227話 また会うために


 それぞれの向かうべき目的地が決まってから数日後。落ち着いてゆっくりする暇もないまま各地への交渉の取り付けや大使の選定などなど、慌ただしく時間は過ぎていった。

 その中でも私はこの世界に迫る危機を詳細に書き記したり、カロフやレイ達にそれぞれ向かう大陸の内容や注意点の教授。加えてリオウと今後の魔導師ギルドの方針決定等々……忙しすぎて寝る暇さえありゃしない!


「ほんと多忙よねー。デート一つどころかまともに一緒にいられる時間すらほとんどないじゃない」


「そう言うな……私だってできればもっとゆっくりしたかったさ……」


 せっかく念願叶ってこんなかっわいい女の子とイチャコラできるようになったんだぞ。しかも二人もだ!

 私だっておててを繋いでキャッキャウフフしたりオシャレスポットで甘々なひと時を過ごしたいに決まっているだろうが!


 ただ……そういうのはやはり世界が真に平和を取り戻してからでないと、きっと私達は心から楽しむことができない。


「終極神との戦いを終わらせる……。そうじゃないと、わたし達の"本当の自由"という時間は動き出さない。そうでしょう、ゲンさん」


 クリファの言う通りだ。確かに私は終極神の束縛から二人を解放するに至ったが、終極神との関係が消えないかぎりすべてが無意味に戻ってしまう可能性は捨てきれない。

 そして、無事終極神を打ち倒せたとして、そのあと私はどうなるか……。


「ま、二人ともそう不貞腐れたり気を張りすぎんなって。魔導師ギルドまでは皆一緒だが、そこから先は私達だけで北を目指すんだ。ちょっとした旅行デート気分で楽しくいこうぜ」


 それこそ私が望んでいた、可愛いヒロインとの『異世界ファンタジー』の冒険でもあるしな。物語的にはもうハラハラもドキドキも最高潮なせいで『未知への冒険!』感が薄いのが残念なとこだが……。


「北ねぇ……。そこに優雅な観光地でもあればもっと気分も弾むのに」


「なぁに、荒れ狂う海原と見たこともない原色の空にドクンドクンと脈打つ大地、そしてそれを見守る奇妙な部族が徘徊するとっても楽しいパラダイスさ」


「ワウ……(聞く限りじゃまったく楽しそうな雰囲気がしねーっすよ……)」


 まぁこの情報も前世までの知識なので、あの場所がどれだけ変化しているかは私にとっても未知数ではあるが。


「てか、もうすぐ出発だけど準備はいいのか二人とも」


「あ……あたしまだ全然終わってない」


「はい! じゃあ無駄話してないで早く支度を整える! ハリーアップ!」


 まったく、今まで女神だからとなんでもやってもらえる立場だったからっていつまでも怠けおって……。いくらヒロインとはいえ私は甘えは許さず厳しくいくぞ。


「ええっと、あれ入れてこれも入れて……あーもう終わんない! クリファ~、あんたも見てるだけじゃなくて手伝いなさいよ~」


「仕方ないですねもう。というか、遊びにいくのではないのだからそんなに荷物はいらないでしょう」


 そう言いながらセフィラの荷物の中からビーチボールやバドミントンのラケットのようなものを抜き出していくクリファ。てかどう見ても遊びに行く気分満々じゃねぇかセフィラのやつ。


「そんじゃ、私は出発前にレオン達に挨拶してくるんで、準備できたら出発口の方に行っといてくれ。他の皆も集まってるだろうし」


「わかったわ」


「オッケームゲン……ってクリファ!? なんであたしの『全自動肩たたき君二号』を投げ捨てるのよ!?」


「絶対いらないでしょこんなの……」


 こんな調子で二人だけ残して本当に大丈夫か? まぁ、なんだかんだ順調に進んでいるようだし問題はない……よな。

 とりあえず、私も手早くレオンに出発の挨拶をして集合場所に向かうとするか。




「うーっす、元気してるかー」


「あ、師匠も来てくれたんですね。ありがとうございます」


 医務室の扉を開けると、そこにいたのはベッドの上に横になっているレオンただ一人であり他には誰もいなかった。


「珍しいな。日中は大体エリーゼかシリカかの手の空いた方が常にそばにいるもんだと思ってたんだがな」


「さっきまではリーゼがいたんですけど、お見舞いに来てくれたカロフ兄ぃ達を送りに行っってくれたんです。僕はこの通り動けませんから、その代わりにって」


「ってことは、入れ違いになってしまったか」


 ま、カロフ達も出発前にレオンに挨拶をしにくるのは当然か。しかしあいつらがもう向かったということは時間も結構押してるな。私も手短に挨拶して集合場所に向かおう……と、言いたいところだが。


