248.5話 英雄達の裏側で


 ムゲンや英雄達が親睦会でハチャメチャ騒動を起こしている間、他の場所では何が起きていたのか。

 少しだけ覗いてみることにしよう。


「世界会議当日における各ギルドの役割はお伝えした通りです。皆さん、各自のギルド員への通達をお願いします」


「うむ、了解である。しかし、世界中の国家だけでなくこうして全ギルドが一堂に集まり何かを成そうという日がくるとは思ってなかったのである」


「そうね、以前魔導師ギルドの騒動で簡易的に集まったことはあったけれど……まさかその騒動を引き起こした主犯がギルドマスターになって私達を招集するなんて思いもしなかったわ」


「はは……耳が痛い言葉ですね。商人ギルドマスター、マリアンヌ」


 その場には四人の男女が席を囲んでおり、ちょうど話し合いを終えたところのようだ。

 聞いての通り彼らは世界会議のために集まった各ギルドのギルドマスター達……魔導師ギルドのリオウ、戦討ギルドのヒンドルトンとおなじみの二人。

 加えて今回は商人ギルドのマリアンヌが同席している。金色の長くウェーブされた髪をアップにし、派手な紫色のドレスと高そうな宝飾の数々が彼女を商人ギルドマスターだと表しているようだった。


 そして、この場にはもう一人……。


「あらん、でも問題で言えばマステリオンちゃんの方がもっとひどいことしてたんでしょお? んアタシはリオウちゃんに代わっても全然気にしないわ~」


「い、いえ、こちらこそ……本日は後ろ盾でもあるシント王国の反対も押し切ってお越しいただきありがとうございます。建製ギルドマスター、ヴァリアン」


「あん! 本名で呼ばないでリオウちゃん! アタシは建製ギルドマスター、華麗なるヴィヴィアンで通してるんだからん」


 この男……男だが女性よりも濃い厚化粧に女物の衣装をまとったこの人物。彼……いや彼女こそ建製ギルドのギルドマスターであるヴァリアン……いやヴィヴィアンである。


「まぁ、シント王国も大分混乱して崩壊気味だし、アタシ達も身の振り方を考えないといけないと思ったのよ~。ちょうどマリアンヌちゃんのところのメルト王国からも声をかけてもらっちゃってるし」


「我々の国の王は何代も前から建製ギルドを率いれたいと考えていたがそれは叶わなかったと聞いているんだけど。その理由はなぜ?」


「それがおかしな理由なのよ~。なんでもウチは初代のギルドマスターがシントと協力して作られたらしいんだけどお、本当は後ろ盾なんていらない優秀な組織……というよりマスターだったらしいの。それなのにシントには絶対に逆らわないよう後世に伝えて、シントもすっごい優遇してくれるからずっとその位置に収まってた……ってわけなのよ」


「ふぅむ、確かに今でこそ我ら四大ギルドは世界に大きな影響を与えるまで成長し、それぞれがそれぞれの大国に後ろ盾を持つことでパワーバランスも保たれてきたともいえるのである」


 各ギルドは魔導師ギルド以外はそれぞれ後ろ盾である大国と共に巨大な組織として成長してきたためにその権力が大きく傾くこともなかった。

 もしどこかの大国に偏っていたならば世界のバランスはまた大きく変わってただろう。


「つまり初代の建製ギルドマスターはここまで先の時代を予見していたということですか? いくら先見の明のある人間であっても数百年も先の情勢までは見通せるはずがありません」


