237話 事象の管理者 前編
世界中のどこよりも穏やかな時間が流れていると感じられるような不思議な雰囲気を持つこの孤島にたどり着いた私達はしばらく放心する。
ただこの優しい空気を少しでも長く感じていたかったから……。
だが、それもここまでだ。
「……ようやく、ここまでたどり着いたな」
そう、私達はここへのんびりバカンスをしにやってきたわけではない。
この先の終極神との戦いのため、私に必要なものがここにある。それを得るために私は今ここにいる。
「でも、見渡すほどに何もない孤島ね。ここにゲンさんの求めるものが本当にあるの」
クリファの言う通り海岸と絶壁の岩肌以外は見渡す限りの一面草原、走り回ったり寝っ転がったりしたらさぞ気持ちいいだろうな。
「目指すのはこの島の中心だ。ま、焦らずゆっくり行こうぜ。このまま進めば、きっとたどり着くはずだからな」
「もう、こんな穏やかな場所だって知ってたら娯楽道具置いてこなかったのに」
まったくセフィラめ……この期に及んでまーだそんな遊び気分でいるのか。
「セフィラ、いい加減諦めろ。何度も言ってるが私達はバカンスしにきたわけじゃ……」
「あーあ、水着だって持ってきてたのに。こんな綺麗な海でキャッキャウフフできたらどんなに楽しかっただろうなー」
「なん……だと……」
なにそれめっちゃ見たい。……一回戻るか? いや、ここまでかっこよくキメておいて今更引き返すのはダサすぎる。
くっ……だが水着は魅力的すぎる! マズい、私一人の意思では揺らぎかねん。誰か私をシリアスな雰囲気へ引き戻してくれる助力が必要だ!
「確かにセフィラの水着姿が見れるのなら一度引き返すこともやぶさかではない……が、しかし! 私はやはりセフィラもクリファも同じように愛したい。セフィラが水着で楽しそうに遊んでいる間にクリファが一人砂浜で寂しそうに座ってる姿なんて私は見たくないのさ……そうだろうクリファ?」
やはりここは三人一緒ということを強調しておかねばな。セフィラに対抗心を燃やすクリファならきっと私の意見に賛同してくれるはず……。
「……」
「クリファ?」
なのになぜかクリファは私の視線から顔を背けている。しかもなんだか若干申し訳なさそうな表情で。
「実は……わたしも水着だけは持ってきてたの……」
「嘘……だろ……」
まさかセフィラだけでなくクリファまで
水着な二人と一緒に浜辺をキャッキャウフフか……よし!
「一度水着を取りに戻ろ……」
「ガウ~(は~い、バカなことしてないでさっさと行くっすよ~)」
「っておおい!? 何をするこの犬!」
いつの間にか犬も変身してやがるし! ぬおー、引きずるなー、水着が遠のいていくー……。
「まぁ仕方ないわね。水着はまた今度の機会ってことにしましょ」
「そうね、今はゲンさんのやるべきことを済ますのが先……そうよね?」
ああその通りだ。今この時だって各地に赴いてる仲間達が世界の危機に立ち向かうべく奮闘してるはずだというのに、彼らを先導すべき立場にある私が遊び惚けているなど言語道断というものだ。
「あ~水着を着た二人と白い砂浜でイチャラブりてぇよ~。さわやかな日差しに照らされる白と黒のコントラストが私を待ってたはずなのに~……」
「ガウ……(肝心なセリフが溢れ出る煩悩のせいで変わっちゃってるっすよご主人……)」
だって水着イベントなんてこの先の殺伐とした雰囲気の中でやれるかどうかもわからない貴重なイベントだぞ。そりゃ本音も抑えられないもんだっての。
だが、嗚呼無情……結局私達はこのまま島の中心へと向かっていくこととなるのでしたとさ……。
そのまま進んでいくと、地面から草花が段々と少なくなっていき、岩肌の地面に差し掛かってからしばらく歩いたところで。
「っとここだ、ここで降ろしてくれ」
私達は犬から降り大地に足を降ろすと、そこには草も木もなく、あるのはただ一つの……。
「あれは……穴かしら?」
直径百メートルはあろうかという大穴が私達の目の前に姿を現す。そう、こここそが『最果ての地』の中心であり、すべての始まりと終わりが眠る場所。