「……レオン、一つ聞いていいか」


「はい? なんでしょうか師匠」


「お前はこのまま戦いから降りてもいいと考えてるか?」


 レオンの周りに誰もいない今だからこそ私はレオンに問いたかった。誰にも左右されないレオンの本当の気持ちを。

 そんな私の意図を感じ取ったのか、レオンも真剣に考えるように眉を顰め……。


「正直……悔しいです。皆が必死に未来のために頑張ってるのに、僕だけが何もできないなんて。できることなら、片腕でも何かの役に立ちたいです」


「そうか……だが、その身体じゃ前線に出ることはまず不可能だろう。それでもいいのか」


「……こんな僕でも、役に立てるのならそれでも構いません。皆を支えることで皆が前に進めるなら……」


「本当に……それでいいのか」


 レオンは……優しいがゆえにその本心を内に秘めてしまう。誰にも迷惑が掛からず、誰も傷つかない選択を無意識のうちに選んでしまう。常に、近くにいる誰かを気遣って自分は一歩下がる。

 だが、今私が聞きたいのはそんな建前じゃない。誰かを気遣う必要のない今だからこそ、その本心を打ち明けてほしい。


 レオンは、少しだけ考えるように目を閉じ、何かを思い出すかのように唇を噛み悔しそうな表情と共にその瞳を開くと。


「本当は僕も皆と一緒に……リーゼや、シリカちゃんや、リオウ君。カロフ兄ぃやリィナ姉ぇ、陛下や師匠と一緒に戦いたい……」


 まるで絞り出すかのようにこぼれ出るその言葉には、溢れんばかりのレオンの"本心"がそこに存在していた。


「支えるだけじゃいやなんです。僕も一緒に……皆の隣に立って、胸を張って未来へ進みたい! なのに……僕はもう……」


 歯を食いしばりながら、なくなってしまった腕を探すかのように空虚な空間を握り締める。


 これから待ち受けているであろう終極神との戦いは、これまでとは比べ物にならないほど熾烈を極めるだろう。そんな戦いに、片腕だけのレオンでは足手まといにしかならない……。

 だがレオンはそれを理解しながらもなお、誰かのためだけではなく自分の未来のために立ち上がろうとしている。だから……。


「よし! そんじゃその腕は私がなんとかしてやる!」


「へ? そ、それってどういう……!?」


「おっと、今すぐにってわけじゃないぞ。詳しい話は私が今回の用事を済ませてからだ」


 レオンの腕に関しては、ずっとどうにかする方法は考えていた。理論上は可能な技術であるが、少々時間がかかるためレオンの本心を聞いたうえで決めようと思っていたことだ。


「だから、私が帰ってくるまで絶対に希望は捨てるんじゃないぞ。いいな」


「は……はい! わかりました、僕……師匠を信じます!」


 そういえば、私とレオンの最初の関係もこんな感じだったっけか。レオンは私を信じ、私はその期待に全力で応える。なら今回も、その期待に応えて見せようじゃないか。

 それに、私が帰ってくるのと同時に他の連中も問題なく任務を終えていれば、レオンの腕にもっと希望が出てくる可能性もあるな。


「そんじゃ、時間も押してるから私もそろそろ行ってくるぜ! 吉報を期待して待ってろよ!」


「はい! いってらっしゃい師匠!」


 そうして、私はまた一つ期待を背負いつつも皆の待つ集合場所へと向かうのだった。




「ういー、皆お待たせー」


 レオンのお見舞いを済ませ集合場所へと到着すると、そこにはすでに私以外の全員が準備を終え集まっていた。


「ありゃ、なんだ私が最後か」


「人の準備が遅いだのなんだの言っておいて結局自分が一番遅いじゃない。しっかりしなさいよね」


 と、背後にパンパンの荷物が見えながらも私に文句を言ってくるセフィラ。多分あれでも大分妥協したんだろうなぁ……クリファの疲れた表情からその苦労が目に浮かぶようだ。


 とにかく、なにはともあれこうして全員揃ったのだから早速出発と取り掛かろうじゃないか。


「馬車三台に馬は六頭。ま、普通だな」


「ワフ~(今回は僕が引っ張っていかなくていいんすね。よかったっす~)」


 前回と違って今回の旅は急を要することはない。下手な労力も使わずリスクも負わず、予定通りに進むのなら普通が一番だ。

 それに今回はちょっと人数も多いしな。誰かを先行させる必要があるなら話は別だが、魔導師ギルドまでは一緒なのでその心配もない。何より犬と一緒に馬車を引くオルトロスが現在修復中との話なのでどちらにせよその選択肢はなかったわけだ。


