236話 『最果ての地』


「海だー!」


「海よー!」


「海ね……」


「ワウ……(確かに海っすね……)」


 おいおいクリファも犬もちょっとテンション低いんじゃないか? せっかく久々の出番なんだからもっとはしゃいで自分の存在をアピールしようぜ。

 それに、今私達は魔導師ギルドのある都市ブルーメからさらに北へと進んださきにある中央大陸最北の海へとやってきたんだ。


 潮の匂いに心躍らせながら私達は馬車を降り、海のある方へと進んでいく。


「ふふん、海といえば男と女がその仲を深めるために絶好のシチュエーションの一つよね! ひと夏の思い出が二人の関係を進展させるのよ!」


「その通りだセフィラ! ここは私の前世の記憶では知る人ぞ知るまさに秘密のビーチがあってな、誰にも邪魔されず過ごすのにはもってこいの場所なのさ! さぁご覧あれ!」


 そんな私の前世の記憶を頼りに披露した当店自慢のオーシャンビーチは……!


ザッパアアアアアン!


 赤い空! 黒い雲! 白い砂浜なんてどこにもなく、あるのはゴツゴツした岩場に断崖絶壁のみ! サスペンスドラマでよく見るクライマックスの舞台かよ!

 加えて潮の流れは荒れ放題、こんな海で泳ごうなんて自殺行為以外のなんでもないぜ!


「って思いっきり危険地帯じゃない!」


「あちゃ~、やっぱ荒れ放題だったか~。2000年以上前はこんなんじゃなかったんだけどな」


 昔は本当に静かで美しい場所だったんだ。ただ……ちょっとこの先で前世の最終決戦やっちまった影響でこの地によくない影響が与えられ続けちゃったんだろうなあ。

 皆も自然環境は大事にしような!


「あたしのバカンス気分どうしてくれるのよ!」


「そもそもバカンスしにここまでやってきたわけではないでしょう……」


 そうそう、クリファの言う通り私達は決してバカンスのためにこんな僻地まで訪れにきたわけじゃあない。しかも用があるのはここではなくこの先、つまり海の向こうにある離島だ。


「でもゲンさん、こんな荒れた海をどうやって突破するの?」


「奥の方なんて竜巻で海が巻き上げられてじゃない。普通なら絶対進みたくないわよこんなとこ……」


「てかこの先は結界が張ってあって強引に進もうとしても絶対に超えられないからな」


 私の返答にセフィラ達は驚いているが、普通に考えて万が一にもこの私が世界神を封じている地に何者も踏み込ませるわけがないだろう。

 以前魔導師ギルドで見た資料にも危険度Sの未捜査地としてこの2000年間誰もたどり着いたことのない未知の場所として扱われていたくらいだしな。


「あの地には漏れ出す世界神のエネルギーを利用した無下限術式で覆われていてな、一定位置まで到達すると通過者と島の間に空間が生まれ続けて永遠にたどり着くことはできないんだ」


 かなり前にジオとイレーヌがこの地を調べようとしたのを止めたことがあったが、それはこの術式によってすべてが無駄に終わることが目に見えていたからだ。それにこの結界はあらゆる物質に加え、魔術にも反応し遮ってしまう。たとえ空間魔術で飛び越えようとしても、飛び越えようとした空間エネルギーにさえも無限に干渉し続ける。

 だからこそあの地には誰も足を踏み入れることが叶わないのだ。


「う、う~ん? よくわかんないけど、結局普通に進むだけじゃこの先にはいけないってことでいいの?」


「ま、そういうことだ」


「じゃあ駄目じゃない。海も荒れてるしなんでこんなとこやってきたのよ」


「海が荒れてたのは予想外だけどな。結界に関しては……こいつがあればなんとかなるのさ」


 そう言って私が取り出したのは毎度おなじみケルケイオン。毎回痒い所に手が届かない状況における便利アイテムとして登場するこの杖ではあるが、今回ばかりはこれ以外に解決方法は存在しない。