「さーてと、そんじゃちょっくら行ってくるかな」
「えっ!? ムゲン、もしかしてあの中に入る気なの! 本気なの、なんか中スゴイことになってそうだけど……」
セフィラの言う通り穴の中を覗くと、その中では奇妙な輝きを放つ極彩色のエネルギーが絶えず変色を繰り返しながら渦を巻いていた。
「ワウ……(なんか、見てるだけで段々気持ち悪くなってくるっすね……)」
「大丈夫なの、あの中に入って?」
「正直私にもわからん」
ここから先は私にとっても未知の領域……。前世でも今世でもまったく経験のない、どうなるかわからない場所に飛び込もうとしているのだ。
「でも、この先にゲンさんの求めるものがあるというのなら……わたし達も覚悟を決めるしかないでしょう」
「あー……そのことなんだがな」
すでにクリファ達は飛び込む準備万端というように意気込んでいるが、残念ながら今回ばかりはそういうわけにはいかないんだよな。
「悪い、ここから先は私一人で行かせてもらう」
これは、最初から決めていたことだ。
「ちょっと何よそれ! ここまで一緒に来たんだから、この先もついてくに決まってるでしょ!」
「その気持ちはとても嬉しい。それはもう胸が張り裂けそうなくらい。……だけど、こればっかりは私一人がやり遂げなければならない問題なんだ」
「わたし達はゲンさんがどんな問題を抱えていようと一緒に背負っていく覚悟はある……それでも?」
「ああ、これは前世の私が残した問題で、いわばその因縁に決着をつけないといけない」
そう、これは-魔法神-インフィニティとして解決しなければならない問題だ。それに決着をつけた時こそ、私はムゲンとしてこの世界を守る資格を得られる。
私はそう考えている。
「だから二人はここでドンと構えて私の帰りを待っててくれ。ま、あれだ……晩飯までには帰ってくるさ」
「「……」」
こんな状況では流石に冗談も通じないのか、やはり納得のいかなそうな眼差しのまま無言で不満を訴えかけてくるセフィラとクリファ。
そうだよなぁ……あんな得体のしれない場所に突っ込んで生きて帰ってこれる保証もないもんな。
だが、やがてやれやれというように二人とも肩をすくめると。
「しょうがないわね。まあ、亭主の帰りを座して待つのも愛の信頼の深さってとこね。でも、すぐ帰ってきなさいよ」
「セフィラ、ちょっと意味違くないかしらそれ? でも、それがゲンさんの決めたことなら……わたしも待ちます、いつまでも。ただ、あまり待たせすぎないでくださいね」
しっかりと釘を刺されてしまったが……ま、私だってここで終わるつもりはない。
それに、ここから先はどうなっているか見当もつかないが、少なくともすぐ死ぬような心配はないくらいには安全だという保障もないこともない。
だから……。
「帰ってきたらウンとイチャイチャするからな! そのつもりで覚悟しとけよ二人とも!」
私はセフィラとクリファに不安を残さぬよう、大きくサムズアップしつつ背中からその渦の中へと飛び込んでいくのだった。
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そして私は、この場所にたどり着く。ふわふわと漂うような浮遊感と、上を向いているのか下を向いているのかもわからないまるで上下左右がなくなったかのような空間。
意識もハッキリとせず、視界に映るのはただただ真っ白で透明な景色が無限に続いている光景だけ。
まるですべての思考が消え失せた世界。だが、今の私は一つだけ理解していることがある。
「生身でここに来るのは初めてだな」
そう、私はこの場所に訪れたことがある。それも一度だけではない、何度もだ。だがそれはすべて精神のみの状態でのこと……いや、魂と言うのが正しいだろうか。
忘れもしない、私が最初にここを訪れたのは……。
「私が転生したあの時……だったな」
