも二人とも体力少ないんでその辺は自覚してくださいっすよ)」
こうして私達はアポロ達の茶会においとまし、またぶらぶら城内へと散策に戻るのだった。
しかしこれまで何の接点もなかった第一大陸組と第四大陸組がこんなどちらからも遠く離れた地で意気投合するまで至ったのにはなんだか感慨深いものがあるな。
ドラゴスとフローラの親子の一件もこれを機になんだか前進しそうな気がするし。
「……そういや、セフィラやクリファには"親"って呼べる存在はいたりするのか?」
「え、どしたのいきなり?」
こんなことを聞いたのは、きっと先ほどのフローラの影響かもな。
普通の"人間"ならば生みの親である母がいて、そして父と呼べる存在がいるのものだ。
だが……セフィラとクリファはいわば終極神の"システム"として生み出された。そんな誰もが持ち得るはずの血縁を持たない二人にとっては……。
「いや、ただ終極神は生みの親……って感覚があったりしないのかなって思っただけだ」
「あたしはわかんない。今までそんなこと考えたこともなかったし。クリファはどうなの?」
「そう……ね」
セフィラと違いクリファはこれまで自分が終極神の役割を果たすための存在だとずっと自覚しながら生きていた。そんな彼女にとって終極神とはどういう関係性を感じているのか。
「正直、生みの親という感覚はありませんね。世界という大いなる存在の子……という意味合いなら誰とも変わりはない気はしますから」
確かに、この世界の生命も元をたどればすべてがアレイストゥリムスに帰結する。世界が存在したからこそ自分が今存在している、クリファが感じているのはそういうことだろう。
「うーん……それじゃあやっぱり、あたし達には親って呼べる存在はいないってことね」
「だからゲンさんは終極神を撃ち滅ぼすことに何一つためらわなくていいわ」
「別に今更ためらうつもりもないが、二人が何も気にしてないならちょっとは気が楽になるかもな。それと、両親に交際を認めてもらうイベントがなくなったのが残念ってだけだ」
これはレイとベルフェゴルのやり取りからなんかいいな、と思ったことだ。ああやって人と人との家族の繋がりというものが生まれていくのだと私も深く関心したからな。
「なんだ、ムゲンったらそんなこと心配してたの?」
「別にいいだろう。これまでそういう機会があるかもと実感することもできなかったわけだし」
「それなら、あたしがムゲンの両親に挨拶するっていうイベントが残ってるじゃない。嫌だなんて言わせないから」
「いやまぁ、それはいいんだが。私の両親はまだ帰れるかもわからない地球在住だぞ」
「ふふ、そうですね。わたしももう時空を繋ぐ力はありませんし。でも、いつかゲンさんの世界で共に日々を過ごせる……そんな未来をわたしは望んでいますよ」
「クリファ抜け駆け禁止! もちろんあたしもだからね!」
そうだな、この戦いが終ったらいつかそこにたどり着く……在るべき世界で誰もが笑って過ごせる世の中へ。
まだまだ問題だらけだがな。ただ今だけは、そんな希望に満ちた未来を想像しながらこの平穏な日常を満喫するとしようじゃないか。
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