「というか、むしろこのケルケイオン以外で結界を突破する方法はこの世界に存在しない」


「ワウ、ワウン?(ぼくはもうその杖の万能さはよく知ってるんであんまり疑いはしないっすけど、どうしてそれじゃないといけないんすか?)」


「いい質問ですねぇ」


「ワウ……(なんすかそのニュース番組によく出てくる某ジャーナリストみたいな返答は……)」


 いや、なんか最近こういうノリが足りないと思ったんでつい。

 ただ犬の質問が悪くないのは本当だ。今まで数多くの場面で私達の大きな助けとなってきたこのケルケイオンだが、もとはどんな性質と用途で作られたものだったかを思い出してもらういい機会になるからな。


「まず、この先の結界は世界神のエネルギーを利用している。世界神の力は世界すべてと同義だ。これを強引に突破するということはすなわち世界を破壊するほどのエネルギーが必要ということに繋がる」


「ぶ、物騒ね……。でもそれだけの力があればここを突破できるってことなのね」


「アホ、そんな力をぶっ放したら世界が消えて何もかも終わりだっての」


 そもそも世界神と同等の力がこの世に存在するはずがない……と前世の私は考えていたのでその心配はないと考えていた。が、終極神という可能性の存在が現れたためその考えは改めなければならないだろう。


「つまり、結界のエネルギーを超える力をぶつけられないのなら別の方法で破るしかない。その杖なら、それが可能……ってことでいいのかしら」


「さっすがクリファ、理解が早い」


「なっ!? あ、あたしだってそのくらい気づいてたわよ!」


 流石にそれはバレバレの嘘だぞセフィラ。今だって確実に頭の上に?マークを浮かべてるだろお前。まあ別にセフィラに理解してもらう必要はないしこのまま話を進めてもいいか。


「よーし理解してない人は置いといて次いくぞー」


「ちょっとー! みんな絶対あたしが理解してないと思ってバカにしてるでしょ!」


 セフィラがまともに理解するまで説明してたらどれだけ時間があっても足りないしな。大丈夫、お前がおバカでも私は決して見捨てないぞ。


 ま、それはそれとしてお次はケルケイオンに関してだ。


「まずこのケルケイオンは反魔力物質アンチマジックマテリアルという物質で作られていることを理解してもらいたい」


「それは……どういうものなのかしら?」


「ワフ(あ、ぼくは聞いたことあるっすね。もう大分昔の話っすけど)」


 そうだな、最初に説明したのはもう一年以上前……まあ2章から順々に説明してたからそこんところは端折るぞ。


「ま、簡単に説明するなら世界神の力の影響を受けずに反転する力を内包してる……ってとこだ。世界中のエネルギーの大部分が世界神にとってプラスに反映される中でこいつだけは唯一マイナスの影響を及ぼす」


「へ~、この世界にはそんなものがあるのね」


「いや、もしかしたらお前らの世界にもあったかもしれないぞ。ただ私は前世の一生をかけてこの世界に反する力を見つけただけだ。別の世界じゃ勝手が違うから見つけることもできないだろうな」


「じゃああたし達が元居た世界で同じようなものを見つけてれば、それが終極神に対抗する力に成り得たかもってこと?」


 おお、セフィラにしてはなかなか冴えてる……というか確信を突いた質問だな。ただ、その答えをもう私達は目にしているということを忘れているのが残念なところか。


「終極神は他の世界に寄生する存在……。だからその世界に生まれる反力物質はその世界に対してのみ有効で、終極神そのものには意味をなさない。そうでしょゲンさん」


「ああ、実際ベルゼブルや終極神が使った“支配”の力はこのアステリムの力を利用したもので、それはケルケイオンの力で抑えることが可能だった。が、肝心の終極神自体の力に反応することはなかった……」


 だからこそ私は今回の戦いに前世とは違うアプローチが必要だという結論に至ったのだ。アステリムの力を操作する力はケルケイオンで抑えられる……ならば、あとは終極神そのものへの対抗手段が必要だと。


