240話 あり得たかもしれない未来 後編


 次の旅は どこだろうか

 終着駅は 果たして存在するのだろうか






『128話routeΩ 背負いし罪と手に入れた幸せ』


「ん……ここは?」


 サァー……という風が体を撫でる感触に私は目を覚ます。どうやら私は椅子の上で眠りこけていたらしい。

 辺りを見渡すと、背後には一世帯が住まうような木造の一軒家、前方には寝転がると気持ちよさそうな草原が広がっており、そこには放牧されたピグヌスや他の食用動物がのびのびと動き回っている様子が見て取れる。


 そうだ、ここは……。


「私の家じゃないか」


 何を寝ぼけていたんだ私は。まだ20代後半なんだからボケるのは早すぎるぞ。

 一仕事終えて疲れていたからちょっと気が緩んだのかもな。


「あら、もう起きてしまわれたのですか?」


 私が自分の意識をハッキリ確認した直後、すぐ隣から一人の女性が語り掛けてくる。どうやら隣の席でずっと私のことを見ていたようだ。

 そんな柔らかな微笑みを私に向けてくれる彼女は……。


「おはようヘヴィア。ずっといてくれたのか」


「ええ、あなたの寝顔を拝見してました」


「退屈だったんじゃないかそれ? 別に起こしてくれても構わなかったのに」


 そう、この女性の名はヘヴィア。今や希少種族となった旧魔族の生き残りであり、多くの悲しみを背負うと同時に生み出した悲劇の少女だった。

 だがそれももう過去の話。今や彼女は立派な……私の“妻”である。


「退屈ではありませんよ。あなたの寝顔ならいつまでも見ていられます。だって、あなたと共にいられるだけで私はどこまでも幸せになれるんですから」


 ……なんというか、聞かされてるこっちが恥ずかしくなるようなセリフだな。いや、別にヘヴィアが私をからかおうとしているわけではなく、その言葉が嘘偽りない本心だということも私は理解している。

 ヘヴィアが『幸せだ』と思う気持ちが……私には感じられるのだから。


「どうしたのですか、そんな不安そうな顔をして?」


「え? そんな顔してたか……?」


「ええ、どこか……そう、絶対に手の届かない何かを見ているような」


 そんな顔をしていたのか私は……。でも、それはもしかしたら。


「先ほどまで見ていた夢のせいかもしれないな」


「夢ですか?」


 そうだ、そよ風に起こされるまで私は確かに夢を見ていたはずなんだ。まるで別の世界に存在しているような、とてもリアルな夢。

 よく覚えてはいないが、それは私があの時……ヘヴィアと運命を共にすると決めたあの頃に別の道を選んでいたらどうなっていたかという、ただの妄想だ。

 だからだろうな、起き上がった際に今の自分の生活のことを一瞬忘れてしまったのは。


「昔の夢さ……私とお前の運命が決まったあの時の……。なんでだろうな、今更あの頃を思い出すだなんて」


 そう、あの運命の日……第一大陸で私は……。






「ヘヴィア、私はお前と共に生きる」


 私は、ヘヴィアの目を真っ直ぐと見つめながらその手を取った。そんな私の決断にヘヴィアは若干驚いた表情に変わるが、すぐに冷静さを取り戻し。


「まさか、本当に私を選んでくれるなんてビックリです。てっきりムゲンさんはミネルヴァちゃんを選ぶものばかりだと思ってましたから」


「私も最初は……そのつもりだったんだけどな」


 確かに私はミネルヴァのことを助けてやりたいし、彼女のために全力を尽くすアポロを応援してやりたいとも思っている。

 それに前世の私の負の遺産である『|永遠に終えぬ終焉(トゥルーバッドエンド)』を悪用するヘヴィアのことを許せないというのも本心に違いはない。


「だがそれでも……私はお前をも救いたいんだ。ヘヴィア、お前の手を取ったのは終わらない復讐に手を貸すためじゃない。終わらせて、新しい道を見つけるためだ」


「新しい……道?」


「そうだ、このままでは誰もが絶望する未来しか待っていない。だから変えるんだ、私達の手で」


 私自身、この悲しみの連鎖を終わらせるには『|永遠に終えぬ終焉(トゥルーバッドエンド)』の術式の破壊……つまりはヘヴィアとミネルヴァをどちらも犠牲にしなければならないと諦めかけていた。