「やっぱりただの偶然じゃなあい?」


「……いや、案外あり得ない話ではないかもしれない」


 他のマスター達は考えすぎだと揶揄する中、一人だけその意見に反論するリオウ。

 確かに普通の人間ならそんなバカげた話と笑い飛ばすだろう。しかしリオウには確実ではないが、確証に至る理由が自身の中にあったのだった。


「もはや可能性の話にしかなりませんが、もしかしたらその初代建製ギルドマスターは……その時代の“虚飾”の使途だったのかもしれません」


 “虚飾”の使途はその時代ごとに宿る人間を変えつつも必ずどこかに影響を残している。

 そして、もし建製ギルドが先の時代にまでシント王国を大国として存在させる助力として作られたのなら納得がいく……と、リオウの中では結論付けられていた。

 これは、『体現者』として現代の“虚飾”の使途であるマステリオンと対峙したリオウだからこそ気づけた事実なのかもしれない。


「その仮説が事実だとすれば……我々が戦うべき"敵"というのはこちらの想像など容易く超えていると言うべきであるな」


「その通りです戦討ギルドマスターヒンドルトン。だからこそこうして世界会議を開き、我々ギルドも一丸とならねばならない」


 女神政権と魔導師ギルドの問題が解決してからまだそれほど月日も経っていない現状ではあるため、全国家間での協力に不安を覚える国は少なくない。

 しかしこうして終極神による『体現者』使途の暗躍が明らかになるにつれ多くの国家が危機感を感じ始めているのだ。


「さて、少々話が長くなってしまいましたが本日のギルド定例会はこれでお開きとなります。皆さんどうもありがとうございました」


 何はともあれ、こうしてギルド同士がわだかまりなく手を取り合える状態になったことは喜ばしいことだ。

 ただ、各ギルドのトップが一堂に会するのは今回が初めてであり、表面上は気を許しているように見えるが実際は……という不安をこの場でリオウは感じているようで。


(やはり俺も魔導神様のように他のギルドとの親睦を深め、意思疎通を円滑にするべきだろうか)


 現在この定例会の裏側ではまさにムゲンが集めた英雄達との親睦会が進行中である。

 リオウは残念ながら定例会があったために参加できなかったが、それならばとおもむろに席から立ち。


「皆さん、これから一緒に食事でもいかがですか? 今度はこれまでの肩の張った会議ではなく、お互いを理解するための会話というのも悪くないと思いますよ」


 と、強引なムゲンとは違いサラッと自然に各ギルドマスター達を誘うリオウであったが……。


「素敵なお誘いだけど……ごめんなさい。私、今日到着した主人とディナーの予定があるの」


「我も……今日は久しぶりに我が家に帰れそうであったゆえに妻と子供達に夕食を共にする約束をしていたのである……スマヌがリオウ殿」


「ああいえ、それならば仕方ありません。お二人ともご家族を大事になさってください」


 流石に他人の家庭の事情に割り込んでまで誘おうなどという無粋な真似はリオウも望んではいない。

 なので、ヒンドルトンにもマリアンヌにも断られ最後に残ったのは……。


「あらん……リオウちゃん、アタシと二人っきりでお食事……す、るぅ?」


「う……え、ええ自分はそれでも……」


「冗談よん。実はアタシもウチの連中と約束があるの。アタシにとってウチの連中は家族みたいなものだから……ごめんなさいね」


 ヴィヴィアンの返答に若干ホッとするリオウだったが、結果的には一人も誘えることなく定例会はお開きとなり部屋にポツンと残ってしまう。


「皆それぞれの家庭へ……か。それもそうだな、彼らの年齢を考えればそれが普通のことだ」


 若くして突発的に魔導師ギルドマスターとなったリオウと違い他の者達はそれぞれ地位に見合った人生を送りギルドマスターとなった。そんな人生の中で自分の家庭や居場所を見つけるのは当然といえなくもない。

 ただ、実際の年齢はまだ成人して数年ではあるが転生者であるリオウにとっては精神年齢的に他のマスター達とそう変わらないため、どこか思うところもあるようで。


(今から魔導神様の親睦会に横入りするのも迷惑だろうし、どうしたものか)