「話が逸れたな。つまりだ、世界神の力を無効、反転できるこの杖さえあれば私達はこの先の結界を超えることができるわけだ」


 そもそもの話、封印をしたのも私なわけなのでケルケイオンを使用して完璧に術式を解除できるのも私しかいないのだ。だから、-魔法神-インフィニティがこの世から消えることで封印は永遠に解かれることはない……と、思っていたんだがな。


「なら話は早いじゃない。さっさとその杖で封印解いてこの先に向かいましょ」


「それはいいんだが、封印解除は直接触れてないと行えないんだ」


「え……それってつまり……」


 そう、この荒れ狂う海原を越え封印術式のところまでたどり着かなければならないということだ。流石に私もここまで荒れ放題だとは予想してなかったので何か対策を考えなければならないだろう。


「ワウワウ(上から行くのはどうっすか。雲の上まで飛んじゃってそっからバビュっと超えちゃえばいいんすよ)」


「いや、あの雲の暑さを見ろ、どこまで続いてるかわかったもんじゃないぞ。それに雷雲から溢れ出る雷を見てみろ……下方向だけじゃなく横や上にまで発生してる」


 この荒れ方はただの自然現象だけでなく魔力……というよりも自然界に漂うマナ自体が暴走してる影響だ。雷や竜巻がこうも大量に発生するのは世界神の影響をもろに受けている根源精霊の力が暴走しているということに繋がる。


「ねぇゲンさん、空が駄目なら海の中ならどうかしら?」


「うーん……海がこんなに荒れてるのに海中は無理……いや待てよ?」


 海面が荒れ狂っているのは風の根源精霊の影響だ。そして水の根源精霊は確か……。


「よし、ちょっと確かめてくるからここで待っててくれ。術式設定、酸素を中心に『空気球体エアスフィア』っと」


「あ、ちょっとどこ行くのよムゲン!」


 私は魔術で作り出した空気の球体の中に潜り込むと、そのままそれを操作し手前の海の中へと潜行していく。

 そしてそのまましばらく進んでいくと、海中では私の予想していた通りの光景が広がっていた。いや、予想以上というべきか……。


(まさか海中がこんなに明るく穏やかだなんて驚きだよな)


 あろうことか海の中は驚くほど静かで、海上の災害など感じさせないほど穏やかな時間が流れている。しかも、この明るさは海が透き通っているからだけではなく、海自体が淡く美しい光を発しているからこそ遠くまでハッキリと目視することができるのだ。


 早速私はセフィラ達の下へ戻り海中の様子を説明し……。


「海の中が安全そうなのはわかったけど……なんで海面がこんなに荒れてるのに海中は穏やかなのよ?」


「これも根源精霊の特徴だ。世界神の影響で暴走するものもあればそれを抑えるものも発生する」


 根源精霊は時に世界を狂わすほどの災害となる場合もある。火の根源精霊を筆頭に、雷、そして風なんかは自然属性の根源精霊でも悪影響が出やすいタイプがそれに当たる。

 だが、世界というものは常にバランスよくできているものだ。ひとたび根源精霊が暴走すれば、別の根源精霊がそれを鎮めようと動く。かつて前世において火の根源精霊が暴走した際に水の根源精霊が私に協力したのもそのバランスを保つためだしな。


 おそらくこの海は雷と風の根源精霊の力が暴走しているために水と光の根源精霊がそれを抑えているんだろう。その影響が目に見えて現れているのがこの海上と海中というわけだ。