 しかし、それでは誰も幸せになどなれはしない。諦めたくない。ならば、探せばいいだけのことだ。


「きっとヘヴィアが協力してくれればその道は開けるはずだ」


 だからこそ私はヘヴィアの手を取ることを決めた。

 ただ、彼女と共に解決策を見つけるということは、もはや私はミネルヴァ達の下へは戻れなくなる。

 だが、それでも私は……。


「私はヘヴィアを幸せにしたいんだ」


 これが私の、嘘偽りのない本心。


「ムゲンさん……それ、捉え方によっては愛の告白のようにも聞こえるんですけど。すぐにお返事しなきゃダメですか?」


「えっ!? あ、いや、私はそういうつもりで言ったわけじゃ……」


 た、確かにかなり恥ずかしいセリフだった上にヘヴィアのことを口説いてるような言い回しじゃないか。

 ここはとりあえず勢いだけで誤解させてしまったことを謝罪して訂正を……。


(いや、それも違うか)


 そもそも私がヘヴィアの手を取ったのは何のためだ? ……ああ、今ハッキリと理解した。

 ヘヴィアと共に過ごしたのはたった数日間だけだった。しかもそれはすべて偽りの姿だ。だが彼女の本当の想いを知り、すべてを知った上で私は……。


「そういう意味であってる。ヘヴィア、私はお前が好きだ」


 たとえその姿が偽りだったとしても、この数日間の間に私が彼女に対して感じていた好意は決して偽りではなかった。

 だから今度は私から彼女に手を差し伸べ……。


「一緒に行こう。すべてを終わらせ、二人で幸せを掴むために」


「私は……」


 ヘヴィアが私の手を取ってくれるなら、私は彼女のすべてを受け入れ共に生きることを誓おう。喜びも、悲しみも……そして、お互いが積み重ねてきたこれまでの罪でさえも。


「なんでかしら……私にはもう自分の意思なんてないと思ってた。あの子を憎み続けることでしか安らぎを得られないと思って今まで生きてきた……なのに」


 顔をうつむかせながら、ヘヴィアはその手を震わせながらゆっくりと近づいてくる。

 そして、ついにその手は私の手と重なり……。


「どうして……こんなにも喜びが溢れてくるの……。こんな感情、とっくに忘れたはずなのに……。私には誰かを愛する資格なんてないはずなのに……」


「そんなことはないさ」


 ヘヴィアの感情は失われたのではない。想いの固定により自分の気持ちが何度も上書きされたため消えたと思い込んでるだけだ。

 きっとヘヴィアは諦めてしまっていたんだ、幸せな感情を取り戻すことを。だから、私が教えてやらなければならない。


「たとえお前が忘れても私が何度だって思い出させてやる。どれだけその気持ちを失おうと何度でも伝えてやる。私がヘヴィアを……愛してるってことを」


「ムゲン……さん。私も……愛していいんですか。あなたのことを……何度でも」


 私とヘヴィアの手が……繋がる。お互いが互いの手を取り合い、こうして私達は本当の意味で共に幸せに生きるための道を探すこととなるのだった。




 そして、ついに私達はその未来を決める決定的な技術にたどり着くこととなる。

 ……いや、実はあの告白の後にヘヴィアに案内してもらった場所なんだが……これがビックリなんとそこは私の前世の仲間である(と言うにはちょっと抵抗がある)メリクリウスの隠された研究施設だったのだ。


「まさか、こんな資料があるだなんて私も知りませんでした。どうして気づけなかったんでしょう……」


「あの恋愛バカのことだから変な仕掛けで隠されてたんだろう」


 そこに記されていたのは『永遠に終えぬ終焉トゥルーバッドエンド』の術式に干渉できる唯一の方法だった。

 しかし、これではヘヴィアかミネルヴァのどちらか片方しか救うことができない。これを使うのはきっと最後の手段となるだろう。


 と、思った矢先に……。


「ごめんなさいムゲンさん。実は、私さっきの戦闘でミネルヴァちゃんにメッセージを残してきたの」


 それは私とアポロという心の支えを失わせることでミネルヴァを再び絶望へと貶めようと画策したヘヴィアの思惑だ。

 すでにヘヴィアは私と生きることを決めてくれた。だがまだ『永遠に終えぬ終焉トゥルーバッドエンド』の影響下にある彼女は表層に湧き上がる気持ちに抗うことはできない。


「炎神……炎の根源精霊か。確かにそれならアポロを殺すことも可能だろうな」


 ミネルヴァはすでに向かってしまっただろうか。もしそうならアポロは確実にあとを追うはず。


「うっ……ごめんなさいムゲンさん。私、やっぱり行かなくちゃ……」


 もはや二人が再び出会うことは避けられそうにない。しかし、私も共に向かい炎神への刺激を抑えるよう努力したとしても、すでに活発期に入った火山の噴火を完全に止めることは不可能だ。