 むしろ素面な状態のリオウに治めてもらいたいほどに会場はヒートアップしてる状態なのだが、そんなことはつゆ知らずにあてもなく庶民街へと向かい始めるのだった。






 だが、そんな庶民街では今まさに街の片隅で小さな事件が起きており……。


「おいネーチャン! 人の肩ぶつけておいて無視して立ち去るこたぁねぇだろうがよ」


「そうだぜぇ~、相棒はちと体がよえぇんだ。たとえぶつかった相手が女でも想像の五倍はいてぇはずだぜ。それだってのに謝罪の一つもねぇってのはいただけねぇなぁ」


 どうやら絵にかいたようなテンプレのチンピラ二人組が、偶然かどうかはわからないが肩をぶつけた女性に対していちゃもんをつけているようだ。

 ディーオが即位してから街の治安はよくなったものの、こういった小悪党がいなくなるというわけでもなく、たまにこういったいざこざが発生することも少なくない。


 ただ、この場で問題なのはチンピラが絡んでいる女性であり……。


「なら賠償金でも支払えば許していただけるのでしょうか?」


「あーん? そりゃ慰謝料はたんまりもらわねぇとなぁ。ただ、それだけで許してもらえると思ったら大間違いだぜぇ」


「見たところかなりの美人だし、いろいろと満足させてもらおうかい」


「……やはり、男性というのは女性のことを都合のいい道具としか思ってないのですね。せっかく第四大陸から出てきたというのに、これでは外の大陸の人間を信用することなんて到底無理な話」


 そうこの女性、第四大陸のセレスティアルからやってきた第一王女のラフィナである。

 そんな重要人物がなぜこんなところでチンピラに絡まれているのは謎だが。


「あぁん? なにブツブツ言ってやがんだ」


「別に……ただこのような低俗な行為でこれほどまでに楽しめる様が羨ましいと思っただけです」


「んだと?」


 ラフィナの皮肉が流石にチンピラの怒りに触れてしまったのか、徐々にその表情から笑みが消えていき。


「なるべく穏便に済ましてやろうと思ってたってのにつけあがりやがって」


「乱暴にされてもまだそんな生意気な口を開けるか試してやろうか」


 一見余裕そうな態度のラフィナだが、ここは街の大通りの一角ではあるが細い脇道に続く場所でなかなかの死角になっている。

 助けを呼ぼうにも奥に連れ込まれればその声も届かなくなるような絶体絶命のような状況ではあるが。


「まずは二、三発ぶん殴って大人しくなってもら……」


「『氷結捕縛アイスバインド』……やれやれ、この街にもまだこんな小悪党がいるとは」


「なっ……なんじゃこりゃあ!? 体が氷漬けに!」


 ラフィナに暴行を加えようとしたチンピラ二人だったが、突然その体が氷で固められ完全に身動きを封じられてしまう。

 人体のほぼ全身を一瞬で縛るほど制度の高い魔術。それを実行したのは……。


「戦討ギルドに突き出すのは簡単だが、せっかくのヒンドルトンさんの家族団らんに水が入る可能性があるから今日のところはやめておいてやろう。ただ、朝までそこで固まっててもらうことになるがな」


 会議が終わり、街まで降りてきたリオウだった。

 どうやらちょうど街にたどり着いたところに偶然チンピラに絡まれているラフィナを目撃し、助けに入る形となったようだ。


「この道は女性一人では危ない。大通りに出ましょう」


「……」


 そう言ってギャーギャー騒ぐ氷漬けのチンピラを置いて大通りへと進んでいくリオウと、その後ろを無言でついていくラフィナ。

 そして、人通りも増えもう危険はないだろうと思われる場所まで歩いたところでラフィナが口を開き……。


「それで、あなたの目的は何かしら?」


「目的?」


「ええ、わたくしを助けたことによる謝礼ですか? それとも、先ほどの男性方のように体が望み?」


 助けてもらったにもかかわらず随分と失礼な物言いだ。しかし、誰も信用することのできなくなったラフィナにとっては完全なる"善意"で助けられたということさえ信じることができないのだ。


「……その身なりからして庶民街の人間ではないようだが、貴族の道楽か何かならすぐにやめて家に帰るんだ。次は助けなど来ないかもしれないんだからな」


「それでも構いません。どうせわたくしのような価値のない女なんて、そこら辺の男に弄ばれて捨てられるしかないのですから……。だから怖くもないし、どうなろうと何も感じません」