「ってことで『空気球体エアスフィア』をおっきくしといたからみんなも中に入ってくれ。あ、でも荷物はなるべく置いてきてくれ」


 流石に体積が大きくなると私も魔術を維持しにくくなる。加えて今回は封印解除に集中したいしな。


「しょうがないわね。せっかくいろいろ持ってきたのに」


「全部いらないでしょそんなもの……」


 私も余裕があったなら二人と一緒に遊びたかったけどな。やはり、今回の旅はそれほどゆっくりしてる時間はないようだ。


「うっし全員乗り込んだな。そんじゃ……きゅーそくせんこー!」


「ワン……(あんま余所に怒られるようなことはやめるっすよご主人……)」


 海の中は変わらず静かだ。海中を泳ぐ魚も私達に敵意を向けることなくゆっくりと遊泳している。これも根源精霊のマナの影響だろうか。


「綺麗ねー。海が光って……まるで天然の水族館ね」


「ええ、なんだかロマンチック……。ねぇゲンさん、こういう場所で腕を組みながら景色を眺めるのってとても恋人のようじゃない?」


「あ、こらクリファ! あんた何勝手にムゲンの腕組んでるのよ! あたしが組むからあんたは離れなさい!」


「いやよ。離れるならあなたが離れて……!」


 ハハハ、いやーモテる男は困っちゃうぜまったく! 両側から二人で私の腕を掴んじゃってもう。

 ……でも、私を挟んでその間で小競り合いをするのは嬉しいけどやめてほしい。


「二人とも暴れるのちょっとやめて!? 『空気球体エアスフィア』のコントロールブレるからちょっと落ち着こう! これ崩壊したら私達全員海の藻屑だからね!?」


「わかったわ……」


「ぶー……結局また二人一緒なのね……」


「ワウ……(先が思いやられるっす……)」


 二人が落ち着き、これでようやく両手に花で海中デート開始だ! ……と、思っていたんだが。


(あ、この感覚……入ったな)


 相変わらず景色は穏やかな海中のままで何も変わり映えせず、ただ真っ直ぐ進んでいるように思えるが……もうすでに私達は結界の無限領域に突入してしまったようだ。


「大変名残惜しいが……セフィラ、クリファ、ちょっと私から離れてくれ。今から……術式解除に入る」


 その言葉に二人とも無言で私から離れ一歩後ろへ身を引く。そして、私はケルケイオンを取り出しその先端を海中へと突き出すと、そのまま瞼を閉じ術式のエネルギー回路を辿っていく……。

 ただ、この術式は根底にたどり着いたとしてもそれを上手くケルケイオンに同調させ反転させられるかにかかっている。


(自ら作り上げた術式を思い出せ……どれだけ複雑な術式だろうと、私なら必ずたどり着く)


 改めて、前世の自分の凄さと完璧さを思い知らされる。だが、それならなおさら私はこの回路を突破しなければならない。終極神から世界を……大切な存在を守るためには前世以上の力が必要だ。

 だから私は……過去の自分さえ超えてみせる!


「……掴んだ!? これより術式の一部分を反転させ突き抜ける! 全員私にしっかり掴まれ! 振り落とされるなよ!」


「お、オッケームゲン! 絶対離さないんだからね!」


「どこまでもついていくから……!」


「ワン!(今更引き返すなんて言わないっすよー!)」


 ああその通りだ! これが私の決めた道……もはや引き返すなんてことはない! この先にどんな苦難が待ち構えていようとな!


「いくぞ、術式反転!」


 私達の進む結界術式が反転し、無限に遠ざかっていく空間が逆にどこまでも近づいてくる。その空間に引き寄せられるように私達の体は吸い込まれていき……。


「――!?」


 私達の意識はそこで一瞬途切れることとなる。






 そして、次に目を覚ました私達の目の前に広がっていた光景は……。


「う、う~ん……あれ、あたし達助かったの?」


「そうみたいね。でも、ここは……」


 私達は共に白い砂浜に打ち上げられており、辺りを見回すとそこには青く澄んだ空とエメラルド色に光を反射する海が広がっていた。


「ワフ……(ここって、どこかの島みたいっすね……)」


 砂浜の先には地続きとなっている大地が小高い丘へと繋がっており、土の上には色とりどりの美しい草花が心地よい風に揺られている。


「ついに、たどり着いたな……」


 この場所こそが私の求めていた地であり……前世における最終決戦の地。

 そう、ここは……。


「すべての始まりと終わりが眠る場所……『最果ての地』だ」


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