 想いに縛られたヘヴィア達が出会えば戦闘は避けられない……。


「ムゲンさん……火山にたどり着いたらあの龍族さんをすぐにどこかに連れ去って。そうすれば……」


 確かに術式の力によってヘヴィアとミネルヴァは死ぬことはない。……だが、決して苦しみを味わわないわけではない。私はヘヴィアにそんな選択を強いるというのか……。

 それにアポロが素直に退いてくれるかもわからない。


「それでも、私は行かなければならないの……だから、お願い」


 そうして未だ解決策も見つからないまま、私達は約束の場所へと向かうしかないのだった。




 だが、結末は予想外のかたちで終わりを迎えることとなる。


「だったら、わたしを犠牲にして」


 ミネルヴァのその一言はこの場に集まった者すべてに衝撃を与え、戸惑わせる。

 中でも一番驚いていたのはやはりというかアポロだった。


「何を言うのだミネルヴァよ!? 我はそんなことのためにここまでついてきたわけではないぞ!」


「アポロ、ごめん……。でも、これでわたしの……わたし達の苦しみが終るなら、わたしは喜んで犠牲になる覚悟はあるわ」


 この時すでにミネルヴァは覚悟を決めていた。いや、私のもともとの思惑に気づいていたからかもしれない。二人を犠牲にして『永遠に終えぬ終焉トゥルーバッドエンド』を消し去ろうという私の意思を……。


「わたしは生き続けてる間ずっと考えていた……。わたしはきっと死んでるべき人間だったんだって。あの日、国が崩壊した時……わたしの国が犯した罪を受け入れてすべて滅ぶべきだったんだって」


「バカな! そんなはずはない! ミネルヴァは何も悪くはないだろう! なのになぜ……」


「ううん、これはわたしが悪いとかそんな問題じゃない。あの日すべて消えなければならなかった。でもわたしが彼女と生き残ってしまったせいで、あの日の悲しみが消えることは永遠にない。そしてへーヴィ……同時にあなたの時も永遠に止まってしまった」


「ミネルヴァ……ちゃん」


「あるべき形に戻すのよ。わたしが消えて、あなたの止まった時間を再び動かす。お願いムゲン、全部……終わらせて」


 こうして私は決断を迫られることとなった。炎神が目覚めるまでの時間のない今、私が選んだ道。

 私はヘヴィアと共に生きる道をすでに選んだ。なら受け入れよう、その罪を。永遠に刻み込もう、私達の胸に。


「ありがとう……。ごめんねアポロ、あなたのこと、愛してた」


 ミネルヴァの願いを受け入れ、ヘヴィアを呪縛から解き放つ。

 そして私達はついに何にも縛られない自由を手に入れたのだ。


 だが、その代償は大きく……。


「すまない、アポロ。私は……」


「それ以上口を開くな。すべてはミネルヴァが決めたことだ。我にお主を責めることはできぬ」


 私はすべてを救うことはできなかった。でもそれを悔い続け縛られることをミネルヴァは望みはしないだろう。


「我は里へと戻り姿を隠すこととする。おそらく、二度と会うこともなかろう……」


 アポロは去ってしまった。その言葉の通り、きっとこの先私はアポロと再会することはない。

 そして残されたのは……。


「ムゲンさん」


「ヘヴィア……」


「……行きましょう。私達の未来へ」


 こうして私達は手を取り合い歩き出すのだった。自由に暮らせる地を求めて。二人でその罪を背負いながら……。






 あれから私達はこののどかな地見つけ、誰にも縛られることなく生きている。


「あの日の出来事を忘れることなんてできない……。でも私はそれでいい、あの日の選択を間違ったなんて思ってない」


「ええ、私もです。たとえ誰から責められようとも、私はこの幸せを手に入れられたことを後悔しません」


 そうだ、数々の後悔を得ながらも、私達はようやくここまでたどり着いたんだ。ヘヴィアの言うように、私も誰から責められようとこの生活を手放すつもりなんてない。

 なぜなら私達には……。


「パパ―! ママー! ただいまー!」


 目の前から一人の小さな女の子が走ってくる。見た目は人族のようだが、その頭からは小さな角が生えている。そして、どこかヘヴィアの面影のあるこの子は……そう、私達の娘だ。