 そんなラフィナの自暴自棄とも取れる言葉に一瞬驚くリオウだったが、彼女の表情を見ると何かに気づいたように向き直り……。


「その言葉、嘘だな。本当はあのチンピラに襲われそうになった時も、そんな目に遭うことも怖くてたまらないんだろう」


「な、なんであなたにそんなことが……」


「ついこの間、とんでもない大嘘つきと対峙していたせいか人の嘘に敏感になってしまったみたいでな。あなたの仕草や声色からは不安や恐怖を感じる」


 これもマステリオンとの戦いから得られた副産物といったところか。あまりデリカシーのない特技ではあるが……。


「そんなに誰も、信じることができないのか」


「……どうして外の大陸の人にはこんなに簡単にばれてしまうのかしらね」


 ラフィナの本性を暴いたのはサティに続いてこれが二人目、というところだろう。

 そもそもセレスティアルにいたラフィナの周囲の人間は彼女を気遣うあまり気づけなかったのかもしれないが。


「あなたにわかりますか? すべてに裏切られ、信ずるべきものを失って、それでもこうして生き続ける苦しみが。……こんなこと、初対面の方に聞くようなことではないでしょうけど」


 自分の苦しみなど誰にも理解できない……だから誰も信じられない。今のラフィナにとってはそれがすべて。

 ……しかし、それも自分の殻に閉じこもっていた狭い世界でしか通用しないものだということも、まだラフィナは知らないのだ。


「……たとえすべてを失ったとしても、また一からやり直せばいい。それがどんなに間違った道だろうと、新しい絆がきっと正してくれる」


「え……」


「だが何もしなければ絆も生まれない。諦めれば何も見えてこない。ただすべてを失った過去も何もかもが無駄じゃない……無意味だと思っていた過去も現在で信ずるものに繋がることを、俺は知っている」


 リオウは多くを語らない。ただそれは恥ずかしいことでも誇るべきことでもなく、誰もが当たり前のように得られる幸福だと信じているから。


「そ、そんなこと、ただ言葉に並べ立てるだけなら誰にだってできます」


「そうだ、だからこそその言葉が真実かどうかは進んでみた者にしかわからない。これは誰かを信じるとかそういうことじゃない、進まなければ何も見えることはない」


 二人の間に沈黙が流れる。先にある何かを信じて進んだ者と、未だその一歩すら踏み出せない者。

 いや、だがもしかしたら……実はもうその一歩は踏み出せており、本人が気づいていないだけかもしれないが。


 そんな沈黙を破り、先に口を開いたのはリオウだった。


「ただ、先に進むことを恐れて踏み出せない人に、俺は言ってあげたい……俺はその先にいると」


 先にいる者はきっとさらに大きな苦難や恐怖を体験しただろう……。しかし、きっとそれ以上に大切な何かを得てそこにいるのだ。

 ラフィナにそのことが伝わったかどうかはわからないが……。


「おーい! ラフィナさーん!」

「お姉様、やっと見つけました!」


 と、話の区切りもいいところで大通りの奥からケントの一行が一目散に二人の下へとへ駆けてきていた。

 どうやらラフィナのわがままで庶民街にやってきたはいいものの、途中ではぐれてしまい先ほどのような展開となってしまったらしい。


「彼らは確か第四大陸の……そうか」


 リオウもそのことに気づいたらしく、目の前の人物が誰なのかもはっきりと理解したようだ。


 ケント達も事情を知りラフィナが無事だったことに安心した様子。それを見たリオウはその場を立ち去ろうとするが……。


「ちょっと待ってくださるかしら。あなたの……名前だけ教えてもらっても……」


 ラフィナ自身もどうしてそんなことを聞いたのかわかっていなかった。

 だがこれはきっと、サティに対して感じた対抗心に似ているのかもしれないと、心のどこかで納得はしていたのかもしれない。


「俺は魔導師ギルドマスター、リオウ・ラクシャラス。次は『世界会議』で会いましょう……セレスティアル第一王女、ラフィナール・クラムシェル」


 それだけ言い残し、リオウは王城の魔導師ギルドへと足を進めていく。

 世界会議を前にして先に出会ったこの二人……それは偶然なのか、先の未来で何かが起こる予兆なのか。それは、進んでみた者にしかわからない……。


 ただ、この後リオウは食事することを忘れていたため再び庶民街へと戻ることにはなるのだが、それはまた別のお話。



~to be continued~


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