あの時は一瞬の出来事で何が起きたかも理解できなかったが、それからもアステリムに降り立ってからは何度も意識だけがこの場所を訪れていた。
夢の中で……前世の出来事を思い出し、懐かしい仲間と再会したときにな。
[ようやくここまでたどり着いたな]
懐でスマホが振動することで私はようやく自身の体がここにあることを認識し、五感の感覚がハッキリと戻っていくのを理解する。
そしてこのメッセージ……やはり、私の読みは当たっていたようだ。
手元のスマホから視線を外し正面へと向き直れば、何もない空間の中に一つだけ……巨大な体躯と存在感を放つ絶対的な“神”が私の目の前に姿を現していた。
「『世界神』……アレイストゥリムス」
前世において人々が存亡を賭けて立ち向かったこの世界の真理。私の最後の敵とも呼べる存在であり、全精力を尽くして封印するに至った相手……。
『※※※※※※※※※※※※』
[こうして面と向かい合って話し合うのは初めてだな]
目の前の存在から頭に響く言語が発せられるのと同時に手の中のスマホにメッセージが送られてくる。ここまでくれば、もう決定的だろう。
「やっぱ、メッセージの主はお前だったんだな」
どおりで毎回ピンポイントなタイミングでアプリ魔術が追加されたりメッセージが届くわけだ。アレイストゥリムスは世界そのもの……私がどこで何をしていようとこいつには常に監視されてるようなもんだからな。
「夢でここに連れてきたり、アプリで私をここまで誘導してたってことか」
『※※※※※、※※※※※※※※』
[誘導ではない、僅かな導を与えただけだ]
[この結果はすべて君の意思によるものに過ぎない]
「はいはいそーですかい」
確かにこれまで夢の中でもメッセージにも明確に私の行動を指示をされることはなかった(終極神との戦いの時に関してはノーカンだろう)。誰かを助けたいと思うのも、この世界を守りたいと思うのもすべては私自身の意思で決めたものであり、誰かに定められたものじゃない。
『※※※※※※※』
[ここへやってきたということはお前ももうわかっているだろうが]
「ちょ、ちょっとタンマ」
無駄な話を挟まずに淡々と進めてくれるのは悪くないんだが……。
「お前の、えっと……本体? が発してる言語が頭に響いてくらくらするんだよ。端末通して翻訳してくれるのはいいんだけどどうにかならないのかそれ?」
[そうだったな、※※の本体は言語レベルを事象内系に合わせていない]
[本体からの言語は遮断した、これでいいだろう]
お、確かに目の前のアレイストゥリムスは何かを発しているように感じられるが先ほどのように頭に響く感じはなくなったな。
しかし『言語レベル』か……確か終極神もそんなことを言ってたよな、事象内に合わせるとかなんとか。
「というかちょっと文字化けしてね? なにこれ?」
[そこには一人称を入れたのだが、どうやら翻訳の現界を超えてしまったようだな]
[こちら側の一人称はどう手を尽くそうと言語として表せないらしい]
そういえば、終極神にも会話の中に同じようなタイミングで聞き取れない単語があったな。あれは自信を差した言葉を発していたってことだったのか。
「しっかし今までのメッセージが翻訳されたものだって言うなら……お前って結構お茶目なとこあるんだな。なんか親近感わくわ」
だってあれだろ? これまで『アプリをゲットだぜ!』とかメール内のジョークとかも全部世界神がやってたってことだろうし。
もう一度世界神の全体像を確認した後に今までの内容を思い出すと……。
「ぶふっ……!」
やべっ、耐えきれずにちょっと吹き出しちまった。いやだって想像できねぇでしょ、こんな神々しい姿からあんな文面送ってくるなんて。
[なにか誤解しているようだが、このメッセージはすべて※※の本体から直接送られてるものではない]
「え、違うの!? んじゃ結局メッセージの主とアレイストゥリムスは別物?」
こればっかりは間違いないと思ってたんだけどな。ん? でもやっぱり今まで本体が言葉を発することでメッセージが送られてきたんだから……あれ?
