241話 ムゲンVSインフィニティ


 その姿を見た瞬間、私は言葉を失ってしまった。

 この私が見間違えようもない。その男はどこからどう見ても私の前世の姿そのものだったのだから。


「いや、ええっ? 本当に私なのか、前世の?」


「どうやらそのようだ。まったく、いきなり呼び出されたと思えば来世の自分と邂逅させるとは、どうもアレイストゥリムスはサプライズが好きらしいな」


 この口調、仕草に至るまでどれもこれも目の前の人物が私……というよりインフィニティであるという事実を助長していくようだ。

 確かに様々な未来の可能性を見せられた後では、この空間なら何が起きても不思議ではないとは考えていたが……。


「いやしかし私は今ここにいるのにそんなことも可能なのにはビックリだ」


「それはこちらのセリフだ。ようやくすべてを終え穏やかな死が訪れたと思えば謎の光に包まれ、気づけばこんなところに連れてこられたのだからな」


「あれ? ってことはそっちはもしかして、ヨボヨボのじじいに成り果てたのち、皆に看取られてぽっくり逝くところ?」


 詳しくは記念すべき第1話を参照……なんだが。それにしては目の間の私の姿はちょっと違和感がある。


「でもその若々しい姿ってことは全盛期のものだよな。なのにどうして死ぬ間際の記憶まで有しているんだ」


[それは彼を呼び出す際に意識と記憶のみをこちらに移し、肉体はキミの全盛期の事象からコピー、生成させてもらったからだ]


「うぉう!? 今までおとなしかったのに突然振動するのはビビるからやめて!」


 しかし意識と記憶だけを持ってきて肉体はコピーして生成か……ま、事象の管理者について説明されたあとじゃ納得できなくもない話だ。

 肉体はそのままに別世界へ転生、なんて話もきっと似たようなものなのかもしれないな。


「んで、アレイストゥリムスさんや。私が戦う最強の相手ってのはもしかして……」


[その通り、キミの全盛期の肉体と最終期の頭脳を兼ね備えた、※※の世界において二度と現れぬであろう最強の人間だ]


 いや、自分のことだからそこまで褒めてくれるのは嬉しいんだが。まさか第一の試練で脳内の自分自身と精神的な戦いを乗り越えたと思ったら……今度は前世の自分とのガチンコバトルとは。

 しかし、私の魔力も幾たびの調整を繰り返し前世の回路と遜色ない規模にまで近づけたとは自負している。戦ったとしても負けるつもりは毛頭ない。


 ただ、一つ気になるのは……。


「来世の私よ、お前の考えてることはわかるぞ。ここに実態を持ち呼び出された私はその役目を終えた後どうなるのか……だろう」


「さっすが前世の私、そのくらいのことはお見通しか」


 そう、私が気になっていたことは前世の私……インフィニティが言ったように、彼はこの先どうなるのかということだ。同じ私の意識と記憶を持つとはいえ、彼はすでに一人の人間としてここにいる。

 この"試練"が終れば、ここにいるインフィニティはすべてを失ってしまうんじゃないかという考えが頭によぎる。そう、先ほどの私の頭の中にいた無数の自分自身のように。


「アレイストゥリムスにこの地へ呼び込まれた際に、大方の事情は頭に叩き込まれた。なので私も大体の事情は理解しているよ」


「なら、お前は不安や不満を感じていないのか。再び自分が消えるという恐怖、理不尽に呼ばれ用が済んだら捨てられるように存在が終割らせられることが、もしかしたら許せないんじゃないか?」


 少なくとも、前世までの私はそう考えていた。人の人生をもてあそぶ世界神に私達は操られるだけの存在ではないんだと主張を掲げていた。

 そんな私がまたアレイストゥリムスの都合で自分の命をもてあそばれることに憤りを感じているんじゃないだろうか。


「確かに、私……すなわちお前はアレイストゥリムスの引き起こす理不尽に納得できず、戦った。……しかしこうして事象の管理者という存在に触れあったお前にも今ならわかるはずだ、ここにいる私は役目を終えた時死ぬのではない、すべてに還るのだと」