「おかえりなさい。今日も一杯遊んでお腹が空いたでしょう」


「うん! お腹ペコペコだよー」


「よし、それじゃ飯にするか! 家族三人、一家団欒で楽しく食卓を囲むぞ!」


 私は前世でも今世でも多くの罪を残してきた。だがそれでも私は苦難を乗り越え、最高の幸せを手に入れることができた。

 ここでヘヴィア達と家族として生きていく。それが、私の望むこれ以上ない幸せなんだ。



-転‰£帰 ▼∪まい-

※※※※※※※※※※※※※※※






 それからどれだけの世界を旅しただろう。分岐によって大きくも小さくも変化する事象の流れではあるが、それらにはすべて共通点が存在する。

 それは……どの世界線においても最後には私が幸せとなり、物語が終るかのようにフェードアウトしていくというものだ。


 あの時ああしていたら、違った道を進んでいたら。そんな風に思わせる過去が、未来が、そして今とは別の現在が……それこそ無限に私の中へと流れ込んでくる。


 そして無限とも思える事象の流れの先、途切れた事象ツリー、未だ定まっていない事象。旅の終わりへと私はたどり着き……。


「へぶっ!? こっ、ここは……戻ってきたのか?」


 急に投げ出されたかと思うと、そこは上下左右の間隔が曖昧な不思議な空間。だが自分の存在と肉体はハッキリここにあると理解できる。

 そう、私は戻ってきたのだ……事象の管理者たるアレイストゥリムスが住まう世界の中心に。


[気分はどうかな]


 手元のスマホが振動しメッセージが表示されたことに私は若干戸惑うものの、すぐにこれがアレイストゥリムスからの応答だと理解し頭を整理する。


「正直、ちょっと気持ち悪いな……。まるで自分以外の自分が頭ん中に何人もいるみたいで……」


 ここに戻ってくるまで一瞬の出来事だったが、あれはまさにすべてが人の一生の追体験。まるで何度も前世を経験したような感覚が一度に襲ってきたような奇妙な体験。

 油断すると別の事象で経験した自分の意識に引っ張られ、この事象を歩んできた私とは別の私になってしまいそうだ。気を強く持たねば。


「んで、あれが『第一の試練』ってやつことか。あんなもの見せていったいどうしようってんだ」


[見せた、とは少し違うな]

[それはキミも理解してるものだと思うが]


 んなこたわかってるっつーの。あれは紛れもなく私自身にあり得た可能性……今となっては決して届かない幸福の形。

 だがそれを私は実際に体験した。最後までとはいかないが、確実に幸せな未来へと続くだろう穏やかな日々を……。

 だから、あれは経験したものではなく見ただけのものだと強引にでも自分に言い聞かせないと精神が狂ってしまいそうになる。


「結局どうなんだよ。こうやって戻ってきたから試験は合格とかそういう感じなら嬉しいんだが」


[試練はまだ途中だ]

[だが案ずるな、あと一つ質問しキミの返答ですべてが決まる]


 やはりそんな簡単に合格ってわけにはいかないか。精神状態は不安定だが、冷静に頭を働かせればたった一つの質問に正しい返答をすることなんて容易……。


[もし先ほど体験した事象のどれかに連れていけるとしたら、キミはどれを選ぶ]


ドクン……


[望むのなら、キミはその人生を歩むことができる]


 返答をしたくとも声が出ない……呼吸が荒くなる……まともに意識を持つことさえままならなくなる。

 私の答えは決まっている。セフィラとクリファと共にこの世界を守り、その事象の先へと進むこと。それ以外にない。

 ……ないはずなのに、私の頭の中にはそれを否定しの幸せな生活を手に入れようと必死な感情がとめどなく溢れてくる。



私にはミレアと共にあの国を守っていく使命があるんだ! あそこはもはや私の新たな故郷なんだぞ!


アイラが私を待っているんだ! ミミだって私のことを思い出してくれた! これ以上望むものなどない!


ヘヴィアを選ばなかった世界などに生きる意味はない! 彼女と共に生きることで私はなにものにも代えられない家族との幸せを手に入れたんだ!



