242話 過去を超える者
ここまでは互いに互角の勝負……ほとんど同じ考え方で戦ってるんだからそれは仕方のないことではあるが。
しかし、そうなると互いに決着の決め手をどうするかという問題が発生するわけだが……。
「などと、悠長に考えてる暇など与えんぞ」
「だよなっ!」
こちらの考えもまとまらぬうちに距離を詰め、拳にまとわせた魔力を駆使して白兵戦を仕掛けてくるインフィニティ。
身体強化でなんとかその猛攻を防いではいるものの、それはあちらも同じこと。基本スペックだけで言えばインフィニティには数百年かけて鍛え上げられた肉体と魔力がある。
このままの状態で白兵戦を続ければいずれ私の方が先に崩れるのは明白だ。
「私だけに集中してる暇はないぞ。術式展開、《水》……『
しかも白兵戦中でもお構いなしに魔術を放ってきやがる。自在に形を変える水の刃が私の背後に展開され、一斉に襲い掛かってくる。
「こなくそっ! 術式展開、《地》……『
背後の魔術の対処のため、私はほんの少しだけ意識をそちらに集中させる。
そのおかげで地属性魔術によって空間から岩石の鎧を呼び出し水流の剣を防ぐことには成功したが……。
「ぐうっ……!」
「一撃、入れさせてもらうぞ」
その隙を狙いインフィニティの拳が私の脇腹へとヒットし、魔力の衝撃とともに私の体を吹き飛ばしていく。
「がはっ……」
その痛みに思わず私は吐血をしてしまう。これは……内臓へのダメージが想像以上に大きい。おそらくあの拳にはこちらの『
これ以上のあれのダメージを受けるのはマズい。
しかし、お互いに離れた位置からの魔術の撃ち合いが効果的でないと判断した瞬間に白兵戦へと切り替えたインフィニティの判断は正しい。
基本的に魔導師の弱点は接近戦を仕掛けられれ、その本来の実力を発揮できないところにある。
だが、私はもしそんな状況に陥ろうと白兵戦にも十分に対応できる対策を怠ることはなかった。……しかし、それはあくまで"私の格闘術で対応できる相手"でしか意味を成さない。
「さて、もう一度いかせてもらうぞ」
インフィニティは今の私に比べると 魔力、戦闘力ともに私を上回る。
つまり、今までの戦術では確実に私に勝ち目はない。なんとかこの状況から抜け出さねば。
(だが抜け出すためにはこの白兵戦に打ち勝つ必要がある……。今の私の力だけでは……ん?)
そうだ、確かにこのままの殴り合いではすべてにおいて劣っている私が状況を好転させることはできない。
だがもし私がインフィニティのスペックを超えることができるなら……それも"私の得た力"として許されるのならば。
「こいっ! 犬!」
ボウン
「ワウー!?(のわーっ! いきなりなんすかー!?)」
よし! 一か八かではあったが成功だ。
これまでの旅路で私が得てきたものすべてが私の力としてここで扱ってよいのなら、ここまで片時も離れたことのない犬ももはや私の力の一つとして認められるのでないかと試してみたが、どうやら認めてもらえたようだな。
[この者の力はすでにキミの力の一部として事情に刻まれている]
[一時的に得た力や他者との協力あってのものは無理だが]
「読んでる暇ないけど説明ありがとよ!」
ともかく犬が現れたとなれば状況は確実に変わる。まずは一瞬でも距離を取って……。
「どうやらまた私の知らぬ力のようだが……ならば先にそちらを対処するまでのことだ!」
「しまっ……犬! 早く『
…」
「ガウー!(もうなってるっすよー! でもどうすりゃいいんすかー!)」
「それならよし! そのまま私の魔力に同調しろ!」
犬の魔力の波長が私と重なっていく。これならばインフィニティの物理的な速度より私達の魔力同調の方が早い!
「この魔力反応は……そうか! この生物と……」
「気づくのがちょっと遅かったな! いくぜ、『
「ガウガウン!(『
『
だがそれこそが勝敗の分かれ目に繋がる!
「合体完了!(なんだかよくわかんねーっすけど……完了っす!)」
しかし、余裕がなかったので後回しにしていたが、この犬は私の知る犬……つまり外で待っていたはずの犬がここに呼び出されたということか?
「(あ、ご主人。ここにいるぼくはどうやらどこかの事象からコピーされた限定的なものらしいっす)なるほど、つまりあそこにいる前世の私と同じようなものということか(いきなりいろんな情報が頭に流し込まれたようで気味悪かったっすけど、今ではもうすべてを把握してるっすよ)」
つまりここで私と共に戦った記憶は外にいる犬には受け継がれないということになるわけか。いや、もともとこれは私の試練なのだから犬が覚えてる必要はないか。
ただ一つ気になるのは……。
「犬の『
[今現在事象に存在するものならば流れ続ける事象に同じものを作りだすことは可能だ]
[しかし終極神によってすべてが失われたあとにジアースに譲渡する際、※※がもともと持ち得る事象を繋げることしかできない]
「結局、セフィラ達はこの世界が終ればすべてが振出しってことかよ」
私がすべてを守り切れなければあの二人も終極神の事象へ還ることとなり、再び別の事象世界において“女神”としての役割を実行させられる……。
一瞬だけ、万が一私が終極神に負けた時の緊急手段が得られたかと期待したが……そんな虫のいい話はないよな。
「なぁに……むしろ、より一層やる気が湧いてきたってなもんだ」
だからまずは……この試練に打ち勝って何としてでも世界神の力を手にする!