「事象の流れのままに……か」


「そうだ、肉体は一時的な事象の転換でしかなく、正しい流れを取り戻すためもとの事象へ還元される。そして、この記憶と意思は……」


「本来の事象の流れに従って、来世の自分自身……つまり、この私の存在へと繋がっていく。ってことだな」


 今この場に存在する前世の私はすべてが仮初で作り上げられたものであり、この試練が終ればあの事象に……私が光に包まれ転生したあの時へと戻るのだ。

 しかしそれはここに存在している前世の私の消滅を意味するのではない。次の自分へと事象の流れが、今の私にはそれが理解できる。


「だが来世の私……いや、よ。ここでお前が消滅すれば、それはお前という小さな事象の終わりを意味する」


 ここで私を"自分自身"ではなく、"一個人"として呼ぶということは……私のことを来世の自分として接することをやめるということだ。

 そして同時に……。


「宣言しておく……たとえお前が私の来世であろうと、ここで私に負けるような存在ならば容赦なくその事象を終わらせよう」


「だよな……ああそうだ、私ならそう言うだろうさ」


 たとえ世界神の力をその身に宿せたとしても、過去の自分さえ超えられない私が終極神相手にすべてを守り切るなど到底不可能な話だ。

 ならば、この場で私が消えたとしてもそれは同じこと……。


 ああ、これ以上の問答はもう不要だ。もうあちらさんはやる気十分に鋭い眼差しでこちら姿を捉えて逃さない。


「わかったよ……それじゃあやろうぜ、! 私はお前を倒し、事象の先へ行く!」


 こうして私の、自分自身を乗り越えるための試練がはじまりを告げた。




「「術式展開! 『火柱フレイムピラー』!」」


 まったく同タイミングで発動され、ぶつかり合う二人の魔術。そして対衝突により魔術が消滅するのと同時にお互いに距離を取り、ほとんど均等な距離感が保たれながら戦闘が続いていく。

 このまま続けていたら間違いなく勝負はつかないだろう。


(そりゃそうだ、なにせ同じ人間なんだから思考回路が同じなのは当然だからな)


 前世から培った私の戦い方を駆使したところでインフィニティにはすべて読まれるのは当然のこと。ならば、その戦法の裏をかけばいい。

 距離を取ったのなら、次は大規模魔術でこちらの意識をそちらに向けさせ更なる一手への布石へ繋げようとするはず。


「ならその術式が構築される前に本体との距離を詰めればいい! 術式展開、『撃肉体強化レイドブースト』そして『超重体撃グラヴィティカタパルト』!」


 私自身、自分の魔術構築の速さは自覚している。だが重力魔術によって飛び出した私を迎撃しようと大規模魔術を放てばもはや巻き添えをくらうだろう距離まで近づいている。

 奴が慌てて対応を変えようとすればそこに隙が生じるはず……なのだが。


(まったく動く気配がない?)


 魔術を放つ体勢のまま動きがない。体内の魔力もずっと大規模魔術を放とうと変化がない。

 ならば、このスピードのまま物理攻撃を仕掛けるだけだ!


「くらえ……っ!?」

バニュン


 私の渾身の一撃は柔らかな手ごたえと共に軟体のスライムへと包み込まれてしまう。

 そうか、こいつはインフィニティ本体ではなく、その影で作られた分身。そこに水属性の魔術を追加し罠を仕掛けたというわけだ! どこかで見たことあるような戦術だなこんにゃろ!


 だがマズい。このままではスライムに取り込まれて身動きが取れなくなってしまう。

 ならば……!


「私を中心に広がれ『空気球体エアスフィア』! 加えて追加術式『炸裂突風ガストバースト』!」


 自身の体を起点とした空気の球体から外側に突風を発生させることでまとわりつくすべてのスライムを吹き飛ばすことに成功する。

 だがこれが囮なら本体はいったいどこに……。


「すぐそばにいるさ」


「なっ……!?」


 影スライムの後ろにずっといたのか。しかもその構えた両手の中にはすでに強力な魔力を宿した球体が出来上がっている!