 何十、何百……いや何万何億という内なる叫びが自分の世界を渇望し私の意識を狂わしていく。

 だが私とて自分の決意を曲げるわけにはいかないし負けるつもりもない。だが訴えかけてくる意識もまた私自身であることに変わりはない。

 これはいわば、幾億もの自分との戦い。


「私が……仮に他の世界線を選んだとしても、終極神にすべての事象を喰らわれたらそれも消えるはずだ」


 この事象に留まる理由を捜せ。自分はここにいなければならないと強く自覚するんだ。


[キミが望むなら、※※はキミのために選んだ事象のみをジアースの管理下へと非難させ、仮に※※が完全に吸収されたとしてもその事象だけは無事なよう配慮しよう]


 それなら私が別の道を選んだとしてもその幸福が失われるわけじゃない。仮にここで今苦悩したとしても、別の事象の私にはまったく関係ないことだ。

 大切な人や仲間だってその世界で生きている。不都合なことなど何一つない。


 ……違う! たとえ別の事象に渡り新たな人生を歩んでもアステリムという事象世界が消えることに変わりはない。


「私のためというが、私がその事象での一生を終えたらどうなる……。それでも世界は続いていくのか」


[ジアースに譲渡した事象の流れはキミを中心に構築される]

[キミがいなくなれば、最終的にその事象はジアースに吸収されることになるだろう]


 他の意識がわずかに遠ざかっていく。だがまだだ、まだ足りない。この世界を救わねばならないと私自身にもっと訴えかけるんだ!


「先ほどの事象の旅には、セフィラとクリファの姿が一切出てこなかった……。あいつらと幸せになる道はないのか」


[彼女達は終極神の因子によりこの世界に繋がった存在だ]

[キミのために生まれる事象は他の管理者の事象を取り込むことができない]


 そういうことか……だからあの旅の中にはいくつもの足りないものがあったんだ。

 ……ならば、どれだけ無限に幸せな事象がそこにあろうと、私が本当に望んでいる幸せにたどり着くことは一生ない。


「答えを言わせてもらうぜ」


 私の中に渦巻く無限の意識がさらに遠ざかっていく。

 悪いな、幸せになれたはずの数多の私自身よ。だが私が向かえるのは……向かっていいのはこの道だけなんだ。


「私は……どの幸福も選ばない。この事象に残り、私一人だけでなくすべての者の幸福のため世界を守る道へ進む!」


 もちろん、私自身も幸せになったうえでな。

 そして、この返答により意識の騒音が途絶え本来の私に溶け込んでいくのが感じられる……。


(お前達の未来も……本当に素晴らしいものだったよ。だから私は選ばなかったことに報いるためにも、どの未来よりも幸せになってやる)


[おめでとう、第一の試練はこれで終了だ]


「おめでとう……ってことは、合格ってことでいいんだな」


 まったくなんつー試験だよ。まさか頭ん中の自分と戦わされるとは思ってもみなかった。

 油断すれば、私は二度とここに戻ってくることはない……そういうことだろう。


「うっし、そんじゃとっとと第二の試練も始めてくれ。第一の試練みたいにまた別の事象を経験させられるのか?」


[第二の試練は簡単な実力の証明だ]

[この場で※※が定めた者と戦い、勝利してもらう]


 それって要するにいつもやってることとそう変わらないってことだろ? ただ気になるのは……。


「お前が定めた者って誰だ? 流石にお前自身と戦うってなると流石に理不尽極まりないぞ」


 流石に一人でアレイストゥリムスに対抗できるわけもない。自分を遥かに超えるその力を得るためにここまで来たというのに無理ゲーさせられるのは性格が悪すぎる。


[安心しろ、相手は※※が用意した最強の人間とでも言っておこう]

[それを超えられなければキミが管理者の力を得ることを認めるわけにはいかない]


 どうやら適正な相手ではあるようだな。しかしアレイストゥリムスが定めた人間ってのはいったい誰なんだ。

 ま、相手が誰であろうと私は絶対に勝つ! それだけだ。


「最強の刺客ねぇ。で、そいつはどこにいるんだ?」



「すでにお前の後ろにいる。もう少し視野を広く持つべきなんじゃないか?」



「いつの間に……!? って、え……?」


 第二の試練、実力を証明するための純粋な魔術戦。私の相手に選ばれたその男は不敵に笑い、私と対峙する。

 だが、私はその姿を見て驚きを隠せなかった。なぜなら、その男はまさしく……。


「なぁ、未来の私よ」


 紛れもない、全盛期の『-魔法神-インフィニティ』そのものだったのだから。


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