「その姿、獣人……か?」
「相変わらず察しがいいな! だったらこの動きも予測してみるか!」
「その構えは……!?」
そう、この姿だからこそ扱える私の……インフィニティにおいて最高の仲間の一人であり最大のライバルだった男が編み出した最強の格闘術!
「流派、『獣王流』……“天ノ章”!」
「くっ……その技は、対応が間に合わぬ!」
「だから選んだんだよ! いくぞ、"七ノ型"『
無数の残像を混じえた四方八方からの脚撃はまさに千の鳥が強襲するが如く相手へと襲い掛かる。
この技はどれだけ増えたように見えても実体は一つであることに変わりない。私本体が迎撃されてしまえばそれで終わりだ。しかし、この技は実際の攻撃に加えて残像によるフェイントも無数に用意されてる点にある。
その残像は実体とほぼ区別がつかない……それがこの技の恐ろしいところだ。
「見極めてる時間はないか……ならば! 集まれ、五大元素のマナよ……全開防御術式、『
流石前世の私っ! あの一瞬で私の本体を見極めるのは不可能と判断し全方位の防御魔術を展開したか!
この技の対処法は今インフィニティが行っているように全方位を強力な防御魔術でカバーするか、残像もろとも本体を巻き込む超広範囲魔術で吹き飛ばすことだからな。
……ならばなぜインフィニティは広範囲魔術ではなく防御魔術を選んだのか。
その
「一瞬だが攻撃から抜け出し離れた魔力を感知した……。となれば最終的に本体であるお前は遠くから大技の準備を進めているということだろう」
「そこまでバレてちゃ見つかって当然か」
インフィニティの指摘の通り私は初撃の強襲以降は残像のみを残し後ろで新たな魔術の準備を始めていた。
「これがガロウズならば私の防御を破るまで攻め続けただろうがな」
「だよな。私もあいつが相手なら防御じゃなくて撃ち落とせる魔術を選んでたさ」
しかし、広範囲魔術では視界と周囲の魔力への感知が遅れるため、もしすべてがフェイクだった場合次への対応が遅れる……というのももちろん理解してるよなそりゃ。
あわよくばガロウズのイメージにつられてそうしてくれることを願ったが、キチンと"今"戦ってる相手をよく理解してやがるよまったく。ガロウズならば絶対に使わない手……つまり初めて経験するだろう戦術だってのに。
だが! 戦術が見破られたからといってまだ私の手がすべて破られたわけじゃないぜ!
「お前は防御のために全開術式を使用した! その威力の術式を組むのは時間がいる!」
「それはお前とて同じこと! あれほどの大技の後に魔力を組みなおす時間は……」
「残念! 私にはこれがある!」
私が構えるのは魔銃神槍ケルケイオン・アルマ。しかも、すでに雷のカートリッジを三つ装填済みだ。
ケルケイオンの力で制御された三つの連結カートリッジの魔力により、私はタイムラグなしで全開術式を撃ち出すことができる!
「出し惜しみはなしだ! 全開術式ブラスターモードセット、いくぞ『
今度こそクリーンヒットさせる! 先ほどの『
だが全開術式の威力をまともに受ければ大ダメージは必須、決着とまではいかずとも確実に動きを鈍らせることはできるはず。
さぁ、この一撃をどう受ける!
(防御魔法が消える完璧なタイミングであちらの攻撃が届く……。ここで、私の役目も終わり……なのか? この一撃を受けて……いや)
なんだ、インフィニティに流れる魔力が目まぐるしく変化を始めている。
それに……雰囲気が、いや……これは、何かが大きく変わり始めている!?
「まだだ……まだ私はお前に超えられるわけにはいかない! そうだ! お前が超えるべき私がこの程度で終わっていいはずがない!」
「これは!? 消えていくはずのインフィニティの魔力が再び活力を取り戻していく!?」
「ムゲンよ! お前が私の持ち得ぬ力を扱うというのなら、私もまた自分自身を超越し、お前の持ち得ぬ力で応えよう! 生まれ変われ我が魔力、術式反転! 『
そのインフィニティの宣言により、魔力は新たな形となり私の魔術とぶつかり合う。その威力は、つい先ほどまで消えかかっていたとは思えないほど強力で、攻撃的だ。
魔力回路によって防御のために組まれた魔力がこれほどの攻撃性を持つなど普通はあり得ないことだ。属性の転換、形状の変化、術式の追加ならば私も知り得るインフィニティ由来の技術……しかし、これは、私の知らない技術……。
「まさか……! 今この瞬間に確立したというのか! 新しい術式を!?」
マズい、ブラスターモードの出力だけではインフィニティの魔術の威力を抑えきれない! このまま押し合えば確実にこちらが負ける……なら!