[※※の意思がメッセージを送っていたのは事実だ]
[しかし、このように言語を翻訳するのは中継する集合意識のためどうしてもバラつきが生まれてしまう]
「つまり、翻訳係がいるってことか。でも集合意識ってなんだ?」
[※※に還元されし人の魂]
[かつてこの世界にでの一生を終えた者達、君には死者と言った方が分かりやすいか]
「死者……あーなるほど」
アステリムで生まれし命はいずれ世界に還る……これは私が前世でたどり着いた研究成果の一つでもある。
この世界そのものであるアレイストゥリムスはこれまでに死した者の意思と繋がっているというのはあり得ない話ではない。いや、実際私はすでにその根拠の一端に触れていた。夢でこの場所を訪れた際に出会った前世の仲間達……あれこそまさに死者を呼び起こしたものだったんだ。
[翻訳の際にはなるべく君に近しい人材を中心にメッセージが書き起こされていた]
[だがそれは決して個人の意思で書かれたものではなく、集合した意思によって一番理解されやすいよう調整される]
私に近しい……なるほど、つまり前世の仲間達ということか。確かにあいつらなら私のことをよく理解しているからな。で、そこからさらに沢山の意識に添削されて無難でわかりやすいメッセージが送られてくると。
[しかし、意識の我が強い者のせいで初期から中期のメッセージには雑味が混じってしまった]
初期から中期って……ああ、確かになんかふざけたメール多かったよな。なんというか私のことをバカにしたような文面が……。
[『メリクリウス・アバター』の意識は君との直接接触の際に過大干渉を行っていると判断し、中核から外しもはや表層に影響はない]
「いや全部あいつのせいだったんかい!」
そうだそうだ、確か第一大陸いたころあいつが夢に出てきた時に「不正がバレた」とか言ってたわ。そういやあの後からメッセージが大分控えめになってるような気はしてたんだよ。
「ちょっと文句言いたいからあいつの意識読んでくれね? できるんだろ?」
[それはダメだ]
「そう言われる気もしてたが……理由を聞いてもいいか」
[基本的に死者と関わることは許されない]
[普段交わることのない事象が頻繁に交われば、今まで『あり得ない』事象が『あり得る』事象へと変わってしまう]
[死者と話せることが当たり前、死者が生者と変わりなく接触できてしまうと世界から“死”という概念が薄れていくこととなる]
[結果、死によってもたらされるエネルギー循環が世界を構成する要素から引き抜かれ、世界そのものの事象因果力における絶対値が削られその寿命を縮めることとなるだろう]
[理解できたか]
「お、おう……」
[制限さえかければ夢の中での接触は世界に直接大きな影響力を与えることはない]
[制限を超えれば影響を与えてしまうが]
専門分野の説明となるとすっげー饒舌になるな。普段会話に参加しないオタクくんかよ。
しかし言いたいことは理解できた。死者が死者としての在り方から外れれば確かに世界はおかしく変わってしまうだろう。最終的には死に意味がなくなり、誰も死を恐れることもなくなる。私もその結果は前世で痛いほど思い知ったからな……。
「でもそうなると……人間が自分達の手で死を乗り越えてしまったり、死者の復活が当たり前の世の中になったらどうするんだ?」
人間というのはどれだけ世代が変わろうと生に貪欲な生き物だ。いつかは不死、蘇りがお手軽な時代が訪れるんじゃないだろうか。これに関してはあり得ない話じゃないとは思うが。
[ないこともないが、その技術が長く残ることはないだろう]
[世界が死によるエネルギー循環を必要としているならば、どれだけ手を尽くそうとも死という概念から逃れることはできない]
[それが世界の因果力というものだ]
「なんか虚しくなるな、そうやって絶対無理だって宣言されると」
[絶対だとは言っていない]
[もしその世界が死によるエネルギー循環を必要としないと判断すれば、事象因果を組み替え『死を覆せる世界』が確立されることとなる]
つまり、人の死に代わる代替エネルギーさえあれば人の死は乗り越えられる……か。なんか無理そうだな。
ただ、そうなるとちょっと疑問が生まれてくる。
「人の死を覆すことができないっていうなら……『転生』、これはいったいどういう扱いになるんだ。世界の神様が新しい命を与える、これもお前の言う“制限”の内に入るってことか」
私を地球に転生させたのはまず間違いなくアレイストゥリムスだろう。今までなぜ転生したのか疑問がずっと残っていたが、結局私が蘇ったのも神様転生だったってことだ。
[神というのは、世界に生きる存在の尺度によって形成された概念の結晶に過ぎない]
[結局は事象内の存在でしかないのだ]
……ん? なんか話が変わってるような気がするぞ。私は転生が世界における死の概念を覆すものなんじゃないかということを聞きたかったのに。
「あのー世界神さん? 私が聞きたいのはそういうことじゃなくて……」
[君の言う『世界神』という敬称は※※の存在を認識してからつけたものであり、実際には誰も※※を神という認識を持つことはない]
[つまり、※※は神ではない]
[※※は世界に神という事象概念を生み出したこともない]
神という……概念? そもそも神とはなんだ? 全知全能の存在? 世の中の物事の頂点に位置する概念?
アレイストゥリムスは、アステリムの神と言っても過言ではない。だがそれは私達の認識の中だけの話であり、アレイストゥリムスは神という概念を理解しながら自身を神ではないと明言した。
ならば……。
「なら、お前はいったい……なんなんだ?」
[※※、いや、ここはあえて君達の言葉で『我々』と宣言しておこう]
なぜあえて複数形にしたのか……それはきっと、それが私達の運命にも繋がる重要な事柄であるから。
そう、その名は……。
[我々は、『事象の管理者』だ]
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