「一手遅れたな。いけっ、『炸裂波動弾ショックボム』!」


「それ生物に触れたら内部組織をどこまでも破壊しつくすやつだろ! 人間に当たったら絶対お茶の間で放送できなくなるほど悲惨になる!」


 先ほども言ったように私の術式構築速度は速い。だが対応できない速度の攻撃や不意を突かれた場合は間に合わないこともある。

 ちょうど今みたいにな。


 体勢を立て直してる間に魔力の球体は私の目前にまで迫り……。


「間に合わ……」


パァン!


 強烈な破裂音と共に『炸裂波動弾ショックボム』の魔力が弾け、飛び散っていく。まるで花火のようにキラキラとした光景ではあるが、それを見たインフィニティは……。


「……『炸裂波動弾ショックボム』は通常物体内で破裂するためこうなることはまずありえない。どうやったかは分からないが、あの状況から防いだ、ということだな」


 魔力の残照が晴れ、お互いに姿がさらけ出される。インフィニティはあの攻撃を防いだ私の次の手を警戒するように。私は……その腕に備えられたスマホを盾のように構えた姿で。


「なるほど、私の攻撃を防いだのはそれか。それは私の知らない技術だ」


「確実な不意を突くためにあんまり情報を公開したくなかったが仕方ないよな。てか一撃で魔力100%分も持っていきやがって」


 そう、私はスマホ内のアプリ魔術[wall]によりその攻撃を防いでいた。勝負が始まる寸前に腕に仕込んでおいたのでギリギリ間に合ったな。

 しかし、拡張されたとはいえ内包できる魔力300%の内の1/3を一撃で使わされたのは想定外だ。さらに次からはスマホを考慮したうえで攻撃を仕掛けてくるだろう。


「しっかしこっちも驚かされたぜ。まさか影スライムの真後ろにいたとは。そこで強大な魔術を準備することで分身の小さな魔力を隠してたなんてな」


「それはこちらのセリフだ。その力は……お前がこれまでの道中で手に入れた力か」


 ……正直、この『過去の自分自身との戦い』の試練においてスマホの力を使うことに最初は抵抗があった。もともとこれはアレイストゥリムスの力の一部であり私自身が生み出した力ではないからだ。

 ちょっと卑怯かな? とも思ったが、ただ……。


[これまでの旅路、その経験の中でキミが得たものすべてがキミの力となる]

[この戦いでは、そのすべてを駆使するのは当然の権利だ]


 って主催者からお許しが出たので全力で使わせてもらうことにしたぜ!


「さあ、こっから本番だ!」


「いいだろう、貴様の全力を……私がまだ歩んだことのない事象を見せてみろ!」


 私とインフィニティとの明確な違いは今のところ三つある。まずは先ほど使用したアプリ魔術。

 残る二つは、奴がまだ手にしていないもの。


「ただ、見せてみろとは言ったが、私とて悠長に披露されるのを待つつもりもないぞ。術式展開、属性装填 《火》……」


 魔力の装填に若干の時間をかけている……ということは、デカいのが来る!


「させるか! アルマデス通常ノーマルモード!」


バァン!


「なに!? ちぃっ!」


 よし、術式の構築を邪魔されてインフィニティの集中力が途切れた。流石にノータイムで妨害されるとは予想してなかったんだろう。

 これが私にあってインフィニティにない力その二、魔導銃アルマデスだ。


「まさか私がそんな奇怪な武器に頼るようになるとはな……」


「最近は多様性の時代なんだよ。お前も対応してけいけよ」


 昔の私は『戦いとは己の体と魔力で成すもの』ってずっと主張してたからなぁ。

 だが新たな文化、新たな繋がりを得て私は変わった。それが強さなのか弱さなのかは未だ私にはわからない……。だが、この戦いできっと答えが得られるはず!


「さーて、そんじゃここらでアルマデスの新能力お披露目会だ! 《重力》属性カートリッジ装填、モード拡散追尾弾ホーミングブラスト!」


ドドドドドドドドドン!


 一斉に放たれた重力弾はそのどれもがあらぬ方向、まったく的外れな場所へと拡散されていく。が、次の瞬間そのすべてが方向を変えインフィニティへと真っ直ぐに襲い掛かる!