「犬! 私の体内で火と水の魔力を準備しておけ!(な、何する気っすか!?)ブラスターの魔術を撃ち切り今度はこちらが防御に回る!」
「むっ、魔道具から魔力の供給が途絶えたか。何をするつもりかは知らんが、その前に打たせてもらう!」
インフィニティの魔術が私の魔術を撃ち破り、そのまま止まらずこちらへと向かってくる。
だが撃ち切った最後の魔力によって押しとどめたおかげで大分時間は稼げた。その時間でカートリッジはすでに換装済みだ!
「カートリッジ《地》《雷》《風》、ケルケイオンサポート&ブースト完了!(こっちも《火》と《水》の準備はできてるっすよ!)」
ケルケイオン・アルマを尻尾で持ち、犬が準備をしていた魔力を両手から発現させる!
「全開防御術式、『
「なにっ!? この速度で全開術式を組みなおしたというのか! しかも五属性を使うその魔法だというのに!」
確かに術式の組み立ての速さは私のお家芸だ。だが危機が目前に迫っている状態で全開術式を組み立てられるだなんてインフィニティにも初めての経験だろう。
まぁ私が経験した記憶ないから当然なんだが。
「くっ……! 流石に突破は困難か」
先ほどの衝突でインフィニティの魔術は相当威力が落ちている。このまま私の防御を突破することはまず不可能のはずだ。
……また先ほどのような滅茶苦茶な魔力の動きをされなければの話だがな。
「仕方がない、術式解除」
「よし、こっちも術式解除だ」
これ以上やってもお互いに無駄な消耗にしかならないと判断したか。となると、先ほどの予想外の戦法……術式反転とやらはまだ自在に扱えるというわけではなさそうだな。
「まさか、私の知らない技術で追い詰められかけるとは思わなかったぜ」
「ああ、私自身も驚いているところだ。まだ負けられない……そんな強い決意を抱いた瞬間新しい魔力の流れを感じ取ることができた」
「はっ、前世でも気づけたことならその頃に私も会得しときたかったもんだ」
「いや……おそらくこの力は、この場所に降り立ち、世界神の影響を強くこの身に受けているからこそ感じ取れたものだ。普通ならばおそらく、一生気づくこともない……たとえ悠久の刻を生きたとしても」
悠久の刻を生きても気づけない力。それは……たどり着くことのできない事象ということだ。
同じ流れの中には組み込まれない因果関係をも超えた絶対的な理。
あのインフィニティは今こうして切り離され複製された事象が私のいる事象と繋がったからこそ新たな事象に気づけた……ってことなのか。
[そうだ]
[そしてインフィニティが使った力こそ、キミが終極神に対抗するために必要な力の一端でもある]
私が脳内で立てた仮説に答えるようにスマホが反応し、そこにはアレイストゥリムスからの肯定のメッセージが記されていた。
そしてその続きにはその力の重要性が示される。終極神に対抗するための力……それはまさに今私が求めているものだ。
つまり……。
「インフィニティが使った"術式反転"は……事象を操る力、つまり『事象の管理者』のものだってことなのか」
[正しくは事象内における"流れ"に干渉することができるものだ]
[不可逆なものを可逆にするだけでなく、本来存在し得ない流れを加えることもできる]
[その気になれば他人の発言した魔力を自身のものとして扱うことも可能となる]
他人の魔力を自分のものにって……それは!
「ベルゼブルが使っていた……“侵食”。あれに似ているな」
[あれも管理者の干渉能力の一端なのだから当然だ]
そうか、やっぱあれも管理者の力だったか。
ベルゼブルとの戦いで私は負けはしなかったもののほとんど成すすべもなく追い詰められていた……。次は負けないと意気込んでもまだ答えは見つからず、私はこうして力を求めた。
そして今、インフィニティがそれに近い力を手にしたということは……。
「ここで、あの時無力だった自分も超えろってことかよ」
過去の自分を超えろ……か。それがまさか、前世と今世の両方から押し寄せてくるなんてビックリしすぎて文句も出ない。
だけどきっと、そんな過去と現在を超えなければ"未来"を掴むことなんてできない。この試練の本当の意味……改めて身に染みた。
不意に私の脳裏に浮かぶのは、前世と今世において救えなかった多くの存在と過去に置いてきた多くの命。
そして、次に浮かんできたのは今を生きる数多のかけがえのない絆とそれを繋いできた多くの出来事。
最後に浮かんだのは……私にとって大切な存在。そうだ、私は過去も今も連れて、彼女達と共に未来へと進まねばならない。
「超えてみせる……絶対に!」
お互いの限界を超えた最終ラウンド……決着をつける時が来た!
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