 さて、その肝心の馬車に乗る人物達だが……。


「俺らはこっちの二番馬車でいいんだよな? なんかこれだけ装飾が派手な気がすんだけどよ……」


「たしか……私達が乗る馬車はアリステルさんが用意してくれたんだっけ」


「ええ、その通りですわ! 広さと充実さと豪華さを取り揃えた最高級の自家用車でしてよ。中ではティータイムも楽しめますから有意義な旅になること間違いなし! ですわ」


 三台ある中で一つだけ一際豪華な馬車に乗るのは第一大陸へと向かうカロフとリィナ、そして馬車の提供者でもあるアリステルと側近の騎士であるカトレアの計四人。

 本当はカロフ達も私達と同じく普通の馬車になる予定だったが、アリステルも同行するという話になり急遽変更されることとなったらしい。


「てかなんでまたお嬢様達までついてくんだよ」


「あら、今度の旅は別に危険なものではないんでしょう? なら、今度はわたくしも最後までキチンと同行できますから」


「理由になってねぇっての……」


「それに、わたくしの家はディーオの進めるヴォリンレクス帝国和平同盟案への賛同者として多額の出資をしてますのよ。代表貴族家として同盟を進めるため出向くのに何の問題もありませんわ」


 帝位がディーオに継承されヴォリンレクス帝国の在り方が変わってから、それまでおとなしくしていた多くの貴族家も身の振り方を考えなくてはならなくなった現状、ディーオが定めた新たな体制にすべての貴族が全肯定で従うこともなく資金提供を渋る者もそう少なくない。

 そんな中アリステルの家は体制に全面的に賛成し、出し渋ることなく新皇帝への援助を惜しまない忠臣の一つとなっている。


「けどアリステルのご両親も凄いですよね。周囲の批判も恐れず真っ先にディーオ陛下の味方になってくれたり、新しいことを始めたらすぐに援助をしてくれるなんて」


「わたくしがお父様に掛け合ったのですわ。感謝してくださいまし」


「バーンズ伯爵と奥方様はお嬢様のことをとても溺愛しておりますゆえ、なによりもそのご意思を優先されるのです」


 ただの親バカだった。そこまで甘やかされてんならそりゃ出会った頃のわがままお嬢様っぷりにも納得がいくわそりゃ。

 どうやら、こっちはこっちで賑やかな旅になりそうだなこりゃ。


 さて、それじゃあカロフ達は問題ないとして他はどうだろうか。


「俺達の乗る馬車はこれか」


「そうみたいだね、三番馬車。乗るのはアタシとレイと……あんただね、魔導師ギルドの新しいギルドマスターさん」


 第四大陸へと向かう馬車にはレイとサティ、そして一度魔導師ギルドへと戻るため同行することとなったリオウの三名が同乗することとなっていた。


「いや、同行させてもらい申し訳ない。聞いた話ではお二人は恋仲ということだが、やはり俺はお邪魔ではないだろうか?」


「別に構いやしないよ。別にみられて恥ずかしい関係でもないしね」


「サティの言う通りだ。それに、できることなら魔導師ギルドに着くまででいい、アーリュスワイズの使い手だった者から少しでもその心得のようなものを学ばせてもらいたいと考えている」


 こちらはこちらでリオウの幻影から少しでも神器に認められるために必死なレイの姿がうかがえる。リオウの生み出す幻影にはもうその意思は宿ってはいないが、それ以外なら確実な写しであることに変わりはない。少しはヒントになるといいな。

 ただし、馬車の中で暴れるのだけはやめておけよ……と、心の中で警告しておこう。


「というよりも、あんたこそムゲンと一緒の馬車じゃなくてよかったのかい?」


「そそそ、そんな自分のような一介の信徒が魔導神様と同じ馬車に乗るなどとおこがましい真似などできるはずがない! あくまで自分はあのお方の忠臣として役に立つよう心掛ける所存であるのです!」


「あ、ああ……わかったよ。わかったからあんまり興奮しないでくれって」


「これが新しい魔導師ギルドマスターで本当に大丈夫なのか……」


 うん、それは私も思う。でもリオウは頭もよく人をまとめる能力もある。こんな若造に魔導師ギルドを任せてもいいのかという声もあるが、きっと問題ないだろう。


「うむ、皆の者準備は万全のようだの」


「皆様、すでに我が国の親善大使の一行は先の大陸に向かい出立しております。どうか、まずはそちらとの合流を目指し向かってくださいますようお願いします」


「こちらに残ってるいくつかの問題は万全に解決しておきますので心配しなくてもよろしいですわ」


「しかし余はまた見送りか……。なんだか段々余の出番が少なくなってきている気がするのぅ……」


 そういうつもりじゃないんだろうが中々にメタい発言だな……。ともかく、こうして見送ってくれるだけでも十分ありがたいんだ。ディーオとサロマ、そしてエリーゼとシリカも見送りにこれないレオンの分まで私達をしっかりと送り出すために集まってくれている。


「ほらムゲン、あんたも早く乗りなさいよ」


「急がないと馬車が動き出しますよ」


「おっと、悪い悪い」


 いつの間にか全員乗車していたようで、私もその差し伸べられた手を掴み馬車へと乗り込んでいく。新たな地への、新しい旅を、新しい仲間達ヒロインと共に。


「それじゃ、各々目指すべき地へと向かって……出発だ!」


 こうして、私達は魔導師ギルドを経由してそれぞれの向かうべき地へと旅立つのだった。


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