 重力弾は一つでも当たれば着弾点に強い重力場を発生させその肉体を破壊しつくす。たとえ外れてもその場から重力を発生させ身動きを取ることさえ困難となるだろう。

 その隙を狙い今度はこちらがデカい魔術をお見舞いしてやる!


「確かに面白い攻撃だ……だが! こんな小細工程度で私を倒せると思ったか!」


 ッ!? インフィニティの魔力が目まぐるしく変化していく! これは……そうか、先ほどまで準備していた魔術の魔力を新たな術式に与えることで発現速度を急速に早めているのか!


「術式変換、《火》から《時空》へ!」


 時空属性魔術!? マズい、距離を取らねば……。


「『空間断爪ディメンションクロウ』!」


「ッ……!?」


 インフィニティの振るった両腕に沿うように爪痕のような空間の裂け目が広がっていく。

 私の弾丸はその裂け目の中に消え去り、なおも広がり続けるそれはついには私の下まで迫り……。


チッ……!

「おおおおう!? 危ねぇ! 鼻先かすったぞおい!」


 あんなものが胴体にでもクリーンヒットした日には飲み食いした食物が全部腹部からまろび出る体になってるところだ。つまり助からないってことだぞ。

 くっそ、なんてもの使いやがる……いや私も一発でもヒットすればほぼ勝ち確な弾丸撃ってたけどさ。いきなり時空属性はヒドイでしょ。


「文句を垂れてる場合ではないぞ」


 あんにゃろ、時空魔術に変換しつつ残った魔力でまた術式を再構築し始めやがった。

 だが体勢を崩されたとはいえ幸い私も術式の構築はほぼ済んでいる。


 どちらが先に放てるか……勝負だ!


「術式展開! 『青き炎の制裁プロミネンスコア』!」

「術式展開! 『青き炎の制裁プロミネンスコア』!」


 まったく同時のタイミング、しかも発現させた魔術さえ同じ術式によって生み出されたものがぶつかり合う。

 こうなってはもはや魔力による押し込み合いが勝敗を分ける。……魔力量では、まだインフィニティの方に分がある。やはり年季の差というのはデカい。


 だが、ここで負けるわけにはいかない!


「うおおおおお! ケルケイオン、魔力ブースター発動! 押し込めえええええ!」


「ぐっ……! 私が魔力の押し込み合いで押されるか……!」


 インフィニティにあって私にあるもの、その最後の一つがこのケルケイオンだ。

 この空間はアレイストゥリムスの根源、言わば世界神そのものと言ってもいい。ブースト用の魔力なら腐るほどある!

 このまま……押し切れれば!


「させるか……! 術式破棄、破裂せよ『青き炎の制裁プロミネンスコア』!」


「なっ! そんなことしたら……」


 自ら魔術の制御を絶つことで術式をオーバーロードさせ、一瞬だけだが私のブーストを上回る速度で魔術を暴発させる気か!

 ならば私も、どうにか自身の『青き炎の制裁プロミネンスコア』を防御に……。


――ゴッォオオオオオオオオオオン!


 インフィニティの魔術が破裂するとともに激しい衝撃が空間中に広がっていく。


 ……なんとか、魔術を防御に回せたおかげで直撃を免れはした。がしかし、僅かな衝撃は防御を突き抜け私の体にダメージを与え、左肩と右足が焼かれてしまった。

 なんとか回復魔術で和らげはしているが、動かすたびに痛みが走る。


 だがインフィニティはこの衝撃をまともに受けたはずだ。

 自分自身の魔術で自爆してしまったのではないかと奴へと視線を向けると、そこには……。


「……」


 あの衝撃を全身に受けたであろう焦げ跡がありながらも軽傷で仁王立ちするインフィニティの姿があった。


「そういや……そうだったな。あの頃の私は殺しても死なないような奴だったよな……」


 我ながら人間離れしてるというか……いや、あれはもうほとんど人間やめてたよな。

 だがそれこそが……前世の私、『-魔法神-インフィニティ』が選んだ道なんだ。


 だがそのすべてを捨ててまで得たものがこの私なのだとすれば、 だからこそ"今"の私がそれを乗り越えなければならない。


 さぁ、第二ラウンドの始まりだ。


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